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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第八章 少女たちは帰らない
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第七十七話 今の世界

 百合が指を鳴らすと、結芽たちはいつのまにか見慣れない場所にいた。八月にもかかわらず、ここは妙に寒い。住宅街のようだが、街並みからはどことなく異国風の雰囲気を感じる。


「ここはロシアだよ」

「ロシア!?」


 どこか遠くに来てしまったのだろうとは思っていたが、想像以上に遠かった。高床式の集合住宅は確かに、中学生の頃に教科書で見たような気がする。しかしなぜこんな場所に。


 どうやら認識阻害を使っているようで、町行く人たちが三人を気にする様子はない。まさか不法入国して観光しに来たわけではないはずなのだが、今のところのんびり歩いているだけだ。

 大人しく二人に挟まれるような位置を歩く結芽は、何かが爆発したような跡のある道路や切り裂かれた建物を見るたびに立ち止まりそうになるが、二人はそれらを気にも留めない。


 それからしばらく、結芽は黒奴(クロヌ)の傷跡が残る街を眺めて歩いた。たまに見かけるポスターには、結芽にロシア語はわからないがおそらく魔法少女であろう少女の写ったものがたくさんあった。


黒奴(クロヌ)は世界中に現れた……ロシアは国土が広いから、最初の裂け目もいくつかあったの。ここもそうだったんだよ」

「……何もありませんよ?」

「ええ、閉じてしまいましたから」


 たどり着いたそこには、何かの記念館のようなものが建てられていた。看板には確かに、ここと同じ場所と思われる上空に巨大な裂け目が浮かんでいる写真があった。


 だが今、ここに裂け目はない。


 日本で最初の裂け目と言えば、旧都心上空、かつての千代田区から新宿区にかけて広がる、今も残っている裂け目のことだ。

 九年間も黒奴(クロヌ)と戦い続けているにもかかわらず、今も残り続けている裂け目だ。普通の黒奴(クロヌ)が現れる際の裂け目とは何かが違うと言われる裂け目のはずだ。


 衛星通信も海底ケーブルも破壊されてから、日本国内では海外の情報はほとんど更新されていない。だがまだ通信が生きていたころは、裂け目も残っていたはず。


 結芽の疑問を誤魔化すように、百合がちょっとした解説を挟む。


「ロシアに限らず、黒奴(クロヌ)の出現でユーラシア大陸の大半は壊滅的な被害を被ったんだ。ここは比較的マシな場所だけど、都市一つが丸ごと消えちゃったような所もあるの」

「……魔法少女はいなかったんですか?」

「いたよ。でも、リリィみたいなのはいなかった。日本との決定的な違いだね」

「ローズや私程度の魔法少女もいなかったと聞いていますよ。せめてジェードくらいの魔法少女がいれば……」


 百合は魔法を使って撮ったという衛星写真のような写真を結芽に見せた。そこには、巨大な爪か何かでいくつかの島になるまで切り裂かれたユーラシア大陸が写っていた。


 人口が多ければ魔法少女も多そうなものだが、中国やインドも写真からわかるほど無残な有様だ。ここは比較的マシな場所だというが、写真からここほど余裕のありそうな場所は見当たらなかった。


 あくまで衛星写真のようなものでしかないので現地の実情は分からないし、そもそもこの写真が本物であるという確証もないが、海外は日本よりも悲惨な状況なようだった。

 比較的マシだというこの町も、確かに新都心近郊の住宅街と比べて陰鬱な雰囲気が強い。


「百合さん、そろそろアンブレラが来ます」

「おっと、長居はできないんだったね」


 百合はどこか違和感のある手で結芽の手を握ると、もう片方の手で指を鳴らす。


 その直後、結芽は異世界にでも迷い込んだのかと思ってしまった。それほどまでに非現実的な光景が広がっていたのだ。

 眼下に広がる、極彩色の山脈。右も左も、前も後ろも極彩色で彩られている。それだけではなく、山々はどれも捻れている。結芽は、ここがどこなのかということよりも、一刻も早くここから立ち去りたいと思った。


「あ、ここはアルプス山脈ね。今はモンブランの山頂にいるよ」

「高山病は……魔法でどうにかなります?」

「気にするのそこ?」


 この正気を失いそうな景色には、元は美しい山や湖が広がっていたらしい。それが黒奴(クロヌ)との戦いの結果、この惨状である。


 山を丸ごと捻じ曲げるほどの魔法を使える魔法少女がいたのなら、きっと見渡す限りの地獄絵図にはならなかっただろう。おそらく、これを作り出したのは黒奴(クロヌ)だ。

 百合もリコリスも多くは語らないが――ふと結芽は、なぜ自分がこれを黒奴(クロヌ)のせいと決めつけたのか疑問に感じた。


「魔法少女と黒奴(クロヌ)が戦えば、それだけ傷は深くなる。魔力の影響で、色んなものが歪んでいくの」


 再び百合が鳴らすと、結芽は知らない場所にいた。いや、見知った物はあるのだが、認めたくない場所にいた。


 おそらく、半分ほどがえぐり取られた島に立っているのは、半ばでへし折れているが自由の女神像だ。そしてその向こうに見える廃墟群は、ニューヨークの街並みだったものだ。


「……アメリカは、ダイヤモンドが留学していたはずでは?」

「都心のビルは防衛が面倒だからって、魔法少女率いて大統領脅して無理やり田舎に引っ越させたらしいよ?」


 ここも、アメリカにおける最初の裂け目があった場所らしい。今では裂け目も都市も跡形もなかったが。


 百合が言うには、ここにも日本におけるリリィ的な魔法少女はいなかったらしい。ダイヤモンドは必死に頑張ったが、彼女にも限界はある。

 協会のランキングではローズと二位争いをしているダイヤモンドだが、決してリリィと一位争いすることはない。それほど隔絶した実力差があるのだ。


 しかしアメリカ大陸の三分の一ほどを消滅させ、アメリカ国民の過半を犠牲にしながらも、ダイヤモンドは二年で決着を着けたとのこと。


 決着が何を意味しているのかは分からない。ここに裂け目が無いことが全てだ。日本ではまだ、決着が着いていない。決着とやらを着けるための戦いすら、始まっていないように思える。

 九年間もの間魔法少女たちは戦ってきた。九年間、あらゆる面において日本は九年前とあまり変わらない水準を維持できていた。


「日本は停滞してるだけ。……こののままじゃ私たちはずっと、戦い続けるしかない」

「……私に何を期待してるんですか?」

「現状を打破するためには、君の力が必要なんですよ」

「打破っていうか、何もかもぶち壊せってこてじゃないですよね?」



 リコリスは答えない。百合は黙って指を鳴らした。

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