第七十五話 五年前と今
五年前の八月。その日は、魔法少女にとって大きな転換点を迎えることになった日だ。
旧都心、魔法少女協会の本部が位置するすぐそばに今も存在する、最初の裂け目。そこから突如として、無数の黒奴が現れたのだ。
後に旧都心戦争と呼ばれるその大きな戦いの中で、多くの魔法少女が引退に追いやられたり、命を落としたりした。その中には、現在の百合園とワルプルギスの前身である花園の中核メンバーもいたと言われている。
しかし、その実態を知る者は魔法少女の中でも少ない。なぜなら当時からリリィたちが必死に秘匿しようとしていたし、今もコンピュータによって徹底的に情報が管理されているからだ。
とはいえ魔法少女全員の口に戸が立てられるはずもなく、魔法少女の間ではまことしやかに囁かれる噂という形で、その戦いは言い伝えられている。
それに、少し調べれば五年以上活動している魔法少女の異常な少なさには気づくはずだ。
「……っていうのが、コンピュータに隠させてる表向きの真実だね」
リリィは新都心の中央にある、高さ六百メートルを超える電波塔の頂上のフチに腰かけ、旧都心の裂け目を眺めながらそう呟いた。
隣に座るダイヤモンドは、そんなリリィの首に刃を突きつけながら言う。
「五年前……あの戦いが終わってすぐに、お前は私をアメリカに行かせた。そんなに邪魔されたくなかった?」
「そりゃあね」
「そんなことをしたって、誰も忘れてなんかない。マリーゴールドたちも、アメシストやジェードだって」
「それで? 皆黙って従ってるだけだよ? その方が都合がいいんだから」
五年前に起きたことに関するあらゆる記録を、リリィは抹消してきた。今も覚えている魔法少女は何人かいるが、形のある情報は何一つとして存在しない。
「ま、本当は魔法少女同士の戦いだったなんて、口が裂けても言えないよね」
「今裂けなくても言えてたけど」
「ありゃま」
ふざけた奴だが、刃を首に差し込もうとしても、ピクリとも動かない。ダイヤモンドの専用武器である剣は、ジェードの専用魔法すら発動から数秒経てば斬り裂けるほどにもかかわらず。
「……それで、今更そんな昔話をするために私を呼んだわけじゃないでしょ。用件はなに。昨日の件について問い詰めたいわけ? それとも昨日コンピュータが話してくれなかったことを教えてくれるの?」
「今の話の続き」
「……は?」
「だから、続きだってば。結芽ちゃんが攫われたこととも関係してる」
リリィの目は本気だ。最近は何を言っても適当にはぐらかすばかりだったのに、今になって何が起きたと言うのか。
結芽の失踪は、結芽について知っている魔法少女の中ではかなり大きなニュースだった。あのリリィが大事にしている妹が、突然消えてしまったのだから。
しかしダイヤモンドが知る限り、まだ結芽が自発的にどこかに消えたのか、誰かに攫われたのかははっきりしていなかったはず。
にもかかわらずリリィは、攫われたと断言した。
「……主犯は?」
「ブラックリリィ。共犯にリコリスもいるかも」
「ふざけてるの?」
「大真面目。……確かに殺したはずなのに」
「黒百合」の魔法少女ブラックリリィ。彼女はかつて花園のメンバーだった、今では「最凶」の魔法少女と呼ばれる、五年前の事件の本当の主犯でもある魔法少女だ。
そして、五年前にリリィがその手でとどめを刺し、裂け目の向こうに葬ったはずの魔法少女でもある。
兆候は数か月前からあった。もう二度と感じることはないだろうと思っていた魔力を、家のすぐ近くの公園で一度だけとはいえ感じたのだ。
「お前の言葉は信用できない」
「信じろとは言わないよ。協力して欲しいとも言わない。私には私の計画があるし」
「じゃあ何のために……」
「警告。うっかり飛華里に死なれたら困るもん」
「……はあ」
ダイヤモンドは大きくため息をつくと、何も言わずに電波塔から飛び降り、飛行魔法でどこかへ飛び去って行った。
「……何度でも殺すよ。黒奴も滅ぼす。それで……結芽ちゃんと一緒に帰る」
「千寿菊」の魔法少女マリーゴールドは、状況が非常にまずいことを理解している魔法少女の一人だった。
そして、自分にはどうすることもできないと絶望している一人でもある。
リリィからの情報と、連絡のつかないリコリス。半泣きで幹部に片っ端からメールを送り、招集に応じたのはコーラルだけという有様だ。
「……これ、今度こそ日本終わりじゃない?」
「マリー……貴女、仮にも日本最大の魔法少女チームのリーダーでしょ? あんまり弱音を吐かないでほしいんだケド」
「無理……吐きそう……物理的に吐きそう。胃がキリキリする。そろそろ穴空いちゃうよ。というか何度か空いてるし……」
「よしよし、よく頑張ったわね……リコリスの監視に、ダメそうな子たちの保護、ヤバそうな連中の隔離……まあ確かに、まだ19の私らが背負わなきゃいけないことかって、嘆きたくもなるわね」
日本最大のチームを率い、貢献度ランキングではダイヤモンドとローズに次いで四位という立ち位置にいるマリーゴールドだが、彼女もまだ子供なのだ。
ただ人よりも少し昔から魔法少女を続けていて、人よりも少し長く死に損なっているだけだと、本人は言う。
しかし彼女もジェードと同様に、優秀な魔法少女であることに間違いはない。コーラルに泣きついている姿からは想像できないかもしれないが。
「とりあえず、私の方で把握できた魔法少女の現在地はリリィと共有してる……アレと手を組まないといけないのは癪だけど、今はそうも言ってられないから……」
「『黒百合』が動くならあんまり意味無さそうだケド」
「それを言わないで! 今は何も言わないで……!」
こんな調子で大丈夫なのかと、コーラルは心配そうにマリーゴールドの頭を撫でる。その不安が伝わってしまったのか、マリーゴールドは安心させるように立ち上がり、言った。
「大丈夫。……いざとなれば躊躇わないから」
マリーゴールドの専用魔法は「魅了」。その名の通り、この魔法をかけられた相手はマリーゴールドに魅了され、傀儡となってしまう。
ドールの人形操糸ほどの強制力は無いが、同時に何人が相手でも使えて、命令に従わせることができる魔法だ。
伊達に花園時代にはダイヤモンドより前に「最恐」と呼ばれていたわけではないのだ。
そうして、戦いの準備は進んでいく。戦いに臨む覚悟ができているかは別にして。




