第七十三話 知りたかったこと
リリィの専用魔法が複製だなんてチンケな枠で終わるような代物ではないことは、昔から噂されていたことだ。
しかし他に専用魔法があると言われても、それらしいものはあり得そうにない。ダイヤモンドはコンピュータの言葉をすぐに否定する。
「予知くらい、専用魔法を組み合わせれば簡単にできる。アイツなら魔力量に物を言わせてかなり先まで見れるでしょ」
「でも、何年も先のことを予知して見せたんだよ? 実は私、今日皆が来ることをずっと昔から知ってたんだ。ジェードがここに来るまでにしてたことも、人形ちゃんたちに起きたことも、全部知ってる。だから先んじて手を打つことができたわけだね!」
「認識を弄るくらい魔法なら簡単。コンピュータ、自己診断プログラムは?」
「もう、私ってどれだけ信用されてないの? 自己診断は常に走らせてるよ」
「自己診断プログラムの自己診断プログラムは?」
「あははっ、何それ? 誰が見張りを見張るのかって? そんなの言い出したらキリがないって!」
ダイヤモンドは話が通じないことを理解すると、専用武器を構えようとする。しかし、それはローズが止めた。
「……コンピュータが何を見聞きして、何でそう判断したのかは知らない。どうでもいい。いつも通り働くなら、彼女がどんな人間でも関係ない。違う?」
「リリィが何をしたか聞き出す。指を一本ずつ斬り落とせば話す気になるでしょ、多分」
「なぁに? この部屋で私とやり合うつもり?」
天井や壁の一部が開き、無数のドローンが飛び上がる。それらは一つ一つが魔力を纏っており、対処が面倒そうだとダイヤモンドは思った。
それはそれとして全て斬り伏せれば関係ないと考えていたが。ローズはそんなダイヤモンドを理解していたので、内心冷や汗を流す。こういった閉所では、ローズは本領を発揮できないのだ。
アイアンは割って入れるほどの力量が無いのでジェードの様子を伺うが、ジェードは静観するだけ。
空気が張り詰めすぎて今にもはちきれそうになったそのとき、三人の動きが不自然に止まった。三人の首には、よく見ると背後から糸が突き刺さっている。
「血の気が盛んなのね、先輩方は……さっさと本題に入るべきじゃないの? それともこのまま私の魔法で心臓を止めてあげてもいいのよ?」
ドールの人形操糸は、効果が発揮されてしまえば誰であっても逆らうことはできない。肉体強化魔法をかけていても、その魔法ごと支配されてしまうので意味が無い。
注意を向けるべきは目の前の相手だけだと油断し切っていた三人は、身じろぎ一つできなくされていた。
ジェードは気づいていたので、全身を覆うように数層の魔力防壁を張っていた。喋らなかったのではなく喋れなかったのだ。
糸を離すとダイヤモンドは大人しく武器を消し、ローズとコンピュータも敵意を剥き出しにするのをやめた。
「……リリィが今の魔法を複製していたら……」
「やめて、考えさせないで」
「何でもいいから本題に入ってって言ってるのよ!」
「はいはい落ち着こうね」
他のどの魔法少女も三人の放つ魔力に気圧される中、冷静に隙を見て魔法を使ったドールは褒められるべきなのかもしれない。
しかし、単にそれは理性の働きが薄くなっていたせいなので、ファンはドールを抱き上げて宥める。そしてコンピュータに目配せして、本題を急かす。
早くしないと、ドールが暴走して無差別に糸をばら撒きかねないのだ。
「あー……えっと、皆をここに呼んだ理由だったね! というより、黒奴殲滅委員会がここに来たがってた理由って言うべきかも?」
「話すの?」
「話すべきだってリリィは言ってたから!」
黒奴殲滅委員会が新都心で大騒ぎを起こしてまでコンピュータに問い詰めたかったこと。それは、あの港町で結芽が見せた謎の力についてだ。
戴冠という言葉の意味も、なぜ結芽が黒奴のような姿になったのかも、なぜあんな力をいきなり手に入れられたのかも、何も説明されずに黙っていることを、ドールたちは我慢できなかった。
まさかここで本当に話してもらえるとは思っていなかったが、聞けるなら何でもいい。横に猟犬のメンバーもいるが、それすらどうでもよかった。
「あれに名前はついてないけど、泡沫 結芽の精神状態によってはいつでも起こりうる現象……らしいよ!」
結芽が過剰なストレスを感じたり、力を欲したりすると、運命が操られたかのように結芽の前に黒奴の冠状器官が現れるのだと、コンピュータは説明する。
確かに、その場に冠状器官が無い場合でも、裂け目から冠だけが現れていたのをジェードは見た。「鋏」の魔法少女の横やりが無ければ、結芽がそれを使っていただろう。
「まあ、言っちゃえばそれだけだね。あの子のピンチに現れたり現れなかったりするお助けアイテムみたいなものってわけ」
「お助けって呼ぶには、随分と無差別に攻撃してたんだけど?」
「まあ、あの状態になっちゃったら自我なんて保てないもん。黒奴と同じだね!」
コンピュータがついでのように付け足した一言に、ドールたちは部屋の気温が数度下がったように感じた。
「……何と、同じですって?」
ジェードとダイヤモンドとローズを除いた全員が瞬きすらできない有様だったので、比較的マシな状態だったボウが意を決して尋ねる。コンピュータは話す前も後も、柔らかに微笑んでいる。
「黒奴と同じだって言ったんだよ。黒奴も、元は人間だもん」
ファンは腕に力が入らなくなり、ドールが床に落ちる。しかしドールも立ち上がるだけの力が出ないようで、頭を抱えて蹲るばかりだった。
突如明かされた事実はアイアンですら知らなかったのか、隣にいたジェードに掴みかかるが、ジェードに何を言ったところで仕方がないと理解し、崩れ落ちる。
その間、コンピュータはどこかに連絡を取り、誰かを呼んでいた。
「……じゃあ私たちは、何と戦ってたのよ」
「だから、人間だってば。裂け目の向こうからやってきた、人だったもの」
「じゃあ私たちは! これまで何を殺してきたのよ!!」
「口で説明して納得してもらおうとは思ってないよ。だから、ちょっと人を呼んだんだ。そろそろ来るはず」
コンピュータの言う通り、サーバールームに新たに誰かが入ってきた。おそるおそるという様子で歩いてくるその子を、ジェードは知っていた。
「あっ、ジ、ジェードさん?」
「ルーペ……? コンピュータ、なんでこの子を呼んだのよ」
「その子に専用魔法を使わせろってリリィが言ってたからだよ? あれ、面識あるんだ。今日協会に登録したばっかりなのに」
それはつい先ほど、クロスやシリンジのいる病院に送り届けて手当を受けてもらっているはずの、ルーペだった。
コンピュータの言う通り、まだ協会に登録したばかりの、新人魔法少女だ。
リリィは確かに未来でも見ていたかのようにあの研究所を利用し、破壊していた。だが、どうやってまだジェードも知らない専用魔法を知ったのだろうか。
「じゃ、虫眼鏡ちゃん。さっき説明した通りにお願いね!」
「あっ、はい」
ルーペは専用武器である虫眼鏡を常識的なサイズに落とし、すぐ近くにいたドールを覗く。魔力の気配が一瞬だけするが、特に何かが起きたような様子は無い。
「……あ、えっと、私の専用魔法は分析って言いまして……簡単に説明すると、虫眼鏡で覗いたものを構成する成分が分かるっていう魔法ですね」
「今は細かい成分は気にしなくていいから、次にこれに魔法を使ってくれる?」
「分かりました」
そう言って、コンピュータはドローンに何かを運ばせようとし――ジェードの生成した翡翠の壁がそれを阻む。
「……ジェード、今更じゃない?」
「……だとしても、それを知るには早すぎるよ」
「止めるなら最初からサーバールームを滅茶苦茶にしてればよかったのに。相変わらず中途半端な良識してるね」
諦めたように、翡翠の壁が崩れて消える。ドローンが運んできたのは、黒い塊だ。それが何なのかは、最早説明されなくても分かる。
「えっと……あれ? さっきの人と同じ成分……? あの、これって何なんですか……?」




