第七十二話 ひと段落
ローズとダイヤモンドが二人がかりでジェードを止めるという奇妙な光景は、そう長く続かなかった。それはジェードがあっさりと敗れたから……ではない。
この状況で、さらに黒奴が乱入してきたのだ。ジェードの補助もあったので、ローズとダイヤモンドに一瞬で倒されてしまったが。
しかし黒奴の乱入のおかげでジェードは正気に戻り、ローズたちは戦う気が失せたので、ひと段落ということになったのだった。
「五人とも、私が何で怒ってるか分かるよね? 黒奴が出たわけでもないのに、町をこんな風にしちゃって……どうするつもりなのかな? ん?」
「引退も覚悟の上よ」
「以下同文だね」
黒奴殲滅委員会は、当然ながらジェードの説教を受けていた。どうせこの後協会から説教だけでは済まないことをされるだろうとジェードは分かっていたが、それが説教をしない理由にはならない。
ドールたちも、口答えをしてげんこつを脳天に叩き込まれることはあれど、逃げも隠れもせずに正座して並んでいた。
いちいち余計な一言を挟んでげんこつを食らうドールを見て、猟犬は恐怖を抱いていた。殴られる度に傷口から血が流れるのに、自分の意思を曲げようとしないのだ。ある意味、ダイヤモンドよりも恐ろしく見えた。
「結芽について問い質そうったって……協会が知ってるとは限らないし、コンピュータが正直に話すと思う? 非戦闘系魔法少女の代表みたいに扱われるけど、あの子も百合園の一員なんだよ?」
「それでも、黙って協会の言いなりになんてなれないわ。アタシたちにとって、アイツはそのくらいの存在なのよ」
「ジェード。オレが止めたって、こいつらは勝手に事を進めてたぜ。最初、オレの所にチーム脱退届まで持ってきたくらいだ」
「……四人だけでやらせるのは危ないからって、手を貸したわけね」
「ついでにダイヤモンドも呼びつけた。これで勝算は上がるし、協会は下手に処分できなくなった」
「はあ……妙に頭が回るんだから……」
アイアンの言う通り、黒奴殲滅委員会だけでの行動であれば、協会は容赦なく処分を決定していただろう。しかし実行犯にダイヤモンドが加わったことで、下手な処分ができなくなる。
実行犯の一人だけを特別扱いするわけにはいかないし、かといってお咎めなしとするには事態が大きすぎる。
おそらく、黒奴による被害ということでケリがつくだろうと、アイアンたちは予想していた。こっそり謹慎させられる可能性はあったが、そこまでひどい処分を受けることはまず無い。
手足にダイヤモンドが生えたままなのでその場を動くに動けないチーム猟犬はその話を聞き、ひそかに協会への不信感を募らせていたが、それはドールたちには関係のない話だ。
「……ん? アレ何かしら?」
「え、どれですか?」
「ドール、そんな方法でお説教から逃げようとするものじゃないよ……」
「待ってください。何か飛んで来てます」
ボウとガンはすぐに立ち上がり、専用武器を生成するが、それを構えることは無かった。飛んでくるそれが突撃してくるわけではないと知ったからだろう。
ジェードや少し離れて話し合っていたローズたちも、いつでも魔法を放てるようにしていたが、飛んできたドローンを見てすぐに魔力を霧散させた。
ドローンには、魔法少女協会のロゴが入っていたのだ。この国で協会を騙るような愚かな行為を犯す者はいないので、これは本当に協会のドローンということになる。
そしてその場にいた魔法少女のうちの数人は、すぐにそれが何なのか理解した。
『あー、あー、テステス。聞こえてるかな? 諸君、私だ!』
「誰よ」
『えー、声聞いて分かんない?』
「知らないわよ。撃ち落してもいいのかしら?」
「ドール、少しは話を聞こう。撃墜はその後だ」
『撃ち落すのは確定事項なんだね……安物だからいいけどさ』
ドローンは二メートルほど浮かぶと、ホログラムを地上に投射した。浮かび上がったのは、黒地に蛍光色のラインが入った、サイバー的な雰囲気を感じさせるコスチュームの魔法少女。
物々しい見た目のドローンからは考えられないほど軽い口調で、その少女はウインクをしながら言った。
『知らない人のために自己紹介しておくと、私は「電算機」の魔法少女コンピュータ。君たちをサーバールームへ招待するよ! ドローンの誘導に従って来てね!』
協会のサーバールームの場所は、ダイヤモンドやローズなどのごく一部の魔法少女しか知らない。協会に突撃して片っ端から探せばいずれは見つかる程度ではあるが、可能な限り秘匿されているのだ。
コンピュータとの面会も、アンブレラの転移でサーバールームに直接飛ぶか、リモートで行うのが普通だ。
そんなサーバールームに、今は黒奴殲滅委員会の六人と、猟犬の五人と、ローズとダイヤモンド、計十三人もの魔法少女が訪れていた。
ドローンの誘導が無ければ迷ってしまいそうなほど妙に入り組んだ道を通って案内されたその部屋は、至って普通のサーバールームといった様子だった。
普通のサーバールームというものに誰も馴染みは無かったが、特に奇妙なものは見当たらない。国内のほぼ全ての情報を管理しているだなんて噂はあるが、黒幕の部屋にしては質素だ。
……一つだけ気になる点を挙げるとすれば、壁中にリリィのポスターが張られていたり、パソコンにリリィのシールが張られていたりする点だろう。
「サーバールームへようこそ。……こんなにたくさん人を呼ぶのは初めてだなぁ」
「コンピュータ、ここじゃ開花を使えない」
「うん。始末してもらう予定は無いからね」
「ここでも炭素操作は使える」
「うん、やめてね」
普通の部屋とは不釣り合いに、コンピュータは異常と呼べるような状態だった。
コスチュームから伸びた無数のコードがパソコンと繋がり、彼女自身の体と繋がり、身動きはできそうにない。食事すらまともにとれないのか、腕には点滴が刺さっている。
一体いつからそんな状態でいるのか、肌は白く体は痩せ細っている。声は元気だが、まるで久々に声を出したかのように掠れていた。
ドールはすぐに糸を出してパソコンに飛ばそうとするが、ダイヤモンドがそれを阻んだ。
「気持ちは分かるけど、コイツは望んでこうなってる。私たちが口を出すようなことじゃない。……それに、コンピュータがいなくなったら、リリィがいなくなる以上の被害が出かねない」
「……これが魔法少女の姿なのかしら?」
「まるで奴隷みたいでしょ!」
明るい声で奴隷などと宣うのは、コンピュータ本人。目を見れば分かる。彼女は冗談で言っているのではないと。
「私はね、ここにいて悲しいと思ったことも、辛いと思ったことも、苦しいと思ったこともないの。だってこれは私にしかできないことで、一番リリィの役に立てる方法だから!」
「電算機」の魔法少女コンピュータの仕事は膨大だ。魔法少女に配られる専用アプリの管理、インターネットで広まる不都合な情報の統制、必要があれば監視カメラの映像の改竄、協会のサーバーに不正アクセスしてきた相手への逆ハッキングなどなど。
彼女は都市伝説で言われているように、本当にこの国の情報全てを管理していたのだ。
「……どういうことよ」
「そのままの意味。アレはリリィ信者」
「失礼な! 教徒と呼んでほしいね!」
専用魔法「電子化」は、あらゆる物を電子データに変えることができる。それが例え自分の意識であっても。
電子化した意識を電波に乗せることで、電波が届く範囲の情報を彼女は一瞬にして集めることができるのだ。
自分の脳一つでは処理が追いつかないが、パソコンの力を借りればそれも解決できる。簡単なことだと、彼女は笑って言う。
「それで、リリィの言う通りに今日が来たから、皆を呼んだってわけ。どぅーゆーあんだすたん?」
「……『リリィの言うとおりに』?」
アイアンは確かに、誰かがこの状況を作ったと予想していた。おそらくそれがリリィであろうことも、はっきりとは口にしなかったが思っていた。
しかしこの場所のこの十三人が集まることが、まるで予定調和だったかのように話すコンピュータには違和感を感じる。
聞くべきではない。直感でそう思いながらも、ダイヤモンドはオウム返しのように尋ねてしまった。そしてコンピュータは、それに答えてしまう。
「予知だよ、予知。リリィの本当の専用魔法!」




