第七十一話 「最硬」の異名
ローズの自爆。規模はさほど大きくないが、この至近距離ではダイヤモンドも無傷ではいられない。アイアンに至っては防御が間に合わないので、大怪我は避けられない――はずだった。
「――これは、どういう状況なのかな?」
気づけばダイヤモンドたち三人は、薄緑色の壁に囲われていた。ローズも開花を発動した銃を壁の向こうに放り出されたので、無傷のままだ。
しかしローズの開花が直撃したはずにもかかわらず、薄緑色の壁には傷一つない。ダイヤモンドも、これは斬れないと判断して飛行魔法で壁の上まで飛ぶしか無かったほどだ。
「……ジェード……よりにもよってこのタイミングに」
「ローズ、私は説明を求めたんだけど……聞こえなかった? アイアンも、出てきなよ。爆発は防いであげたんだから、怪我で動けないってことはないでしょ?」
「怪我はねェけど……まさかテメェの魔法がここまで頑丈だとは思ってなくて、ビビってたんだよ」
「発動直後の翡翠輝石は絶対に壊せないからね。リリィでも破壊を諦めるくらい」
翡翠の壁は魔力の供給を絶たれると、すぐに風化して砕け散り、魔力に分解されていった。しかしローズもダイヤモンドも、油断なくジェードの行動を観察している。
ジェードは何も、ただ経験が豊富というだけの理由で百合園に勧誘されていたわけではない。
「最硬」の異名を継がないかという話を受けたのも、発動直後は破壊不能な翡翠輝石の性質を買われてのもの。
黒奴との戦闘では、ソロなら銀冠にも後れを取ってしまうようなジェードだが、対人戦ならば百合園の中核メンバーとも肩を並べうるのだ。
「テメェも結芽のことはドールたちから聞いてんだろ。で、問い詰めようとしたら、協会はコンピュータとの面会を拒否した。こうなりゃ襲撃でもするしかねェってなったわけだ」
「……バカなの?」
「だが、おかしいとは思わねェのか? やけに早い住民の避難誘導。妙に弱っていた猟犬。都合よく出払ってた百合園メンバー……全部、まるで誰かが仕組んだみたいじゃねェのか?」
「それは……」
まずい流れだと、ローズは感じた。ジェードが中立のまま戦闘の経過を黙って見守っていてくれれば楽なのだが、敵に回れば厄介なことになる。
開花は、炭素操作と同様に翡翠輝石と相性が悪い。翡翠輝石は頑丈なうえに燃費がいい魔法なので、まず撃ち込むだけで一苦労なだけでなく、吸い上げられる魔力も大したことがないという厄介な魔法なのだ。
「リリィはここにはいない」
「……でもリリィは、あの墓地の近くで見かけたよ」
ジェードは専用武器である大盾を構え、ローズを睨む。ローズは自分が口下手だったことを思い出した。
ジェードが参戦し、勢いが増す一方の戦況を地上から眺めていたドールたちは、ダイヤモンドと殴り合うジェードを見て困惑していた。
「……そういえば別に、味方になるとは言ってなかったわね!」
「喧嘩両成敗ということなのかな……」
「話し合って分かり合えないなら、殴り合うしかありませんからね」
「姉さん、どこでそんな野蛮な考え方を学んだの?」
肉体強化魔法の技術ではダイヤモンドとローズには到底敵わないことを、ジェードは理解している。ゆえに、動体視力だけを全力で強化し、足りない反射速度は魔力に体を任せることで解決した。
人間の体は電気信号で動く。それと同じように、魔力の信号だけで体を動かすのだ。アイアンは化け物でも見るような目で三人の戦闘を瓦礫の中から眺めていた。
しかしこれは細かく素早い動作を行える技術ではあるが、繊細な魔力制御や集中力を求められるだけでなく、攻勢に出るには不向きな技術だった。
実際ジェードは、二人の戦いの間で攻撃をいなしつつ相打ちを狙うような立ち回りしかできていない。それだけでもとんでもないことだが。
「ジェードって強いのね……」
「当然だ。あの『翡翠』の魔法少女だぞ」
「うわっ、痛くないのそれ」
「痛いが……貴様に痛みは無いのか?」
「気にならないわね」
血みどろのドールに匍匐前進で近づくのは、手足の一部をダイヤモンドに変えられて行動不能になったバール。
バール率いるチーム猟犬も、かつてジェードに対人戦闘のいろはを教わっていた。不意打ちのやり方、連携の取り方、敵の騙し方、未知の魔法への対処法など、教わった内容は多岐に渡る。
「我々にすら、彼女の詳細な情報は伏せられている。まず確実に、魔法少女歴は詐称しているだろうな。たった五年程度の経験値ではない」
「ふぅん。どうでもいいわね」
「……貴様……いや、アレは秘匿されていたか」
「アレってどれよ」
「どれだろうな」
本能のままに足に生えていた結晶を踏み砕こうとするドールを、ファンが風で空高く吹き飛ばす。空中で少しだけ酸素を薄くしたので、落下する頃には静かに眠っていた。
そんな風にふざけている間にも、ジェードたちの戦闘は加速していた。
空中でジェードはダイヤモンドの剣の軌道を繊維状に生成した翡翠輝石で逸らし、ローズの種子弾を避けられないように進行方向には魔力防壁を張る。
翡翠輝石とは違い、防壁はダイヤモンドの体当たりで簡単に破壊されてしまう。だが、それも狙いのうち。
体当たりの瞬間、ダイヤモンドの体勢が崩れた所をローズが狙うとき、銃口は自分に向かなくなる。その隙を狙い、ジェードはローズに向けて盾をぶん投げた。
「ぐっ……!」
いかに魔法少女といえど、重い大盾を投げるには予備動作が必須になる。だが魔力による肉体制御は、通常ではありえない動きも可能にする。
多少筋繊維が千切れる音は聞こえた気がするが、気にしなければノーリスクで零から百に動きを繋げることができるのだ。
流石のローズも、「最硬」と名高いジェードの盾が猛スピードで直撃すれば動きが止まる。
そして動きが止まれば、ここぞとばかりにダイヤモンドの追撃が来る。しかしそれも、ジェードが見ている。
「一度戦うのやめて、落ち着いて話し合うって選択肢は?」
「無い!」
薄く展開した防壁を刃物のように進行方向に置けば、ダイヤモンドも急ブレーキをかけざるをえない。
ギリギリまで気づけないほど薄く展開されていたので、掠ったコスチュームが斬り裂かれ、若干血が流れるが、ダイヤモンドは気にしない。
それ以上に、普段は中衛で仲間の補助に徹するジェードらしからない戦い方に違和感を感じていた。
「らしくないね。いつもより随分と攻撃的じゃない?」
「んー? ……あー、周りに影響されやすいタイプだからね。私も冷静じゃないかも」
「戦いを止めたいなら協力して。そいつを止めればおしまい」
「どうして貴女の言うことを聞かなきゃいけないのかな?」
本人の言う通り、冷静ではないのだろう。今のところジェードは、突然乱入してアイアンをダウンさせただけで、それ以外はただ暴れているだけだ。
しかし話し合いが通じそうな気配は無く、ローズたちは協力してジェードを止めるしかないのではないかと思い始めていた。




