第七十話 最優VS最恐
ビルの壁を突き破り、ドールが大通りに落下してくる。ファンが風を操ってうまいこと受け止めるが、傷は浅くない。
「随分と派手にやられたね」
「強敵だったわ! でもまだやれるわよ!」
「やらせないよ?」
追撃するように飛んでくる鎖も風で弾くと、ドールは不服そうな顔でファンに大人しく抱えられた。
戦況は黒奴殲滅委員会にとっても猟犬にとっても芳しくなかった。両チームのメンバーはリーダー格以外は負傷しているが、戦意は消えるどころか燃え上がる一方。
バールは分断していたメンバーを呼び集め、最初と同じように大通りで対峙する構図にしてみたものの、ここからどうすればいいか分からなかった。
アイアンは終始稽古をつけるように手加減してきて、目的が掴めない。メンバーを見てみると、チェインは特に激しく消耗している様子だ。
「すぐにでもローズが到着する。どういうつもりなんだ、アイアン……!」
「そりゃあ、こういうつもりさ」
アイアンが指さした先から、膨大な魔力の反応。猟犬は咄嗟に回避行動をとるが、攻撃は既に終了している。
「――炭素操作」
前兆もなく、猟犬の手足から透明な結晶、ダイヤモンドが肌を突き破って現れた。いや、現れたというよりも、肌がダイヤモンドに変化したと言うべきだ。
この魔法に、猟犬のメンバーは見覚えがあった。対象に炭素が含まれていれば、問答無用でそれを操作できる恐ろしい魔法。
かつての猟犬のメンバーで、花園の生き残りだった「牡丹」の魔法少女ピオニーを再起不能に追いやり、「最恐」の異名をつけられた魔法少女の専用魔法。
「なぜ、貴女がここにいる……! 『金剛石』のダイヤモンド!!」
「……選んで。死ぬほど痛い目に遭うか、このまま黙ってそこに這いつくばるか」
透き通る結晶をアーマーのように随所にちりばめた、騎士甲冑とドレスが混ざったようなコスチューム。彼女こそ、「金剛石」の魔法少女ダイヤモンド。彼女はいつの間にか、大通りに佇んでいた。
片手には専用武器であるダイヤモンドの剣を握り、魔力を迸らせて臨戦態勢であることが誰の目にも明らかになるようにしている。
黒奴殲滅委員会のメンバーには、ダイヤモンドがただそこにいるだけで、膨大な魔力に押しつぶされそうな感覚があった。
「今日は協会から要請を受けたと……!」
「それ嘘。アイアンに頼まれて、貴女たちを一網打尽にするために待機してた」
「なっ……!?」
「言っただろ、第二世代は嘘吐きだってな」
バール以外はすっかり戦意を失ったようで、ぐったりと地面に横になっている。それもそうだ。誰だって、あのダイヤモンドと戦おうとは思わない。
ドールは突然の乱入者を敵とみなしたのか、糸を飛ばそうともがいていたが。ファンたちが止めなければ本当に攻撃していたかもしれない。
「何のためにこんな……まさか、国をひっくり返すつもりか!?」
「違う。貴女たちを狙ったのは単純に……」
ダイヤモンドが話し切らない間に、音速を超える速度で弾丸が飛んでくる。しかし彼女は、慣れた様子でこれを斬り裂いた。地面にめり込んだ弾丸の破片は、癇癪玉のように小さく弾けた。
「……ローズとの一騎打ちで、水を差されたくなかったからね」
「こちらローズ。場所は新都心。……ん、アイアンとダイヤモンドが目の前にいる」
「目の前ってほど近くなくない? 下りてきなよ。久しぶりに、喧嘩でもしよう」
ダイヤモンドが現れたのとは逆の方角のビルの上。スナイパーにしては目立ちすぎるコスチュームの魔法少女が、電話しながらライフルを構えていた。
その魔法少女には黒奴殲滅委員会も見覚えがある。「薔薇」の魔法少女ローズ。結芽を連れ去った魔法少女だ。
対価を払い過ぎて理性が薄くなっていたドールが今度こそ敵だと襲い掛かろうともがくが、やはりそれはファンたちが必死に止める。
「久しぶり、アイアン。じっとしてるつもりはある?」
「悪いができねェ相談だな」
「そう。じゃあ……敵だ」
巨大な赤い花がビル数棟を飲み込みながら開花し、透明な結晶に変化して砕け散る。破片は一つ一つが鋭い礫となってローズに襲い掛かるが、専用武器を振り回してそれら全てを弾き落とした。
その隙を見て接近していたアイアンだが、ローズは油断なく薔薇の花弁を模したようなドロワーズの隙間にもう一丁の専用武器を生成していた。
アイアンは咄嗟に専用武器を鉄板に変え、防ぐのではなく弾いてを弾丸をやり過ごす。撃ち込まれれば、魔力を吸われて開花が発動してしまう。
ローズの専用魔法「開花」は、撃ち込んだ対象から魔力を吸い上げて種子を開花させ、吸った魔力の量に応じて爆発を起こすという魔法だ。
自前の魔力がほとんど要らず連射が容易で、当てれば敵のスタミナと体力を一気に削れるという、なかなか凶悪な性能をした魔法だ。
「……相変わらず、面倒な魔法」
「それはお互い様でしょ」
しかし開花は、ダイヤモンドの炭素操作と相性が悪い。種子も花も、魔法で作られたものとはいえ炭素を含んだ正真正銘の植物。つまり炭素操作の効果の対象ということ。
種子弾は何発当てようがダイヤモンドの結晶に変えられてしまうし、開花できても爆発の前に結晶にされる。
そのうえ、専用武器を槍に変形させたアイアンが常に機を伺っているこの状況。ローズはため息をつかずにいられない。
猟犬が既に始末されていたのは、少し想定外だった。黒奴殲滅委員会は所詮、魔法少女歴数ヶ月の魔法少女ばかりで構成されたチーム。
最近は金冠黒奴との戦闘で入院していたし、まさか猟犬といい勝負になるとは思っていなかったのだ。
「本当に……面倒なことをしてくれる」
空中に巻き上げられたビルの瓦礫をジグザグに跳ね回りながら、ダイヤモンドが剣を構えて襲い掛かってくる。硬度と鋭さだけでどんな障害も斬り裂く剣は、当たれば大怪我は必至だ。
ダイヤモンドに斬られるということは、炭素操作を剣伝いに発動させられて体の内側から引き裂かれることを意味する。
ローズは種子弾ではなく魔力弾を銃から放ち、反動で後ろに吹っ飛びながら攻撃する。しかし逃げる先に回り込むようにアイアンが待ち構えていた。
アイアンには二人の超高速戦闘についていけるほどの実力は無いが、来るのをじっと待てば一瞬のタイミングを狙って狙撃することは容易い。
槍型に変形させた専用武器を、さらに長く伸ばすだけ。ただし、ローズでも対応できるかどうかギリギリの速度で。
「今ッ!」
「今かな?」
槍をどうにか回避したローズだが、ダイヤモンドはその間にも接近してきている。ついに間合いに入り、剣を振るう――が、刃が届く寸前に気づく。ローズのライフルの銃口から生えた、一輪の花に。
「残念、自爆技」
「チッ……!」
逃げる先にいたアイアンも巻き込み、巨大な爆発が起きた。




