第六十三話 第一〇八魔法研究所
白衣野郎は結芽に魔法を封じるという手錠をつけると、安心したのか聞いてもないことをべらべらと喋ってくれた。
「この第一〇八魔法研究所は、君たち魔法少女の未来のためにあるんだよ。君は考えたことがないかね? リリィに頼り切った現体制の危うさを。特定の少数に未来を支配された現状を」
最初に案内されたのは、何かを培養するポッドが並べられた場所。SFなんかで見たことのあるような緑色の液体の中に浮かんでいるのは、人間だった。
胎児、乳児、幼児。赤子の育つ過程を見せられているだけなら良かったが、ポッドの中の子供たちは生きている。
小学生くらいまで育った子はポッドから出され、装置で教育を受けるらしい。自慢げに語る研究員たちは、控えめに言って気持ち悪かった。
「そもそも、未来ある若者がなぜ戦いに駆り出されなければならない? 魔法少女などという危険な仕事を、なぜ彼らに任せなければならない?」
次に見せられたのは工場だ。魔力を動力に利用したパワードスーツ、ヘルメット、銃。魔法少女でなくとも、魔法を使えるようにする道具。
ジェードであれば簡単に防げる程度の威力というのが、魔法少女全体で見るとどの程度なのかは分からないが、革新的であるのは間違いない。反魔が知れば調子づくだろう。
ここでようやく白衣野郎がしているのが魔法少女に戦わせないための研究だと分かったが、それがあのクローンを作る理由になるとは思えない。
というか、こんな兵器を作っておいてなぜクローンが必要なのか。まさか大人の命も大事だなんて言うつもりかと、結芽は白衣野郎を睨む。
「……魔力兵器の開発は成功だった。でも、これらの性能は、灰冠程度の黒奴すら倒せないほど貧弱だった」
最後に通されたのは視聴覚室のような部屋だ。正面には大きなスクリーンがあるので視聴覚室のようだと思ったが、よく分からない機械がたくさん置かれているので違うかもしれない。
椅子に座らせた兵士たちは、鎖まで持ってきた。手錠よりは簡単に壊せそうだなと思ったので、魔力武器を構えるジェードには落ち着くようにアイコンタクトをとる。
結芽が大人しく縛られると、白衣野郎はスクリーンに映像を映す。黒奴に惨殺される白いパワードスーツの大人たちの映像だ。
結芽は無修正のその映像を、白衣野郎への殺意はそのままに無表情で鑑賞する。魔力兵器について、ジェードは何も知らない様子だった。長年魔法少女を続けているジェードが。おそらく協会の許可を得て作られたものではないのだろう。
ゆえにまず、銃が映る度に銃刀法はどこにいったのかと聞きたくなってしまう。次に、誰かが殺されるたびにそいつらの経歴が気になってしまう。
そして、最後に一葉に黒奴を始末させているのを見て、結局何がしたいんだと思ってしまう。
「……ああ、クローン魔法少女ってこと? がっつり違法行為だし、そんなので守られたって嬉しくないよ」
「量産型魔法少女と呼んでほしいものだな。我々はこのやり方の方が、君たちが命がけで戦うよりも、よほど人道的だと考えている」
「結局あの子たちが命をかけてる点についてはノーコメント?」
「彼女たちの練度が上がれば事故率は下がるさ」
「ふざけてる」
命がけで戦わせるくせに、あんな牢屋に死体を放置するような扱いなのか。結芽は手錠を引きちぎりかけるが、翡翠にそっと手を重ねられて冷静さを取り戻す。
「有象無象じゃ金冠黒奴には敵わない」
「今の君たちも同じじゃないか。リリィか、ローズか、ダイヤモンドか、マリーゴールドか、リコリスか……他に誰か、金冠を一人でも相手にできる魔法少女がいたかね?」
「なら結局リリィに頼り切りの体勢は変わらないんじゃないの?」
「一般家庭からリリィが生まれたように、量産型の中にも同じような魔法少女現れる可能性がある」
「……あの子は失敗作とでも呼ぶつもり?」
「たった一つの成功の影には無数の失敗がつきものだ。彼女のことは尊い犠牲とでも呼んであげれば満足かね?」
白衣野郎が指を鳴らすと、スクリーンだと思っていたものが窓ガラスに変わる。窓からは広い空間が見下ろせて、山の下がかなり削られていることが分かった。近所の農業に影響が無ければいいが。
「彼女もまた、その一人に過ぎない。……あるいは本当にリリィになれるかもしれんがね」
だだっ広いだけで何もない空間に余計なことを考えてしまった結芽だが、農業への心配はそこに現れた透葉によって掻き消される。
結芽は思わず白衣野郎に襲い掛かろうとして、鎖がガチャリと音を立てて、引きちぎるのはまだだと思い出す。
「……向こうでパソコンを弄ってる人たちは、人工的に裂け目でも作ろうとしてるの?」
「勘がいいじゃないか。裂け目ができるまではしばらく時間がかかる……良ければ解説してあげよう」
白衣野郎の話はどうでもいいので無視して、結芽はジェードに話しかけた。
「裂け目って人工的に作れるの?」
「無理だよ。魔法がどうとか関係なく」
「断言するね」
「これについてはね。……でも、あの人たちは本当に裂け目を作ろうとしてる。あの人の説明は全部デタラメなのに、どういうことだろ……」
認識阻害は便利なもので、こうして普通にお喋りしていても周りは気づかない。今のように会話だけ認識できないようにするような器用なこともできるので、本当に便利だ。
ジェードの言うことが事実なら、パソコンを弄っている人たちはキーボードで何を入力しているのかと思い、結芽は自慢の視力を活かして手元の動きから文字列を読み取る。
すると、キーボードの文字の配列が結芽の知るものと同じなら、彼らは特に意味の無さそうな文字を延々と打ち込んでいるだけということが分かった。
まさか新手の魔法少女かと思いジェードに尋ねるが、魔法どころか魔力の気配も感じられないらしい。黒奴が現れる裂け目の原型のようなものは、既に完成しているというのに。
「……ん? 待て、実験は108番を使うはずだろう」
「識別符号確認……い、1番です!」
「作業中断! 放送機の電源をつけろ! マイク持ってこい!」
しかし何かに気づいた白衣野郎は裂け目の生成を止め、下の実験場に放送で声を飛ばす。
何事かと思い、結芽も覗き込む。身長的に見えない位置だったので、鎖を引きちぎって椅子から立ち上がり、窓に近づいた。
『話が違う! 透葉には手を出さないって約束でしょ!!』
「このッ……お前は黙って大人しく従っていればいいんだ! 父親の言うことが聞けないのか!!」
「そりゃ聞けないでしょ、こんなのの言うことなんて」
「なッ……!?」
一葉と透葉が同じ場所にいる。今が好機だと判断したジェードは窓を突き破って実験場に乱入し、結芽は手錠を破壊して白衣野郎をぶん殴った。
ジェードの認識阻害の効果が消え、ようやく兵士たちが結芽に銃を向ける。しかし既に、結芽は白衣野郎の肩を外して首に手錠だったものの鋭い欠片を突きつけていた。
「銃を捨てて両手を挙げて動くな」
白衣野郎に人質としての価値があるかは分からないが、最悪あの銃なら引き金を引くのを見てから回避でも余裕なので、結芽に焦りは無かった。
幸い兵士たちは大人しく銃を下ろしてくれたので、肩の痛みにもがくクズをどうにかすればおしまい……とはならない。
けたたましい警報音が鳴り響き、明かりが分かりやすく赤色に変わる。あからさまな非常事態だ。
まさか白衣野郎が救援でも呼びやがったかと思ったが、そうさせないために肩を外している。実際、痛みでそれどころではなさそうだ。
結芽が状況を把握しようと努めていると、割れた窓からジェードが透葉を抱えて戻ってきた。
「緊急事態だよ、結芽」
「……裂け目が広がってる」
「黒奴が来たらこの基地はもたない。私と一葉やスーツの人たちなら多分大丈夫だけど、その人と透葉は……」
「連れて逃げろって? こいつも?」
「仮にも一葉のお父さんだから」
「……分かった」
白衣野郎を左肩に担ぎ、透葉を右腕で優しく抱きかかえると、結芽は破壊音から遠ざかるように走り出した。




