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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第六章 夏はまだ終わらない
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第五十八話 違和感

 協会の支部は、必ず宿泊できるような設備が整っている。誰でもいいからどこかの魔法少女チームに泊まってもらって、近隣を守ってもらいたいためだ。

 地下に訓練場が併設されるほど大きな支部はそれほど多くないが、宿泊施設だけ用意された建物はそこそこ多い。


 夜、日も暮れ切ったころに翡翠たちがたどり着いた支部も、そういった建物の一つだった。魔法少女用のアプリから利用申請を出して一室を借りた翡翠は、こっそり結芽を連れ込んで鍵をかけ、すぐに布団を引っ張り出し、広げもせずにその上に飛び込んだ。


「まさか散歩で獣道を歩くことになるとは思わなかった……!」

「いや、ごめん。普段私が散歩してるコースを選んじゃった……」

「普段からあんな道を歩いてるの!?」


 翡翠が疲れ果てている原因は、散歩道だと言って結芽が案内した山道を延々と歩き続けたせいだ。舞ほど魔力を隠す技術に秀でていない翡翠は、魔法を使ったことを咎められたら面倒そうだからと、自分の身体能力だけでその山道に挑んでしまった。その結果がこれである。


 肉体強化魔法があるとはいえ、魔法少女としてやっていくにはちゃんと体を鍛えないと話にならない。そのため翡翠もそれなりに鍛えてはいたのだが、結芽にはついていけなかった。

 ちなみに、明日は筋肉痛で苦労しそうな翡翠の足をマッサージする結芽は平然としている。ゲームや読書も嗜むが、実家にはネット環境が整っていないので娯楽といえば外で走り回るくらいだったので、昔からこの辺りの山は庭のようなものなのだ。そして昔から熊狩りもしていた。


「夕食は……インスタント食品しかないか」

「……まあ、こんな所にまで人を派遣していられないだろうからね。冷蔵庫には冷凍食品とかもあるんじゃないかな? 新都心支部とか横浜支部とかになれば、ルームサービスとか色々充実してるらしいけど……」

「へえ」

「あんまり興味なさそうだね……」


 舞のためのご飯を作る必要が無いなら、結芽にとって食事とは必要な分の栄養を補給するための作業に過ぎなかった。

 もちろん美味しいに越したことは無いし、腕を磨く意味でも日々工夫しながら料理しているが、こういうときはカップ麺でも何でも良かった。それこそ牡丹鍋でも。


 ケトルでお湯を沸かし、注いで三分。翡翠をお姫様抱っこで椅子まで運んで、一緒に食卓を囲む。


「いただきます」

「いや待って、今の怪力は何?」

「美音たちから聞いてない? 私、結構力持ちなんだ」

「いや今のは明らかに魔法に片足突っ込んでたでしょ。魔法じゃなくても超常現象の類よ」

「そう?」


 翡翠は、結芽が筋肉の分平均よりも少し重いはずの自分を運ぶ際、体幹が一切ブレていなかったことを見逃さなかった。

 結局昼食もとらずに日が暮れるまで山の中を歩き続けられる体力もそうだが、どこか違和感がある。体育祭のときも身体能力を見せびらかしていたと翡翠は聞いていたが、いくら何でもおかしい。


 カップ麺がのびてしまうのも気にせず、モチーフである勾玉を握りながら魔力を探ってみるが、魔力の反応は無い。不自然なほどこれっぽっちも、魔力の欠片も見当たらなかった。


「……あの山道は散歩道だって言ったでしょ。昔からこうなの。おかしいって思わなくもないけど、そういうものなんだから仕方がないでしょ。多分、体質ってやつだよ」


 髪を梳かし、顔をむにむにと触り、肩から腰にかけて手を動かし、足を揉んでも納得しようとしない翡翠を引っぺがしながら、結芽はそう言った。


「……一週間前、何をしてたか覚えてる?」

「え?」

「だから、一週間前。何でもいいの。どこで、誰と、何をしてたか」

「えー……夏休みなんて、同じような日の繰り返しだから、あんまり覚えてないというか、何と言うか……」


 結芽は、夏休みに入る前のことは覚えている。五月の末に体育祭があり、六月の頭くらいに新都心でのトラブルに見舞われ、その後はいつも通りの日常を過ごしていたはずだと。



 ――――翡翠さんの持ってきた旅館のチケット、なぜか5人分だったのよ。その上、先輩たちは来ないって言うし。



 誰かと、どこかに行こうと約束をしたような気がする。どこだったか。そこで、何があったのだったか。頭痛がしてくる。


「……結芽?」

「聞きたいのは……本当に、一週間前の話? もっと、前のことじゃなくて?」

「……気分が優れないなら、無理に思い出さない方がいい。……その手のやり口には覚えがある」

「……」


 さっさとカップ麺の残りを食べきった結芽は、すぐに風呂を沸かし、まだ湧ききらないうちに翡翠をリビングに残して脱衣所に向かった。


 頭痛は吐き気と眩暈に変わっていた。体が異常に強い結芽は風邪すら引かないので、これまで気分が悪いという経験を滅多にしてこなかった。それゆえか、体調不良は深刻なもののように感じられた。


 何も考えないようにしながら歯を磨き、服を脱いだ結芽は、シャワーで汗を流す。しかしシャワーの水を浴びて、記憶が蘇ってくる。

 あの日、あの時、あの場所で、雨に打たれた記憶が。泥に塗れた記憶が。皆の恐怖、絶望。怒り。黒い、巨大な、何かが、爪を――


「何の音!? ……って結芽! ちょっと、そんなに深刻なら言ってよ!」

「そんなの、どうでもいい……!」

「どうでもいいわけっ……!?」


 気づかぬ間にシャワーを取り落としてしまっていたのか、大きな音を聞いた翡翠が風呂場に入ってくる。結芽は、翡翠の服を濡らしてしまうのも気にせずに掴みかかった。


「私は海に行った!?」

「っ……」


 翡翠は目を逸らす。結芽の中で蘇りつつあった記憶は、完全に戻ってきた。海、金冠黒奴(クロヌ)、ライフセーバーズ、海防魔法少女。


 記憶は消されていた。信じたくないが、おそらく舞の手によって。愛する姉の手によって。

 眩暈や吐き気はいつの間にか治っていたが、結芽はそれとは別に寒気を感じた。


 姉が何をしようとしているのか、それが分からないことによって。





「私、明日殺されないよね……」

「私の我儘だから大丈夫」

「何も大丈夫じゃない……リリィの嫉妬とか怖すぎる……今からでも別々の布団で寝ない? 寝汗とかで臭いかもよ? それに、こう言っちゃ何だけど、そんなに親しい仲でもないでしょ?」

「……」

「……分かったからそんなに強く抱きしめないで、内臓が破裂しそう」

「あ、ごめん」


 翡翠はあの後、一人じゃ心細いと言い出した結芽に引き留められて、一緒に風呂に入ることになった。翡翠が今言ったように、そんなに親しい仲でもないのに。


 しかも今は同じ布団で、結芽が一方的に抱き着くような形で寝ていた。信じていたものに裏切られたような気分だろうし、無理もないかと翡翠は寛大な心で見逃したが、それはそれとしてこの状況をリリィに見られたら消されそうで怖かった。


「……リリィは九年もこの世界を守ってるんだから、そう心配しなくていいと思うよ」

「……そうかな」

「何でもかんでも自分の思い通りにしようとするなら、今頃リリィを王か神にでもした大帝国が誕生してると思わない?」

「思わない。お姉ちゃんは私のお姉ちゃん」

「あ、そう」


 仄かに狂気すら感じられる結芽の言葉に、姉が姉なら妹も妹だと、翡翠は理解した。


「……でも私は、お姉ちゃんの妹でいられないのかも」

「……」


 翡翠は思った。泡沫家の家族関係にどこまで踏み込んでいいものなのか、と。一度踏み込んだら、どこまで付き合わされるのだろうか、と。


「……私にはやっぱり、リリィが貴女の不利益になるようなことをするとは思えないかな」

「……じゃあどうして、私に……」

「貴女を守る。世界も守る。どんな手段を使っても。……そういうことじゃない?」

「……」



 姉が自分を必要な犠牲として切り捨てることはなくとも、多数を救うための餌にすることはあるのかもしれない。結芽は結局、どうすればいいのか分からなかった。

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