第五十七話 ほぼ他人同士
「……リリィに妹がいるって話は何度も耳にしたけど……手を出したら死ぬより苦しい目に遭うって噂も聞いたけど……まさかそんな身近にいるとは思わないよ……!」
「まあ、隠してたからね」
「そりゃあ隠すよ! あいつも接触してくるわけだよ! はっ……まさか、私以外の黒奴殲滅委員会のメンバーはこのこと知ってたり!?」
「美音と千風はちょっとした縁で知ってるけど、それだけだよ」
翡翠が魔法で飛んで空から見つけたコンビニのイートインスペースで、二人はパッキンするあのアイスを溶かしつつ涼みながら話していた。冷房の利いた店内には二人以外いなかったので、翡翠が軽く認識阻害をかければ簡単に密談ができた。
もういけるかと思った結芽がチューブの中のアイスを齧り、チューブごと髪千切ってしまっている隣で、翡翠は頭を抱えて机に突っ伏していた。
魔法少女ではない一般人としての翡翠視点であれば、魔法少女リリィは文句のつけようのない存在だ。今の時代、安心は力の有無のことだ。リリィが守ってくれるなら、明日も今日と変わらなず過ごせると安心できる。
だがジェードとしての翡翠視点では、その強さは恐怖と同義になる。リリィはこの世界でおそらく最も自由にできる人間だが、それはつまり気まぐれやその場のノリだけで人類を滅ぼしうるということだと、ジェードは思っている。最悪なことにそれは事実だ。
「むごご……」
「……はあ。『実力は信頼してるからしばらく預ける』って言われてもなあ……」
結芽はアイスを食べながら包装を口から取り出そうと悪戦苦闘している。それを見つめる翡翠の目は、先ほどまでの友人に向けるようなものからすっかり変わっていた。
無理もないだろう。何せ、こんなのでもあのリリィをこの世界に留める最後の鎖のようなものなのだ。翡翠からすれば、対応を間違えれば星ごと滅ぼされかねない爆弾なのだから。
舞が祖父母の家に泊まる間翡翠の世話になることについて、結芽から異論はなかった。それほど、あの家の居心地は最悪の一言に尽きるのだ。何なら野宿も覚悟していたと言えばその程度も分かるだろう。
急に転がり込んで迷惑をかけている自覚はあったので、翡翠が多少結芽を雑に扱っても、それで結芽が怒ることはないし告げ口もしないので心配はいらないのだが、翡翠はそんなことを知る由もなかった。
ちなみに結芽には、自分がリリィを縛る最後の鎖だという自覚が残念ながら足りていない。足りているなら、新都心であんな無茶はしていない。
「緑川さんが嫌なら、私は野宿でも全然いいよ。熊とかイノシシくらいなら撃退できるし、川もあるから水にも困らないし」
「いやダメに決まってるでしょ。この近くの協会の支部で部屋を借りるから、そこで泊まるよ」
「泊まりの予定じゃなかったみたいだけど、町は大丈夫なの?」
「……チームには連絡入れておかないとか。町の方は……まあ、あの近くなら余るほど魔法少女がいるから大丈夫」
結芽がリリィの妹だということは分かった。だがそれはそれとして、翡翠にとって結芽は可愛い後輩の大切な友人だ。
若干関係は遠いが、こんな田舎の山奥で野宿をするとまで言われてしまうと、無理にでも引き留めざるを得ない。熊もイノシシも出るならなおさらだ。
実際には結芽は、熊もイノシシも撃退どころか討伐して血抜きやら解体やらしたうえで、その日のご飯にもできるようなサバイバル力を持っているのだが、翡翠はまだそれを知らないので、強がっているようにしか見えないのだった。
「と言っても、まだお昼前だし……どこかで時間を潰そうかと思ったけど、この辺りってなんにもない感じ?」
「山と川があるよ」
「ほとんど人の手が入ってないからキャンプもできそうにないけどね……」
「じゃあ何もないよ。協会の支部とやらまで行って、部屋で過ごすとかは?」
「……今行ったら、まだアイツがいそうだからちょっと……」
アイツとは、もちろん墓場で遭遇したあの女性のことだろう。今思い返すと、このバカみたいに暑い中を喪服で平然と歩いていた時点で、ただ者ではないと見抜くべきだったと、結芽は反省する。
「そういえばあの人って、結局何者だったの?」
「……まあ、いっか。普通は隠さなきゃいけないことだけど、結芽には伝えておいた方がいいだろうし……」
翡翠は携帯を取り出し、協会のサイトから貢献度ランキングのページを開く。それからでかでかと表示されたリリィから少しスクロールして、すぐに止めた。
そこには十位以下が一覧になって表示されている。結芽はこれまであまり魔法少女について調べてこなかったし、詳しく知ろうともしてこなかったので、いまいちピンとこない人たちが並んでいた。
「協会のランキングは単純な戦力としての評価だけじゃなくて、どのくらい住民を守ったかとか、黒奴に破壊された町の復旧にどれだけ貢献したかとか、そういうのも合わさってくるけど、アイツは常に上位にいるような魔法少女だから、どみち警戒しておくに越したことはないよ」
「……『彼岸花』の魔法少女リコリス……ワルプルギスのナンバーツーなんだ」
「ワルプルギス全体が悪い魔法少女の集まりみたいに扱われる理由の八割はコイツのせいって言えるくらいのクズだよ」
「そこまで言う?」
翡翠のあんまりな評価に、結芽は食い気味に質問してしまうが、携帯の画面から視線を上げてすぐに映ったのは、憎悪や嫌悪などの負の感情をごちゃまぜにしたような翡翠の顔だった。
「……アイアンが一度魔法少女を辞めたのだって、ブックがあそこまで拗らせたのだって、ダイヤモンドが最も恐ろしい魔法少女だなんて呼ばれるのだって、大体全部コイツのせいだよ。……五年前も……」
「……地球温暖化も?」
「茶化さないで」
「ごめん」
詳しく語るのも嫌なのか、翡翠はすぐにリコリスのページを閉じて、別の魔法少女の紹介を始めた。結芽があまり詳しくないことを理解すると、一層笑みを深めて語り出す。
長く活動していれば、多くの魔法少女と出会う機会があるのだろう。翡翠の話はサイトに載っている簡単な紹介を超えて、それぞれの細かな経歴などにまで及んだので、結芽が飽きることはなかった。
この人とはあの黒奴と戦うときに一緒になったとか、誰と誰はどういう関係だとか、このチームとこのチームは元々一つだったとか、長々と語られていくうちに結芽は気づく。翡翠の同期の話が無いことに。
ランキングに載っているのは、不自然なほどに三年から四年ほど活動している魔法少女ばかり。トップ10は逆に、五年以上活動している魔法少女ばかりだ。
結芽は翡翠の魔法少女としての名前を知らないが、美音たちからベテランだという話は聞いている。そして、四年以上活動している魔法少女を後輩と呼んでいるので、五年以上活動しているのは間違いない。
「それでこの『花崗岩』のグラニットが『流紋岩』のライオライトにドロップキックして、吹き飛んだ先にいた『玄武岩』のバサルトと正面衝突して……あれ、どうしたの?」
「あ、いや、別に……」
「……魔法少女の話ばっかりでも飽きちゃうか! ここで面白い話の一つでもできればいいんだけど、あんまり思いつかないかなー……」
変な視線を向けられていることに気づいた翡翠は、別の話題を探そうとする。しかし互いに互いのことを良く知らない者同士なので、すぐに沈黙が場を包んでしまった。
先ほどまでは気にならなかった蝉の声が、やけにうるさく聞こえる。耐えかねた結芽は、翡翠に問いかける。
「……美音たちはどう? 魔法少女として、やっていけそう?」
「え? ああ、うん。大丈夫だよ。私ともう一人、熟練の魔法少女もいるし、頼もしい後輩も増えたから」
「そっか」
「……」
「……」
魔法少女ではない結芽はそれ以上踏み込めない。話題を間違えたと理解したが、後の祭りだ。再び蝉の声がやかましくなってきた。
稀にしか通らない車が三台ほど通り過ぎてから、ようやく結芽は再び口を開いた。
「……散歩にでも行く? この辺、暑さを気にしなければ景色はそこそこだし」
「そ、そうだね! そういうことなら、ありがたく案内してもらおうかな!」
結局話すことは何もなかったので、体を動かして気まずさを誤魔化すというものだったが。




