第五十六話 墓参り
ガタンゴトンと揺れる電車の振動で、結芽は目を覚ました。横向きになっている自分の視界と、頭に感じる柔らかな感触を疑問に思って視線を動かすと、どうやら舞に膝枕をされている状況のようだった。
「んぁ……ごめん、すぐ起きる……」
「いいのいいの。疲れてるでしょ? 結芽ちゃんはもうちょっと寝てて」
寝ていろと言われても、一度目が覚めてしまうともう一度寝付くのは難しそうだった。とりあえず結芽は舞の膝の上で、自分がなぜここにいるのかを思い出していた。
結芽たちは今、父の実家に向かっていた。たまには顔を出せと親族がうるさかったのだ。もっとも、彼らの目当ては舞だけだが。
とはいえ舞と比較せずに良くしてくれる祖父母には久々に会っておきたかったし、両親の墓参りにも行きたかった結芽は、楽しみな気持ちとうんざりする気持ちが同時に存在した。
舞は親戚の中でもよくできた子として有名だった。魔法少女だと知っているのは結芽だけだが、それを抜きにしても何かと話題になるのだ。
対照的に、結芽は不出来な子として有名だった。昔から力ばかり強くて、幼い頃はヤンチャだったからか、何かと敵視されているのだ。
両親の葬儀のときも舞を巡って無駄な言い争いをしたり、結芽の処分にあれこれ騒いでいたカスの集まりなのだ。祖父母や墓参りのことがなければ、はっきり言って関わりたくない。普段は電話も着拒している。
そのときふと結芽は、なぜ自分が両親の葬儀のことを思い出したのか疑問に思った。あれは結芽的にもそれなりに黒歴史なのだ。滅多なことがないと思い出さないくらいに。
――――えぇっ、忘れちゃってるんですか!?
知らない誰かの声。今日はもうお盆シーズン。夏休みも折り返し。夏休み前半のどこかで会った誰かだろうか。しかし、思い出せない。声の正体がではなく、夏休み前半の記憶が。
――――舞に何かされたって可能性は?
誰かの声。知っているはずの声。皆の声。思い出せない。思い出せない。思い出せない。記憶の空白。幼少期。黒奴。冠。■■さん。頭痛。眩暈。頭に触れる、暖かい感触。
「大丈夫?」
「……んー……」
舞に撫でられているうちに、結芽の意識は再び闇の中に沈んでいく。纏まらない思考は再びバラバラになり、記憶の引き出しの底に仕舞われていく。疑念すら思い出すことができないように、丹念に。
「……まだちょっと定着が甘いかな? ま、どっちでもいいけどね」
結芽の父の実家は、新都心から電車で二時間ほどかけた場所から、さらにタクシーで三十分ほど移動した山奥にある。
来るだけでも一苦労そうなこの場所だが、結芽は人一倍の体力を持っていたのでこれといって問題はなかった。舞の方も、こっそり魔法を使っていたので疲労は欠片も見えない。
たどり着いた二人は荷物を部屋に置いて祖父母に挨拶して……結芽だけはそのまま逃げるように外に出た。祖父母以外の親戚と顔を合わせたくなかったのだ。
「久しぶり……お父さん、お母さん」
祖父母の家から逃げるようにやってきたそこは、結芽の両親が埋葬された墓地だった。泡沫家之墓とだけ書かれたそれは、周囲の墓石と大して変わらない見た目の、ただの石ころだ。結芽なら簡単に破壊できる。
誰かがこまめに掃除をしているのか、周囲には植物に埋もれていたり倒れかかっていたりするものもあるのに、これだけは新品のように綺麗だった。掃除は特に必要なさそうだ。
花は店が近くになく、食べ物も持っておらず、線香も火がダメな結芽は、水場で汲んできた水を適当に墓石にかけて手を合わせるだけでお参りを済ませた。
さっさと墓石に背を向けて立ち去ろうとする結芽の姿は、これといって伝えたいことがなかったというよりも、どんな顔をすればいいか分からないというような様子に見えた。
少し考えてから、夜になるまで散歩でもしようかと思った結芽だったが、墓地には予想外の来訪者が現れた。
「あれ、結芽?」
「……緑川さん? どうしてここに……」
「ただの墓参りだよ、お盆だし。私も、まさかこんな場所で出会うとは思わなかったなぁ」
緑川 翡翠。美音たちと同じチームで活動している魔法少女で、学校の先輩だ。思いもしなかった人物を前に、どうしてなどと聞いてしまったが、墓地に来てすることなど決まっている。
かつての仲間か、救えなかった民間人か、あるいは家族か。いずれにしても詮索するようなことではないだろう。
しかし、一人で散歩するしかないと思っていたタイミングでちょうどよく現れてくれたことは、利用するほかにない。墓参りを終えるのを待って、適当に理由をつけて付き纏おうと結芽は決めた。
そんな結芽に、またしても来客が現れる。
「おや、おやおやおや、これはこれは、ご機嫌麗しゅう、お嬢様」
「……どちら様?」
「貴女のことを一方的に知っているだけの、ごく一般的な魔法少女でございますよ。お気になさらず」
一般的な魔法少女は自分のことを知っているはずがない。結芽は目の前の魔法少女への警戒度を高め――結芽以上にその魔法少女を警戒した様子の翡翠に庇うように抱き寄せられた。
「……何で貴女がここに」
「おや、奇遇ですね。貴女も来ているとは」
「質問に答えて」
「目的は同じですよ。知っている者ならば、ここは毎年だって訪れたいものでしょう?」
「結芽と話していた理由は?」
「ふむ……それにつきましては、知らないならば、知らないままでいた方がよろしいかと」
「あっそ」
「おお、怖い怖い。そんなに魔力を向けないでくださいよ、まだ何もしてないんですから」
結芽にはさっぱりどういうことか分からなかったが、とりあえず目の前の魔法少女が善人でないことだけは確かなようだと理解した。下手に動くよりは、翡翠に抱かれている方が安全であるとも。仄かにいい匂いがする。
魔法少女は本当にただ墓参りに来ただけなのかどうかは分からないが、その後は一言挨拶を言うと特に何もせずに結芽たちを素通りして墓地に入っていった。
そして墓石で姿が見えなくなると、翡翠はすぐに結芽を抱えて空を飛び、墓地から距離を取った。向かうのは山の上の方。駅などからは遠ざかる方向なので、何が何でもアレと遭遇したくないという意思を感じる。
山の中腹あたりにある広場まで飛ぶと、翡翠はようやく一息ついた様子で結芽を下ろした。家までの距離はそこそこあるが、走れば数十分くらいでつけるだろう。
「……あの人は?」
「ロクでもないタイプの魔法少女の中でも、特にロクでもないやつ。でも、何で結芽に……」
「接触してきた理由については心当たりがあるけど、何でそこまで敵意を向ける必要があるの? 同じ魔法少女なのに」
「待って心当たりあるの??」
うっかり口を滑らせた結芽に詰め寄る翡翠。翡翠は結芽よりも二回りほど背が高いので、結芽視点では圧がすごい。
しかしそれで話したりはしない。さっきの魔法少女が言っていたように、知らないなら知らないままの方がいいかもしれないからだ。結芽があのリリィの妹だなんて知っても、まず良いことの方が少ない。
それに、知らないということは、知らされていないということでもあるはず。お姉ちゃんが言っていないなら、結芽にも説明する理由がない。
心当たりの内容について何も言いそうにない結芽を見て、翡翠はすぐに諦めた。体育祭のときも最終的にはダイヤモンドが出てくるほどの事態になったことを思い出したのか、どうしたものかと呟いている。
「説明は私からしてあげようか?」
「っ……リリィ!?」
「あ、お姉ちゃん」
「『お姉ちゃん』!?」
そこに見計らったかのようにリリィが現れ、結芽がお姉ちゃんと呼んだことで、翡翠はそういうことかと頭を抱える。その様子を、姉妹は笑いながら眺めていた。




