第五十五話 戴冠
黒奴の恐ろしさは、対価を必要とせずに莫大な量の魔力を操れるところにある。一説によれば体内に魔力を生成する器官があるとか何とかと言うが、はっきりした情報は無い。
とにかく、黒奴は魔法少女に比べて好き勝手に魔力を使うことができるのだ。特に金冠クラスにもなれば、魔力量にものを言わせてあらゆる攻撃を防ぐような真似もできる。魔術による搦め手を主軸にしてくるものもいるが、今コーラルたちが相対しているクトゥルフ・黒奴はゴリ押しの典型例のようなやつだった。
だからこそ厄介でもある。力技は力技でねじ伏せるか、相手によらずに一定の効果を与えられるような魔法で叩き潰すしかない。今この場に、それができる者はいなかった。
いなかった。過去形である。
「その姿は……というか、何だその魔力は……!?」
「……ま、やりようはいくらでもあるってことよ」
クトゥルフ・黒奴にも匹敵するほどの魔力が、コーラルから発せられている。いつの間にか南の海を思わせるような明るい青色だったドレスは暗い深海のような濃紺色に変わり、ヒトデや貝殻の飾りは荒々しい波を思わせる模様になっていた。珊瑚のカチューシャも色がくすんでおり、全体的に冷たい雰囲気となっていた。
すぐさま黒奴はコーラルに向けて半分くらいが千切れた触手を伸ばすが、今のコーラルにそんなものは通用しない。トライデントの一振りで、触手は根本までそぎ落とされた。
中距離戦がダメならばと、翼が使い物にならずとも強靭な足がある黒奴は跳び上がり、重力と質量と魔力の合わせ技で爪を振り下ろす。直撃はせずとも、攻撃範囲は広いので周囲のコンパスやブルドーザーたちは多少ダメージを受ける。が、その中にコーラルはいない。
「知性が足りなかったわね。……ま、こっちも火力不足感が否めないケド」
背中に飛び乗ったコーラルは尻尾を切り落とし、シップの砲撃とファンが風で上乗せした土で爪が埋まって動けないうちに、トライデントを振り回して背中を斬り刻む。しかし、鱗に覆われた胴体は今のコーラルでも傷をつけるのは至難の業。黒奴が埋まった爪を抜くのにはさほど時間がかからなかったので、大したダメージを与えられていない。
だが多少傷が入ったのを、後衛は見逃していない。鱗が削ぎ落され、地肌がむき出しになった部位を、特にボウやガンは的確に狙い撃つ。
後衛が背中にダメージを蓄積させている間、コーラルは黒奴を正面から迎え撃つ。
真上から鉤爪の振り下ろし。これは横に流してダメージを抑える。バランスを崩したように見えるのはフェイント。すぐに反対の腕が振るわれるのを、飛び跳ねて回避。跳んだところに無数の牙が覗く口で食らいつこうとしてくるが、これはボムとメガホンが黒奴の顔を横に吹っ飛ばす。
優先すべきはコーラルよりもそれ以外だと思ったのか、チクチクと攻撃を続けるボウたちの方を向く黒奴だが、コーラルがその隙を見逃すはずもなく、半ばまで斬られていた翼は完全に切り落とされた。
しかしそれは黒奴の狙い通り。自分の体という最も魔力の濃いものを媒介にすることで、先ほど以上の爆発を起こすための作戦だった。それに気づいたコーラルはトライデントを切り落とした翼に突き刺し、これまで使わずにいた専用魔法を使った。
「っ……『白化』!」
切り落とされた翼の一部が、先に切断した尻尾が、地面が、周囲の水に溶けていた黒奴の魔力が、白く変色しながら劣化し、崩れ去る。同時に、コーラルの纏っていた魔力は出力を少し落とした。
専用魔法、「白化」。効果は魔力を消費し、一定範囲内の物質を急速に劣化させ、破壊するというもの。ただし効果対象になるのは植物や無機物などの生きた動物以外。黒奴にも直接的な効果はない。また、コスパが最悪なので滅多なことがないと使いたくない魔法でもあった。
黒奴もコーラルの魔力が下がったことに気づいたのか、調子づいた様子で鉤爪を振るう。痛みというものが存在しないのか、翼が無くなって動きが鈍るどころか、身軽になって素早くなっているようだった。
「お、押され始めてませんか……?」
「……転身はそもそも短期決戦用の切札だ。あと数分もつかどうか……」
「数分経ったら、どうなるんですか」
「……」
戦いの行く末を見ていることしかできない結芽は、不安そうにロータスに尋ねる。ロータスは何も答えない。協会には、とっくに応援要請を出した。しかしここは都会からそれなりに離れている。リリィを動かすほどの事態ではないと協会は判断するかもしれないし、他の魔法少女であっても来るのには時間がかかる。
要はコーラルが落とされたら終わりなのだ。その最悪な未来を予知できてしまうボウやガンは必死になって慣れない指示を飛ばしながら援護射撃を行うが、フレンドリーファイアの危険もあるのであまり火力が出せない。出せたとしても、それが黒奴に通用するかは分からない。
「私たちだって……負けっぱなしでいられっかよ!!」
「ふひっ、し、死にそう……死にそうなほど……イイっ!」
「だ、ダメッ! メガホン!! 二人を吹っ飛ばして!!」
コンパスとサンドバッグもコーラルに並んで黒奴の攻撃を受け流そうとするが、嫌な未来しか見えなかったガンが叫ぶように指示を出し、黒奴がまだ水たまりに残していた魔力の爆発から逃がした。しかしこの時の衝撃で二人はダウン。前衛はコーラルだけとなってしまった。
仲間二人の危機に一瞬コーラルの意識が逸れた隙に振るわれた黒奴の爪は、ファンがコーラルを抱えて飛んだことでなんとか回避。だが黒奴が足に力を込めているのを見て青ざめた。まだまだ未熟な飛行技術では、飛び跳ねる黒奴から逃れることはできないのだ。
「一人で何とかしようとしないでくだサイ!」
「私達のこと、忘れてないかしら?」
しかし跳ぼうとした瞬間、地面が抉られて黒奴は盛大に転んだ。陸上では砲撃の反動や自重で動きにくいという弱点をブルドーザーが抱えることで克服したシップの砲撃だ。二人が組んだ今のシップは、自走砲の魔法少女と呼んでもいいかもしれない。
起き上がろうとする黒奴だが、手をついた地面にはボムが絶え間なく爆弾を投げ続け、それを許さない。人型ゆえの弊害だ。片翼と尻尾を失った今、黒奴には傷を負った背中を保護する術はない。
黒奴は後ろ足を振り回して暴れようとするも、ロッドの釣糸とバッテリーに片足を抑え込まれ、しれっと戦線に留まっていたドールの糸に左足の制御を奪われていた。
当然ながら抵抗を受けるのでドールは糸を維持するのに膨大な量の魔力を要求されていたが、それは対価である理性を削り続けることで確保し、削られ続ける理性は結芽の手を握りしめることで回復していた。
「っ……無茶してくれるじゃない!」
これで四肢は封じた。ファンの風で加速したコーラルは、残った魔力をトライデントに注ぎ込み、防御を捨てて黒奴を貫かんと突撃する。
そのとき、戦況を俯瞰できる比較的安全な位置で結芽、ドール、カメラ、ニードルを庇っていたロータスは気づいた。黒奴の鱗がぽろぽろと剥がれ落ちていることに。
黒奴が、嗜虐的な笑みを浮かべたことに。
二度目の爆発の後、最早まともに動ける魔法少女は残っていなかった。ロータスでさえ、四人に被害が及ばないようにするために体力を消耗し過ぎた。
コーラルは特にひどい怪我を負っていた。あの状況ではそうするしかなかったとはいえ、爆発に巻き込まれる中でも最後まで防御に転じることなく黒奴に突撃し続けたのだ。その結果は、頭部の一部と冠状器官を削り取るだけに留まったが。
後衛も、黒奴の身動きを封じるために少し近づき過ぎていた。誰も彼もが、コスチュームを保つだけでも精一杯だった。
ドールたちにまだ息があることを確認した結芽は、同時に土煙の向こうで巨大な何かがむくりと起き上がったのを見た。半ば自爆同然の攻撃だったにもかかわらず、黒奴はまだまだ元気なようだ。
しかし、結芽の視線はコーラルが最後の力で弾き飛ばした黒奴の冠状器官に向けられていた。そんなものに意識を割いている暇があれば、今すぐここから逃げなければならないというのに。
ロータスのおかげで結芽はまだ動ける。まだ、動ける。アレに手を伸ばすことも、できる。
明らかに結芽だけを狙った鉤爪が振り下ろされるが、それが結芽を貫くことはなかった。振り下ろされる前に既に攻撃範囲から外れていたし、地面に爪が食い込むころには、既に結芽の手には金色の禍々しい冠が握られていた。
「アンタ、何して……!?」
爪が振り下ろされた衝撃で意識を取り戻したドールは確かに見た。結芽が、頭に被るには大きすぎた冠を、首にかける姿を。
確かに聞いた。結芽が呟いた、その言葉を。
「――戴冠」




