第五十二話 海から来る
黒奴の影響で配信を休んだとはいえ、黒奴殲滅委員会のすることは変わらない。彼女たちは元々、ライフセーバーズに特訓をつけてもらうためにこの町までやってきたのだ。この日は一日、せっかくだからという理由で水中呼吸と水中会話の汎用魔法の使い方を習った。
使いどころは限られるかもしれないが、魔法はいくら使えても損はない。そう思っての行動だったのだが、特訓に明け暮れている間に海防魔法少女が結芽との距離を縮めていたと翠花に知らされた時、美音と千風は少し焦った。もしかしたら結芽の姉目当てかもしれないと思ったのだ。
「ね、ね、ヘアオイルとか何使ってるの?」
「ここのやつ。その辺のお店で簡単に手に入るからおすすめ」
「てっきりもっといいやつ使ってると思ってたなァ……やっぱ大事なのは普段のケアとかなのかァ?」
「そうだね。シャンプーとかリンスも家じゃ普通のやつだよ。ここに置いてあるやつの方が高いまである」
「……それでこの触り心地……」
「ゆ、百合ハーレムが完成してる……! この一日の間に……!」
宿に戻って見せつけられた謎の光景に、二人の心配は完全に杞憂だったと理解させられたが。何をどうしたら一日でそこまで仲良くなれるのかというレベルであった。
友達の友達は友達理論で、その日の夕食はライフセーバーズと海防魔法少女もそれなりに話せていた。とはいえ敵対していることに変わりはないので、結芽ほど打ち解けてはいなかったが。一方の黒奴殲滅委員会は、結芽の友達ということで普通に仲良くしていた。
「軌道が見えても対応できるかどうかは別の話ですけどね」
「私の未来予知も簡単に覆されちゃいますし」
「やっぱり予知系の魔法でしたか……羨ましいですね。私の魔法なんて、ある感覚を別の感覚に変えるだけですよ?」
「いいじゃない。痛みを気にせずに戦えるんでしょ? アタシの糸、便利と言えば便利だけど、魔力の効率がちょっと悪いのよ」
「ならまず体を鍛えるべきね。筋肉をつけるのよ。筋肉は全てを解決するわ。姐御を見れば分かるんじゃないかしら?」
「結芽さんはちょっと方向性が違くないかな……それと美音、そういう戦い方をするなら、私は手段を選ばずに君を止めるからね」
真帆はまだ自分の正体を明かしていないようなのに、食堂でそんな話を堂々としても問題はないのかと思ったが、どうやら気を利かせた翠花が真帆を連れてどこかへ行っていたようだ。もしかしたら今後の作戦についての話し合いでもするのかもしれない。
「ねえ、結芽」
「なに?」
「もしかして、海防魔法少女の人たちって、そんなに悪い人たちじゃないの?」
食事を終えて食器を洗っている時、夏帆が水の音で他の人には聞こえない程度の声量で話しかけてきた。
少し前まで、夏帆視点では海防魔法少女はナワバリを奪って町民から仕事と故郷を奪おうとするチームでしかなかった。というのも、これまではまともに話も聞いてもらえず、とにかく出て行け出て行けと言いながら攻撃されるばかりだったのだ。
ようやく話ができるようになってみて、何か思う所があったのだろう。
「良し悪しじゃなくて、思想が合わないんだよ。あっちは町を守る気がないみたいだから」
「……じゃあ、私たちが町を守って、あの人たちが黒奴と戦う、みたいなのは……」
「何でその話を私に持ち掛けたのかは知らないけど、海での戦闘が不利だから嫌なんじゃない? 人は水の中で生きるようにできてないしさ」
「……難しいね」
夏帆の魔法少女歴はまだ浅い。黒奴殲滅委員会に比べれば長いし経験豊富な先輩もたくさんいるが、本人が積んできた経験はまだそれほどでもない。こういった複雑な状況に巻き込まれたこともなかったのだろう。
そんな相談を受けた結芽はと言えば、話がこんがらがってよく分からなくなっていた。年上でさほど深い関係でなく、かつ相談しやすい相手として夏帆が選んだのが結芽だったのだが、完全に人選ミスである。
とりあえず手を拭いて、頭でも撫でてみる。こんな対応で合っているかは分からないが、結芽にできることはこのくらいしかなかった。
――そして、何もできない時間が来る。
「っ……警報!? 黒奴だ!」
「真帆さんと翠花さんは私が連れて行く。火の始末とかも任せて。夏帆は早く皆と合流して黒奴を。……気をつけてね」
「は、はい!」
一日に二度も黒奴が現れるのは珍しいことだ。日本全体で見れば一日に数体の黒奴が毎日発生しているが、同じ地域に現れるのは滅多に無い。
ふと結芽は、以前千風に連れられて黒奴を倒す所を見に行った時、二度目に現れた黒奴が金冠だったことを思い出す。連続して現れたら二度目に強いのが来るという法則は無いので単なる偶然なのだが、何となく不安はぬぐえない。
急いでキッチンのガス栓をしめ、借り物のエプロンをその辺の椅子にかけると、結芽は翠花の声がする方へ急いだ。
「翠花さん! 避難しますよ!」
「……そうだな。私はお前について行くべきだろう。真帆……いや、コーラル。あの子たちは任せるぞ」
「ええ、任せてちょうだい。……もちろん死ぬ気はないケド」
結芽が着いてすぐに、真帆はコーラルに変身して窓から飛び出して行った。
不穏な会話にどういうことかと思った結芽は、翠花の持っていた携帯を覗きこんだ。魔法少女にだけ提供されている、黒奴の出現情報などを知らせるアプリを見ているはずだと思ったからだ。そしてそれは予想通りで、しかも想定しうる最悪のケースだった。
出現した黒奴は、金冠のようだ。
冠状器官の役割について分かっていることは少ない。どんな黒奴の頭にも乗せられているくらいしか共通点がないのだ。弱点というわけでもなければ破壊されても動きは変わらず、倒した後に回収して調べてみても、構成物質の一つも分からないのだ。構成物質については情報規制が敷かれているだけかもしれないが。
ただ唯一確かなのは、冠状器官の色が黒奴の強さを示しているということだけだ。
「……それが一番だと思うわ」
「異論はないよ」
「右に同じく」
「ボウに同じく」
「待てよテメェら! そいつの要求を呑むってのかよ!?」
「感情の問題じゃないのよ、えーっと……ニードルだったかしら。それしかないの」
金冠黒奴の出現地点は海上。それもそこそこ遠い場所だった。魔力で強化すれば泳ぐスピードはいくらでも速くなるが、水の抵抗まではどうにもならない。黒奴には魔力防壁で抵抗を減らす知能も無いので、まだ作戦会議をする猶予が残っている。
しかし反対意見が纏まらないのであれば、いくら時間があっても意味がない。多数決で決めようとしても聞かず、このままでは何も決められないまま黒奴との戦闘に臨むことになってしまう。
いかに協会の貢献度ランキング上位でワルプルギスの幹部であるコーラルでも、金冠黒奴を一人で相手取るのは不可能だ。難しいのではない。できっこないのだ。命がけで挑んだ所で、時間稼ぎが関の山だ。その上無策となれば、もうどうしようもない。
火力要員というより補助要員なので仕方ないかもしれないが、あのジェードですら銀冠相手に後れを取るくらいなのだ。金冠となれば、一人で撃破できるのはリリィかダイヤモンドかローズくらいのものだ。
「住民の避難はそろそろ終わるはずだもの。このまま黒奴を陸に上げなきゃ戦いようがないわ」
「っ……」
「きひっ……悪ぃなァ、私らもそこまで強くないんだ」
「……ニードル、コンパス。コーラルの言う通りだよ。五人がかりで銀冠もギリギリなようじゃ、海防魔法少女の手助けだってできない。それは分かってるでしょ?」
「くそっ……ロッド! シップ! テメェらは何とも思わねェのかよ!!」
コーラルが提案した作戦は単純で、水上・水中での戦闘を諦め、黒奴が上陸してきたタイミングに総攻撃を仕掛けるというものだった。単純だが、ただでさえ何をしてくるか分からない黒奴の、金冠クラスが相手なのだ。何でもできる用意しておくことが何より重要になる。
しかし海にいるうちに攻撃しないということは、町に被害が出る可能性があるということ。それを認められないニードルが呼び掛けても、同調する者はいなかった。その理由を、ニードルは知っていた。彼女も結芽と話し、結芽の苦悩に触れ、考えに変化があったからだ。
意見はまとまったものとして、コーラルたちは魔法と武器を構えて待機する。
目を合わせた瞬間に殺されるかもしれない。わけの分からない魔術で一網打尽にされるかもしれない。あるいはテレポートでもして背後から奇襲を受けるかもしれない。黒奴について事前に得られる情報は、日本中に張り巡らせたセンサー網による出現予測だけなのだ。おかげで、まだ黒奴がどんな見た目をしているかも分からない。
そのとき、ドールたちは見た。海中から巨大な翼が広がるのを。直後、海防魔法少女が魔力防壁を展開。急襲に備えた。
「あいつ、飛んでッ……!?」
しかし、飛び掛かってくると思っていた黒奴は海防魔法少女もライフセーバーズも黒奴殲滅委員会も無視して、真っすぐに町を襲いに行った。その方角はちょうど、旅館からシェルターに向かう道方角だった。




