第五十話 ギリギリの町
「つってもなァ……理由ってほどデケェもンはねェぞ?」
「私が聞きたいだけ。言いたくなければそれでいい。部外者だもん。弁えるよ」
「弁えてるとは思えないほどグイグイ来てるけどね!」
「まーいーんじゃなーい? 話して不都合なことがあるわけでもー……ないしー……」
聞かれたくない話は終わり、いつまでもに留まる理由は無かったので、結芽たちは旅館の隅にあった卓球のできるスペースに集まって話していた。冷房もつけて、飲み物も用意して、話の内容から目を逸らせば女子会といった様相だった。
「私の場合は郷土愛ってのもあるが、そういうのについてちっとばかし考えてた時期があったな」
「意外だね! そんな悩みとは無縁そうに見えるのに」
「祭里は後でしばくとして、そン時に部活の先輩と話したンだ」
「えっ、しばかれるの?」
祭里の疑問には答えずに、六葵は語り始めた。
六葵にはかつて、何をしても町人から認められないどころか邪魔者扱いされる自分たちの活動に疑問を抱き、精神的に不安定になっていた時期があった。
魔法少女に変身して戦うのは、義務ではない。戦えるなら戦えと協会には言われるが、何もしなくてもいいのだ。この町で活動を続けてそれほど経っていなかったが、それでもその時の六葵は魔法少女の引退を視野に入れ始めていた。
命がけで戦って得られるのが協会からの僅かな報酬だけなのだから、それも無理はない。郷土愛だけではやっていけないのだ。
『先輩は……明日世界が滅ぶことを自分だけが知ってたら、どうするっすか?』
『急な話題だね? なになに、心理テスト?』
『……そんなとこっす。世界の滅びは誰にも知らせることができなくて、代わりに滅びのことを忘れることはできるとしたら、どうするっすか?』
『妙にシチュエーションを指定してくる心理テストだね……』
言動は威圧的な六葵だが、部活は文芸部だった。夕日に照らされた部室で、六葵はこのまま普通の女子高生として穏やかに生きた方が幸せなんじゃないかと思い、部活の先輩に遠回しに魔法少女活動との向き合い方を相談した。
既に普通の女子高生のレールを盛大に踏み外しているので、自分ではどうすればいいか分からなかったのだ。ゆえに、魔法少女と何の関係もない先輩に聞いた。
『……今日と同じように過ごすかな』
『同じ?』
『うん。朝起きて、ご飯食べて、登校して、勉強して、部室で六葵ちゃんと話して、下校するの。最後だからって、この幸せな日常を崩したくないかな』
その時、ポケットに入れていた携帯が震えた。ついでに校内にけたたましい警報音が響き渡る。黒奴が現れたのだ。
『……先輩は先にシュエルターの方、行ってて欲しいっす』
『え? あ、うん。……六葵ちゃんも早く来てよ?』
認識阻害を利用しながら適当に言いくるめて、先輩を避難させる。六葵の手にはモチーフである裁縫針が握られていた。迷いは振り切れた。後は進むだけ。
町の人間がどうなろうと知ったことではなかったが、先輩の幸せな日常だけは壊させない。黒奴にも、カスの大人どもにも。
そのためなら、命がけで戦うことだって怖くもなんともない。
「……って感じだな」
「立派だねー……私なんて……変化を恐れて……ただこの町から、本当に出たくないだけなのに……ほんと、立派……なんか、情けなくなってきた……」
「雲はいつも変わらずに眠そうにしてくれてるのがいいんじゃないか!」
「……褒められてないよねそれ……!?」
「なるほど、守りたいもの……」
六葵の話を聞き、ようやく結芽はこの町とライフセーバーズのことを理解することができた。双方の関係は、ギリギリのバランスの上で成り立っているのだ。ライフセーバーズの守りたいものがまだ辛うじて町にあるからこそ、こんな町にも魔法少女が留まり続けているのだ。
話に出てきた先輩が高校を卒業して町を離れれば、おそらく六葵は魔法少女を引退するか、町を守らない戦い方を選ぶようになるだろう。
「ん? ああ、私? 私はね……その、笑わないでくれよ? ……このチームで魔法少女を続けたいから、多少辛いことがあっても、我慢できているんだ」
「ンだよそれ……らしくねェこと言うじゃねェか!」
「んふふ……嬉しいこと言ってくれるね……!」
雲や祭里に関しても、それほど重い理由があるわけではない。何なら祭里に関しては、そもそも我慢という言葉を使っている時点で危うさがにじみ出ている。耐えられなくなればどうなることか。アンジェリカだけ話を聞いていないが、自信過剰でなければ自分への憧れからだろうと結芽は思っていた。それも別に、この町でなければいけないわけではない。
かといって、海防魔法少女のような強硬策に出ることにも賛成できない。まず意見をする資格すら存在しないのだが。悔しさで血が出そうなほど握りしめた拳を、雲はそっと包み込んだ。
「……人の手は短いんだよ。……君は魔法少女に向かないね」
「でもコイツが魔法少女になったら、リリィ並みの肉体強化魔法で黒奴を粉砕する未来が見えるぜ?」
「はっはっは! これで魔法少女じゃないどころか、運動部ですらないのが驚きだよね!」
「ダメだよ。……優し過ぎるから」
この町に来てから既にこれで三度、魔法少女に向かないと言われた。そもそもほんの少しも素質が無いうえに、小難しいことは向いていない以上自分にはできそうにないと思っていたが、他人に言われるのは傷つくものだ。
それも、誰もかれもが魔法少女として苦しんでいるくせに、自分のことを気遣うように振る舞うのだから、結芽はなおのこと辛かった。
辛かった……が、廊下の方から近づいてくる足音を聞き取った結芽は一度自分の感情のことは無視して、近くに置かれていた卓球のネットを素早く台に張った。そして、違和感の無い程度にラケットと球を配置する。
「あれ、結芽さん。こんな時間に卓球ですか?」
足音の正体は夢唯だった。おそらく、部屋を出て何十分も帰ってこない結芽たちを探しに来たのだろう。そしてきっちり張られたネットや台に置かれたラケットを見て、卓球をしていたと判断した。
内緒話をそんな形で誤魔化すとは思っていなかった祭里たちだが、とりあえず結芽の芝居に乗っかることにした。
「うん。一対三だったけどボコボコにしてやった。夢唯もどう? 一対四ならまだ勝ち目があるかもよ?」
「な、舐めてくれるね……! さっきは実質的に一対二だったんだ。それが一対三になれば、負けるという可能性はない!」
「あれー……? 今、しれっと私のこと、戦力外呼ばわりしたー……?」
「雲さん、明日も配信がありますし、夜更かしは良くありませんよ」
「あれれー? 否定してくれないのー?」
「昨日のビーチバレーの時は配信中で聞けなかったが、テメェの固有魔法は予知系だな? これで勝ったも同然だ……!」
「ちょっとー……?」
この後結芽が圧勝した。夢唯は人選などを終始やや不審がっていたものの、話し合いの内容に踏み込んでくることはなかったので、誤魔化せたと思っていいだろう。




