第四十六話 できないこととやらないこと
「……盗み聞きとは感心しないな」
「あ、ごめんなさい。ちょっと歩いていたら、偶然……」
「ん? ああ、お前か。てっきりドールかロッド辺りかと思っていた」
電話が終わると、翠花は結芽の隠れている壁の影の方へ声をかけた。誰がいるかまでは分からずとも、盗み聞かれていることは最初から気づいていたのだろう。
結芽に盗み聞きするつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったことには変わりない。やましいことは何もなかったので、結芽は素直に頭を下げた。
しかし聞いてしまった話について忘れることはできない。
確かにこのままここで活動を続けたところで、いいことなんて一つも無さそうだが、ライフセーバーズは彼らなりの理由があってここに留まることを選んでいるのだ。それを全否定して他所に動かすというのは、あんまりではなかろうか。
「何か言いたそうだな」
「……でも、私にその権利はありません」
「そうだ。お前は魔法少女じゃない。だからこの話はこれでおしまいだ」
翠花はそれだけ言うとその場を離れようとした。だが結芽はすれ違う寸前に、車椅子の後ろの取っ手を掴んで止めた。
「……何のつもりだ」
「私は、友達です」
「はあ?」
「私は美音の、ブチカの、夢唯と結唯の友達です」
「……それで?」
「ライフセーバーズとも顔見知りで、それなりに情なんかも湧いています」
説得でも何でもない言葉の羅列。結芽は続けて何かを口にしようとするが、その何かは明確な言葉にならず、ただ空気だけが口からこぼれる。
その姿を見て、翠花はため息をつきながら言った。
「……動くのは私じゃない。実行役はコーラルだ。私は邪魔もしないし、手助けもしない。こんな体だしな。せいぜい両陣営の情報収集能力を落とすくらいしかできん」
「『こんな体』って……元気いっぱいに見えますよ?」
「できることとやることは違う話だ。私には……私は、やらない」
「……」
翠花はコーラルと既に協力関係を結んでいる。ゆえに、邪魔も手助けもしないことをするのが、結芽に対する最大限の譲歩。
それを引き出せても尚車椅子から手を離そうとしない結芽を見て、翠花は再びため息をついた。
「……舞と同じ……やはり姉妹か」
「姉妹……私のこと、知ってるんですか?」
「ランキング上位の連中は知らない奴の方が少ないと思うぞ?」
伊呂波を護衛につけて他の魔法少女にちょっかいをかけられないようにしているのに、強い魔法少女の多くは知っているとはどういうことなのか。結芽は少しだけ考えて、お姉ちゃんがそれでいいならいいか、と考えるのをやめた。
「リリィは知っての通り、大体何でもできる。だから……何でもやろうとする」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんです。神様じゃありません」
「そう言えるヤツが、果たしてこの国に何人いたと思う?」
いくら魔法少女と言えど、体と脳は一つだけだ。もしかしたら魔法でどうにかできるのかもしれないが、少なくとも結芽は舞がそうやって戦っている所を見たことも聞いたこともなかった。
であれば、魔法少女である以前にリリィも泡沫 舞という一人の人間であるべきだ。確かに身長は180センチほどの長身だが、それだけのこと。手を伸ばせる範囲は限られる。救いを求める手の数に対して、その身はあまりに小さい。
翠花の言うように、それでも人々はリリィや他の魔法少女に縋るしかなかったのだが。
「蓮」の魔法少女ロータスは、リリィと同じ植物モチーフの魔法少女。結芽は魔法少女の世代というものについては知らないが、花の魔法少女の数が年々減ってきていることは知っている。言葉の節々から感じる重みはくぐってきた修羅場の分なのだろうということは、容易に推察できた。
「『できないこと』は『できなかったこと』で終わらせておけ。『やらなかった』ことにするな」
「……それでも、見て見ぬふりはできませんよ」
結芽に特別な力は何もない。せいぜい人より身体能力が秀でているだけで、魔法も超能力も何も使えない。魔法少女からすれば、その他大勢の一般人で一括りにされる存在だ。
夏休み前に新都心で巻き込まれた一件は、幸運に恵まれたに過ぎなかったのだ。結芽が無力な少女であることは、黒奴が現れた九年前から何も変わっていない。
結芽が握りしめた車椅子の取っ手が凹んだ。
「……やはり、似ているな」
慰めるように撫でられるといっそう無力感に苛まれるが、魔力で強化された手を振り払うことはできない。車椅子の取っ手は握りつぶされた。
「魔法少女に向いていない」
翠花は、車椅子から見上げた結芽の怒りと悲しみを混ぜこぜにしたような表情に、舞の面影を見た。
翌朝、いつも朝食とその日の弁当を作っている五時ごろに目を覚ましてしまった結芽は、二度寝をする気にはなれなかったので、寝ぼけて抱き着いてきている夢唯と結唯を起こさないように静かに布団から出た。
ちなみにこの時しれっと夢唯と結唯が抱き合うように調整していた。この後、先に起きた夢唯が結唯を蹴っ飛ばすことになるが、結芽は知らんぷりを決め込んだ。
「あれ、おはよう……ございます?」
「おはよう、早いんだね。あと敬語はいらないよ。呼び方も結芽でいい」
「あ、うん。分かった……。えっと、結芽こそ早いけど……もしかして、布団じゃ寝れなかった?」
「いや、いつもこの時間に起きてるってだけ。これから朝ごはんの準備? 手伝うよ」
結芽が昨晩と同じように何となく旅館の中を歩いていると、食堂の近くで夏帆と遭遇した。同業者の友人の年上の人、という何とも言えない距離感に夏帆は戸惑うが、一緒に朝食の準備しているうちに自然と打ち解けることができた。
「手際良すぎ……!? 私もそれなりに自信あったのに! もしかして実家が飲食店だったりする?」
「違うよ。ちょっとたくさん作らないといけないことが多くて、自然と鍛えられたんだ」
「あっ、もしかして孤児院とかそういう……」
「違うよ? お姉ちゃんが大食いだから、一食に数人前を用意するのは慣れてるの。食材もたくさん必要だから、スーパーと家を行き来してるうちに体も鍛えられたんだよね」
「ああ、通りであんなに力持ち……いやそうはならなくない!?」
普段からライフセーバーズの食事を担当している夏帆と、普段から舞のご飯を作っている結芽が揃えば、六時過ぎには朝食の用意ができてしまった。結芽たち以外の宿泊客がいないので、それほど量が必要ないのだ。
今日の配信は九時ごろからの予定とのことなのでもうしばらくすれば起きてくるだろうが、それまで結芽たちは暇を持て余すことになった。
「……」
「……」
多少打ち解けたとはいえ、お互いに微妙な距離感であることには変わりなく、二人の間には気まずい空気が流れる。こういう雰囲気は苦手だったので、結芽は何か話そうかと考えるが、昨晩のことが頭によぎる。
夏帆は魔法少女で、自分は違う。そう思うと、何と声をかければいいのかが分からない。美音や千風、鉄子、夢唯と結唯、紬義、麗のときにはもっと図々しく、身の程をわきまえずに首を突っ込みに行っていたにもかかわらず。
言い訳をするなら、あの時はまだよく知らなかったのだ。魔法少女の裏側というものを。
「……浮かない顔だね。悩みごと?」
「……そんなとこ」
あからさまに何か思い悩んでいそうな結芽の顔を見て夏帆が気遣ってくれるが、それにも結芽はうまく答えられない。
再びしばしの沈黙後、意を決して沈黙を破ったのは、結芽の方だった。
「夏帆は……どうして魔法少女を続けるの?」




