第四十五話 まさかの再会
夕方、結芽が宿でぼんやりと庭を眺めていると、疲れた様子の美音たちが戻って来た。宿に着く前に警報を聞いて飛び出して行った夏帆も。
黒奴が出たことは、警報が鳴っていたので知っている。まさかコーラルがそれを片付けに行っていたとは知らないが。
「おかえり。荷物は戻しておいたよ」
「ホント悪いわね、荷物全部片付けさせちゃって……」
「気にしないでいいよ、大した手間でもないし」
「……あの量が?」
海で遊ぶ時間は取れそうにないという連絡があったので、結芽はテントやパラソルを一人で宿まで運んでいた。
一人で片付けるには多すぎたはずなのだが、軽々と済ませていた。砂の城を見に来ていた他の海水浴客もそれにはドン引きだった。
「あ、あと宿の人と一緒にご飯作っておいたから。疲れてるでしょ? すぐに用意する」
「えっ、今は翠花さんもいないし、この宿は私たち以外いないはずなんだけど……?」
冷蔵庫にそれなりの量の食材があったので、結芽は皆が返ってくる前に料理を完成させていた。日頃から舞の料理を作っているのだ。このくらい造作もない。
しかしライフセーバーズはこの宿を経営しながら拠点にもして生活している。ゆえに、自分たち以外に宿の人間がいないことを知っているので、結芽の言葉に疑問を抱いた。
翠花も今日は夜まで帰ってこないと連絡があったので、まさか変な人に騙されていないかと思ったが、宿の受付の奥から出てきた人物がすぐに答え合わせをした。
「あたしよ。久しぶりね、夏帆」
「真帆姉! いつのまに!」
「知り合い?」
「お姉さんなんだってさ」
再会を喜びたいのは山々だったが、夏帆自身の腹の虫が空腹の限界を知らせてしまった。
夕食を食べながらでも話せないわけではないので、とりあえず一行は夕食を優先することにした。食堂は座敷だったので、大きな机を皆で囲むのにはちょうどいい。
結芽は自分の質よりも量を優先した料理がそこそこ好評だったので、少し嬉しかった。それに、大人数で食卓を囲むという機会もなかなかないので、内心では普通にはしゃいでいた。
「ね、ね! 今日は一緒に寝よ!」
「んー、そっちのお客さんたちは、夏帆たちともっと話したそうにしてるケド?」
「あ、お気になさらず。せっかく帰省してきたわけですし、妹さんと一緒にいた方がよろしいのでは?」
「それこそ気にしないで。どうせ向こう一週間くらいはここにいるつもりだし」
「うーん……なら、今日は美音たちと同じ部屋にしようかな!」
初対面の時や配信の時は歳の割に大人びた雰囲気をしていた夏帆だが、姉の前では年相応の子供のように振る舞っていた。
この旅館の名前は海原旅館。そして夏帆たちの苗字も、海原。
だがこの旅館には、ライフセーバーズと真帆以外に管理する人はいないらしい。
旅館の雰囲気からしてそこそこ歴史がありそうなので、仮に祖父母が昔経営していた旅館だったとしても、夏帆の両親が子供に経営を任せるものだろうか。
「……」
「……」
並々ならぬ事情があるであろうことは、祭里と六葵が真帆に向ける視線からも察することができる。
不審がっているような、警戒しているようなその目は、くじ引きの結果席が隣合わせになってしまった結芽からすればあまり心地よいものではなかった。
何をどうして警戒しているのかは知らないが、食事中くらいはのんびりさせてもらいたいものだと、結芽はあえてからかってみることにした。
「……お友達が取られたみたいで悔しい、みたいな?」
「ち、違うが!?」
「何言ってんだテメェ……」
目に見えて狼狽える祭里に対し、本気で何を言っているのか分からないという様子の六葵。
ひとまず楽しくおしゃべりしてくれる程度に警戒心が緩んでくれたようだったので、結芽はそれで満足した。
食後ものんびりと話して、ライフセーバーズがどういう集団なのか結芽は知ることができた。真帆から既にある程度聞かされていたが、こういうのは自分の抱いた印象も大事なものだ。
結果、やはり郷土愛が原動力であることは間違いなさそうだった。
黒奴の相手で疲れているであろう皆には先に風呂に入ってもらい、真帆と共に皿洗いをしている間も、結芽はずっとライフセーバーズのことを考えていた。
魔法少女でも何でもないただの旅行者でしかない自分にできることは限られているとはいえ、限られた中でもできることは無いかと、大浴場でシャワーを浴びている間も考えていた。
浴槽に浸かると、真帆に話しかけられたのでそんな思考も打ち切られてしまったのだが。
「……今日ね、魔法少女コーラルとしてあの子たちの前に立ちはだかったの」
「はあ」
「すごいね、君の友達。私がワルプルギスの幹部って知ってても、どうやって戦うか、どうやって逃げるか考えてたよ」
「そうですか」
「……あんまり興味なさそうかな?」
「ですね」
真帆はずっと、どこかライフセーバーズの皆に申し訳なさそうにしていた。じゃれついてくる夏帆のことも、素直に可愛がれている様子ではなかった。
「……既に行動に移してしまったのであれば、後戻りはできませんよ」
「……分かってる……つもりだケド、多分分かってない」
その理由は、きっと後悔しているからだろう。このままにしておくわけにはいかないが、そのための方法はロクなものがない。
本当に、この世界はどうしようもない。
「迷うくらいならよせばいいものを、なんて思う私は甘いんですかね」
「そうね……取り返しのつくうちに、こんな街は捨てさせなきゃいけない」
「物理的に街を破壊するのは?」
「協会に処分される。相手がどんな奴らであれ、守る対象であることに変わりはないから」
結芽と真帆は、同時にため息をついた。
吐いた息は、湯けむりの中に溶けて消えていった。
「難しいものですね……きっと、私は魔法少女に向いていません」
「優しい子は、長生きできないよ。……私より先に引退した先輩が、昔言ってた」
「私が優しい子だって言うんですか?」
真帆が魔法少女コーラルだと明かせば、話し合いの時間を持つことだってできるはずだ。真帆だってしたくもない戦いをせずに済むし、夏帆もそれが実の姉と知らずに戦わずに済む。
街に反魔法少女組合があるなら、舞にでも言って協会に動いてもらうこともできるかもしれない。それとなく飛華里でもこの街に呼んで、武力で何とかすることもできるかもしれない。
だが結芽はそれをしない。
「……君は優しい子だよ」
真帆はそう言って、浴場を去って行った。
「枕投げをしよう!」
「よしなさい。結芽が無双して終わるわ」
「よく分かってるね」
「ははは、自覚があるのは何よりだけど、その手に持った枕は何かな?」
「これで皆を倒すんだよ」
風呂から上がり、部屋に戻ると、そこには十人分の布団と枕が並べられていた。五人で泊まるにしても広い部屋だと思っていたが、こういうことだったとは。
どうやら本当に同じ部屋で寝るつもりらしい。これも宿の経営者の特権だとのこと。
夏帆が寝ようとする雲を布団から引きずり出しながら、元気よく枕投げ大会の開始を宣言したので、結芽も目についた枕を手に持った。
「……はーっはっはっは……! これは……凄まじいね……!」
「肉体強化まで使ったのに……肉体強化まで使ったのに追いつけなかった……!」
「クソが……誰だ最初にチーム対抗戦にしようとか言い出したのはァ……」
結果はこの有様である。認識阻害と魔力防壁は張ったから好きにしろ、と言うので好きにした結果がこれだった。
終始結芽の後ろで枕供給係に徹していた美音たちは元気そうだが、結芽に枕を投げられ続けたライフセーバーズは疲労困憊という様子だ。
肉体強化魔法は確かに身体能力を向上させるが、元の身体能力が低ければ結局は結芽の一歩手前程度に留まってしまうのだ。もちろんこれは単に結芽の方がおかしいだけだが。
「ふへー……もう動けない……このまま寝てもいいよね……」
「ちゃ、ちゃんとお布団で寝ないと風邪引いちゃいますよ……」
「魔法少女相手なら加減しなくていいと思ったんだけどなぁ」
「やり過ぎよバカ」
倒れ込んでいたライフセーバーズの中から、アンジェリカが匍匐前進で結芽たちの近くまで寄ってきた。
「あ、相変わらずの強さですね……」
「……相変わらず?」
「どこかで会った……って顔じゃないわね。アンジェリカ、そっちは結芽とどっかで会ってたの?」
「えぇっ、忘れちゃってるんですか!?」
何か話があるのかと思えば、結芽には欠片も覚えのない話だった。
結芽にとってはライフセーバーズと会うのはこれが初めてだし、これまで家族旅行で訪れたことのある海はこことは別の場所。
昔から身体能力は高かったが、運動会などの映像がネットに上げられているのは見たことがない。しかしこの様子だと、向こうの一方的な知り合いということも作り話ということも無いはずだ。
「そ、それなりに衝撃的な出来事だったと記憶しているのは、私だけですか……?」
「あァ? オイ、テメェまさか……」
「あっ、六葵さん待ってください! 逆です、逆! 結芽さんは、私を助けてくれたんです!」
「何一つとして思い出せないんだけど、いつの話なの?」
結芽が尋ねると、アンジェリカは起き上がって水を一口飲んだ。少し長くなりそうだ。
今にも寝そうになっていた雲も話を聞く体勢になっている。
「あ、あれはまだ、私が小学生の頃の話になります」
船橋 アンジェリカは、その名から分かるように異国の血を引いている。生まれも育ちもアメリカだったが、父の実家である日本に来ていた時に不幸にも黒奴が現れてしまったのだ。
同じような理由で日本に留まらざるをえなかった外国人というのは多く、文化の違いなどでたまに小競り合いが起きているが、今は置いておく。
黒奴が現れたのは九年前、まだアンジェリカが小学校一年生だった頃のことだ。
父のおかげである程度日本語は話せたが、突然訳の分からない超常現象が現実になって襲い掛かってきて、その上異国に放り出されたとなれば、小学校に馴染めないのも仕方ないことだった。
新しい環境に慣れることができないのは日本で生まれ育った普通の子供たちも同じことで、黒奴に対するストレスはアンジェリカへのいじめという形で現れるようになってしまった。
生まれついての金髪や自分たちとは違う顔立ちというのも、注意を惹いてしまったのだろう。
争いごとを好まないアンジェリカは抵抗しなかったが、それはかえって虐めっ子たちの行動をエスカレートさせるだけ。
日本での仕事を探して毎日忙しそうにしている両親には負担をかけられず、担任は傍観者に徹するせいで誰にも相談できない日々。
そんな中で現れたのが、結芽だった。
『な、なんだよおまえ。ほかのクラスのやつがまざってくんなよ』
『そーだそーだ!』
『……』
いつものように虐められていた時、投げつけられた消しカスを定規で払いのけたのが結芽だった。
クラスは違うはずなのに、いつの間にか教室の中に入っていた結芽は、学年では割と有名な子だった。……あまり良くない意味で。
『……虐め?』
『ちげーよ。そいつがなまいきだから、きょーいくしてやってるんだよ』
『きょーいくきょーいく!』
『しけいしけい!』
『ああそう』
会話はそれだけだった。五分間の休み時間で、結芽はそのクラスの生徒全員を保健室送りにした。
ついでに窓ガラスと、机数台と、職員室で呑気にコーヒーを啜っていた教師も犠牲になった。
「あの時は大変でした……」
「そんなのあったっけ?」
「結芽アンタ……」
「いや覚えてないんだってば! 小学校で覚えてるのなんて、理科室のアルコールランプ全部割ったことくらいだし!」
「それもそれでどうなんですか?」
夢唯にはジト目で言われてしまったが、アルコールランプの実験をしたのは丁度両親が火事で亡くなった後のこと。あれ以来、火を見ると冷静でいられないのだ。
今日もこの宿のキッチンがIHでなければ、手伝う前にフライパンで滅多打ちにしている所だった。
「あの後すぐに、両親の仕事の都合で引っ越しが決まりまして……お礼も何もちゃんと伝えられないままお別れになってしまったことが、ずっと心残りだったんです」
「で、思い出したの?」
「ごめん、さっぱり」
「こっちに来たばかりのアンジェリカは、目も当てられないような状態だったからね。そうか、君があの恩人さんだったか……」
アンジェリカは話しているうちに体力が回復したのか、立ち上がって結芽の手を取り、頭を下げた。
「あの、結芽さん。本当にありがとうございました。あの時助けていただいたから、今の私がいるんです」
「……思い出せなくてごめんね」
「いいんです……私が覚えていますから」
結芽はこれでも、物覚えは良い方だと自認していた。
家を訪れた舞の知り合いの大半は忘れていないし、舞の発言も事細かに記憶しているし、昔嫌なことがある度に行っていた公園でお世話になった人のことも覚えている。
飛華里と初めて会ったと結芽が思っているあの日のことや、今日の一件ですっかり自信はなくなってしまったが。
「……とりあえず、今日はもう寝ようぜ。明日も明後日も明々後日もあるんだからよ」
「あっ、そ、そうですね。夏帆ちゃんも眠たそうにしてますし」
「んー……眠くないしー……私、雲とは違うしー……」
「あれ? さらっとディスられた?」
「はっはっは、細かいことを気にしちゃいけないよ」
色々あったが、一日でそれなりに打ち解けることができた。街とライフセーバーズのことは不安だが、この調子なら少なくとも合宿自体は特に何事もなく終わりそうだ。
そんな風に考えて眠りについた夜のこと。結芽は尿意を催して目を覚ましたが、ここが自分の家ではないことに部屋を出るまで気づかなかった。
部屋を出てしまったことは仕方ないので、とりあえずトイレを探して宿を歩いてみることにした。
木造なので、夜は昼よりもずっと雰囲気がある。結芽にはオバケも何も怖くなかったが。なぜなら戦えば多分勝てるから。
「――ああ、私は何もしない。分かっている。真帆の言うことは正しい」
しかし歩いているうちに見つけたのは、トイレではなく電話をする誰かの声だった。
結芽の優れた聴力は、すぐにそれが誰かを判別した。
「ライフセーバーズは解散……とまでは言わないが、この街を離れさせるさ。必ずね」
前ライフセーバーズのリーダー、元「蓮」の魔法少女ロータス、蓮見 翠花だ。




