第四十四話 非友好的な街
冒頭の放送事故を覗けば、配信はおおむね順調に進んだと言えるだろう。
企画として用意していたクイズも魔法有りのビーチバレーも、それなりに盛り上がった。協会の望んだような結果になったかどうかは分からないが、失敗ではないはずだ。
昼前には配信は終了し、アーカイブは消されるがコンピュータがいい感じに編集して後日動画が投稿されるとのこと。ちなみに無断転載はコンピュータが検知してすぐに消される。
機材を片付け終わるころにはちょうど昼ご飯の時間だったので、ドールたちは近くの海の家に向かった。
「海の家でご飯なんて、初めてかもしれないわね」
「新都心の方は海から離れてるからな。海産物も、そっちじゃそんなに食わねェって聞いたがマジなのか?」
「言われてみれば、魚が出る日はそれほどないような……」
その海の家は、結芽が訪れたのと同じ海の家だ。鈴木一家がアルバイトとして働いている、あの海の家だ。
店の中に入ればすぐに、鈴木一家とボウとガンは互いに互いが何者かに気が付いた。
「あっ、この前のお兄さんたち」
「この前の魔法少女……!」
「その節は世話になったな」
「仲間と旅行か? 大盛りくらいはサービスしとくぜ!
「ただのバイトだから、盛った分は給料から引かれるだけだがな!」
「それは大丈夫なの……?」
こちらは九人いるので、四人の給料のことはやや心配になるが、空腹には勝てない。
席についてメニューを眺めていると猶更お腹が減ってきたので、お言葉に甘えて大盛りにしてもらおうと一行は決めた。
「へぇ、なかなかバリエーションがあるのね。どれにしようかしら」
「私フランクフルトでいいかなー……箸使わなくていいし」
「バッテリーはちゃんと食べないとダメだからカツ丼だ! 私はカレーにさせてもらおう!」
「あ、わ、私は焼きそばで……」
きゃいきゃいとはしゃぎながら注文を決めようとしていた九人だが、その時店の奥から鈴木一家とは別の男が現れる。
見るからに不機嫌そうなその男は、光二に掴みかかり、九人にも聞こえるように話す。
「……おい、バイトども。誰が魔法少女を入れて良いつった、バカタレ」
「あぁ? そのぐらいいいじゃないっすかおやっさん。サービス分は俺らの給料から引いてくれれば――」
サービス云々が問題ではないのか、男は光二を離すと九人の机の方まで歩いて行き、鈴木一家が並べたお冷を払いのけてしまった。
床に落ちたグラスは当然割れるが、男は気にも留めない。
ライフセーバーズはなぜか、やっぱりこうなるかとでも言うような顔をしていたが、黒奴殲滅委員会には状況がさっぱり理解できない。
「出て行け。お前らに出す飯はねぇ」
「は?」
「ドール、一般人相手に喧嘩腰はやめるんだ」
「一般人だぁ!? お前ら魔法少女だって、所詮はただのガキだろうがよぉ!」
普通に席について、普通にメニューを選んでいただけだったはずだ。それなのに男は急に怒りだしたかと思うと、近くにいたボウを殴るつもりなのか、腕を振り上げた。
変身しているので、魔法の使えない一般人に殴られた所で痛くもかゆくもない。だが、それはそれとして大人しく妹を殴らせるようなガンではない。
ちょうど隣に座っていたのですぐさまボウを抱き寄せると、防壁で男の腕を動かせなくしたうえで、銃口を向けた。
引き金を引くことに躊躇いなんてものは無かった。
「やめなさいガン!」
だが、ドールの声で我に返る。このままでは、返り血でボウが汚れてしまうと。違うそうじゃない。
「おいおやっさん、何してんだよ!」
「離せバイト! クビにすんぞ!」
「んだとゴラァ! その人たちは俺らの恩人なんだよ! こっちから辞めてやらぁ!」
「辞める前に一発ぶん殴ってからだがなあ!!」
「まとめてかかってこいやクソガキィ!」
「囲め! 四兄弟の結束を見せてやるぞ!!」
銃を投げ捨てて殴りかかろうとするガンだったが、それは流石にロッドが専用武器の釣竿を取り出し、針先にコスチュームを引っかけて押さえつける。
それはそれとしてブチギレた鈴木一家が男と殴り合い始めてしまったのだが。
店の中のドタバタに乗じて、九人はそそくさと店から逃げ出した。
「な、何よあの店……店員も店主も頭のネジ何本か吹っ飛んでんじゃないの……?」
「あのクソ野郎、よくもボウを……!」
「なっ……あのバイトの人たちはともかく、街の人を悪く言わないでください!」
「いやこんなことの後じゃ悪くも言うわよ! どうなってんのこの街!?」
「そうだよ! 警察に通報していい!? するよ!?」
「姉さん、事を大きくしないでよ。面倒だから」
「分かった!!」
何が起きているのかさっぱり分からないドールたちだが、やはりロッドたちには分かっているようだ。
「……ついて来れば分かるさ! ついてくる覚悟があれば、だけどね!」
「コンパス!」
「ロッド、彼らは四泊五日で来ているんだ。それだけ長くいれば、遅かれ早かれ明かすことになるのは分かっていただろう?」
「……私は行かない! 先に宿に戻ってる!」
ロッドは宿の方へ走り去ってしまったが、コンパスは声をかけることも、追いかけることもしない。まるでこれがいつものことかのように。
配信冒頭のロッドの様子からも分かることだが、やはりこの街には何かがあるらしい。
「……あの子、大丈夫なの?」
「心配ないさ。ただ、認めたくないだけだろうからね」
「んで、来るのか? 来ねェのか?」
「……見たくもないものを、見ることになりますよ」
「でも、現実からいつまでも逃げるわけにもいかない。魔法少女についてもっと知りたいなら、来るといいよ」
それだけ言うと、コンパスたちは街の方へ歩いて行く。認識阻害が強めにかかっているのが感じられるので、あまり人に見られないようにする必要があるような場所なのだろう。
ドールたちはそれを理解しつつ、四人の後を追った。
街を歩けば、当然ながら新都心の方とは雰囲気が違うな、という感想が真っ先に浮かんだ。ドールたち視点ではそれ以上特別なものは何も見当たらなかったが、コンパスたちの表情は暗い。
街の人たちの会話に聞き耳を立ててみるが、やはり会話の内容も新都心の方と代り映えしない内容だ。強いて言うなら漁師だの漁獲量だのと、向こうでは聞かない単語が出るくらいで。
「この街には、魔法少女の居場所が無いんだ」
「……あの宿は?」
「あの宿しかないんだ。元々はロッドの祖父母が経営していたものを譲り受けていてね、ここらには協会の建物も無いから、あそこを拠点にしているんだ」
「居場所が無いことの説明になっていないよ」
「アレを見れば分かるさ」
海沿いの道から、コンパスは海の方を指さす。その先にあるのは、今の時代でなければ至って普通の漁船。今の時代が時代でさえなければ。
漁船の周囲に魔法少女の姿はない。もしあそこに黒奴が現れたらどうするつもりなのか、ドールたちには理解できなかった。
「海の黒奴は陸よりも厄介だ。釣り上げることができなければ、基本的に水中での戦闘を強いられるわけだからね」
「そのための汎用魔法もありますけど……漁師さんたちがいると、戦い方は限られてしまいます」
「だが奴らは逃げもしなければ反省もしねェ。黒奴に家族を殺されても、同僚を殺されても、海に出続ける」
「魚が獲れなきゃ収入も無いのは分かるけど、迷惑な話だよー……しかもそれを助長する連中までいるっていうのは」
「……はぁ?」
ドールたちはそこまでの話で、大体の事情を察せてしまった。
「じゃあ……何? アンタたち、せっかく黒奴と戦っても、漁師の邪魔しただけで厄介者扱いってわけ……?」
「そうさ。彼ら曰く、黒奴なんて漁師の力で何とかできるとのことだよ」
「バッカじゃないの……? そんなことでどうにかなるなら、魔法少女は何のためにいるのよ……?」
何がどうしてそんな考えが生まれるのかはさっぱり理解できないが、この街の人間が魔法少女を何とも思っていないのは先ほど海の家での件や、海に浮かんだ漁船からすぐに分かる。
守る対象であるはずの市民に否定されてしまったら、魔法少女はどうすればいいのか。ドールには分からないが、否定されても戦い続けることを選んだコンパスたちの方がもっと分からない。
「それにアンタたちも、それじゃあ何のために戦ってるって言うのよ!」
「……まあ、事情があるのさ!」
「あ、わ、私もです……」
「私もだな」
「んー……色々あるね」
事情があると言っても、それはこんな街に留まるほどのものなのか。
詰め寄って問いかけようとするドールだったが、その時突然自分たちとは違う第三者が話しかけてきた。
「そういう適当な所、ホント迷惑なんだケド」
「っ……貴女は!」
「また来やがったか、テメェ……!」
道の進行方向側にいつの間にか立っていたのは、魔法少女だった。
彼女を見るとすぐに、何か因縁のありそうなコンパスたちだけでなく、ドールたちもすぐさま戦闘体勢を取った。なぜなら、その魔法少女について知っているから。
「あたしは『珊瑚』の魔法少女コーラル。初めましてね、黒奴殲滅委員会さん」
海のような青色の布地にヒトデや貝殻の飾りがあしらわれたドレスのようなコスチュームに、珊瑚をそのまま付けたような角がついたカチューシャ。誰がどう見ても「珊瑚」の魔法少女だ。
手にはこれまた巨大な珊瑚のような槍を手にしており、あちらも戦う準備はできているらしい。
「……コーラル……他所のナワバリに行くなら周辺の魔法少女について調べた方がいいってのはマジだったのね」
「協会の横浜支部を拠点とする、ワルプルギスの幹部……活動地区はちょうどこの辺りの沿岸地域……まさかとは思うけれど、ナワバリを争ってる魔法少女というのは……」
「そのまさか、です……」
「ワルプルギスも何も関係なく協力できれば心強いんだけど、方針が合わないんだよねー……」
この街に訪れる前に、ドールたちは気をつけるべき魔法少女について調べていた。
その筆頭がワルプルギスの幹部でもあり、ナワバリが若干被っている彼女、コーラルだったのだ。
協会の公表している貢献度ランキングでは、常に10番以内に入っている国内でも有数の実力者。他の大多数のワルプルギスの魔法少女と違い、積極的に黒奴と戦っていることでも知られている。
たった八人では仮にライフセーバーズと完璧に連携を取れたとしても、まず勝てる相手ではない。
「何ですか、貴女。私たちに何か用ですか」
「そう警戒しないでよ、えーっと……『銃』のガンって言ったっけ? そんな顔されると、流石に傷つくんだケド」
「なら何でこの街に来やがった。来なけりゃ、そんな顔をされることもねェだろうがよォ」
「……流石に私も魔法を使うよ?」
バッテリーですら本気を出そうとするということは、相当根の深い因縁なのだろうが、ドールたちにそんなことは関係ない。
彼らには申し訳ないが、とりあえず新都心に帰っても普通に戦える程度に無事にやり過ごせればそれでよかった。街についても、正直壊れてしまった方がいいんじゃないかとすら考えていた。
「やだやだ、最近の魔法少女はこれだから……」
「アンタ、見た感じアタシたちと同年代でしょ」
「世代も違うし魔法少女歴も違うケド? 一緒にしないで欲しいなぁ」
「世代……?」
「……えっ、嘘。世代知らないとか、モグリじゃないの?」
世代という単語を聞いても、ドールはピンとこなかった。これにはコンパスたちもドン引きである。
世代とは、モチーフのざっくりとした区分のようなものだ。
九年前、黒奴が現れ魔法少女が生まれた当初は、花や木などの植物モチーフの魔法少女が多かった。今では日本にも両手で数えきれるほどしか残っていないが。
その植物モチーフの魔法少女を第一世代と呼ぶ。
それから数年後、ダイヤモンドやジェードなどの鉱石や宝石をモチーフとする魔法少女が現れるようになった。最近は減る一方だが。
そんな岩石モチーフの魔法少女が、第二世代。
そこからドールやボウなどの道具モチーフの第三世代、ファンなどの機械モチーフの第四世代が、おおむね二、三年に一度くらいのスパンで現れてきた。このことは魔法少女の間では結構常識である。
相手が岩石モチーフの魔法少女と分かれば、それだけで長年生きてきた魔法少女と分かるし、植物モチーフならヤバいといった感じに、判断材料にもなりうるのだ。
ドールたちは、事前に調べていなければコーラルを警戒することはなかったであろうが。
「じゃあアタシは第三世代で、ファンは第四世代ってことなのね」
「銃って三? 四?」
「機械ってほど機械でもないし、三じゃない?」
「……テメェらもう少し危機感持てよ! コーラルが目の前にいるんだぞ!?」
「だからこそどうしようもないんでしょ。それに、アタシたちと戦いに来たわけでもなさそうだし」
呑気におしゃべりを始めたドールたちに対してニードルはキレるが、相手に敵意が無いなら警戒するのは失礼というものだ。
そもそも、終始コーラルの視線はドールたちの方ではなく海の方を向いていた。
「その通り……あたしの目当てはアレだもの」
コーラルが指さしたのは、ちょうど漁船が浮かんでいる場所の上空。
まだまだ未熟なドールたちの魔力探知技術ではよく分からなかったが、そこからは黒奴が現れる前兆である魔力の反応があることに、コーラルは気づいていた。
「裂け目!? あっでも水中戦闘のやり方知らない!」
「くっ……私たちでは戦力外か!」
「だからあたしがいるんだケド。ま、見てなさい」
裂け目が出現してから飛行魔法の発動を急いでも、上空から降ってくる黒奴には対応できない。だがコーラルは八人がもたついている間に、既に漁船のすぐそばまで近づいていた。
裂け目の向こうから現れたのは、巨大なタコのような見た目の黒奴。こんなものが直撃すれば、たとえ大型の船でもひとたまりもない。
コーラルはタコ・黒奴の頭を蹴っ飛ばし、軌道を逸らして直撃を避けたが。……もっとも、直撃を避けただけで、着水の衝撃で発生した波からは守らなかったが。
「何あのデタラメな肉体強化魔法……」
「国内トップの魔法少女は伊達じゃないってことだろうね……百合園の活躍に埋もれてしまいがちだけど、ワルプルギスにだってちゃんと実力者はいるんだ」
「ただの魔力弾でもあんな火力……私の銃も、もっと腕を上げれば……!」
「……強い」
専用武器を使うまでもなく、タコ・黒奴は次々に足を切断されていき、そのままなすすべもなく海の藻屑となった。漁船の残骸と共に。




