9 暮れて
アトスが戻る前に日も暮れて、プリスは四方に火の玉を浮かべた。東部から輸送された荷物に紛れていたのか、羽虫などが盛大に飛び交っているので駆除を兼ねて光るだけでない火の玉なのだ。
無論主な目的は目印。暗くなってはアトスがここを見付けるのが難しいので目立つように強く燃やしている。運が悪ければ魔物を引き寄せることにもなるが、見えた方が対処しやすいので煌々と照らすことに躊躇いは無い。
羽虫が火の玉に焼かれる音を聞きながら待つこと暫し、複数の足音が近付くのが聞こえた。
「何の光かと思ったらプリスか。何をしてるんだ?」
アトスとは別口の中堅冒険者であった。
「見ての通り……と言いたいところだけど、見ただけじゃ判らないわね。ワナッシが魔物にやられてね……」
プリスは掻い摘んで事情を説明した。
「ワナッシが? そんなに強い魔物が入り込んだのか?」
「どうかしら? 詳しい事情を聞く状況じゃなかったからアトスと一緒に居たくらいしか判らないわね」
「そのアトスの小僧は?」
「無傷だったから人を呼びに行かせてるわ」
「なるほどな」
概ねの事情が推測できたらしい。
「で、あなた達は?」
「俺らも中に入り込んだ魔物の討伐だ。しかしワナッシが瀕死の怪我を負わされるほど魔物が入り込んでいるとなると徹夜だな……」
「気を付けて頑張ってね」
プリスの応援にはまるで感情が入っていなかった。
これには相手の冒険者が微かに苦笑する。ワナッシと比べれば扱いが甚だぞんざいだ。
「……まあいいけどな。ところでワナッシとそっちの娘を運ぶのに手助けは必要か?」
「どうかしら……?」
プリスは答えを躊躇った。アトスとカリンが戻らなければはっきりしない。もしも冒険者ギルドに人が居なかったらまた他を頼まなければならなくなる。
だが悩む時間は僅かで済んだ。沈思の間に別の足音が近付いて来たのだ。「あれじゃない?」と話すカリンの声も聞こえる。
「何だよ。人居るじゃんか」
アトスが「折角呼んできたのに」とぶつくさ零す。
「たまたま通り掛かっただけよ。この人達には魔物討伐の仕事があるから、二人を運ぶのは今連れて来て貰った人達に任せるわ」
「良かった。無駄足なんて洒落んなんないから」
相槌を入れたのはアトスでもカリンでもなくその後ろに控えている女だった。
プリスは瞠目する。
「バッセじゃない。あなたも来てくれたの?」
「お陰様でこんな仕事にしか有り付けないもんでね」
プリスは苦笑する。バッセはかなりひねくれてしまった様子だ。今は何をしても上手く行かない気がしているのだろう。
「それでも来てくれて嬉しいわ。一人は女の子だからね。担架あるんでしょ? 乗せるの手伝って」
「……判ったわ」
プリスがペコラを指し示すと、バッセも思うところがあるのか素直に了承した。
この場に着た運び屋はバッセを入れて四人。もう一人が街道で荷車の番をしているらしい。都合五人だ。
プリスがペコラの上半身を、バッセが下半身を持って担架に乗せ、他の運び屋三人が手分けしてワナッシを別の担架に乗せる。通り掛かった冒険者達とは軽く挨拶してここで別れ、プリス達は荷車の待つ街道へと向かう。
周りに目を向ければプリスが浮かべた火の玉までの明るさはないもののぽつぽつと光の玉や火の玉が浮いているのが見える。あの全ての下に冒険者が居るのだ。一方、新たな信号弾は上がっていないし、プリスを捜して回る声も無い。
「城壁の外はネッケートが上手くやってくれたみたいね」
歩きながらプリスが「さすがは勇者よね」と持ち上げれば何故かカリンが得意げにした。
これにはプリスも苦笑する。サポートしている勇者が褒められれば嬉しいのは判るが自らの実績でないものを自慢するのはどうかと思うのだ。
カリンもペコラも若くして中級中位に手が届きそうなのだから二人は優秀だ。しかしそれ以上なのがネッケートで、彼はこの短い期間で上級冒険者に手が届きそうになっている。ネッケートと二人の差は開く一方だ。このままでは早晩三人が離ればなれにならざるを得ない。いや、実力的にはもう離れる時期に来ている。これを押し止めているのはむしろネッケートの情だ。もしかすると今回の活躍でネッケートは上級冒険者に推挙されるかも知れず、そうなるといよいよ別れが現実的になる。
そんな詮無い事を考えている間にも街道に出た。
「トショルさん!」
プリスは街道で一人待っていた運び屋を見て驚いた。セントラルスの運び屋では最年長となったトショルだ。魔物に襲われたら彼が一人で対処できるようには思えない。
「もう歳なんだから一人でなんて危ないわよ!」
「なあに、万が一があっても年寄りが早く逝くだけだ。ここを若いもんに任せたんではオーボさんに顔向けできんからな」
「!」
オーボはトショルの仲間の一人だった。アトスの父テビックの交易品などを運んで大陸東部まで往復する日々だった。ところがある日セントラルスへの帰り道で魔物の群れに襲われた際、他の人を逃がすため一人囮となって帰らぬ人となってしまった。
トショルは次は自分の番だと言外に言ったのだ。
「……ありがとうございます」
プリスは静かに頭を下げた。プリス一人で全てを救えるなら何とでも言えるが、実際には手に届きそうな場所に居る人でも助けられないことばかり。今日もオーボの仲間ロエタを始めとした多数を救えなかった。
そしてここではトショルにロエタのことを告げられずに居る。
二人が話す間にワナッシとペコラは荷台に乗せられていたので直ぐに出発する。荷車を牽くのは担架をここまで担いだ四人。日が暮れているので馬はお休みらしい。トショルは荷車の横を歩く。本当に番をするためだけに来たらしい。
「んん……」
ガタゴト揺れる荷車の上でワナッシが眉間に皺を寄せ、うっすらと目を開ける。
「姐貴……」
「? 目が醒めた?」
プリスが問い掛けるが返事は無い。また気を失ったらしかった。
ワナッシが目覚めた時は既に外からの光で部屋は明るかった。
「天井が在る。俺は生き残ったのか……。てっきり姐貴にそっくりな女神がお迎えに来てくれたものとばかり……」
「……師匠、目を覚ました途端に何言ってんだ」
ワナッシに付いていたアトスはワナッシが話し始めた時には顔に喜色を浮かべたが、話を聞いている間に困惑へと変えた。
ワナッシは呼び掛ける声の向きに首を傾け、アトスの姿を確かめる。
「お、アトス無事だったか。良かった。ところで俺の治療はもしかして姐貴がしてくれたのか?」
「あのババアは来てたけど、治療したのはペコラねーちゃんだ」
「そっか……」
ワナッシは少し残念そうにした。
「それより師匠、俺にもっと剣の使い方を教えてくれ」
「どうした風の吹き回しだ? 今までやる気なんて無かっただろ」
アトスは罠猟師として一人前になる心意気はあっても真っ向から魔物を倒す意識は見せなかった。稼業を継いで商人になれば戦いとは無縁になると考えてだろう。
ワナッシもこれを否定はしない。現にアトスの両親も含め、セントラルスに暮らす商人や農民には戦闘力を持ち合わせていない者が多いのだ。
「理由なんてどうだっていいだろ!」
拗ねたように顔を背けるアトスだったが、その顔がほんのり赤い。ワナッシはアトスが何か青臭く恥ずかしい事を考えてると察してにやけてしまう。
しかしアトスの願いには真摯に対応する。
「教えてやりたいのは山々なんだが、生憎と俺のは我流でな。剣術としては三流もいいとこだ。本気で学ぶつもりなら勇者の兄ちゃんにでも頼んだ方がいい」
ワナッシは自身が教えたのではアトスが強くなれないのだと話す。そのどこか無念を含んだ表情に、アトスも無理を言えなかった。
ペコラはワナッシに先立って目を覚ましていたが、魔力切れによる身体のだるさであまり動けずに居た。カリンはそんなペコラの傍にずっと付いていて、ペコラが身体を起こせるようになったら水や食事の世話を焼いた。
長く掛かって食事を終えたペコラはじっと手の平を見る。
「手の平がどうかしたの?」
「プリスさんの治療術、凄かった……」
「どんな風に?」
「全てがくっきり見えたの。プリスさんに比べたらわたしなんて霧の中で手探りしながら治療してたみたい」
「ふーん? それと手がどう関係するの?」
「何となくだけど、何か掴めそうな気がして……」
「は?」
カリンは更に追及しようとしたが、それは「コンコン」と言うノックの音に掻き消された。
「空いてますよ、どうぞ」
ペコラはカリンの追及から逃れるかのように直ぐに返事した。ドアを開けて入って来たのはアトスであった。
「ペコラねえちゃん、頼みがあるんだけど……」
「頼み……ですか?」
「勇者の兄ちゃんに相談があるんだ。取り次いで貰えないか?」
ペコラは「ネッケートに?」と疑問を浮かべながらも特に拒否する理由も無いので請け負った。
翌日。アトスは早めの時間から冒険者ギルドでネッケートが来るのを待っていた。
「勇者の兄ちゃん! 俺に剣を教えてくれ!」
アトスは開口一番で用件を語り、ネッケートに向けて頭を下げた。
これにはネッケートも目を瞬かせる。挨拶も無く用件を言うところはアトスらしくあるが、頭を下げるのはアトスらしくない。いつものような単なる我が儘ではないらしい。
実のところアトスがこんな行動に出たのはネッケートに知る由もないちょっとした経緯がある。ネッケートの名前を出した手前、ワナッシは自分で頼むつもりでいた。ところがアトスがこれを「恥ずかしい」と断った。だがワナッシとしても「なら勝手にやってくれ」とは言い難い。頼み方くらい教えるべきだと考えた。それと言うのもアトスのいつもの不躾さでは頼んでも頼んだ内に入らないのだ。聞き入れて貰えるかは微妙。貰える方が少ないだろう。だから丁寧な言葉で頭を下げるようにと、心得を教えたのだ。
ただいざ本番となると、どうやら丁寧な言葉についてはアトスの頭から抜けていたようだった。
それでもネッケートは一つ頷いた。いつもの調子だったなら断っていたに違いない。剣は思い付きで振り回すものではないからだ。しかし今回は単なる思い付きではなさそうに見えた。
「うむ。この勇者で良ければ力を貸そう。但し修行は厳しいぞ」
「の、望むところだ!」
勢いよく返事するアトスの声は少し上擦っていた。




