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冒険者の狂詩曲《ラプソディ》~碧い瞳の治療術士~  作者: 浜柔
第三章 枯れ草のブルース
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10 それから

 アトスは剣を大上段に構えて振り下ろす。

「たあ!」

「もっと速く!」

 ネッケートは可能な限り速く振るようアトスに指示を出す。

「たあ!」

「もっと速く!」

 ネッケートはアトスが力を抜いて振っていると見るや同じ指示を繰り返す。

 そうしてアトスには最初に真向斬りの型で一〇〇回の素振りをさせた。

 振り終えたアトスが肩で息をする。

「少なくともこれで息切れを起こさないだけの体力作りから始める。いいな?」

 素振りはアトス自身に体力不足を知らしめるためのものだったらしい。

「兄ちゃんもババアみたいなこと言うんだな」

「ババア? あー、プリス殿か。無論プリス殿の意見も参考にしている」

 プリスがペコラに師事した時にはネッケートも同伴していたので体力第一の方針はよく知っていた。この点に関してネッケートにも異論は無かった。

「……」

「とは言え、筋力を付け過ぎれば背が伸びなくなるからほどほどに鍛えるぞ」

「?」

「アトスはまだこれからが成長期だからだ」

 よく判っていない様子のアトスにネッケートは軽く説明した。今のアトスは一一歳でこれからが成長期。そして今は小柄なのだ。筋肉を付け過ぎて骨が筋肉に引っ張られて伸びず、結果背が伸びなかったなんてことになれば戦闘でもこれからの人生でも不利になりかねない。やり過ぎなければそんな懸念は無い。

 アトスは判ったような判らなかったような顔で首を傾げた。




 プリスは農地の視察に訪れた。農地はかなり荒れている。魔物に荒らされた作物、魔物の討伐の煽りで潰れた作物、討伐の折に魔物の血で汚染された畑。これではこの地域の収穫が半減もあり得るだろう。不幸中の幸いなのは荒れているのがセントラルスの東側農地の一部に留まることだ。セントラルス全体からすれば一割に満たない筈だ。

 戦闘には向かない冒険者達がそんな農地の修復を請け負って働いている。魔物の骸を片付け、血が飛んでいたら薄めたポーションを掛けて浄化する。浸入を赦したのが弱い魔物に留まったことで薄めたポーションで間に合っている。

 働く冒険者の中にはバッセも居た。

 そのバッセがビクッとする。プリスが気になって様子を見に行けば、魔物の骸が転がっていた。ネズミの上半身にヘビの尻尾が生えたような魔物だ。

「魔物の死体にビクつくようじゃ、早く東に帰った方がいいわよ?」

 これは純粋に忠告だった。慣れの問題ではあるが、大陸東部で活動していた時も魔物の骸は見ていた筈。だから今更ビクつくようなものでもない筈なのだ。大陸西部では町の中の雑用のような仕事を除いて魔物の骸は日頃から目の当たりにする。

 しかしどうやらプリスの予想と違い、バッセは単に魔物の骸と言うだけで反応したのではなかったらしい。

「何なの? これ。何か混じってて気持ち悪い……」

 バッセは心底嫌そうな顔を横に振った。

「ここの魔物は割とこんな感じよ」

 複数の動物が混じったような姿。大陸東部では概ね単一の動物から変化した姿をしているのとは大違いだ。魔毒の元では異種交配が容易らしい。キメラのような姿を交配で片付けるならばだが。

 小型でも混じり方の激しい魔物は持つ魔毒が強めで、薬草を忌避する傾向も強い。平時なら浸入されなかったに違いない。

「こんな魔物を避けるために外壁の周りの薬草は植えられてるの。手間暇を掛けてね」

 またあまりの異質さもあって、こんな魔物が何を隠し持っているか予想できない。それがもし手の付けられない疫病だったりした場合にはセントラルスからの撤退まであり得る。疫病が人に対してだけでなく農作物に対してだったとしても同様だ。食料全てを大陸東部からの輸送に頼るのは無理があるのだ。

 万が一放棄するような事態になれば、セントラルスの再建は難しい。城壁内の浄化もそうだが、薬草の植え直しも必要になるだろう。しかし薬草の移植には多くの手間暇が掛かる。鉢植えにするのも手間なら大陸東部からここまで鉢植えを運ぶにもだ。それを再度外壁を幾重にも囲む数となれば、資金の当てが無い。一〇年余りで放棄される町に出資する国は無いだろう。

 無論これは単なる懸念であって、今回の魔物の群れにそんな問題は起きなそうだ。

「お、一昨日の襲撃があ、あたしのせいだって言いたいの?」

 プリスがまた薬草の件を持ち出したためか、バッセが逆ギレ気味に動揺する。この狼狽える様からすると、どうやら彼女も薬草の件を気にしている様子だ。

 これが何処吹く風で居られたならプリスも説教し始めただろうが、それなりに反省しているようなので事実関係だけを述べる。

「切っ掛けになった可能性はあるわね。だけどそれも早いか遅いかの違いだからそこは気にしなくていいわ。あんたが薬草を抜いたことで起きるとしたら日頃の浸入が増えることかな」

 平均すればセントラルスの東側だけで一日当たり二体程度は浸入される。これが三体に増えても大した問題にはならない。しかし五体、一〇体と増えたなら問題だ。薬草を抜き過ぎればそうなることも懸念されるのだ。

 プリスはバッセをじっと見た。するとバッセは気後れしたように顔を背けた。

「わ、悪かったわよ。もう抜かないわよ」

「うん。宜しい」

 バッセが今度こそ素直に謝罪したのでプリスは笑顔で頷いた。




 日暮れが迫る頃、今日の作業を終えてバッセが帰りの途に就く。その道の先、何か小さな塊が傍らから転がり出た。その塊はむくっと起き上がって上部に二つの小さな光が灯る。

「まっ! 魔物!? こんな所にまだ居たの!?」

 バッセは叫んだ。魔物が出るとは思いもしていなかったこともあって冷静では居られなかった。だがこれが魔物を刺激したのか、そろそろと近付いて来る。

「こ、来ないで!」

 そんな願いを魔物が聞き届ける筈も無く、却ってその叫びが合図のように牙を剥きながら駆け寄って来る。

「きゃああああ!」

 バッセは反射的に顔を背けて目を瞑った。

 しかし怖れた傷みは来ず、何かを叩き付ける鈍い音が聞こえただけだった。恐る恐る目を開けてみれば冒険者らしき男が剣を持ったまま周囲を見回している。

「た、助かった……? あ、あなたは?」

「通り掛かりの冒険者だ。あんたは戦闘職じゃないんだろ? だったら明るい内に帰るようにするんだな」

 魔物は夜の方が活発な上、人は夜目が利かないから発見が遅れ勝ちになる。二重の意味で危険なのだ。

 それでもバッセが日暮れまで働いているのは一日でも早く旅費を貯めるため。大陸東部に戻ろうにも旅費が無ければ不可能だ。

「そ、そうするわ」

 バッセは気後れしたように言葉を返した。すると冒険者はもう用事は済んだとばかりにバッセが呼び止める暇も無くさっさと行ってしまう。

「しっかし戦えもしないのにこんな町まで来るかねぇ」

 そんな言葉を呟きながら。

「何なのよ、もう……」

 相手の無愛想な態度に腹を立てるバッセであったが、冒険者から見ればバッセもそうだとは気付かず仕舞いであった。




 翌日の朝、バッセは冒険者ギルドの受付けに身を乗り出した。

「ねぇ、確実に稼げる依頼は無い?」

 受注可能な依頼は積極的に請けているものの、農地の修復のようにやもすると魔物に襲われかねない依頼は控えたくなっていた。これが魔物の襲撃後でなければ魔物に警戒する必要はあまり無いのだが、今はまだ必要だ。怪我をしてしまったらお金を貯めるどころでないのでリスクを避けたい。しかし魔物の襲撃後でなければ無い依頼だから、請けるならリスクも込みと言うことになる。

 切実にもっと割の良い仕事が欲しい。

「確実……となると、依頼ではありませんが、塩鉱山か外壁工事の二つです。但し外壁工事は資材の関係で不定期の募集です」

 どちらも町の行う事業だ。塩鉱山から産出される塩は大陸西部の需要を一手に賄うのと同時に東部との交易資源でもある。城壁は魔物からの襲撃を防ぐ目的の公共事業である。

 ただどちらも主に男が勤める職場であった。それでもココットがこの二つを出すのは他にめぼしい職場が無いからだ。

「弱いけど面倒なだけみたいな魔物退治は無いの?」

 ネズミ退治のような依頼と言うことだ。

 しかしココットは難色を示す。

「比較的弱い魔物の討伐関係には農地警備がありますが、現在は空きがありません。外壁外の魔物は自由に討伐可能ですが、確実性がありませんし、中級中位以上でなければお勧めしかねます」

 先日の防衛戦に参加できない冒険者では農地警備もままならないが、ココットはそこまでの言及はしなかった。農地警備は収入が多くなくても安定しているので人気が高く、空きを待っている冒険者まで居るほど空きが無いのでここを強調する。外壁外の討伐については町が討伐に応じた報奨金を支払っており、依頼としては存在しないのでするもしないも冒険者任せとなっている。だから断りではなく勧められないことを強調する。

「討伐じゃなくてもいいから、他に何か無いの?」

「護衛や警備も今は募集がありませんし、他の仕事もほぼ人が固定されていますので残念ながら……」

「何よ? それ!」

 バッセは無い無い尽くしに憤った。しかしココットは神妙に見返すだけだった。

 それもこれもこうした会話はこれが初めてではなく、何度も繰り返されていた。ただ今日のバッセは少ししつこかった。




 ココットが疲れた様子でプリスの正面に座る。昼休憩らしい。

「まだ混乱は続きそう?」

 プリスは話を振ってみた。ココットが疲れているのはバッセの事ばかりではない。城壁内に魔物の浸入を赦したことで生じた業務、あるいは一時停止された業務があり、張り出す依頼も平常とは異なっている。これによって冒険者にも混乱が生じて窓口での相談も増え、一人一人の対応時間が増えて混雑に拍車が掛かっている。いつもなら昼前には閑散とする窓口にずっと誰かしらが来る状況だ。

「かなりの被害が出てますから。ポーションもまだかなり必要そうです」

 魔物から流れた血の魔毒の浄化には薬草を植えるかポーションを掛ける。しかし薬草の植え替えは容易ではないので、通常はポーションを掛けての対処となる。

 今回、城壁内では薄めたポーションを掛け、城壁外は以前から植えられている薬草頼みになる。無論全てに原液のポーションを掛けるのが確実だがポーションにも限りがあるので節約するのだ。

「そう。あたしの本業が忙しくなるかも知れないわね」

「……姐さんの本業って何なんですかね?」

 プリスが呟けば横から茶々が飛んで来た。ワナッシだ。

 ワナッシはまだ失血の影響が抜けていないのか、顔色は優れない。また本業の罠猟は浸入した魔物掃討のために冒険者が動き回っているので休業している。「だったら宿で寝ていればいいのに」と言うプリスには「ここの方が気が休まるんですよ」とどこまで本当か判らない答えを返しながらプリスの隣のテーブルを陣取った。この時「折角の機会だし……」とぼそっと零した言葉はプリスの耳には届いていなかった。

 またワナッシは今回負った傷の跡を消さない選択をした。浸入した魔物の討伐にアトスを伴ったことも含め、魔物を甘く見た戒めとすると言う。アトスを魔物から離すつもりで動いていた筈が、終わってみれば魔物の前に連れて行ったようなものになってしまった。

「本業? そうね、こうして酒を呑むことだったわ」

 プリスはプリスで茶々入れには茶々返しをする。

 無論プリスの本業は治療術士で、忙しくなるのは治療だ。農地の回復にポーションを消費する都合上、ポーションが極めて品薄になる。大陸東部から輸送、入荷されるまでの間は治療術士に頼らざるを得ないのだ。この時同じ治療を受けるなら料金は大幅に割高でも高位の治療術士であるプリスに頼もうとする患者が少なくない。そもそも治療術士が不足している大陸西部のこと、治療術はポーションに対して高額だ。同じ高額なら無理を圧してでもと思うのであろう。

「姐さん……」

 茶々を返されたワナッシは微妙な顔をする。

「あーでも、最近増えてたもう一人の呑んだくれはどうするつもりなんですかね?」

 バッセのことだ。バッセは根を詰めて稼ぐ一方で憂さ晴らしに酒を呑んでいるのを止めていなかった。呑むことで旅費が貯まるのが遠退くのだが、呑まずにいられないらしい。

「塩鉱山か城壁工事じゃないかしら」

「……」

 プリスは今後について一般論を答え、ココットは何も言わなかった。

 そんな翌日にはバッセが冒険者ギルドに現れなくなった。

 二日経っても姿を見せないことでプリスは呟いた。

「あのコは塩鉱山に行ったのかしらね」

「やっぱそっちですか……」

 バッセが食事にも現れないことからプリスは推測を語る。先日から続けて休んでいるワナッシは予想通りとばかりの相槌を打った。




 時は若干前後する。

 朝の鍛練。息を切らせながらペコラは走る。治療術士の装束に似通った運動に不向きな服を着、狩りや冒険に持ち歩く杖を手に持ち、背負い袋には水の入った水袋を幾つも入れて。

「もうペコラったらそんなの背負ってるからバテバテじゃないの」

 カリンもペコラと一緒に走っているが、もっと動きやすい恰好で何も背負ってはいない。

「どうして急にそうしようと思ったのよ?」

「わたしはもっと強くならなければいけませんから」

「……」

 普段はもっと緩い表情をしているペコラが今までになく厳しい表情をしていることに、カリンは何も返す言葉が無かった。

 そして率先して走り出す。

「ほら、置いて行くわよ」

「カリンちゃん!?」

 カリンはペコラの呼び掛けにも応えず、言葉通りにペコラを置き去りにして勢いよく走って行った。




 朝の鍛練を終えた朝食後、ペコラはネッケートとカリンに頭を下げた。

「ごめんなさい。わたしは暫く軍の治療を手伝いますので、狩りは二人でお願いします」

 先の戦いでは命に関わらない怪我の治療が後回しにされていて、今はその怪我人の治療が順次施されている。ペコラは立場上その治療に従事する義務は無いものの志願して手伝おうとしているのだ。

「うむ。後の事はこの勇者に任せてくれ」

「何が後なのかさっぱりなんだけど!?」

 別にペコラがネッケートに託す事など無いので、カリンが思わず突っ込んだ。

 しかしネッケートはしれっとしたものだ。

「細かいことは気にするな。わっはっはっはっ」

「あんた意味判らず言ってるでしょ」

「わっはっはっはっ」

「ありがとう。言って来ます」

 ネッケートはどこまで本気か判らない。しかしペコラは救われたように笑顔を向けた。




 魔物の襲撃から一〇日余りが過ぎた昼。どやどやと酒場に入って来る一団があった。

「よう、プリスの嬢ちゃん」

 護衛のテラン、ゴーエー、運び屋のコビア、トショルの四人組だ。

「あら、みんな揃って。もしかしてまた仕事に出るのかしら?」

「そう言うこった」

 この初老の男達はセントラルスを離れる仕事の前には揃って酒盛りをする。他に男達が揃って現れるのは出先からセントラルスに戻った時だ。だから出立と帰還が判りやすい。

 プリスは出発前、殆どの場合前日に揃って現れるのを不思議に感じて理由を尋ねたこともある。すると「何時死ぬか判らないんだから思い残すことの無いように」との答え。プリスが「みんながそんなにお酒が好きだとは思わなかったわ」と返せば、「別にそこまで好きじゃない」と返って来た。きょとんとするプリスにテランは言った。「冒険者ギルドって場所が重要なんだ」。そこに今は亡きオーボが付け加えた。「ここがわしらの家みたいなものだからの」。

「しかし一人減ってしもうたからわしらだけではちょっと難しくなったもんで、他の冒険者と合同だ」

「できれば固定のメンバーにしたいが若い衆には退屈な仕事だろうからな」

「仲間が増える前に減る方が早いかも知れんな」

 男達は大いに笑った。しかしプリスは苦笑しか出なかった。

 そして男達は翌日に予定通り大陸東部へと旅立った。




 バッセは冒険者ギルドから姿を消して三〇日程過ぎた頃にまた冒険者ギルドに現れた。タイトで布が少なめなワンピースを着て派手な化粧をし、この短い期間で擦れた雰囲気を醸し出すようになっていた。塩鉱山では違う肉体労働に就いていたのかも知れない。

「あら、久しぶりじゃない。東に帰るのかしら?」

「そうだよ。こんな所には二度と来るもんか」

「あら残念。歓迎するのに」

「心にも無いことを。だったら最初来た時に煙たそうにしてたのは何なんだ?」

「まあ、あんたにもその内判るんじゃない?」

「ちっ! まったく腹立つな」

「あっはっは、でもここから離れるなら一応餞の言葉を贈るわ」

 バッセが胡散臭そうに見る中、プリスは少し遠い目をする。昔を懐かしむようでもあり、悔いるようでもある目だ。

「躓いた時には俯かずにいっそ空でも見上げるといいんじゃないかしら」


 ――今は枯れ草でもまた芽吹く日が来ると信じて。


 ただバッセに言葉が届いたようには見えなかった。

 それからまた三〇日余りが過ぎ、酒場にどやどやと入って来る一団があった。

「プリスの嬢ちゃん、元気かい?」

 初老の運び屋と護衛達だ。

 ところがそこに加わっている五人目にプリスは瞠目し、呆けた顔を向けた。その相手はそっぽを向いている。

「バッセ……?」

「知り合いか? まあ、こっちの嬢ちゃんもこの町に居たんだから知ってるか。実は帰る途中で会って一緒に飯を食ったんだが、その時意気投合してわしらの仲間に加わって貰ったんだ」

 バッセは大陸東部には戻らなかったと言うことだ。

「もう! そんなこと話さなくていいのよ!」

「おっとまた叱られた」

 そう言うテランは妙に嬉しそうだ。

 プリスが「どう言うこと?」と視線でテランの仲間に訴えかけると、ゴーエーが応えた。

「若い娘に叱られるのも悪くないんだとさ」

「そこ! 変なこと言わない!」

 男達は爆笑し、プリスは苦笑い。バッセは顔を真っ赤に憤慨した。


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