7 誰か
「大型はこれで最後!」
プリスは確認できる大型の魔物を全て倒し終えた。戦い始めて二時間あまりが経ち、手が回らなかった魔物によって城壁の一部が破壊されているものの、幸いにも大型に城壁を越えられる事態にはならずに済んだ。
最悪の事態は避けられたのだ。これは撃って出たもう一人の活躍もあってのことだった。
「ネッケート! 助かったわ! さすが勇者ね!」
今も中型の魔物と戦いつつも、大型を倒し終えたことで一段落付いたプリスはネッケートを労った。ネッケートは彼自身で大型を屠るには至らなくても、城壁に近付いた魔物を牽制して城壁から離し、時にプリスの許まで引いた。この働きが無ければ城壁を越えられていたと思われる場面が幾つもあった。
「勇者であるからな!」
ネッケートは勇者の誇りを持っているようで、褒める時に勇者を協調すると機嫌が良い。
「まだまだ頼らせて貰うわよ!」
プリスは話しながら近くの中型の魔物に一撃を入れる。
「おう!」
ネッケートもまた然りだ。中小の魔物はまだまだ跋扈しているのでゆっくりなどしていられなかった。
ワナッシとアトスはひとまず東外門近くの冒険者ギルド買取所を目指す。緊急時に情報が集められるのは最寄りの買取所だ。買取所では冒険者の取り纏めも行なわれる。別に依頼を発行している訳ではないが、手の足りない場所に人を割り振るなどだ。だから冒険者が情報を得たければ買取所に行くのである。
しかしそこに着く遥か手前でワナッシは知り合いに呼び止められた。
「ワナッシ!」
「おう! 魔物にはどのくらい入られたんだ!?」
挨拶もそこそこに今必要な質問。
「いっぱいだ」
「は?」
「団体で入られたんだよ!」
「マジか!?」
「冗談だったらいいんだけどな。冗談じゃないから俺達が今こうしている。手が空いてたら取り敢えずあっちを頼む」
相手も相手で話もそこそこに農地への駆けて行った。
「アトス、俺らも行くぞ」
「おう」
買取所まで行かなくても仕事が出来てしまった。それも少々形が違えど本業と同じ城壁内に入り込んだ魔物の駆除なのだから拒絶する理由が無い。このまま駆除に参加する。
ワナッシとアトスは先の彼とは反対側へと進む。
歩きながらワナッシが言う。
「アトスは魔物を探すだけしてくれ。絶対自分で倒そうってするんじゃないぞ」
「俺だって魔物の一匹や二匹……」
アトスは半ば反射的に反論するが、ワナッシはやれやれと頭を振る。
「未だ檻の中の魔物も一撃で倒せない腕で挑んだんじゃ、殺してくれって言ってるようなものだ」
「あんな小さい魔物に殺されたりしねぇよ!」
「判っちゃねぇな。相手が小さくても殺す気で掛かって来られたら怖いもんだ。だから訓練を積んでない人間は野良猫にだって勝てやしない。ましてやその野良猫より強い魔物が相手じゃ、ちょこっと訓練したくらいじゃ危ないことに変わりはない」
「んなのやってみなきゃ判らないだろ」
「判らない時点で駄目だ。こんな事で怪我したらつまんないだろ?」
「……」
この意見にはアトスも反論し切れなかった。掠り傷程度ならと思う気持ちがあるものの、魔物から受けた掠り傷が元で誰それが死んだなんて噂もある。確かにつまらない話だ。
アトスはワナッシの指示に従って進路の右側の監視を担当する。分かれて探したりはしない。ワナッシとて目は後ろに付いてないし、アトスに至っては正面から襲われても対応できるか未知数だからである。
草を掻き分ける時には長い棒を使う。手で掻き分けていて魔物に噛み付かれでもしたら目も当てられない。安全第一だ。
草を掻き分けていれば時折魔物とまで行かなくてもヘビが出てびっくりすることもある。恐らく東からの荷物に紛れてやって来たのが棲み着いたのだ。そしてその餌となるネズミもまた同様にやって来たらしく繁殖している。ねずみについては農作物に食害をもたらすこともあって駆除対象ともなっている。
草叢でガサッと音がした。
「何か居る」
アトスは明らかにヘビではない何かが蠢いているのを見て声を張り上げそうになるのを堪えた。まだまだ気を付けなければ咄嗟と時に声を出してしまいがちだが、不用意に声を上げて魔物を刺激してはいけないのはもう理解している。
「どこだ?」
「あそこ」
ワナッシの囁き声にアトスも囁き声で返す。
ワナッシがアトスの指し示す方を目を凝らして見れば、草陰で割と大きめの不定形に見える焦げ茶色の塊がぐねぐねと動いている。
「妙にでかいな」
藪を通して見ているのではっきりした形は判らないが大型犬ほどの大きさに見える。壁を越えて来る魔物はもっと小さいはずだ。
正体を見定めようと若干身を乗り出した時、くねくね動く塊に多数の目が開いた。
「「!!!」」
続けて「ギャー」とした鳴き声が無数に湧き起こる。ワナッシとアトスの悲鳴ではない。ぐねぐね動く何かの声。
だがこれで大きさの理由は掴めた。単色の毛並みの魔物が暗がりで身を寄せ合っていたために一体化して見えていた。
「小さい魔物の塊だ! 一体化してやがった!」
ワナッシの声を合図にしたように魔物の群が一気に動き出し、押し寄せて来る。
「戦いながら引くぞ!」
一体二体ならともかく数が多過ぎた。迎撃は間に合わない。退却あるのみであった。
とは言え一目散に逃げられるなら苦労しない。魔物の方が足が速い。ワナッシだけなら逃げられる可能性はあるが、アトスが背中を見せれば一方的に攻撃されるだけだ。
話をしている間にも魔物が間近に迫り、ワナッシはアトスを庇う位置取りで懸命に迎撃する。アトスはと言えばワナッシの後ろで身動き取れなくなっていた。
一〇近く倒しただろうか。魔物が途切れた。
しかし安心してはいられない。その数倍は通り過ぎて行ったのだから、折り返して攻撃されたら厄介だ。
「アトス! 無事か!」
「お、おう! 何ともないぜ!」
アトスは空元気を発した。声が上擦っているので動揺は丸分かりだが、受け答えできるだけでも重畳だとワナッシは考える。
周囲を警戒しながら暫く待ってみたが魔物はもう襲って来なかった。通り過ぎて行っただけだったらしい。周囲を見回しても近場に潜む様子も無い。
「あっちにやる気が無くて助かったな」
アトスに背を向けたままそう口にしたのも束の間、ワナッシが右へ棒のように倒れた。
突然のことでアトスは動転した。
「師匠!?」
慌てて助け起こそうと手を触れるとぬるっとした感触。
血だ。服の上からでもはっきり判るほどの出血だ。
「ぐ……。アトス……」
倒れた衝撃でか、アトスが動かしたからか、ワナッシは倒れる直前に失っていただろう意識を取り戻した。
「し、師匠! 待ってろ、直ぐ治療術士の所まで運んで行くからな」
「ま、待てアトス……」
アトスが担ぎ上げようとワナッシの腕を掴んだところでワナッシが制止した。その息が奇妙なまでに荒くなっている。
「動いたら……ヤバい。だから……アトスは……助けを……呼びに行って……くれ」
「置いてなんて行けるもんか!」
「こ……このまま誰かが来るのを待ったら……、多分……助からねぇ……。だから……行け……」
アトスにはワナッシが嘘を言っているようには見えなかった。
「師匠! ……す、直ぐに戻って来るからな!」
アトスはまだ迷う素振りを見せたが、意を決したらしく駆け出した。
横目で見送るワナッシは僅かに安堵の顔色を浮かべる。魔物がうろつく中をまだ一一歳のアトスを独りで行かせることに不安はあるが、今はここに居続けさせる方がもっと不安だった。
アトスは東外門まで駆け抜けた。
「誰か! 治療術士! 治療術士を頼む!」
叫んで回っても応えてくれる人が居ない。負傷者が多いようで手を離せないらしい。それでも城壁にも上って懸命に走り回っていると、顔見知りの冒険者の治療術士の耳にも届いたらしい。
「アトスくん! どうしました!?」
「あ! あんたは確か勇者の兄ちゃんの……。頼む! 師匠が大怪我で動けないんだ! 農地まで一緒に来て治してくれ!」
「師匠って……」
ペコラは一瞬プリスの顔を思い浮かべたが、プリスに治療術士が必要なはずはない。改めて記憶を辿ってワナッシの姿を思い浮かべた。彼が怪我をしたのなら治療術士も必要だ。
「判りました! 案内してください! それとわたしはペコラです!」
ペコラは名前を憶えて貰えてないことにちょいおこだ。しかしそれはそれこれはこれとして先を急いだ。
そんな二人の姿は割と目立っていたらしく、下への階段に差し掛かった所で声を掛けられた。
「ペコラ! そんなに慌ててどこに行くの!?」
声の主は一緒に階段を降りて行く。
「あ、カリンちゃん! ワナッシさんが大怪我したらしくって!」
「それってどこまで!?」
「農地の方!」
「え!? 今は危ないわよ!」
「判ってますけど急がなくっちゃ!」
「……判ったわ! あんた達だけじゃ心配だからあたしも一緒に行くわ!」
「カリンちゃん! いいの!?」
「あたし一人くらい抜けたって平気よ!」
プリスが大型を全て倒し終え、中型の魔物に掛かったことで戦況は大きく好転していた。農地に入り込んだ魔物の対処へと分けた人員、死傷によって離脱した人員で当初と比べて戦力が半減しているものの、今はむしろ優勢に対応できているのがその証拠だ。
「ありがとう! お願い!」
「任せなさい!」
話す間にも階段を駆け下りていた三人は下りきり、農地に向けて足を速めた。
アトスの様子はプリスも目撃した。中型でも大きな部類を相手取っている都合、中には見上げるような個体もあって頭を狙って跳び上がることも多い。この時にたまたま見えたのだ。そのアトスが連れ出したのがペコラだったことにも嫌な予感を覚えた。治療術士を連れ出さなければならない状況なのだ。
プリスはネッケートの許まで走った。
「ネッケート! 悪いけどここは任せるわ! あたしはそろそろ治療に回ろうと思うし」
「大事な用があるのだな? あい判った。任されよう」
ネッケートは皆まで聞かずとも事情を斟酌した。詮索しようとしないその態度はプリスにとっても有り難い。
だからサービス。
「手間賃に治療して行くわね」
ネッケートと言えども擦り傷くらいは幾つも負っていた。そんなネッケートの肩をプリスがポンと叩くと、一瞬でネッケートの傷が全て消えた。
「上級の治療術とは凄まじいものだな。疲れまで取れているようだ」
錯覚に近いものではあるが、傷が無くなることで疲労感は減じる。
しかしプリスもわざわざ否定はしない。
「おまけ程度に考えたらいいわ。じゃあ、頼むわね」
「うむ。任された」
プリスはアトスとペコラの後を追った。




