6 東と西
東外壁は中小の魔物に取り付かれ、中型の魔物に体当たりされる一方、小型の魔物はよじ登られている。上端には張り出しが在るため多くの魔物はポロポロ落ちて行き、登り切る魔物は一部に留まる。しかしそれでも元の数が数だけに絶対数としては少なくない。更には中型の魔物の体当たりによる振動で一部、特に他所と比べて脆弱にならざるを得ない張り出し部分に亀裂が入り、欠けもする。
兵士や冒険者は手分けして城壁を登って来る魔物を剣で斬り、槍を突き出し、魔法を放ち、矢を射って奮戦するが、旗色は悪い。折悪しく複数の魔物に一度に城壁を登って来られると、途端に迎撃が困難になる。同時に襲って来られれば容易に負傷に繋がり、一体を相手取っている間に別の魔物に素通りされれば他の人員が間に合わないまま農地側へと入り込まれてしまう。魔物の一体たりとも通さないのが目標の戦いだけに、一旦は入り込まれてしまえば士気も落ちてしまうのだ。
「くそっ! いつまでこんなのを続けなきゃいけないんだ!」
「そりゃあ魔物が途切れるまでだ」
「疲れたなら少し休みなされ。その間わしが頑張るから」
「年寄りに任せて休める訳ねぇだろ!」
弱音を吐く冒険者も居るが、そんな時は周りからからかうような声が掛けられ、弱音を吐いた彼もどうにか奮起する。ここで踏ん張らなければ平穏が遠ざかるのを皆判っている。
だがそんな彼らの心を挫こうとするかのように近付く影もある。
「大型だ! 大型が近付いてる!」
プリスの手が回らない大型の魔物だ。大型は魔物全体からすれば少数でも数十を数え、更にばらけているので近接戦闘のみのプリスには移動時間がネックになる。接敵さえすれば一撃で倒せたとしても、遠くにあっては手も足も出ない。一つ倒す間に遠くを歩く他の大型に城壁へと迫られる。
こうなっては城壁上の軍や冒険者も大型全てがプリス任せだからなんて言って居られない。最優先に倒すべきは城壁を易々と乗り越えそうで破壊力の高い大型の魔物なのだ。
「大型を近づけるな!」
城壁上では本部から駆け付けた指揮官が指示を出す。中型にも城壁に体当たりを繰り返され、小型にも城壁をよじ登られているが、これらの対処を後回しにしてでも大型の対処が必要だ。兵士数十人が攻撃を集中させる。
それでも僅かに足を止めるだけしかできない。
そしてこの間は当然のように倒せた筈の中型や小型にも好き勝手動かれる。小型の魔物の多くに城壁を乗り越えられてしまった。
「小型に城壁を乗り越えられた! 大型ももう来た!」
「何とか持ち堪えて!」
悲鳴のような声はプリスにも届き、プリスも聞き届けたとばかりに叫び返す。しかし激しい破壊音と悲鳴が続く。
プリスは目前の最も危険だった大型の魔物を屠ると、石を拾って魔力を籠め、兵士達が押し止めていた大型の魔物に向けて投げる。石が命中したことで魔物は一旦仰け反るようにして動きを止めた。そして再度動き出そうとする前にプリスが駆け付けて屠る。
目下の危機はどうにか去った。
「冒険者の半数は入り込んだ魔物の対応を! 救護班、急げ!」
指揮官が新たに指示を出せば、冒険者の半数が即座に動き出す。これは予め想定された対応だ。護らなければならないのは町の人々と農地。入り込まれた魔物が少数ならひとまず放置して魔物の群が去った後の対処となるが、大型を対応中に入り込まれた数が多く、放置もできない。裂かれる人員が冒険者に限るのは、彼らは統率された動きを訓練されていないので城壁上では十分な力を発揮できない一方、ばらけての対応となる城壁内での小型の魔物の討伐なら本来の力を発揮できるためである。戦力の最大化だ。
しかし冒険者の半数もが防衛線たる城壁から抜けると、城壁を登ってくる魔物への対応が難しくなるのも事実。このため更なる浸入に甘んじざるを得なかった。
ワナッシとアトスはワナッシが生活魔法で灯した光球を頼りに西外門への道を歩く。ゆっくりとだ。
「師匠、もっと速く歩けないのか?」
「そう焦るな。歩き慣れた道だからって夜は昼とは違うんだ。足元をしっかり見て歩かなきゃ何が落ちてるかも判らんからな。それともアトスだけ先に灯りも無しに行くか?」
「……」
生活魔法をまだ使えないアトスは口を尖らせつつ黙る。
そこでワナッシはまた少し時間稼ぎに出た。歩みを遅くしても不自然にならないように話を振るのだ。西側が魔物の襲撃とは反対側であっても来ない保証などは無く、万が一の考慮も必要だ。アトスがどれだけ血気に逸ろうとも今のように未熟なまま魔物と対峙などさせられない。
「何ならアトスもそろそろ生活魔法を習ってみるか?」
「いいのか?」
「習いたい時が習い時だからな。アトス次第だ」
魔力は身体の成長と供にある程度成長するが、目に見えないので厄介だ。生活魔法の発動に必要なだけの魔力を持たない内に練習を始めれば発動に至る方が稀。そんな例外に当て嵌らなければ挫折もするだろう。粘ったところで使えず仕舞いになる者も多い中、挫折してしまえばそれっきりになりがちだ。身体の成長に伴って必要な魔力を有しても再度練習しようとしないのである。必要な魔力を得られないまま大人になって、それでも粘って粘ってやっぱり駄目だった人の話なんて掃いて捨てるようにある。粘りに粘って習得に至るのはほんの一握りの者だけだった。
ところがその一方で一廉の魔術士や治療術士は勿論、剣士等の武人であっても、そう成ろうとするなら幼い頃から魔力を使えるようになった方が有利。運動能力がそうであるのと同じだ。
そう言う意味ではアトスは分水嶺となる年頃であった。
「……」
「馬車の旅をするにしても生活魔法が使えた方が便利だが、使えなくても旅ができない訳じゃないからな」
「……やる」
天の邪鬼な部分のあるアトスはやらなくて良いように言われたことで反発するように生活魔法を習うと言った。
「それじゃ早速手本を見せてやろう」
ワナッシは足を止めて光球を消すと、ロウソク程度の火を上に向けた人差し指の指先の上に灯して見せる。まだ暗い中に小さな火がくっきりと浮かび上がる。
「これは種火の魔法だ。これ一つ憶えるだけで焚き付けは勿論、いざと言う時の灯にもなる」
夜が白み始めた。灯が無くとも周りがそこそこ見えるようにもなった。そこでワナッシは種火を消し、代わりに指先から水を出して見せる。
「種火よりももっと重要なのは水だ。魔法で水を出せれば水を持ち歩かなくていい。旅で最も重く嵩張るのは水だからな」
食料はカラカラに乾かせば軽くなる。乾かす時に金網で挟むなどして平べったく成形することで嵩張らなくもできる。しかし水は乾かす訳に行かないので重さを減らすには量そのものを減らすしかない。
「それからこうして濡れた手はこうすると早く乾く」
ワナッシは手の横に種火を浮かべたまま種火の方から魔法でそよ風を吹かせる。すると手には温風が当たって直ぐに乾いた。
「まあ、これは俺も姐貴から聞いて初めて知ったやり方だけどな」
ワナッシは苦笑いしつつ付け加えた。
「それからな……」
「ちょっと待ってくれ」
アトスが話の途中で声を上げた。
「どうした?」
「今そんなことやってる場合か? 俺ら魔物を倒しに行く筈だろ!」
「あー」
ワナッシは額に手を当てつつも天を仰ぐのは堪えた。そしてうっかり忘れた風を装う。
「そうだったな。じゃあ、行くか」
「急ぐぜ!」
「あ! アトス、ちょっと待て!」
もう足元も確かなだけの明るさがあるせいか、アトスが駆け出した。ワナッシが呼び止めるのも構わず走って行く。仕方なくワナッシも走って追いかけた。
西外門は固く閉ざされていた。門の両脇に構えた警備の兵士が通せんぼするように門側の腕を広げる。
「今日は通行止めだ! 戻れ!」
「俺は冒険者だ。こっちで手伝えることは無いか?」
ワナッシがギルドカードを提示しながら話し掛けると、兵士は首を横に振る。
「こっちには魔物は来ていないから不要だ」
門が閉め切られて通行止めにされている以外は普段通りのようだ。魔物は東に偏っていると見て間違いないらしい。
「ほら見ろ。だから東に行こうって言ったのに」
徒労感からか、後ろからアトスがぶつくさ言い出した。責任の所在を追及したいらしい。
だがワナッシはそんなアトスの態度も織り込み済みだ。尤もらしく理由を言う。
「後ろの安全を確認しておいたら安心感が違うんだよ」
しかしアトスは納得しなかった。
「そんなこと言って、こんなのサボってるだけじゃねぇか! 師匠がぐずぐずするなら俺一人で行くぜ!」
「まあ待て」
ワナッシはアトスが走り出そうとするのを腕を掴んで押し止める。
「判った。判ったから一緒に行くぞ」
どうにも誤魔化し切れなくなったワナッシはアトスに人の目を盗んで一人で行かれるよりは傍で監視していた方が増しだと考え、東外門に行くことを了承した。視線を感じてそちらに目を向ければ先の兵士が同情するような表情をしている。二人の短いやり取りだけで事情が察せられたのだろう。自分の頬が一瞬引き攣るのを感じた。
ところがワナッシが腹を括って東外門に行こうとした矢先、ボンボンボンと音が響いて東の空に信号弾が上がった。
「赤二つ紫一つ。浸入されたのか!」
「浸入? 魔物に入られたのか!?」
ワナッシの喫驚の声に、アトスは最初意味が判らなかったようだが、直ぐに言葉の意味に辿り着いたらしい。
ワナッシは一瞬「しまった」と顔に出すが、ここで誤魔化すようなことはしない。信号弾の意味はセントラルスなら冒険者は元より住民であっても知っているべきものなのだ。
「そうだ。入られたとなったら話は違う。東に行くぞ!」
「おう!」
ワナッシとアトスは駆け出した。




