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冒険者の狂詩曲《ラプソディ》~碧い瞳の治療術士~  作者: 浜柔
第三章 枯れ草のブルース
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5 城壁

 アトスも警報に叩き起こされた。警報に混じってアトスに先んじて起きていた近所の住人の怒声が聞こえる。警報を喧しいとの怒声に警報は魔物の襲来を意味するのだから黙れとの怒声が返される。アトスも警報の意味をこれで初めて知った。知ったからにはのうのうとしては居られない。出掛ける準備をして玄関に向かう。

 そうしてリビングの前まで来ると、一足先に起きたのだろう両親の会話が聞こえた。

「逃げる準備をするんだ」

「逃げるってどこにですか? 内壁の中が一番安全でしょう?」

「そ、それは……、う、うむ……、そうだな、落ち着け。落ち着くんだ。慎重に行動するべきだ」

「落ち着いてないのはあなたの方です。うろうろしないで座ってください」

「う、うむ……」

 椅子を引く音がする。続けてガタガタと何かが揺れてぶつかり合う音がする。

「貧乏揺すりは止めてください」

「う、うむ……」

 静かになった。

「し、しかしいつまで待てばいい?」

「判りませんが、兵隊さんや冒険者さんが頑張ってくださってるのです。知らせがあるまで待ちましょう」

「う、うむ……」

 緊急時に肝が据わっているのは母の方であった。夫が仕入れの旅に出掛けている間の店を一人で切り盛りするにはそれくらいでなければならないようだ。

 暫く両親の会話を立ち聞きしていたアトスだったが、突っ立ったまま居てもしょうがない。ドアを開けた。

「なあ、俺冒険者ギルドに行って来るぜ」

「はあ!?」

「待ちなさい!」

 アトスは言い置いたまま出掛けようとした。しかし慌てて走って来た両親に掴まれ、止められた。

「こんな時間に出掛けるのは赦さんぞ!」

「俺だって冒険者の端くれだ! 魔物なんか蹴散らしてやるぜ!」

「お前みたいな子供が行っても邪魔になるだけだ!」

「行ってみなきゃ判んないだろ!」

「あ! アトス! 待ちなさい!」

 アトスは両親の腕を振り解いて外へと駆け出した。

 冒険者ギルドに着くと、ギルドの扉は開け放たれていた。アトスは迷わず駆け込むが……。

「うおっと!」

 誰かにぶつかりそうになった。ギリギリで避けた、いや避けて貰った。アトスが相手を振り向けばワナッシであった。

「アトス? どうしてこんな所に来た?」

「どうしてって、俺だって冒険者だ。魔物をやっつけるに決まってるだろ!」

「あのな……」

 ワナッシは困り顔で周囲を見回すが、居合わせた冒険者は「どっかに連れて行け」とばかりに顎をしゃくる。今も彼らは軍を経由して冒険者ギルドにもたらされた情報の説明を聞いているところだ。東方面に多数の大型が確認されていて最悪城壁が破壊される可能性にも言及されている。これには危機感が否が応でも高まり、ギルド内が殺気立っている。こんな場所はアトスのような子供の精神に悪影響を与えかねないし、何よりアトスが他の冒険者の邪魔にもなる。今もアトスが騒いだせいで説明が止まっている。早々にどこかに連れて行くべきだ。

「まあ、その気があるのならこっち来な」

 多くのギルド職員や冒険者がワナッシ達の様子を目付き鋭く見ている。ワナッシはそんな彼らに小さく手を振ってアトスを連れ出した。そして通りを歩きながらどこに行ったものかと考えていると、アトスの方から話し掛けられた。

「なあ、東に行くんだろ! 早く行こうぜ! 大型相手だなんて腕が鳴るぜ!」

 アトスは気が急くのか既に足踏み駆け足だ。

 ワナッシは半目で額を押えた。

「あのな、俺らが東に行っても大した役には立たん。行くなら西外門だ」

 この言葉は半分嘘だ。ワナッシ自身については大した役に立たないと考えているのは本当でも、東外門に行けば何かできると考えている。しかしアトスについては邪魔になっても役に立つとは考えられない。自身の幾許かの戦力を犠牲にしてでもアトスを遠ざける方が全体の戦力は上だと考えたのだ。

「どうして!?」

 アトスは信じられないとばかりにワナッシに目を剥く。

「魔物が来るのが東からだけとは限らんだろう? 西が本当に大丈夫なのか、兵士だけでなく冒険者の俺達の目でも見ておくべきだ」

「そんな尤もらしく言って逃げるつもりじゃ!?」

「あほか! この町から逃げてどこに行くんだ?」

「……それもそうか」

「判ったら行くぞ」

 ワナッシはアトスの肩を軽く押しながら歩き出し、押されて軽くつんのめったアトスを置き去りにする。しかしこれは急いでいるように見せ掛けているだけだ。急がずゆっくり歩く。時間を稼いでアトスを戦場から離すのだ。それと判らないように更に急ぐ振り。

「ほら! 置いていくぞ!」

「ま! 待ってくれよ!」

 アトスは慌ててワナッシを追い掛けた。




 プリスが単身魔物の群れに向けて走る後方、城壁の上の兵士も慌ただしく動く。ここまで対大型用に整えつつあった準備をそこそこに留め、中型用に力点を置く。中型でも城壁を破壊されかねず、もっと警戒するべきは乗り越えられることだ。城壁を素では乗り越えられなくても彼らの骸の山を踏み台にするなら乗り越えられる。中型魔物に浸入されれば被害が甚大だ。

 そんな最中、魔物の群の上空でまた照明弾が光った。プリスが打上げたものだった。

 プリスは中小の魔物を蹴散らしながら大型に肉薄する。治療術を籠めて拳を振るえば大型の魔物も地響きを起てて頽れる。中小の魔物が幾体も倒れる大型の下敷きとなった。

 しかしプリスは彼らの行く末などには見向きもせず次の大型へと突進する。今度は殴り付けた魔物を踏み台にして飛び越え、陰になった位置に居た大型を続けて殴り付ける。

 魔物の多くは複数の動物が混じったような姿をしていてあまり統一性は無い。元が何だったか判るような魔物は概ね小型だ。

「三つ!」

 数を声に出したところでその迂遠さに気付いて数えるのを止めた。今は時間との勝負で城壁を乗り越えられないよう対処しなければならない。一つ一つ止めを刺してはいられないのだ。それに目に見える魔物を全て倒さなければならないのだから、数えるだけなら後からでもできる。

 その頃、城壁には勇者候補ネッケートと、サポート担当のカリンとペコラも駆け付けていた。ペコラは救護所の場所を尋ねて単身向かい、ネッケートとカリンは城壁を登る。

 ネッケートが城壁から身を乗り出して状況を確認する。プリスが自ら打上げた照明弾の下で単身戦っているが、プリスはあくまで近接戦闘特化。群の足止めはできていない。大型も含んだ群の多くが城壁に到達するだろう。そうなるまでこのまま待ち受けてはいくらぶ厚い城壁でも心許ない。足の速い中型や小型の魔物は既に城壁間近に迫っているのだ。

「この勇者も推して参る」

「え? ちょっとネッケート!?」

 ネッケートはカリンが呼び止めるのにも振り返らず、城壁から飛び出した。下にはいち早く城壁に到達した中型の魔物。その脳天へと落ちる勢いのまま剣を突き立てる。

「もう、お馬鹿! あんたがそっちに居たら攻撃し辛いじゃないの!」

「それは失敬!」

 ネッケートは直ぐさま城壁から遠ざかる。

「そうじゃなくて! 戻って来なさいよ!」

 カリンはネッケートを心配して叫びつつもネッケートに横から迫る魔物へと魔法を全力で放つ。文句を言いつつもサポートは欠かさない。

 ただこれは魔物を倒すためと言うよりもネッケートに気付かせるためのものだ。カリンは自らの魔法で中型の魔物を倒せるとは考えていない。これまで倒したのは小型ばかりで、それで精一杯でもあったのだ。

 魔法は見事命中する。それでも魔物は揺らがず走り続ける。「やっぱりね」とカリンは呟く。そしてネッケートが魔物に目をやったのを見て取って胸を撫で下ろす。

 ところがネッケートはその中型には見向きもせずに小型を切り倒しながら他の中型へと向かう。

「ちょっと何やって……!?」

 カリンがびっくりして叫び掛けたところで魔法が命中した魔物の脚が縺れ、小型を巻き込みつつ勢いよく転がった。その中型魔物が再び立ち上がることはなかった。

「え!?」

 カリンはびっくりして呆けてしまった。ネッケートが何かしたのか? それとも別の誰かが? しかしそんな人影は見当たらない。

「カリンちゃん! 何ぼーっとしてるんですか! 魔物はまだ沢山来てるんですよ!」

 割り当てられた配置に向かうペコラが通り掛かりに叫んだ。

「え? でも、今、中型が倒れて!」

「カリンちゃんが魔法で撃ったんでしょう? だったら倒れますよ!」

「だけどあたしの魔法って……」

「ぐずぐず言ってないでほら、次を撃って!」

「う、うん」

 カリンはペコラの勢いに気圧されるまま魔物への攻撃を再開する。他所でももう迎撃の魔法や矢が飛び交っていた。

「治療術士が居たらこっちを頼む!」

 既に小型の魔物には城壁をよじ登るものも居て、怪我人も出始めているらしい。

「い、今行きます!」

 治療術士を呼ぶ声に、ペコラはカリンの戦果を確認する暇もなく走った。


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