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冒険者の狂詩曲《ラプソディ》~碧い瞳の治療術士~  作者: 浜柔
第三章 枯れ草のブルース
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4 異変

 バッセが酒場で呑んだくれるようになってから数日が過ぎ、今日も今日とてプリスは朝の日課で外壁の外を走り込んでいる。するといつもと少し様子が違った。

「ちょっと変ね……。魔物が多い気がする……」

 外壁周辺をうろつく魔物が普段より多い。普段はあまり近付かない中型の魔物までうろついている。特に多い部分を探ってみれば、先日薬草の根を植えた一帯だ。

 まだ根付いたものから芽が出始めたくらいだから魔物避けの効果が薄いと思われた。

 だがその中でも特に魔物の動きが活発な場所がある。プリスは魔物を蹴散らしつつその場所に立った。

「ん? この辺り、芽が一つも出てないわ」

 薬草の根を植えた一角。植えて間がなく、まだ芽が出るかどうかの時間しか経っていないものの、他の場所ではちらほら芽が出ているのだから全く無いのも奇妙だ。いくら目を凝らしても一つも無い。

 注意深く周囲を見回して原因を探る。

「あ、この辺りって……」

 位置関係を確かめてみればバッセに任せた範囲だった。

 薬草の根を植えるにもそこそこコツが要るので初めてならしょうがないかとプリスは考えた。

 ところが更に見回していると不審なものが見付かった。先は芽にばかり気を取られて気付けなかったものだ。

「? これって薬草の根? あっちにも。え? こっちにも?」

 薬草の根が地面に転がっている。あるいは横倒しで半分だけ埋まっていたりする。

「ああ! あのコ!」

 プリスは思い至る。バッセが手抜きして根を縦にでなく横倒しで埋めたのだ。横倒しになら適当に地面を棒で突くだけで土を被せられるだけの深さになる。埋めた跡を見るだけでは根の向きが縦でも横でもあまり変わらないから気付けなかった。

 それがどうして表に出て来たか。恐らくは作業が終わった夜に振った雨のせいだろう。薄く被せられた土が雨粒で跳ねて薬草の根が露出してしまったのだ。埋まってない根はもう枯れるしかない。

 不慣れから来る不出来なら腹も立つまい。しかし不真面目なら話は別だ。

 ここまでまた耳を引っ張って連れて来て問い詰めようかとも考える。

 だが勢い込んで走り出したものの、外門に達する前に自問する。自分に彼女を責める資格があるのだろうかと。自らが主導した訳ではない過ちだったとしても、ちょっとしたことで三人の命が喪われたことが今も重くのし掛かる。その日の責任を割合で言うならプリスは二割に満たないだろう。しかし他に責任を負うべき者二人は喪われた三人の内の二人でもあるのだ。責任を持つ者で生きているのはプリスだけだから全ての責任を負っているようにも感じられている。

 思考が空回りし始めたのを感じたプリスは立ち止まり、両頬を二度叩いた。

「今は魔物の方が重要!」

 そして焦燥を振り払うように再び走った。




 冒険者ギルドに到着したプリスはココットに話し掛けた。

「東の方で魔物が増えてるわ」

「東ですか? この間の薬草がまだ生え揃ってないせいでしょうか?」

「断定はできないわ。薬草が生えていても魔物が襲って来たことはあったから」

 セントラルスが建設されてから幾年かは半ば定期的に渡りでもするかのように魔物が襲って来ていた。その後徐々に減ってここ二、三年は途絶えたかにも見えるが断定はできない。ここに来て再来した可能性がある。

「でも東ですよね?」

「それなのよね……」

 セントラルスより東の領域は人の領域から近いこともあって魔物の討伐が進んでいる。そのためセントラルスに魔物が襲って来た際も初期を除いて半数が西から、残る半数が南北のいずれかからで、東からは殆ど無かった。規模も減少傾向だった。

 それがここに来て東側での異変だ。

「東がどうしたんです?」

 プリスが首を捻ったところで男の声が割り込んだ。

「だから魔物が増えてるのよ……って、ワナッシ、随分なのんびり出勤じゃない?」

「のんびりは姐貴に敵いませんよ。それに姐貴のご尊顔をおがまなけりゃ一日が始まらない」

 ワナッシは口説いているのかからかっているのか判らない台詞を吐いた。

「はいはい。こんな薹の立った女に媚びを売っても何も出ないわよ」

「さいですか……。まあ媚びはともかく、魔物が増えたってのは気になりますね」

 呆れ声で手をひらひらさせるプリス。ワナッシは少し残念そうに言うと、話を元に戻した。

 プリスはワナッシが残念そうにするのに微かに首を傾げつつも頓着しない。魔物の方が重要だ。

「西の方はどうかしら?」

 外壁の外ならプリスも走って直接見ているので判る。特に変化は感じられなかった。だが壁の内側までは判らない。だからワナッシに聞く。ワナッシはセントラルスの西地区で罠猟師をしているので西側の外壁内で魔物が増えたなら気付く筈だ。

「わっしの知る限りでは特に変わった様子はありませんよ」

「そう。それなら少しは安心できるのかしらね」

 全方向を警戒しなければならなかったら一大事だ。手が回らない事態にはならなそうで一安心のプリスだった。




 安心したのも束の間、翌々日の未明に町の警報が鳴った。まだ起床前だったプリスは飛び起き、眠りに就いた時の一糸纏わぬ姿のまま窓から身を乗り出して方角を確かめる。

 生憎と信号弾は見えなかった。見えれば確定できたのだが、見えなかったら仕方がない。一旦冒険者ギルドを目指すことにし、玄関を開けながらグローブを填めるべくいつも吊り下げている腰に手を回す。

 そこには何も無かった。慌てて部屋に戻って身形を整えると、今度こそ冒険者ギルドに急いだ。




 当直の冒険者ギルド職員も宿直室で飛び起きると、即座に屋根上の矢倉に登って確認する。

『信号弾、東外門赤三つ! いや、赤五つ!』

 伝声管の先、ギルド内には誰も居ないかも知れない。しかし一、二分の間隔を空けながら『信号弾、東外門赤五つ!』を繰り返す。

 赤い信号弾三つで魔物の群の襲来を、赤五つだと城壁を乗り越えられかねない大型を含んだ魔物の群の襲来を意味する。

 伝声管の向こうから反応が返って来たのは五度目に告げた時であった。

「大型!? 直ぐに出るわ! あなたはもう暫くこれを続けていてちょうだい!」

 冒険者ギルドに駆け込んで間もなく伝声管から響いた声に、プリスは応答した。そして直ぐにギルドを出る。

「きゃっ!」

 出会い頭に誰かとぶつかりそうになり、相手が小さく悲鳴を上げた。

「ココット!?」

 帰宅していた職員でいち早く出勤したのはココットであった。彼女の自宅は冒険者ギルドに近いのだが、窓口専門の彼女は緊急時であれ深夜に出勤義務は無い。それでも彼女はやって来た。

「東外門赤五つ。ココット、後をお願い」

「わ、判りました!」

 プリスはココットの返事を後ろに聞きながら走った。

 東外門に到着すると、応援の到着を待っていた兵士に案内されて早足で城壁に上る。

「状況は?」

「門は閉鎖完了。魔物は五分前に距離二〇を進行中。一五分後には足の速いものが来襲の見込みです」

「照明弾は?」

「回数に限りがあるため使用を控えています」

 信号弾でも上空に打上げればそれなりに魔力消費が激しい。信号弾の数十倍する光量と数倍する持続時間の照明弾では魔力消費が桁違いだ。効果に乏しいと判断される状況での使用は戦力の浪費となるだろう。

 プリスは一つ頷いた。

「それなら大型の判断根拠は?」

「シルエットです」

 ちょうど城壁に上り終えたプリスが兵士の指す方向に目を向ければ、地平線に近い所で星空に穴が空いていた。目を凝らせばそのシルエットに魔物らしき輪郭が見え、徐々に近付いているのが判る。

 プリスは自ら光球を発現させ、魔物の群と思しきシルエット上空へと投擲する。目標上空で一際輝く光球。光に照らされて映し出されるのは紛う事無き魔物の群だ。

「予想より数が多い! 大型だけでも数十! その他が数千!」

 見張り台から響く声。

「もっと正確に判らないか!?」

「申し訳ありません!」

 他所からの問いには謝罪のみを返す。数え切れない程らしい。

 問いを発した当直の士官は問いを発する間も足を止めず、足早にプリスの許までやって来た。

「ご協力感謝します」

「あたしは先に出るわ。後から他の連中も来る筈だから持ち場の振り分けはお願い」

 大型が一体や二体だけならプリス頼みの防衛にならないよう軍や他の冒険者に全て任せるところだ。プリス自身は治療に専念する。しかし今回のような多数の大型を任せてしまっては甚大な被害が予想されるので率先して前線に赴く。全体の指揮については変わらず彼らに任せてしまう。プリス自身が後ろで指揮を執るタイプではないので役割分担だ。

「了解しました」

 プリスは城壁から身を乗り出して大型の位置を確かめる。城壁に最も早く到達しそうな魔物から対処が必要だ。素速く討伐順を頭に置くと、城壁から跳んだ。これを目の当たりにした兵士が息を呑む中、悠々着地して魔物の群へと駆けた。


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