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冒険者の狂詩曲《ラプソディ》~碧い瞳の治療術士~  作者: 浜柔
第三章 枯れ草のブルース
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3 移植

 プリスはバッセを連れて東外門を通り、そこからは彼女に案内させて薬草を引き抜いたと言う場所までやって来た。そして現場を見た途端に苦虫を噛み潰したような顔をする。

「ごっそりやらかしたものね」

 間引きのように引き抜かれたのではなく、一角がまるまる抜かれている。文字通りに根刮ぎだ。

 自然の薬草群生地では根刮ぎ抜いても翌日には元通りになる場所もあるが、ここはそうではないのだ。

 プリスはバッセの手枷を外して薬草の根を半分を渡し、植え方を説明する。魔法が使えれば多少は労力を減らせるが、根気の要る作業であることには変わりがない。

「それじゃ、しっかりやりなさいよ」

「こんなのほっときゃ生えるでしょ」

「あんた、説明聞いてなかったの?」

「知らないわよ、そんなの」

「ったく……」

 プリスは未だ反省の素振りを見せないバッセを溜め息混じりに見やる。しかし今はとやかく言っている場合でもない。薬草は一分一秒までは争わないが、植えるのが遅くなればその分根付く確率が減ってしまい、丸二日も経てば絶望的になるのだ。

「……まあいいわ。押し問答してもしょうがないし。いい? ここの薬草は勝手に生えた物じゃないの」

「勝手に生えたんじゃなかったらどうして生えてるの?」

「人の手で移植したに決まってるでしょ」

 外壁の周辺は人為的に植えられたものだから勝手には生えてくれない。

 この薬草の移植には困難があった。他の植物のように単純に移植したのでは枯れる。抜いたままでは勿論枯れる。唯一可能な移植方法は茎と葉を切り取り、木の根に似た根だけを土に植えること。根付くかどうかは運次第。但し単なる鉢植えにしたら枯れる。だから遠方への移植は不可能と言うのが一五年程前に薬草を鉢植えにして持ち歩いたとある旅人から方法がもたらされるまでの常識だ。

 ただこのもたらされた方法も不可能ではないと言う意味でしかない。

 鉢植えとして持ち運ぶ方法がまた困難だった。鉢植えにするには土に埋めた鉢に薬草の根を植えて運良く根付くのを待つ必要がある。根付いても一日の半分程度は鉢ごと土に埋めておかなければ枯れる。魔力の薄い場所では埋めておくべき時間が増える。長距離輸送時には鉢植えを晩に地面に埋めて朝に掘り起こすを繰り返すことになるが、比較的安全な場所は魔力が弱いために不用意に枯らすこともある。これを避けようとするなら敢えて危険な場所を選んで通るか、一日の移動距離を減らすしかない。

 幸か不幸か大陸西部は魔毒草が発した魔毒によって魔力が多かったことから、鉢植えの方法を発見した旅人がそうであったように大陸西部を輸送する際には枯れる心配をせずに済んだ。代わりに東部では心配要らなかった魔物の襲撃に備える必要があったが。

 更には鉢から地面に植え替える際も鉢植えにする時と同じ手順を踏む必要があった。しかしこれについては埋めた後で外すことのできる輸送専用の鉢が開発されたことで単なる植え替えに近い手間にまで軽減された。

 そうして長い時間も掛けて東部からここまで薬草を運んで移植したのだ。

 またこのセントラルスの建つ土地は元々魔毒も魔力も薄く、植えられた薬草の影響から城壁内では更に魔力が薄い。このため薬草は城壁内に全くと言って良い程生えない。セントラルスが建築されてから一〇年が過ぎた今、周辺の魔毒も減っていてこの傾向は更に強まっている。

 つまるところこう根刮ぎ抜かれたままだと魔物に対して魔力的には無防備に近いまま何も改善されないのだ。

 しかしバッセはそんな事情を知らないのでプリスの言った手間に疑問を抱く。

「は? 何でそんなことを?」

「魔物避け。魔毒が無ければ強い魔物は寄って来ないからね」

 平常時であれば強い魔物は魔毒の濃い場所で暮らし、薬草によって魔毒が薄くなった地域には近付かない。

 一方で薬草の影響を受けにくい弱い魔物は寄って来ることがある。その中でも比較的大型のものは城壁が阻むが、小型の魔物は壁をよじ登って浸入するため、罠猟師を中心に冒険者が対処している。

「ふーん」

「それをあんたが引っこ抜いた訳よ。そしたらどうなると思う?」

「魔物が近寄って来るってこと?」

「それから?」

「それから? って、それだけじゃないの?」

 バッセはピンとは来ていない様子だ。

 プリスはこめかみを人差し指で揉みながら問う。

「あのね……、ここは何?」

「何って町でしょ」

「そうよ? その町に魔物が近付いたら?」

「まあ、人が襲われるかも知れないね」

「襲われたら?」

「大変ね」

 バッセは察しが悪かった。

「その大変なのが起きるのは何故?」

「薬草が無いから?」

「そうよね? その薬草を無くしたのは誰?」

「……あー! はいはい判りましたよ、やればいいんでしょ」

 バッセは「もっと解りやすく話せよ」とぶつくさ言う。しかし噛んで含めるように言われずに理解したかは疑わしい。

「『はい』は一回」

「おかんかよ!」

 プリスはバッセの不平を聞き流して作業手順を教えて穴掘り道具を渡すと、自らも作業を開始した。

 暫く続けたところで腰を伸ばして溜め息を吐く。

「ほんと大変だわ……」

 埋めるのが深すぎても浅すぎても根付かない可能性が高い。根が地面から覗かないようにと深めに掘ってしまえばそれはそれで根付かないと言うことだ。適度な深さが必要だから気を使う。生活魔法で掘れればもう少し楽なのにと考えつつも、生活魔法と言えども草の根一つ分の穴など調節が難しくて却って疲れてしまうので道具を使っている。

 柄が長く細長いスコップのような道具を突き刺し、少し捏ねて土を解して隙間を作り、薬草の根を滑り込ませたら解す途中で起きた土で埋める。立ってしゃがんでと埋める本数分繰り返して、予想したより広い範囲に薬草を埋めるから地味に時間が掛かる。

 気を使う作業時間が長ければ気疲れするものである。

 バッセの様子を窺ってみれば、黙々と作業をしている。どこまでしっかりやっているかは判らないが、手持ちの作業が先だから監視してもいられない。後で確認も必要だろう。

 作業は翌日の昼近くまで掛かった。プリスはバッセの作業跡を見て回ったが不審な点は見られない。掘り返して確かめる訳にも行かないので表面上ではあるが。

 この日の夜にはセントラルスに珍しく雨が降った。




 三日後の昼下がり。

「コンチクショウ!」

「お客さん、もうお酒はお控えになられた方が……」

 冒険者ギルド併設の酒場のバーテンダーが叫ぶバッセに声を掛けた。

 バッセは酒癖が少々悪かったらしい。

「何よ。あたしは客よ? 客が金を落とすからあんたらがおまんまに有り付けてるんでしょうが」

 バーテンダーは処置無しとばかりに頭を振った。冒険者ギルド併設のこの酒場は半ば冒険者向けサービスで独立採算ではない。だから酒場の売り上げが上がらなくても店員の給与が無くなることにはならないのだ。しかしこれを軽率に話して良いものでもない。

「まったく悪い酒ね。もう少し静かに呑みなさいよ」

 同じ酒場のテーブルで呑んでいたプリスは振り向いた。この街の酒場はここだけだから呑むなら自ずと同じ場所になってしまう。だからバッセの声は当然のようにプリスも聞いていたのだ。それもカウンターに近い席だけに物理的に耳が痛くなるほど響いた。

 バーテンダーの台詞も耳が痛い話だったりしないでもないが、それはまた別の話である。

「あ? またあんた? あんただって酔っぱらってるくせに、ほっといてよ」

「……はいはい、悪うござんした」

 バッセはどこか凝り固まっているようで苦言を聞き入れそうにない。だからプリスは口を出していながら適当にあしらって話を切り上げようとした。だがバッセはしつこかった。絡み酒らしい。

「ああ、悪いね。こうやって呑んでるのもあんたのせいなんだから」

「何のこと?」

「とぼける気? 手枷したまんまあんたが引っ張り回すからあたしに仕事が回らないんでしょ」

 バッセは晒し者にされたお陰で仕事にあり付けないのだと言い募る。

「この街でどこの誰かも判らない人を雇うなんて所、行政以外に無いわよ」

 プリスは肩を竦めた。

 セントラルスの冒険者の多くは運び屋と護衛だ。それもほぼ固定されている。依頼主が新たに雇わなければならない時も紹介がものを言って決まる。それと言うのも運び屋なら持ち逃げしないと信じられる相手、馬車の護衛なら旅の途中で襲って来ないと信じられる相手、畑の護衛ならサボらず畑を荒らしたりもしない相手が必要だ。誰かも判らない相手に大事なものは託せないのだ。

 他には罠の知識がある者なら行政からの依頼で城壁内での罠猟師の職を得ることも可能だ。しかし知識の無い、あるいはあぶれた者には不定期に出されるドブ掠いなどの雑用があるのみだ。

 だから固定客の無い冒険者の殆どが城壁外で依頼とは無関係の狩りをして生活している。危険な外で狩りができないとなれば回って来る仕事は汚い臭い単発仕事になってしまう。

 そしてバッセには汚い臭い仕事を避けて通っている節があった。

 プリスがそんな説明をすると、バッセは案の定(へそ)を曲げた。

「はいはいそうですか。けっ。おかわり!」

 バッセは不満たらたらに言い捨てると、追加の酒を注文した。

「先払いでお願いします」

 バーテンダーが少し困ったように眉尻を下げながら答える。幾度も繰り返された台詞のようだ。

 言われたバッセは所持金を確かめた。途端に眉を曇らせる。あまりにも心許ない残金だったのだ。注文を引っ込めた。酔った勢いで後先考えずに断食するほどには人間を棄ててなかったらしい。

「チッ! ……くそっ! こんな安酒が何でこんなに高いのさ!」

「そりゃこんな遠くまで運んで来るんだから輸送費が馬鹿にならないわよ」

「ったく、クソな町だ!」

 バッセはカウンターを叩いて叫んだ。バーテンダーが叩かれたカウンターを心配そうに見る。バッセの心配はしてないらしい。

 プリスはと言えば小さく溜め息を吐いた。

「あー、あんたもこの町に夢見た口なのね。新天地だから仕事が有り余ってて幾らでも儲かるように思ったのでしょうけど、冒険者にとっては逆よ。あるのは儲からない仕事ばかり」

「やっぱりクソじゃないの」

 バッセは言い捨てた後、よろよろと冒険者ギルドの長椅子まで歩いて寝転がった。

 ここに泊まるらしい。

 人間までは棄てなくても女については怪しかった。


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