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冒険者の狂詩曲《ラプソディ》~碧い瞳の治療術士~  作者: 浜柔
第三章 枯れ草のブルース
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2 受付嬢

 セントラルス冒険者ギルドの受付嬢ココットは二人しか居ない依頼発注清算窓口専門職員である。

 「依頼発注清算窓口」こそが冒険者ギルドでの正式名称で、「受付」は通称だ。しかし窓口には通称たる「受付」とだけ書かれていて、冒険者にも「受付」と呼ばれている。二つ在る冒険者向けの窓口の一つがこの「受付」なのだ。もう一つは買取所の「窓口」で、最低限の文字しか判らない冒険者には発注窓口や精算窓口などを細かく分けても混乱させるだけなのでこうなっている。

 因みにこの「受付」と対になる依頼受注窓口、その他の窓口はセントラルス中央の広場を挟んだ向かいの建物に在り、冒険者ギルドに依頼を出す商人や農民が利用する。その幾つか分かれている窓口の内、依頼受注窓口の通称はやはり「受付」となっている。

 そんな「受付」だが、ココットの勤務は週に六日、朝晩の受付ラッシュに合わせた午前六時から午後六時で、受け付け業務が閑散とする日中に三時間の長い昼休憩が入る変則的な時間となっている。

 二四時間営業たる冒険者ギルドにあっては特異的に見える勤務時間だが、冒険者ギルドの二四時間営業は建前に近く、窓口は原則として午前六時から午後六時。ココットの勤務時間と同じであった。それ以外の時間は依頼の報告なら受け付けるものの報酬から時間外手数料を引く仕組みまである。冒険者には不評ながら手数料上乗せが無ければ夜遅くまで粘る冒険者も居るので敢えてそうしている。

 また深夜帯にはカウンターには誰も居ない。用事がある際には呼び鈴で就寝中の夜勤職員を起こして対応して貰う。夜勤職員が当然のように嫌そうにするため、深夜は利用しないのが暗黙の内にルール化された。建前たる所以の一つだ。

 ともあれココットは日中の休憩時間には一旦帰宅して掃除や洗濯をする日もあれば、買い物に出掛けることもある。いずれもしない日の多くではプリスにまとわり付くようにする。

 プリスもプリスでこれが嫌いではない。お小言が入らないココットは可愛らしい娘……とも言えなくなった二五歳だが、既に三六歳のプリスから見れば娘っこの範疇だろう。

 ただこの日のココットはプリスと世間話を決め込んだ午後に見知らぬ女を受け付けに迎えた。

 女は意気揚々と告げる。

「冒険者登録をお願い」

「いらっしゃいませ。冒険者登録にはまずこの承諾書に必要事項を記述ください」

 受付嬢たるココットは注意事項や免責事項などが書かれた用紙を差し出し内容を説明する。読み書きができない相手なら一言一句を読み聞かせる必要があるが、女は読み書きができるようなので重要な点だけをさっくりとだ。

 女は用紙に記述した。

「ありがとうございます。バッセさんですね。以前所属していたギルドのカードはお持ちですか?」

「持ってはいるけど……、初級上位なのよねー」

「なるほどそうですね。初級でしたらまた下位から始めることになりますので提示はされなくて大丈夫です」

 冒険者ギルドは各ギルドが独立して運営しているので基本的には初級下位から始めなければならない。とは言え他のギルドで中級以上だった者まで最初からやり直しでは人材の持ち腐れだ。だからこれを考慮する。上級冒険者などの名の知れた人物であればそのままのランクで、その他の中級なら一旦初級上位で登録した後に適正を判断して以前のランクを割り当てると言った具合だ。

「ですよねー」

「ではこれが新しいギルドカードです」

 初級や中級下位までのギルドカードは堅い木の板に番号を彫ってワニスで保護したものだ。

「ありがと。ついでなんだけど、これの買取もお願い」

 バッセは足下に置いていた袋をカウンターに載せた。

「買取ですか?」

「勿論」

 バッセは袋を開いた。

 瞬間、ココットの表情が喫驚に変わった。袋の中身の根が付いた薬草が原因だ。

「これ、どこで採取されました?」

「どこって、この町の外に群生してるじゃない」

「そうですか……。一応お伺いしますが、どうしてこれを採取しようと思われたのですか?」

「どこの町だって薬草採取から始めるじゃない? それならここまで来てまた町の外に行くなんて非効率じゃないの」

「仰ることは判りました。しかしお伝えしなければならないことがあります」

 ココットは居住まいを正した。

「まずこの町では薬草の買取をしておりませんし、薬草採取の依頼も行っておりません」

「何? その非常識は!」

 バッセは目を見開いて驚きを表わした。

 しかしココットはそんなバッセを冷めた目で見る。

「大陸西部のこの町に東部の常識を持ち込まれましても……」

「常識は常識でしょ? いいから買い取ってよ」

「あのー、お話を聞いていただけませんでしたか? 再度申しますが、この町では薬草の買取をしておりません。それどころか薬草の持ち込みはペナルティ対象です。罰金は東部での薬草相場の倍で、依頼を一回失敗した扱いにもなります。このように根まで付いているものでしたらペナルティは更に倍です。またあまりに多量の場合は軍により拘束されます。ここまでの数ですと多額の罰金の上で懲役も覚悟していだだく必要があります。ついでに申しますと、ここは冒険者の方が依頼を受ける窓口で、買取所ではありません。買取所は別途外壁……外側の城壁の近くにございます」

「馬鹿な!」

「馬鹿なと申したいのはこちらです。薬草が魔物避けに使われているのをご存じなかったのですか?」

 バッセの「馬鹿な」は主に買取所が外壁に近い場所だったことのようだったが、ココットは取り合わなかった。

「そんなの知らないわよ。西部に来たのは初めてなんだから」

「ご存じなくても城壁の周りに薬草が生えていることに疑問を持っても良さそうなものですが……、取り敢えず担当者が来ましたのでこの後のお話はそちらでお願いします」

 バッセは両側から腕を掴まれた。左右を見やれば歳は行っていても屈強な男が二人。冒険者上がりで就職した口だ。

「えっ!? ちょっと放してよ!」

 バッセは藻掻くがビクともしない。こんな用心棒的な役割をするのだから元は中級中位以上の実力の持ち主だ。多少衰えていても初級でしかないバッセには抵抗する術が無い。そしてそのまま引き摺られるように通常は閉め切られている扉の向こうに消えた。

 ココットはバッセを見送ると、カウンターの奥に在る鐘を叩く。

 カン。カン。カン。カン。

「緊急依頼ね」

 叩き終わる瞬間を見計らったように声を掛けるプリス。バッセが連れて行かれるのを見て席を立ったらちょうどそのタイミングだったのだ。

「はい。これを……」

 ココットはバッセの残した薬草の袋を開いた。

 プリスは中身を確認して一つ頷く。ギルドが閑散とした中だったため、ココットの声はともかくバッセの声はプリスの席まで丸聞こえだった。見ずとも予想された中身だ。

「これを植え直せばいいのね?」

「はい。プリスさんがしてくださるのですか?」

「ええ。今回はあたしの個人的都合で特別に依頼料も要らないわ」

「はい?」

 ココットは目を瞬かせた。

「何おかしな顔をしているの?」

「いえ、いつものプリスさんなら依頼料を断りませんし、先の方にお説教しているところではないかと思ったものですから……」

 プリスが依頼料を断らないのは前例になってはいけないからだ。上級冒険者が前例になったら中級や初級の冒険者が無償奉仕を強要されかねない。

 ただバッセの件ばかりはプリスの心情的に報酬を受け取り難く、お説教もし難くかった。

「そう……ね……。まあ、彼女をそんなに責めないであげてくれないかしら」

「はい?」

 いつものプリスらしくない言葉に目を丸くするココット。声に出さなくても口をパクパクと「どうして?」と疑問を形にする。

 これにはプリスもバツが悪そうに髪を弄りながら視線を逸らす。

「昔ちょっとね」

「お知り合いだったのですか?」

 ますますらしくないプリスにびっくりしながらも、ココットは思い至った理由を半ば無意識で口に出す。

「さっきの人は関係ないわよ。昔の……、そうね、罪滅ぼしかしらね」

 プリスも昔薬草でやらかした事がある。その町では薬草採取が依頼として出されていたが、初心者向けであり、半ば福祉目的でもあった。そんな薬草を仲間と一緒に乱獲した影響で一人の少年が狼の棲む森まで薬草を探しに行って帰って来なかった。いや帰っては来た。ただベテラン冒険者に抱えられたもの言わぬ姿でだった。そしてここから派生してプリスの嘗ての仲間二人も命を失った。

 事件の後暫くは薬草と聞くだけで胸がキリキリと痛んだ。八つ当たりのように狼を狩った理由でもある。記憶の風化と共に痛みは薄れているが、今尚半ばトラウマとなっていて思い出すと胸がチクチクと痛む。

 誰かに話して同情でも買えば楽になるのかも知れないが、そうなりたいとも考えていない。

「はあ……?」

 歯切れ悪く話すプリスにココットは突っ込んで聞きたかったが、プリスがこれ以上話さない雰囲気を出したので断念した。

 プリスは薬草の袋とココットに用意して貰った筵を抱え、受付から離れた待合室に向けて手を高く揚げてパンパンと叩く。

「はいはーい。みんな鋏持ってる人は手伝ってーっ!」

 プリスの声に「何事?」と屯していた冒険者が集まって来る。この時間に屯している者は概ね暇だ。

「何すればいいんです?」

「この薬草の茎と葉を切り取って、根だけにして欲しいのよ」

 プリスは袋を引っ繰り返して筵の上に薬草を広げた。

「切ってどうしようってんです?」

「根を植え直すのよ」

「そのまんま植えた方が良くありませんか?」

「周りの土も一緒に掘り起こしたのならそれでもいいのだけど、土を払ってしまっているのを植えたら枯れるらしいのよ」

 その上、根を切っても駄目で、茎を残しすぎても駄目と言う。それでいてプリスの言葉が曖昧なのはプリス自身も根を植え直したことはあっても理由は人に聞いて知っているだけだからだった。

「おかしな話もあるもんですね。薬草ってそう言うものなんです?」

「マジャールの言葉通りならね」

「あー、それなら信じない訳には行きませんね」

 マジャールはベテランの上級冒険者で知らない人は居ないほどの有名人である。畑違いながらプリスも一時師事した人物だ。彼らにとって信じられる人が信じられる人から聞いた話だと言うなら信じない訳には行かないのであった。

「だから頼むわね」

「へい」

 冒険者達は作業に取り掛かった。プリスは彼らが頭数で割るのを見ながらココットに話し掛ける。

「それからココット。原因の彼女も案内させがてら連れて行きたいのだけど、どうにかできないかしら?」

「プリスさんのご希望なら通るとは思いますが……」

 ココットは「バッセはセントラルスに来たばかりで初犯でもあるので独房に一晩留置されるくらいだろうから」と付け加える。バッセに説明した内容は半ば脅しだったのだ。とは言え一ヶ月もこの町に住んだ後に同じ事をしたなら説明通りになるだろう。

「連れて行かれるんですか?」

「そのくらいの責任は取って貰わないとね」

 プリスは口の中で「どの口で言ってるんだか」と自嘲するが、間近に居たココットにも聞こえない小さな声だった。

「は、はぁ……? とにかく相談して参りますのでしばらくお待ちください」

 ココットは疑問符を浮かべつつもプリスの希望を上司に伝えに行く。その姿を見送ったプリスは自分も薬草の処理に加わろうとするが、集まった冒険者達は自分達だけに割り振っていてプリスの分は分けられておらず、結局プリスは作業の監督をするだけになった。

 ココットは薬草の処理が終わる頃に戻って来た。

「お待たせしました」

「まったく、あたしに何させようって?」

 バッセは連れて行かれたかと思えばまた戻されてとしたのが気に入らない様子だ。

 しかしプリスは気にも留めない。

「勿論薬草の植え直しよ」

「そんなに薬草が大事なら大事にしてる人達でやったらいいのに」

 バッセは自分が理不尽に遭っていると思っている様子だ。自分が悪かったなどとは全く考えていないらしい。

「やれやれね。ぶつくさ言ってないでいらっしゃい」

「い、いたた! 耳引っ張んないでよ!」

 プリスはバッセの耳を摘み上げる。これをバッセが剥がそうとしてもビクともしない。すると今度は足で蹴るのだが、箪笥の角に小指をぶつけたような顔をした。

「素直に付いて来るなら放してあげるわ」

「判ったわよ。行けばいいんでしょ。行くから手を放してよ。ついでにこの手枷も外してよ」

「手枷は着いてからね」

 バッセは信じられないものを見る目でプリスを見た。

 しかし現状のバッセは勾留中の身であるから、移送には拘束が必要なのだ。プリスはこれを説明するが、するとバッセはますます信じられないものを見る目でプリスを見た。

「じゃあ、行ってくるわね」

「お願いします」

 片手をピシッと挙げて挨拶してから冒険者ギルドを出るプリスを見送りながら、ココットは大きく首を傾げた。

 そんなココットを薬草の処理を手伝っていた初老の冒険者が不思議そうに見る。

「どうした? ココットの嬢ちゃん?」

「いえ、プリスさんのやる気がどこで出るのかよく判らなくて……」

 一分一秒を争う緊急事態なら別だが、日頃のプリスは仕事に行くにもだらんとした様子だからと言う。

 初老の冒険者は少し考えた後で両手を挙げる。考えても判らないと言うことだ。

「気にするこたぁねえんじゃねえかなぁ」

「はい……」

 プリスは他人には過去をふんわりとしか語らない。だから彼女がどう考えているか判らない事ばかりなのだが、色々詮索して嫌がられたくもないので多少もやもやしながらも沈黙するココットであった。


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