1 キャラバン
遙々大陸東部から旅して来た小さなキャラバンが大陸西部の城壁都市セントラルスを目前にしていた。
「あ!」
荷馬車の一台。荷台で景色を眺めていた女が声を上げ、浮ついた様子で荷台から身を乗り出した。
女はやせ形中背で、旅の間手入れしてなかっただろうボサボサの茶髪、肘の上まで捲り上げたカーキ色に臙脂のチェックが入った長袖シャツ、灰緑のカーゴパンツ、黒いオフロードブーツ、それにグレーのマントを羽織った出で立ちだ。冒険者としては男も女もない普通の軽装をしている。
「ここで降ろして!」
女は御者をしている男に向かって叫んだ。
「ここで? 町まではまだ距離があるぞ?」
「城壁がそこなんだから大した距離じゃないよ」
「城壁っつったってなぁ……」
御者は頭を振って難色を示す。
だが女はお構いなしだ。
「いいから、いいから」
「知らねぇぞ? でも馬車は止められないから降りるなら勝手に飛び降りてくれ」
「判ったわ」
女は|ボンサック《筒型をした縦長のバッグ》を担ぎ、荷台の側アオリを乗り越えて外側に掴まってしゃがみ込むと、アオリを蹴って飛び降りた。
「おっとっとっとーっ!」
馬車の勢いでつんのめりながらも御者に手を振って街道から離れて行く。
御者は女を見送ると、頭を振って前を向いた。
雑貨屋に産まれながら冒険者を目指したアトスは今日も罠猟師の冒険者ワナッシの許で罠を学んでいる。成人までに一人前の罠猟師になるのが目標だ。
ただその後は父親の営む皮革商を手伝うつもりでいる。
罠猟師は謂わば腰掛けであった。
そんなアトスも最近では罠設置にもかなり慣れ、良くも悪くも作業しながら考え事に囚われる時もある。
「アトス。手が動いてないぞ。今日辺り親父さんが帰って来るんじゃなかったのか? ぼやぼやしてると出迎えられないぞ」
「予定は今日だけど遅れるはいつものことだから急ぐ必要はないよ」
「てっきりお土産のことでも考えてるのかと思ったんだが、違ったのか?」
「違ぇよ! なあ、冒険者って何なんだ?」
アトスは話のついでに思い切って今の考え事の核心をワナッシに尋ねた。
「何だ? 藪から棒に」
「冒険者って強きを挫いて弱きを助けるもんじゃないのか?」
「ほう。難しい言葉を知ってるな」
「知ってて悪いのかよ」
少し前のアトスなら「子供扱いすんな!」と違う怒り方をしたことだろう。
「いや、いいと思うぜ。で、強きがどうのがどうしたって?」
「だから、冒険者は!」
「どうしてそう思ったかを聞いてるんだ」
「! あのババアだよ! 死にかけてるヤツをいたぶるようなことしやがって!」
白い巨人のことだ。プリスにとって白い巨人は相性の悪い相手だったために時間を要したが、アトスの目にはわざと時間を掛けて嬲っているように見えたらしい。プリスが常に危なげなく立ち回っていたのもそう見えた原因だった。
「……まだ言ってるのか。それで?」
「それでって?」
「続きだよ。どうしてそう思ったかくらいあるだろ」
「そんなの……」
アトスは尋ねられてから理由を探した。
「そ、そうだ! かっこ悪いだろ! 正義っぽくねぇじゃん!」
ワナッシはアトスが口から出るに任せたのを察していたが、無視はしなかった。
「ふーん。あの時の姐貴がかっこ悪くて正義も無かったと、お前は言うんだな?」
「そ、そうだよ……」
ワナッシの表情は無自覚に少々強ばり、発する声は奇妙に低く響く。これにアトスは若干の畏怖を顔面に表わした。
しかしワナッシの表情は直ぐに元に戻った。
「まあ、どう思おうといいさ」
「え?」
アトスには意外だったらしいが、ワナッシはアトスの意見を肯定も否定もしない。反論なら幾らでもできるし、論破も可能だ。しかしここでそうしてもアトスの気持ちが変わるものでもない。
ただワナッシも意見以外の部分には黙っていなかった。
「でも一つ聞くが、サボって不平を言うのはかっこ良くてやってるのか?」
「!」
皮肉が混じるのはワナッシにとってアトスの主張は面白くないものだったからだろう。
召喚勇者のサポート担当であるペコラは今後について悩んでいた。勇者ネッケートは大雑把で身勝手な部分はあっても悪い人間ではない。むしろさっぱりしていて気持ちの良い人間だ。厳しい面もあるが助けられることの方が多く、仄かに恋心を抱いていたりもする。だから長く共に歩みたいと思っているが、今のままでは実力差が開くばかりで足手纏いにしかならなくなる。
いや、今もう既に足手纏いなのに目を瞑っているだけだ。
「プリスさん……、ご相談が……」
目下の悩みは鍛練方法。以前プリスから教わった通りにしても一向に成果が感じられない。
「ふーん。何をしたら強くなれるかねぇ」
「はい」
「まずは走ることよね」
プリスの本音を言えば強くなる方法など判らないし、プリスから見てペコラには才能が無い。努力に努力を重ねても中級中位に届かず諦めてしまった冒険者を知っているだけに、報われない努力なら早めに止めさせるのがペコラのためにも思える。
だが必ずしもそうとばかりも言い切れない。今は才能が見えてないだけかも知れないのだ。プリス自身、最初は落ちこぼれとして扱われ、自身でもそう思っていたのに今がある。
切っ掛けは単純だった。昔とある冒険者に「このままでは死ぬぞ」と言われたことだった。それも仲間を巻き込んでのものだと言われて危機感を抱いたのだ。
ペコラが今そうであるのと同様に仲間二人の足手纏いになりたくなかった。なのに結果的に仲間二人が亡くなって自分だけが生き残ったのは皮肉めいている。
それはさておきプリス自身はその時受けた助言に従ってひたすら走り込んだことで才能が開花し、いつの間にか上級冒険者に達した。走り込みが体質に合っていたのは幸運だった。
そんな自らの経験があるので余計にプリスはペコラの悩みを無下にできない。
とは言え、走り込みがペコラに合っているかは判らない。ここまで目立った能力向上が見られなかったことからすれば、むしろ才能の刺激と言う意味では合っていないのだろう。体力作り以外の意味が無いと判断できるだけの時間はもう過ぎた。もしもペコラに眠った才能があるなら、目覚めさせるにはもっと別の何かを探す必要がありそうだ。
そしてこれはペコラも薄々感じている様子だった。
「走り込みだけで足りないなら筋トレかしらね」
「それはそうなんですが……、他に何かありませんか?」
走り込みと筋トレでは本質に違いは無いだろう。ペコラが他を求めるのも当然だ。
「他にねぇ……、あんた達はもっと走り込んでからがいいと思うけど……」
とは言え、ペコラは勇者のサポート担当をしていた頃のプリスと比べれば今でも優秀だ。少なくとも必要な治療術を使いこなせる。プリスの当時のように肝心の治療術が心許なんてこともなく、未来に思い返したら汗顔するばかりなんてことにはならない。あるとするなら重傷者の治療で力不足を感じてしまうくらいだろう。
それはさておきこのまま走るだけでは埒が開かないのだから、向上を望むなら何かを一つずつ試す必要がある。しかしプリスの思い付くところは筋トレのようなものばかりで、親しい上級冒険者に言わせれば「なんて脳筋なのかしら」と誹られてしまうところだ。
「まあいいわ。地道に戦闘訓練するしかないのではないかしら?」
やはり脳筋思考からは抜け出せないプリスであった。
しかしでたらめでもない。冒険者、それも召喚勇者のサポート担当にとって一番に必要なのは継戦能力だろう。重視するのが攻撃か防御か補助かによって方針が変わりこそすれ、個の能力はどうしても必要になる。
しかし治療術士として過ごして来たペコラには継戦能力と言われてもピンと来ない。
「仰る通りだと思いますが……、その……、プリスさんはどんな訓練をされてたんですか?」
「あたしは殆ど我流だから他の人の参考にはならないわ」
「そ、それでも構いませんので!」
「はあ……」
改めて尋ねられるとプリス自身首を捻ってしまった。そしてどうにか記憶を辿って当時にしていた事を思い出した。
「……あたしは逃げ足に自信が出来てから最初にやったのは、ひたすら狼を殴っては逃げを繰り返しすことだけよ」
「え……」
「参考にならないでしょ?」
狼はプリスにとって宿敵だ。ある意味狼のせいそれまでの気楽な生活が一変してしまった。仲間の仇でもあり、軽くトラウマになったこともあって、狼さえ居なければと考えなくもない。
だからと言うことでもないが、当時のプリスはひたすら狼を狩った。最初は逃げるだけだったものが徐々に留めを刺せるようになり、いつからかは足を止め、恨みを籠めてひたすら殴り付けた。
無論これは半ば逆恨みで、仲間の死にしても狼が精一杯生きた結果でそうなっただけなのだ。それでも結果を見れば人とは決定的に相容れない。
「それはまあその……。でもどうして武器を使わなかったのですか?」
ペコラは言い淀みつつも疑問は口にした。
「性に合わなかったからよ」
プリスは即答した。ただこれは拳闘が性に合ったと言った方が正しい。
仲間を失って一人になった後、最初は剣を使おうとした。しかしいくらか素振りをした程度で狼に挑んだのがいけなかった。慣れない剣では振り上げて振り下ろす間にも隙が出来る。空振りしてしまえば大きな隙だ。そんな隙を狼に突かれた時には剣が間に合わない。そこで出たのが拳だった。
拳の方が早かったし、何より爽快感があった。
「ですけど棍棒くらい……」
「あー、棍棒こそ駄目だわ」
プリスも勇者のサポート担当をしていた昔には杖を棍棒として使っていたのだ。しかしこれも然程使いこなせておらず、これを手に狼と戦う中で仲間が命を落とした。このことが巡り巡ってサポートしていた勇者も亡くなる結果を招き、棍棒は長らく仲間の最期の象徴になってしまった。
今となっては過去ではあるが、今更棍棒を使おうとは考えない。
「どうしてですか?」
「ひ・み・つ」
黒歴史を吹聴する自虐趣味は無いプリスである。
「えー……」
ペコラは胃もたれしたような表情をした。
「まあ、あなたの場合は……、弓でも試してみる?」
「弓ですか?」
「うん。あたしも使い方知らないから教えられないけど」
「えー……」
ペコラは今度こそ不満そうな表情をした。
昼過ぎの閑散とした冒険者ギルドに冒険者の一団がどやどやと入って来る。
「はー、やれやれだぜ」
「東までの距離が段々しんどくなるよ」
話の内容からも身形からも運び屋とその護衛。彼らは大陸東部から今日着いたようだ。彼らは受付けで書類を提出し、報酬を受け取る。そしてそのまま酒場の方へ移動した。
そして酒をちびちび呑んでいるプリスを見やる。
「プリスの嬢ちゃんは相変わらずだな」
「トショルさん久しぶり。他のみんなも」
「おう」
トショルは運び屋だ。トショルの他、護衛のテラン、ゴーエー、ロエタ、運び屋のコビアが銘々プリスに応えながら五人で座れるテーブルに着く。
プリスは五人が注文を終えたのを見計らって話し掛けた。
「何か変わったことはあった?」
何の捻りもない問いだが、これも情報交換の一環なのだ。プリスが街道の様子を知ることができる一方、彼らも彼らが居ない間の町の様子を知ることができる。お互い様であり、こうした縁から互いに助力を得られたりもするので情報を隠したりしない。
無論ある場面を切り取れば片方向の情報の流れになるのだが、これも含めてお互い様である。
「特には無いな。あ、いや、魔物の目撃が増えてるからって言うんで、ちょっとしたキャラバンを組んで帰って来たんだった。まあ、結局何も無かったんだけどな」
「どうにも落ち着かない話ね」
プリスは心に留めておくことにした。小規模であれキャラバンを組む決断をするほどに東部では危険性が周知されていたのだから。
ペコラはプリスと話したこの日の内に弓を試そうと、冒険者ギルドの買取所の横に並ぶ練習場に来た。ここでは武器や格闘の自主トレーニングができる他、代金を支払って武器を借りることもできる。ただ弓は特殊で、専用の岩穴の如き試射場を使わなければならないので施設の利用料も別途必要だ。
「へー、ここってこんななのね」
「ほんとに岩穴って感じだよね……」
付き合いが良いのか一人宿に残されるのが寂しいのか、カリンも付き添って来ていた。これに答えるペコラもこの岩穴は初めてだ。それと言うのも二人はこの練習場にはネッケートの自主トレーニングを見学する以外に来る理由が無い。治療術の練習なら部屋の中だし、魔法の練習をするなら外壁の外、それも少し離れた場所で町の外に向けて発射しなければならない規則になっている。高威力の魔法を下手に試されれば町が危険だからとの理由だ。そしてネッケートが自主トレーニングする時はただで使える広場だから、二人が見学する時も広場に入るだけだったのだ。
そしてこの岩穴は土魔法で造られていて、壁はかなり分厚く、的の置かれる奥は特に分厚くなっている。それでも高位の弓士に掛かれば壁を撃ち抜かれてしまうので利用可能なのは中級中位の冒険者までとなっている。だから中級下位のペコラは自由に使える。
射場に立ったペコラは弓矢と一緒に借りた人差し指、中指と薬指だけがある右手グローブを着けて弓を引き絞る。……顔を真っ赤にして引いてもあまり引き絞れてないようだ。
だがもうペコラ的には限界まで引いているので意を決して矢を放つ。
「あうっ!」
放った反動で手から離れた弓が半回転半捻りしてペコラの額を打ち付けた。矢の方はへろへろ飛んでぽてっと落ちる。的はまだまだ遠い。ほんの二〇歩くらい歩けば着く的がやけに遠かった。
「ちょっとペコラ、大丈夫!?」
カリンが心配して助け起こすと、ペコラは額をさすって涙目だ。
「痛いです……」
「まだ続けるの?」
「最初から上手くできるなんてことは無いので……」
カリンは暗にペコラが絶望的に弓に向いてないことを伝えるが、何事でも最初から上手く行った例しがないペコラにとっては諦めるには早かった。
だからペコラは再度試みるのだが、一本も真っ直ぐ飛ばない。曲がったり、縦に回ったりと、意図してするには難しい飛び方をしてしまう。ペコラの前は勿論、上下左右全てが危険地帯であった。
「きゃっ!」
数本目に至っては前に射た筈の矢がペコラの後ろで離れてみていたカリンに向かって飛び、カリンはすんでの所で魔法の障壁を張って事無きを得た。
「ペコラ! 危ないじゃないの!」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
ペコラは平謝りだ。
「どうして後ろに飛ぶのよ!?」
「わたしにだって判んないよー」
「はあ……、ここがこんな構造になってる理由がよく判ったわ。もういいわよ。早く続きやって」
カリンは涙目のペコラを追い払うようにして続きを射させる。障壁は万全だ。
しかしペコラは計一〇本目を射終ると同時に両手を地に着いて大粒の涙をこぼした。
「わたしには全くできる気がしません!」
ペコラの心は挫け、弓への希望は潰えた。
「……うん、一本目で判ってたわよ」
ペコラの心からの叫びにカリンは憐憫を滲ませながら答えた。




