16 願い
プリス、ネッケートと白い巨人の戦闘が最初の落とし穴を通り過ぎて直ぐ。
「わたし達も移動しましょう」
「だな。ここじゃ砲撃の邪魔になる」
言い出したのはペコラ。棟梁のトーリが同意したことで、一同は次の落とし穴へと動き出す。ここは二つ目の落とし穴への砲撃では射線の延長上だ。だから戦いを遠目に見ながら駆け足混じりの早足で急ぐ。
「遠いなあ……」
ペコラがぼそりと呟いた。
「ここからじゃ全然見えねぇや」
「そうだね」
アトスが少し口を尖らせながらペコラに言うと、プリスとの差のことを呟いたペコラは小さく微笑みながら答えた。
その移動後。続く戦闘を遠目に見続けている内にアトスが大きくあくびする。延々と見ているように感じてのものだが、移動してからなら数分しか経っていない。
最初の落とし穴近くで見ていた時の興奮はどこへ行ったやらだ。
「何か地味だな」
つまらなそうにアトスがぼやいた。
「遠くから見るだけならそう見えるもんさ」
「戦ってるのもババアと勇者の兄ちゃんだけだしな。……何で大勢で来たんだ?」
「ああ、来てるな。暇になった冒険者や暇になるだろう土魔法使いがな」
「だからそれがどうしてかって話だよ!」
「姐貴だからな」
「だな」
ワナッシとトーリだけが解ったように頷く。判らないなら判らないで構わないと言いたげな態度だ。しかしアトスはまだ言葉通りにしか理解できない。
「ババアの話なんてしてねぇよ!」
「「わっははははは!」」
何がツボに入ったか、ふいに大笑いするワナッシとトーリである。笑われた格好のアトスは口を尖らせてカンカンだ。
ペコラとカリンは顔を見合わせて首を傾げた。
二つ目の落とし穴で軍が砲撃中のこと、プリスは休憩しつつ若干の変化を気に留めた。
「少し小さくなったかしら?」
白い巨人が落とし穴の底に立った際、最初の穴の時より穴の縁が胴体の高い位置にあるように見える。直接見比べていないので、少し曖昧だ。
しかしネッケートの意見も同じだった。
「こちらの思惑通りに塩が足りていないと見える」
「それならこっちとしては好都合だわ。このまま続ければいいのだから」
プリスの意見にネッケートは小さく頷いた。
やがて頭部の破壊に成功して砲撃が止まる。
落とし穴から巨人が這い上がるのを見計らってプリスとネッケートがまた動き出す。
とは言え、後はもう単なる繰り返しの力仕事だ。次の落とし穴まではプリスの攻撃で、落とし穴では軍の砲撃で、ひたすら白い巨人の頭部を破壊する。その隙に巨人を誘引するための塩を軍や冒険者が塩鉱山から輸送して積み上げる。
頭部を破壊された巨人は手探りで近くの塩の固まりまで移動、そこの塩を吸収しつつ足りない分を身体全体から回して再生する。飛び散って土が混じった塩は吸収できないらしい。そうして僅かずつだが体積を減らした。
ただ、力仕事と言ってもプリスの攻撃中、三回に一回程度撃墜されながらではある。白い巨人はその巨体故に動きが鈍そうに見えても、その実拳などの末端部の速度は極めて高く、プリスとて跳躍中は回避不可能だったのだ。
一方、ネッケートの剣は破壊には向かないためサポートに徹した。
戦いが最後の落とし穴に差し掛かった時には必要な塩の輸送も終えており、遠征に参加した冒険者や軍人の全てが落とし穴での攻防を遠巻きに眺めていた。
その視線の先、プリスは落とし穴に白い巨人を落とすと、ネッケートと休憩に入ると共に軍の砲撃を頼む。
「明らかに小さくなったな。途中から手足が細くなったり短くなったりしただけのようだが」
白い巨人は背丈が約三割減、胴回りが約二割減。しかし腕の太さは半減し、足の長さは4割方短くなっている。大きさが二割減くらいまでは全体的に縮小するだけだったが、それ以降は腕が細くなり、足が短くなる形だ。
「胴体を削りたくないない感じよね」
プリスとしては胴体の中に有る何かと、予想している何かを思うと少し切ない。だがまだ感傷に浸る時ではない。
「どの道、ここで勝負よ」
「この先にはもう落とし穴が無い故な」
「そう言うこと」
頭部を失った白い巨人が手探りで塩を探す。だが、探し出して頭部を再生する前にまたプリスが落とし穴に蹴り落とし、軍が砲撃して再生されたばかりの頭部を破壊する。
それを幾度となく繰り返した夕刻、プリスは巨人から塩鉱山へと伸びる糸のような何かが切れたように感じた。目に見えてはいないので単なる錯覚かも知れない。
だが、それを境に変化が起きた。
「ちょっと待って。動きが変わったわ」
「東に行こうとしているようだな」
白い巨人が塩が積まれた北ではなく、東に向けて這い上がる。そしてそのまま真っ直ぐ進む。やがて身体の別の部分を削って頭部が再生される。だが、これまでは立ち上がっていたものを、立ち上がらずに「ぶおおおん、ぶおおおん」と低く沈んだ音を立てる。
「どうやら魔力も切れたようね」
プリスは巨人には立ち上がる魔力も残されていないと判断した。
「しかしこれでは追い撃ちを掛けづらいものだな」
魔物と言えども瀕死で逃げるだけの相手への攻撃を躊躇うネッケートである。
「そうね……」
巨人の歩みが徐々に遅くなる。
人々はただ見詰める。去来するのは憐憫か。情に厚くありがちな治療術士のペコラなら余計にそうかも知れない。
「酷く哀しそう」
白い巨人が響かせる低く沈んだ音は慟哭にも聞こえた。
「……」
ペコラの呟きにカリンは応えない。しかしペコラは問うた。
「ねえ、カリンちゃん。助けてあげられないのかな?」
「決まってるじゃない。無理」
「だよね……」
「何、あんたが泣いてるのよ!」
ペコラの目からは涙が溢れていた。
「だって……、だって……!」
「あたし達には無いわよ。できることなんて」
カリンはしゃくり上げるペコラから目を逸らすように言った。
ネッケートが微かに苦痛を忍ぶような表情を浮かべながらも一歩前に出る。
「ここからはこの勇者が引き受けよう」
だがプリスがそれを止める。
「待って。ここから先は仮にも勇者のすることじゃないわ。あたしの仕事」
勇者は人々の希望。勇者は人々の光。そう在らねばならない。だから子供の見る前で陰を射すようなことをしてはいけない。プリスはそんな風に語る。
しかしネッケートにとってはそう語るプリスこそその言葉通りの為人に思える。
「貴殿こそ勇者ではないか」
「止して。あたしは勇者になんて成れないわ」
勇者を導けなかった者が勇者を名乗るなんて烏滸がましいとプリスは考える。
それに憧れは別にある。それは心の内に在る英雄。飲んだくれの大男を始めとした男達。
その決意にも似た表情に、ネッケートは引き下がらざるを得ないと感じた。
プリスは白い巨人の背後に回り、巨人の右脚を砕き折る。轟音と共に塩の雪が舞った。
巨人の歩みが遅くなる。しかし巨人は止まらない。折れた右脚に構うことなく前へと進む。
プリスは続けて巨人の左足を砕き折る。また塩の雪が舞った。
巨人は歩みを更に遅くしながらも止まらない。
プリスは巨人の前へと回り、巨人の左腕を砕き折る。三度塩の雪が舞った。
「ババア! 何てことするんだ! そいつはもう反撃なんてできなかっただろ!」
怒声が響いた。そちらに目を向ければアトスだ。ワナッシやマホが「いつの間に!?」とアトスとアトスが先まで立っていた場所との間で首を往復させる。
プリスは腰に手を当て、しれっとアトスを見やる。
「やれやれね。何も判ってない癖に、一人前に雰囲気には流されるのだから。これだからガキは駄目なのよ」
「何が判ってないってんだ!」
先の怒声は目の前の正義感による義憤。しかし今度の怒声は単なる激高だ。プリスは徴発するように鼻で嗤った。
するとアトスがますます顔を真っ赤にする。
その叫ぶ直前、駆け付けたワナッシがアトスの肩に手を掛けて引く。
「アトス、止めろ」
だがアトスは止まらない。
「ババアが血も涙もねぇだけじゃ、痛っ!」
ワナッシがアトスの頭にゲンコツを落としたのだ。
「止めろと言ったぞ」
「何でだよ!」
すると今度はワナッシに食って掛かる。
「俺達はあいつを倒しに来たんだ。ちょっとばかり憐れっぽくなったからって見逃す理由にはならない」
「でもよ!」
アトスとてワナッシの言う理屈が判らないではない。しかし目の前の正義感がそれを飲み込ませない。
そんなアトスのことはワナッシに任せ、プリスは白い巨人にまた対峙する。残るは右腕のみ。プリスがアトスと話す間にも巨人はその一本だけで進み続けているが、これを砕いてしまえば止まる筈だ。
ところがプリスが助走を始めようとした瞬間、その時が唐突に訪れた。巨人が一際大きく「ぶおおおん」と音を立て、上体を起こして短くなった脚で立ち上がり、残った右腕を虚空へ伸ばす。そして音が止まると同時に巨人はその姿を崩壊させる。
冒険者も軍人も集まりながら崩れる様子を固唾を呑んで見守る。
「何か出て来たぞ」
冒険者の一人が口から零すように言った。その言葉通りに白い巨人だった塩の中から何か出て来た。
人だ。「気持ち悪っ」と誰かが声を漏らす。それもその筈、人と言っても塩の中で乾涸らびてしまった人の骸。それはプリスが既に見ていた姿でもある。
「失踪してたあいつじゃないか!」
塩鉱山で働いていた冒険者の一人が叫んだ。
人々が訝しげに骸を見やる。「どう思う?」「よく判らねぇな」「でもあの服、失踪した時に着てたやつじゃねぇか?」「そう言われればそんな感じがするな」云々と、あれこれ言い合いもする。
「それってどんな人だったの?」
プリスが誰にとはなしに尋ねた。
「東に帰る路銀を作るために仕事を嫌々やっていた風だった」
応えたのは失踪者だと指摘した冒険者だ。しかし一人応えれば続く者も現れる。「文句が多かったな」「元々は冒険者として上を目指してたんじゃなかったか」「腕は大したことなかったがな」「そりゃ東に帰ろうとするくらいじゃなぁ」。
「他の連中とも折り合いが悪かったのもあって、仕事が嫌になって塩鉱山から逃げたって、みんな想ったんだよ」
この言葉に反応した訳ではあるまいが、骸が眉間と口角から崩れだし、一瞬だけ怒ったような顔になった後、砂のように崩れて行く。魔物の一部になったことで変質してしまったらしい。
「そう言うことね……」
プリスは想像する。山に囲まれていて魔力溜まりが出来ても不思議ではない塩鉱山のこと、魔力溜まりがたまたま採掘現場かその傍に在り、たまたまそこに男が独りで居る時に何かが起きて、男を核に白い巨人が産まれたのだろうと。崖崩れでも起きて巻き込まれたかどうかしたのかも知れないが、想像の域を出ない。
ただ、人型だったことから見ても大きくは外れてないだろう。
そうしてプリスが考えに耽る間にも白い巨人だった塩の崩壊は進む。
また何か出て来た。またも人の乾涸らびた頭。「また二人」「これで三人か」と冒険者達が噂する中、全容が見えて来る。
「あの服は護衛の二人?」
白い巨人による襲撃の際に行方不明になった護衛達だ。その二人が失踪者の両の脚それぞれにしがみ付いている。
「ああ、止めようとしてくれてたのね……」
プリスはそう感じた。もしかすると白い巨人に呑まれた暗闇の中で、単に目の前に在った脚にしがみ付いただけかも知れない。しかし護衛の二人が魔物の核となった失踪者を止めようとしたのだと信じたかった。それに、そう考えた方が白い巨人の不可解な動きに納得できる気がした。
だから二人の骸を抱き締める。この姿にこの場の全ての人が息を呑んだ。
プリスは骸に語り掛ける。
「お疲れさま」
するとこの言葉が切っ掛けだったように護衛二人の骸が崩れ出す。不思議と最初に崩れたのが目尻と口の真ん中で、一瞬だが笑顔のようになる。それは本当に一瞬のこと。次の瞬間には全身がプリスの腕の中で砂のように崩れ去る。
ちょうど夕日が地平線に沈むのが見えた。
既に日も暮れたため、セントラルスへの帰還は明日だ。皆、若干戦いの余韻を引き摺りながらも野営と食事の準備を急ぐ。
その準備が終わる頃、プリスは運び屋のコビアに呼ばれた。
「実はこんなものもあるんだよ」
コビアは大きめの木箱を開けて中身を示す。
「お酒!?」
「ああ。ギルドの厚意でね」
「あたしにも内緒だなんて……」
コビアはにっこりと笑う。プリスは苦笑いだ。
「いいわ。折角だから乾杯しましょう」
コビアはまたにっこりと笑う。
そして夕食の合間、静かな「乾杯」の声がそこかしこから上がった。
夕食も終わり、夜も更け、寝床に入った後でペコラはカリンに言った。
「カリンちゃん、ねえ、わたし達って……」
「言わないで!」
「ううん。駄目だよ。ちゃんと話し合わないと」
「言わないでったら!」
カリンの叫びには悲痛の色が混じっていた。自ら気付いていても認めたくない現実だ。しかし今夜のペコラは逃げを許さない。
「カリンちゃん!」
「……」
「わたし達ってネッケートの足手纏いだよね?」
カリンは答えなかった。
皆が寝静まる頃になってもプリスはちびちびと酒を呑み続けていた。夕食時に配られた一杯をここまで引っ張ってのことだ。
プリスは何かが零れそうになって天を仰ぐ。
空には降って来そうな星の海。人が亡くなれば星になると言う。しかしそれは願い。安らかなれ、と願う祈り。
プリスは小さく首を振って、寝静まる野営地を見回す。
「だから今は忘れて眠りましょう」
――きっと明日に遺る何かもある筈だから。




