15 いかん
「む。これはいかん!」
ネッケートはアトス達の見晴台が致命的に傾く直前にそれを察知した。予知にも似た直感。直後に駆ける。そして駆ける間にアトスが跳ね上げられた。
ネッケートがその落下点に達するまでは駆け出してからほんの数秒。しかしそれでも間一髪だ。地面に落ちる寸前アトスの頭と首を支えて保護し、強制的に受け身を取らせて身体へのダメージを最小限に留める。無傷での救助は叶わないが、地面に落とさないようにいきなりお姫様だっこでもしようものなら首の骨を折りかねないので最善の選択だろう。
幸か不幸かアトスが跳ね上げられたことによって落下が一、二秒遅れたから間に合った格好である。
一方、プリスもネッケート同様に察知していたが、白い巨人を蹴り飛ばした直後だったためにネッケートが動くのをただ見送った。アトスのことはネッケートに任せ、自らは軍に砲撃依頼の合図を送る。それからその場を一旦離れて息を整え、少し気合を入れ直したら再び白い巨人に向けて身構えた。
アトスは動転してしまっていて、転落中に浮遊感があったことしか記憶していない。
「わあっ……、だっ! わああぁぁ……、あ?」
跳ね上げられる前後で一瞬だけ悲鳴を上げたら落ちるまで声を上げるのも忘れ、落ちてから思い出したように悲鳴の続きを上げた。ところが浮遊感も消え、衝撃も来ないことに気付いて疑問符を浮かべる。
「無事か?」
頭の上から聞こえる声に視線を向ければネッケートの顔。
「勇者の兄ちゃん! あ……、こ……」
安堵しつつも、感謝や恐怖を訴えようとしてもはっきりとした言葉にならないアトスである。
それでもネッケートとしては問題ない。アトスの無事を確認できたので、今度は見晴台の上へと声を掛ける。
「他の者は無事か!?」
「な、何とか……、痛た……」
「こっちもだ、つぅ……」
ワナッシやトーリは手や尻を打ち付けたらしい。
「痛……」
この時になって漸くアトスが足の痛みを訴え出した。少し傷めていたが、落ち着きを取り戻すまで気付かなかったのだ。
「ペコラ! 治療を頼む!」
「う、うん!」
ペコラは四つん這いで堪えたままバクバク鳴り続ける心臓を落ち着けるのに腐心していたが、ネッケートの声は聞こえていた。
ネッケートはペコラの返事を聞くと、またアトスを見据える。
「見学はもっと安全な所からにするのだぞ?」
「う、うん……」
アトスは「ここだって安全だと思ったんだ」と思いつつも、さすがに助けて貰ったばかりではそんな言葉は口から出せなかった。
ネッケートがそんなアトスの心の内を察したかどうかは本人にしか判らない。ただ小さく微笑んで立ち上がり、立てた二本の指をピッと振った。
「ではまた後で会おう」
「うん! 勇者の兄ちゃん、あんなのやっつけちゃってくれ!」
アトスは両拳を握り締めて激励した。その瞳はキラキラと輝いている。
「任せておけ」
ネッケートはどこまでも爽やかであった。
ネッケートがアトスを助けに行っている間は殆ど一人で白い巨人を抑えていたプリスがちょっとだけ口を尖らせる。
「遅いわよ! あっちは無事なのかしら!?」
最初の「遅い」は半ば枕詞みたいなものだが、問題が起きていればいるほど時間が掛かることを気にした言葉でもある。
「全員無事だ」
「それは重畳! それなら早くこっちを手伝ってちょうだい」
白い巨人は蹴り落とされた落とし穴から塩鉱山側へと周囲を見回すようにしながら這い上がろうとしている。
「む? どうしても塩鉱山に戻りたいようだな」
「あっちの岩塩にも反応しないままだし、埒が明かないわね」
落とし穴の少しセントラルス寄りに積み上げられた塩のことである。
「ならばどうする?」
「頭を潰してみましょう」
ここまで安全を考えて手足の一部を削るか、胴体の一部を破壊するだけにしていた。何せ巨人の最大の攻撃手段である腕を掻い潜らなければならない。巨人には前後の区別が無いので後背を突くこともできない。破壊するには拳を当てるだけでは済まず、助走を必要とするため、攻撃のタイミングが丸見えだ。致命的に反撃されるリスクが高すぎるのだ。
しかしここに至っては試すより他にない。
「心得た」
ボタ山から少し離れた場所にトーリがギリギリ視線が草に遮られない高さの台を作り、ボタ山に陣取っていた一同は移動した。
既に戦闘に復帰していたネッケートに向け、アトスが大きな声援を送る。
「やっちゃえ! 勇者の兄ちゃん!」
そしてちょうどその時、ネッケートが一撃を決めた。白い巨人の腕が肘から落ちる。これにはアトスも有頂天だ。
「おおっ! 俺やっぱり冒険者になる! そんで兄ちゃんみたいになるんだ!」
「おいおい、家業を継ぐんじゃなかったのか?」
ワナッシは極めて冷静に突っ込んだ。ボタ山から落ちかけて肝が冷えたことに加え、足場に不安が無くなったことで完全に頭も冷えている。これなら以前にアトスが言った事を失念しよう筈もない。
それにアトスが家業を継ぐと言うから、それまでの短い間になるにも拘わらずに少々肩入れしてもいたのだ。
しかしアトスがそんなワナッシの思いを察する訳も無く……。
「そんなの、いつでもできらぁ!」
「うへぇ……」
アトスのあっさり目標を違える姿勢に、ワナッシは辟易とした声を漏らした。そして思うのだ。「これだから子供は」と。
プリスがまた白い巨人を落とし穴に蹴り落とした後、ネッケートが白い巨人の両手を斬り落とし、そしてその隙を付くようにプリスが巨人の頭部を狙う。助走し、大地を蹴って跳び上がる。
ただ、短い助走距離で最高速に達するとは言え、プリスが瞬間的に出せる最高速度は音の速さの五分の一が精々だ。視認できなくなるには至らない。動線さえ見えればカウンターを当てることも不可能ではない。
「がっ!」
白い巨人が手の無い腕を振り抜いたパンチに、プリスはくぐもった悲鳴を残して弾き飛ばされた。爆音を立て、先までワナッシ達が見物に使っていたボタ山を突き抜けて飛んで行く。
周囲の視線全てがその行方を呆然と追った。そして誰もが最悪の事態を想像するのだが……。
「あいたた。失敗したわー」
プリスは白い巨人が落とし穴から這い上がる前に復帰した。身体強化で怪我をしにくい上、意識が飛んでいなければ大抵の怪我なら直ぐに治療できるが故だ。
これにはアトスもプリスが弾き飛ばされた時よりも驚いた。
「あのババアって、あんなに強かったのかよ……」
ババアとはプリスのことだ。
「あ? あんなの実力の一割も出してねぇぞ」
男の純情も手伝って、ちょっとだけ過剰反応なワナッシだったが、アトスはその微妙な変化に気付かない。
「は? あれで手抜きしてるってのか?」
「手抜きってことでもねえだろうが、ちと相性が悪そうだな」
トーリが補足した。
しかしそう言った矢先、プリスが白い巨人の頭部を粉砕した。
頭部を粉砕された白い巨人は手探りで落とし穴から這い上がる。塩鉱山とは反対側、馬車数台分の塩が積まれたセントラルス側に。そして手探りで積まれた塩を見付けると、その塩を吸い込みながら頭部の再生を始めた。
「上手く行ったか?」
「頭を潰したら近場で済まそうとするようね」
プリスが驚いたとばかりに答えれば、ネッケートが意外そうな顔をする。
「見越していたのではないのか?」
「してたのは期待だけね」
そうしたら楽になるから、と付け加える。できるだけ遠くまで白い巨人を引っ張った後にじっくり削るのが方針だ。そしてそれは巨人が塩に反応してもしなくても大きく変わりはしない。
「だけどこれで一からやり直しにならなくていいのだから、めっけものよね」
ネッケートは軽く引いた。「念のため」で行われた全ては無駄になるのが前提だと察したためだ。プリスの真意を確かめたくて様子を窺えば、プリスは「クスッ」と小さく笑うだけ。
ネッケートは一瞬鼻白んだが、それを誤魔化すように真剣な顔を作る。
「続きと参ろうか」
「行きましょう!」
プリスも話は終わりとばかりに、威勢良く言ったが……。
「……と、その前に、ここ少しお願い。塩の追加を頼まないとだから」
「ふむ、心得た」
プリスは支援砲撃のために待機するチューターの許まで走り、塩をもっと輸送して落とし穴の間にも数カ所ずつ積むよう依頼する。白い巨人の頭部を潰して塩に誘引されるようにし向ければ、ここから先が容易になる。塩を与え過ぎてもいけないが、足りなかったら誘引ができない。
また、ついでで今後の砲撃は頭を狙うようにも依頼した。
これを受け、チューターは矢継ぎ早に指示を出す。俄に慌ただしくなる軍人の動き。
砲撃の現場にオブザーバーとして同道していた無精髭の冒険者も他の冒険者達が待機する場所まで走った。
「それならわしらも一働きしようかね」
「〃「おう!」〃」
コビアのその一言で、運び人とその護衛役の冒険者達も一斉に動き出した。




