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14 仕切り直し

 白い巨人が塩鉱山に戻ったことで、塩を採取する予定の軍の分隊は山中に待機したままとなった。しかしこれは想定内であり、本格的に行動を開始するのはプリス達が巨人を麓まで誘導した後になる。

 そしてプリスとネッケートは仕切り直しだ。再度白い巨人を立ち止まる境界線まで引いて対峙する。巨人は塩鉱山まで戻ったことで欠損部分を瞬く間に再生した。よくよく見れば、先に比べて両腕が若干太い。

 ネッケートはプリスと目配せし合い、剣を抜く。

「参る」

 巨人に向け、疾走。繰り出される巨人のパンチを躱し、伸ばされた右手を気合一閃、切り落とす。

 円柱にしか見えない巨人の腕のこと、容易に斬れるものではない。斬ったのは手首と言うより手の付け根だ。しかしこれ、最も細まった部分でも尚太さが剣身の長さに倍する。単に斬るだけでは手首は落ちない。

 その不可能を可能にするのがある種の技である。多くの場合は斬ると同時に剣の幅の衝撃を伝播させる。ところがネッケートの場合は魔力の刃を伸ばす。

 プリスはとんだ初見殺しだと思った。衝撃だけなら耐えられても、刃そのものなら耐えられないことがままあるものだ。

 どこか悠長な感想を抱いたからと言って、プリスとてただ傍観していた訳ではない。ネッケートのタイミングに合わせて少し遅れて駆け、落ちた巨人の右手を拾って即座に踵を返す。このプリスに今度はネッケートが合わせて併走した。

「一撃とは、言うだけのことはあるわね」

「今はまだ貴殿には遠く及ばぬがな。こやつが以外の脆いだけだ」

「謙遜ねぇ。普通の中級中位くらいじゃ、束になっても難しいわよ」

「そんな話より次行くぞ」

「はいはい」

 あまり離れすぎても、時間が経ちすぎて振り出しに戻されるため、少し拙速な程度に次を削ることにしたのだ。




「来た」

 ボタ山の上から見物するトーリの視界に再び白い巨人が映り込んだ。今度は麓まで降りているので、全身がはっきりと見える。

「それにしてもでかいな」

 ワナッシがぼやくように言った。ボタ山の上からでも白い巨人の頭部は見上げる位置にある。落とし穴の底から見る天井でも酷く高く感じたのに、その深さと同じくらいの高さから見ても尚見上げるのだ。これは怖ろしく高いことを物語っている。

 魔術士のカリンは別のところに注目した。

「あの足下を跳び回っているのがプリスさんとネッケートなの!?」

 遠目には白い巨人の足下を小さな何かが動き回る。鼠を追い払うかのように振り回される巨人の手や足を上手に避けてもいる。

 しかしそれは巨人に比べてあまりに小さい。十分の一にも満たないくらいなのだ。見物人達は改めて巨人の大きさを実感した。


 また、巨人の巨体の影響は見上げるだけに留まらない。その足音が地面の震動を伴ってやってくる。

「わっ! わっ! わっ!」

 見晴台が揺れてペコラが慌てた。しかし見晴台の上で慌てては、却って危ない。トーリが見咎める。

「オタオタすんな。おめぇが狼狽えたってあの二人の助けにはならねぇだろ」

「ごめんなさい。オタオタしてごめんなさい」

「処置無しかー」

 立ち上がって焦った様子でペコペコ謝るペコラに、トーリは額に手を当てて天を仰いだ。

 しかしそんなペコラにワナッシが助け船を出す。

「でも、解らないでもないですよ。あんなの見てるだけでもこえぇや」

「し、師匠がビ、ビビってどうすんだよ」

 なぜかどもるアトスである。一方、「怖い」と言うワナッシは傍目からは極めて冷静に見える。

「言ってろ。アトスこそ歯の根が合ってないぞ」

「ん、んなこと、あ、あるもんか」

 強がるアトスがどこか可愛可笑しくて、プッと噴き出すワナッシである。


 一方のカリンとペコラはと言うと、カリンが少々興奮気味だ。膝立ちで声援を送る。

「行けーっ! ネッケート! そのままやっつけちゃえーっ!」

「カリンちゃん……」

 ペコラはカリンのようには能天気になれなかった。見れば見るほどネッケートとの差を思い知らされる。

 ネッケートが召喚された当時なら殆ど差は無かった。ネッケートが武器を銃から剣に変える必要に迫られたせいでもあるが、模擬戦でペコラが勝つことが少なくなかった。この世界での生活面では比較にならないほどにペコラが有利だ。だからお姉ちゃん気分でいた。

 しかし時が過ぎるにつれ、ネッケートが勇者としてその名に恥じない能力の伸びを見せる一方でペコラは足踏みしている。守る筈が守られるとなれば、お姉ちゃんではいられない。

 そしてそんな風に思ってしまうことにも自己嫌悪を抱いた。




 見晴台からプリスやネッケートが見えると言うことは、反対側からアトス達も見えると言うことでもある。

「アトス、あんな所に!」

「む。あれはちと危なっかしいぞ!」

 プリスとネッケートはボタ山の上にアトス達が居るのを視認した。街道からは街道に被害が及ばない程度に離れて白い巨人を誘導し、ボタ山を方向の確認に使っていることから来る必然だ。

 アトスは見晴台から身を乗り出しているように見える。実際には乗り出すまではしていないが、ワナッシ達が少し奥まった場所に居るのとの対比で飛び出しているように見えてしまう。

 そしてそのボタ山を下から見れば少し崩れかかっている。巨人が歩を進める度にパラパラと崩れているらしい。これは目印にするために高く盛ったことによる弊害だろう。

「だけど今はそれどころじゃないわ!」

「であるな!」

 二人は白い巨人の手を幾らか斬り落としては持って逃げ、前に斬り落とした部分が崩れたらまた巨人の手を斬り落としに走る、を繰り返している。これがかなり忙しい。その上、皆を退避させているから声が届く範囲に居るのは二人きりだ。伝言もできない。

 また、ボタ山の様子がはっきり判ると言うことは、そろそろ落とし穴と言うことでもある。

「一つ目行くわよ!」

「今更だが、落とし穴は幾つも必要なのか!?」

「念のためよ! 念のため!」

「慎重、と褒めればよいのか!?」

「そうして頂戴!」

 同じ事の繰り返しで、二人には会話ができる程度に少し余裕が出来ている。


 だがそれは気の緩みかも知れない。

 白い巨人がその身体の一部を抱えて走るプリスに向け、斬られた側の手を伸ばす。これは直接連結するのを意図しているようで、ここまでずっとそうだった。ところがネッケートがその伸ばされた手を斬ろうとした瞬間、その手が引かれた。逆の手でパンチを放とうとしている。このためにネッケートの剣戟は巨人の手を掠めるに留まり、斬り落とすのに失敗した。

 更には、落とし穴を目の前にしてプリスの抱える巨人の手が崩れ去ってしまった。次はまだ斬り落としてない。

 白い巨人が立ち止まる。それから一旦棒立ちになった後、反転する。

 それを見て取ったプリスもまた反転する。巨人の前へと走って少し距離を取ってまた反転、助走後に巨人の直前で強く地面を蹴る。

「戻るんじゃ、ないの!」

 プリスの蹴りが巨人の胴を捉え、轟音と共に巨人が宙に浮いた。為す術無く放物線を描いて巨人は地に落ちる。次の瞬間、巨人が落ちた場所が陥没した。

 更なる大音量で地響きが広がる中、ボタ山の上でワナッシが頭を抱えて叫ぶ。

「蹴り込むんなら、何のための落とし穴だ!」

 蹴り入れるのならただの穴で十分なのだからとんだ無駄骨だ。

「がっはっはっは! プリスらしいっちゃあ、プリスらしいな!」

 トーリは「念のためってのは案外碌でもないからな」と笑い飛ばす。しかしワナッシはその碌でもない事を職人達が楽しんでやったから笑い飛ばせるだけじゃないかと思わずにいられなかった。




 この一つ目の落とし穴付近にはセントラルス側に若干離れて塩が積まれ、もう少しセントラルス側に離れた街道脇に大砲が二門配置されている。

 塩はプリスとネッケートが誘引している間に軍が採取して運んだものだ。これは一種の餌で、判断材料でもある。この塩を白い巨人が修復に使うようであれば誘引がし易くなる。巨人の一部を斬り落として運ばずとも、事前に塩を配置すれば良いと考えられるからだ。だが未だ塩は手付かずである。

 また、未だ一度塩鉱山に戻り始めた白い巨人を足止めする方法も見付かっていない。事前に検証を行おうにも巨人の装甲が強化される懸念があって安易にはできなかった。実行した結果で手が付けられなくなっては本末転倒。だから行っていなかった。

 その検証を、プリスはここで行うことにした。半ば勢いでとは言え、落とし穴に巨人を蹴り込んでしまったからには手をこまねいてもいられない。ここでみすみす塩鉱山への帰巣を許してしまっては転んだだけになる。ただでは起きられない。

 とは言え、そう簡単には行かない。軍の大砲の支援を受けつつ、巨人が穴から這い上がって塩鉱山に向かおうとする度にまた穴へと蹴り込む時間がひたすら続く。

 巨人は斬り落とされた部分が崩れ去り、塩鉱山に帰巣できない時間が続くと欠損部分が生えるように再生する。これなら削り続ければいつか倒せることになるが、長期戦を見据えれば斬り落とせるのは手指くらいなものだ。巨人の巨体に比べれば微々たるもので、多少削ったくらいではビクともしていない。


 あまつさえ、蹴り込む度に大きな地響も起きる。その時の揺れでアトス達が居るボタ山が少しずつ崩れて行く。そしてそれは限界を迎えた。

「うぉっ! 揺れる!」

「お、落ちる!」

 見晴台を一際大きな揺れが襲ったかと思った瞬間には、見晴台が大きく傾いた。トーリが慌てて平行を復元するように土魔法を使うが、復元までが速すぎたせいで跳ね上げるような動きになってしまった。

 ワナッシが叫ぶ。

「アトス!」

 端に近い場所から戦いの様子を眺めていたアトスが見晴台から投げ出されたのだ。


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