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13 戦闘開始

「腕、貰うわよ!」

 プリスは助走の勢いそのままに、白い巨人の右腕を右脚で蹴り抜いた。弾け飛んだ塩で辺りが煙る中、千切れた巨人の腕の先が地面へと落ちる。

 切断しようとしたならプリスの足の長さに三倍する太さの巨人の腕が千切れたりしない。だが、蹴る力を衝撃に変えて破砕すれば、それが可能となる。

 作戦開始は日の出から三時間近く経ってからだ。終わりが何時になるか判らないから早く始めるべきとも考えられたが、何時になるか判らないその終わりまで食事が摂れないことも意味する。腹が減っては戦ができぬ。特に交替できないプリスとネッケートが深刻になる。軽食を用意する段取りにしているものの、戦いながら食せるかは未知数。だから朝食を十分に摂ってから動き出した。

 そして白い巨人を立ち止まる場所まで引いた後にお見舞いしたのが今し方の蹴りである。

 プリスは着地と同時に踵を返し、地上に落ちた巨人の腕を引っ掴む。

「行くわよ!」

 そのまま回転しながら振り回し、一回転したところで峠近くのネッケートに向けて放り投げる。

「そーれっ!」

 投げたらその勢いのまま退避する。たった今までプリスが立っていた所を巨人の左拳が通り過ぎた。

 受けるネッケートも尋常ではない。大きさの問題で地面に擦りながらであれ、易々と巨人の手を受け止める。そしてそれを担ぎ直すと、峠に向けて駆け上がる。


「うおっ」

 任務のため、その様子を観察していた軍人は喫驚した。頭で理解していても気持ちが追い付かない。プリスの身体のどこにそんな力が隠されているのか。筋骨隆々ならまだ解る。しかし見た目だけならプリスは華奢だ。力なんてありそうには見えないのに、その身体と比べて数倍の大きさ、重さなら数十倍を平気で投げる。そのギャップにこそ目を疑った。

 ネッケートに対しても似たような感想を持つが、プリスに程ではない。見た目がかなり逞しいからだ。

「聞きしに勝るな」

 セントラルスに勤めていれば小耳に挟むプリスの逸話は幾つもある。しかしそれは殆ど伝聞で、噂の域を出ていない。大きな騒動も起きていないため、戦う姿を見たことも無い。だから噂が真実かどうか判らない。概ね徒手空拳としてあり得そうな範囲だと漠然と想像したに留まっていた。

 しかし目の前で繰り広げられた光景は、聞いた話よりこじんまりとしているものの、インパクトは段違いに高い。百聞は一見にしかずである。

「あれで勝てないのか……」

 一見、一撃で巨人の腕を破壊するプリスが戦えば、容易に白い巨人を討伐できるように見える。だが、そう単純でもなかった。

「……ああも再生されればな」

 同僚が呟きを拾って答えを返した。その言葉通りに白い巨人の腕が見る間に再生されて行く。

 しかし、その光景を最後まで見ることは叶わなかった。分隊の隊長から叱責を受けたためだ。

「無駄口叩いてないで作戦開始だ!」

「「了解!」」

 分隊は空の荷車を牽いて山へと進む。任務はプリスとネッケートが戦っている間に塩を採取して運ぶこと。これも討伐作戦の一環で、言うなれば罠の餌の採取のようなものである。

 このため彼らは見逃したが、再生された巨人の腕はこの時点では落ちた部分を除く粉砕された部分のみだった。




 職人の棟梁トーリは落とし穴を掘った残土で出来たボタ山の頂上に土魔法で見晴台を拵えた。ボタ山と言っても落とし穴の深さと同じくらいの高さでそう高くもないが、周囲にこれ以上の高さの物が無いために見晴らしは抜群である。

 因みにこのボタ山は作戦後に落とし穴の埋め戻しに使うほか、作戦中には落とし穴までの目印にも使う。

「ほら見ろ。特等席だ。ここからなら一望できる」

 職人など、白い巨人との戦闘に参加しない者は戦闘区域外への退避を求められているが、範囲として判りやすいのが塩鉱山から最も遠い落とし穴よりセントラルス側か、このボタ山である。

 そして塩鉱山に最も近いボタ山からなら、峠こそ山肌に隠れて見えないが、峠までの坂の中程を過ぎた辺りまで見える。単なる傍観者の立場からすれば、これ以上の立地を望めない。

「すげぇな!」

「いいんですかねぇ。このボタ山に登って……」

 アトスはテンション上げ上げだが、ワナッシはおっかなびっくりだ。高さも気になるが、後でプリスに咎められやしないかと気が気でない。

「構やしねぇ。どうせ終わったら埋め戻すんだ。今登らずにいつ登るよ」

「そりゃそうですがね」

「師匠は細かいこと気にしすぎじゃねぇの?」

「その通りだ」

「……」

 トーリとアトスからの散々な言われように、ワナッシは怫然と口をへの字に曲げた。


「あたし達もお邪魔していい? ここ」

「ごめんなさい。ごめんなさい。不躾でごめんなさい」

 カリンが問い掛け、ペコラが謝った。ネッケートを見学に来ていながら見えないのでは何にもならないため、どこか良い場所がと探していたらボタ山の上に奇妙なものを見付けて登ったのである。

 しかし普段に接点の無いトーリは誰だか判らない。

「誰だお前ら?」

「ごめんなさい。ごめんなさい。初見でごめんなさい」

「……」

 ペコラの過剰な謝罪に無言になるトーリである。

「この姉ちゃん達はあの勇者の兄ちゃんの連れだよ」

「ああーっ! あの小僧に引っ付いてる娘っこかぁ」

 アトスの助け船でトーリは手をポンと叩いた。

「娘っこって……」

「ごめんなさい。ごめんなさい。印象薄くてごめんなさい」

 カリンはトーリの言い方に引っ掛かりを覚えるが、トーリの方は二人の正体が判ればもう拘泥しない。

「んなことより、ほら来たぞ」

 ちょうど山肌の陰から白い巨人が姿を顕すところであった。


 ところが全身が見える前に後戻って山肌に隠れた。

「あれ?」

「しくじんたんだな……」

「ババアも大したことねぇな」

 アトスは最初に耳を引っ張られたことを少々根に持っていたりする。いつかぎゃふんと言わせたい相手程度の意味ではあるが。

「プリスも人の子だしな。……はともかく、でかすぎねぇか? あれじゃ、落とし穴に入らねぇだろ」

 トーリはよく判らない事は流し、気になった事を口にした。

「姐貴が最初からそう言ってたろ」

「いや、でもまさかほんとだとはなぁ」

 トーリは腕組み考え込んだ。

「でもあれ以上でかくは掘れないだろ」

「それは確かにな……」

 ワナッシの言葉には頷くしかないトーリである。頑丈にならまだしも中途半端な強度が求められるせいで、大きくなるほど飛躍的に掘る難易度が高かったのだ。

「プリスはそこまで見越していたのかも知れねぇな」

「……そこまでは考えてないと思うぞ」

 ワナッシは頭を振った。




 その少し前。

「さあ、また腕を貰うわよ!」

 峠を過ぎた辺りでネッケートが担ぐ白い巨人の右手が崩壊し始めたため、プリスは巨人の左手を右手と同じように砕いた。

「早く拾って、行って!」

「心得た!」

 後からの攻撃で、巨人の左手が飛んだのが前だったため、ネッケートの方が近かった。ネッケートは返事をする頃には巨人の左手を回収し、峠を下る。だが、下り坂で勢いに乗ってしまったのか、速すぎた。

「待って! 離れすぎ!」

 この時プリスは目の前で糸のようなものが切れるのを見たような気がした。

 しかしプリスが警告を発した時はもう遅かった。ネッケートが担いだ巨人の手が瞬く間に崩れ去る。

「む……」

 同時に巨人は踵を返した。

「戻るんじゃあ、ないのよ!」

 プリスが再生済みの巨人の右手を再度砕く。しかし巨人は落ちた右手には目もくれずに採掘場へと歩みを進めた。一旦塩鉱山を目指し始めたら、多少身体が砕かれても反応しなくなるようだ。


「やり直しね……」

 見送るプリスが溜め息混じりに言う一方で、ネッケートは口を歪める。

「むぅ。厄介な」

「だけどこれではっきりしたわね。魔物の意識が……、在ればだけど、その意識が採掘場に戻って仕舞わないように注意を引き続けないといけないのね」

「うむ」

 ネッケートは重々しく頷いた。そして一歩踏み出す。

「次は今の失敗の穴埋めに、この勇者が前を行こう」

「期待しているわ」

 プリスはネッケートの背中に言った。


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