12 準備
日が暮れる頃、ワナッシとアトス、トーリを始めとした職人達は暖かい夕食で野営地に迎え入れられた。当番の冒険者に案内された場所に座り、料理に舌鼓を打つ。
この遠征での料理は冒険者ギルドの酒場に引けを取らない。料理を趣味にしている冒険者あってのものだが、手配も采配もプリスによる。美味い料理には酒が付きものとばかりに酒を欲する声も上がるが、こればかりはセントラルスに帰ってのお楽しみである。
そんな夕食の途中、プリスがワナッシに話し掛ける。
「調子はどうかしら?」
「はい。一つ目はどうにか完成しました」
「早かったわね」
プリスが目を瞬かせる。期待した以上の早さなのだ。今日のところは半分出来ていれば良い方と考えていた。
「土魔法使いが殆ど総出ですからね……。ぶっ倒れそうになるまで頑張ってくれましたし」
「そう! 頑張ってくれたのね!」
早いことに越したことは無い。プリスは満面の笑みで応えた。
そしてその声は近くで食事をする職人達の耳にも届き、少しばかりにやけ顔で目配せし合う。褒められて嬉しいお年頃なのだ。
しかしワナッシは唇を波打たせる。
「はあ……、姐貴は狡いや……」
狡くはないが狡いと言いたいお年頃である。
「ええ!? 何がかしら?」
「もう、何でもないですよ!」
プリスを前にすると時折子供っぽくなるワナッシだった。
日が完全に暮れ、皆が食事を終えたら早々に見張りを残して就寝。明日も早い。
灯は少し離れた場所に、笠を被せて上に漏れる光を減らすように配置する。虫は勿論、魔物にも灯に寄って来るものがあるので、不用意に灯を点して余分な魔物は呼び込みたくはない。しかしまるで見えなければ何かの時に対応できない。この辺りは時と場合に応じたさじ加減となる。
夜の警戒は殆どを馬に任せる。昼には歩いて三十分の距離を見通す冒険者も少なくないが、夜目と視野は馬に敵わず、集中力もそこまで続かない。馬が騒いだ時に迅速に対応するのが現実的なのだ。
そして、翌未明のプリスが目を覚ます時間までに小型の魔物三頭が滞りなく退治された。
いつもと同じ時間に目覚めたプリスはいつもと同じ日課を……するには些か環境面に問題があるので、柔軟体操は立ったままでも可能なものを中心に軽めにまとめ、その後は主に跳躍の練習をする。白い巨人の向こうを張るには跳躍が必須だ。朝焼けの空にプリスの影が踊る。
プリスが身体強化を駆使して全力で跳べば背丈の二十倍近い高さに達する。女としては平均的な体格で、体重の軽い女の身であることが事跳躍に関しては有利に働いている。
単純な跳躍、空中で一回転、二回転、時に捻りを加え、空中で半回転して頭を下に落下する途中でまた半回転後して着地するなど、様々なパターンの動きを試す。
これらの動きの基礎こそ嘗ての勤め先だった勇者庁で学びはしたが、多くを実戦の中で会得した。拳で殴る戦闘スタイルが故に、否応なしにそれらの動きを身に着けざるを得なかった。
果たして、こんな練習をしていれば人目に付く。起き出した者達が噂話に華を咲かせながら見物する。ワナッシにアトス、ネッケート、ペコラ、カリンもその内だ。
「バッタみたいだな」
「おい、アトス。もうちょい言い方を考えろ」
アトスの誰にとも無しに言った言葉をワナッシが見咎めた。
「他に言い方あるのかよ?」
「他にはだな……」
ワナッシは考え込む。鳥のようには飛んでいない。蝶のようにはひらひらしていない。相応しいと思える言葉が見付からない。
「ほら見ろ」
「ぐぬ……」
やり込められた形のワナッシだが、「バッタみたい」と思ってはいたのは同じであった。口に出さないだけ大人なのだ。
ペコラは呆然と見詰める。
「凄い……。人にあんな事ができるだなんて……」
その横でカリンが問い掛ける。
「ネッケートはああ言うの可能?」
「あれ程の高さまでは飛べぬな」
ネッケート何の気負いも無くいつもの調子で答えた。
しかしペコラは目を瞠る。
「でもできちゃうんだ……」
そしてネッケートの今の実力を知らないことに焦燥を感じた。知らないのは普段に見ていないからだ。これは実力を出す必要が無い日常を意味する。
勿論命の危険を冒すような生活をして欲しい訳ではないし、自分もしたい訳ではない。しかし勇者として実力の片鱗も見せられない生活が良いとは思えないのだ。
「できるならやってみたいわね、あたしも」
カリンは暢気に言った。
朝食を摂ったら移動開始。次に落とし穴を掘る場所は歩いて三十分程度離れているだけなので、職人達は馬車の準備を待たずに歩いて向かう。馬車は遅れて移動する予定だ。馬を人の都合に合わせるよりも馬に合わせて人が動いた方が滞りが無い。
職人達は雑談をしたりあくびをしたり、のんびり歩く。前日に張り切りすぎた分の疲れが多少残っているらしい。
ワナッシも景色を見ながら小さくあくびした。
「こうしてると長閑なもんですね。この先で魔物と戦いが待ってるとは思えないや」
「それはこちらが攻める側だからよ」
「そうなんです?」
「いつもは魔物に襲われるところから始まるでしょ? それだと準備なんてしていられないから」
「そりゃそうですね……」
ワナッシはこれまで攻める戦いには参加したことが無い。罠猟師なこともあって、防衛戦ばかりだ。その防衛戦は相手から襲われて初めて動き出すので甚だ慌ただしく、余分な事を考える暇も無いものだった。
今回に限れば、まごまごしていても白い巨人の戦力は増大しない見込みだ。準備に時間を掛けた方が有利に戦えるだろう。
「そう言や、今回直接戦うのは姐貴と勇者の兄ちゃんだけなんですかい?」
「軍が今日辺り出発することになってるわよ」
正にこの時チューター率いる遠征隊がセントラルスを発とうとしていたが、遠く離れた場所に居るプリス達が知る由もない。
「え? 軍が来るんですか?」
「言ってなかったかしら?」
「聞いてませんよ!」
「あっはっはっ! ごっめーん」
プリスはワナッシの肩をペシペシと軽く叩く。
「はあ……。まったく変なところでいい加減なんだから……」
ワナッシは叩かれる肩が痛いやら嬉しいやらで複雑だった。
「あたしは白い巨人を確かめに行って来るわね」
職人達が落とし穴の作業を始めるのを見計らい、プリスはワナッシに言い置いて塩鉱山に向かう。
プリスが皆に付いている必要は無い。周囲を見渡せる日中は元より、夜間でもプリスの存在は過剰戦力に他ならない。それでも皆に同行しているのは、居る必要が無いからとセントラルスでいつものように酒を呑んでいたのではバツの悪いことになるためだ。それに指揮官が現場に居た方が皆の士気も上がるだろう。
塩鉱山に着いて白い巨人を探せば、前回同様に巨人の方から出向いて来た。巨人が立ち止まるまで峠の方へと引き返し、巨人が止まったところで観察する。
前回見た時より少しずんぐりとした印象だ。破損箇所を修復する際に増強していると思われた。
「やり直しはできそうにないわね」
元より一回で終わらせるつもりではあったが、決意を新たにするプリスである。
そしてそのまま引き上げた。特に何も問題が無いのを確かめただけだ。
職人達が初日に魔力を使い切ってしまったこともあって、落とし穴の進捗は少し遅い。休み休み魔力を回復させながらの作業になっている。二基目で手順がかなりこなれていることもあって、それ以外の滞りは無い。
二日目は三基目の途中までで日が暮れた。
三日目の夕方には軍が合流した。動員できる限りの八門の大砲が並ぶ異様は子供心を刺激するらしい。アトスが「すげえ、すげえ」とはしゃぐのを部隊長のチューターが好きにさせたので、甲高い声は結構遅くまで続いた。
「すまないな。内の弟子が……」
「構いませんよ。軍も広報が必要ですから」
「案外ちゃっかりしてるんだな」
アトスを見守るワナッシとチューターの間ではそんな会話の一幕もあった。
落とし穴が全て完成したのは四日目の昼下がりである。
準備が整った四日目の夕食の後、プリスが皆の前に立つ。
「さあ、いよいよ明日が実戦よ!」
「〃「おう!」〃」
「今日はゆっくり休んでちょうだい」
職人の棟梁トーリが伸びをする。
「んんー。これでひとまずお役御免か。長いようで短いようで、この何日かで一年分働いたな」
その呟きはワナッシが拾った。
「棟梁、お疲れさん」
「おう。お前もな」
「棟梁は明日引き上げですかい?」
「いんや、ここまで来たら結果を見ずに帰れるかってんだ」
「そりゃ気が合いますね」
この後、プリスに「まだ埋め戻しが残ってるわよ」と言われてトーリが目を丸くしたのはご愛敬である。




