11 職人
翌早朝。セントラルスの南外門に冒険者達が集結した。百名規模で、人と物資を運ぶ馬車は二十台に及ぶ。この人数でも、落とし穴を掘る職人――土魔法の使い手――が二十名、運び屋が二十名、これらの護衛に四十名、ワナッシに見学のアトスなど、殆どが白い巨人と直接対峙することはない。
そして見学を除く彼らの雇い主はプリスになる。プリスが元請けとなって必要な人員を冒険者ギルドを通して募集する形だ。これらの事務処理は冒険者ギルドで一括して行うため、一見では共同受注のように見えなくもない。
各々自分の準備をするだけの冒険者の動きは割とのんびりしている。その一方、冒険者ギルド職員と、準備作業を受注した冒険者の幾人かが忙しなく動き回る。
プリスは彼らの作業が終わるのを見計らって話し掛けた。
「昨日の今日でごめんなさいね」
「いえ、いつでも対応できるように準備をしておりましたから、むしろ助かります」
答えたのは冒険者ギルド職員。冒険者ギルドも関わるような大規模な編成の場合にはギルドが準備を担う。それと言うのも冒険者個々に準備を任せたのでは、食料の格差などからトラブルを起こしやすい。食料を持ち込まない冒険者の扱いにも困る。こんな、依頼とは関係の無い部分で躓かないよう、円滑に進める訳だ。
当然の如く準備にはそれ相応の時間が掛かり、本来なら昨日の今日では対応できない。しかし今回に限っては見込みで動いて事前に準備を整えていたため、早く用意した物資が捌ける方がギルドにとっては都合が良いのである。
「そう言って貰うと助かるわ」
プリスは職員に軽く手を振って離れた。
次に向かうのは馬車の御者台。
「コビアさん、みんなのこと、お願いね」
「はいよ」
年齢や経験、為人の兼ね合いから、運び屋のリーダーはコビアが務める。彼は大陸東部への荷運びの合間には塩鉱山からの塩の運搬を請け負っているため、この道にも慣れている。その際の納品先は専ら冒険者ギルドである。
そして移動中はコビアが全体のリーダーも務めることになる。
プリスは頭より上でパンパンと手を叩く。するとそれまでザワザワしていた周囲が静まり返った。
「じゃあ、みんな乗って!」
「〃「おおっ!」〃」
またどやどやと騒がしくなった。
「馬車って初めてだ」
馬車に乗り込む順番待ちをしながらアトスは言った。
「そうなのか? 意外だな」
「だって、俺ん家には馬車ねぇもん」
アトスの両親のように店を商っていれば馬車を保有しているように思われがちだが、実際に保有しているのは毎日仕入れをするような店である。アトスの両親が経営する皮革品店のように仕入れの間隔が長ければ馬車の維持費の方が高く付く。だから馬車は保有せずに町中の輸送には人力の荷車を使い、仕入れで遠くに行く場合は運び屋を雇うのだ。
「まあ、無くても何とでもなるからな」
「母ちゃんもそんなこと言ってた」
「お、順番だな。乗るぞ」
「うん」
順番が回って来たワナッシとアトスは馬車に乗り込むが、アトスが顔を歪めて鼻を抓んだ。
「……って、臭っ。何だこの臭い」
「臭いかい? ごめんよ。原皮の臭いが染み込んじゃっててね」
御者台から乗り込む様子を見ていたその馬車の持ち主コビアは言った。荷物に応じて敷き板を換えているが、それで完全に防げるものでもなく、長い間に臭いが蓄積している。
「そうなんだ……。なら我慢する」
原皮と聞いたアトスは温和しく座った。
出発である。
ひとまずネッケートが歩いて先導する。少し早歩き気味だが、馬車の歩みとしては少し遅い。隊列を組む場合にはどうしても最も遅い方に合わせることになる。
プリスは全ての馬車が出発するのを見送った後、見送りの冒険者ギルド職員に声を掛けてから自らも五本の細い杭を抱えて出発する。そして馬車の列からは離れ、街道から外れた荒れ地をひた走る。一路塩鉱山の峠まで走ったら折り返し、徒歩なら三十分程度の間隔で街道脇に杭を打ち込む。拳で。
プリスの立場的にはこう言った作業を自ら行うのではなく雇った誰かにやらせるものだが、それをすると白い巨人討伐が少なくとも一日延びることになる。既に狩りの獲物の買取価格が下げられた現状、一日でも悠長にはしていられない。
杭を打ち込み終わったらまた街道をセントラルス方面へと走る。馬車の隊列と合流したのはちょうど一度目の休憩を終えようとするところであった。
ここからはプリスを先頭に、ネッケートを最後尾にして進むことになる。
杭の一本目に到達したのは日がかなり傾いた頃だ。
「ここで止まって! 今日の移動はここまでよ!」
プリスの指示で先頭の馬車が停まり、後続が停まるのに合わせて指示が順送りに最後尾まで伝えられる。
「やっと降りられる!」
声を上げて喜んだのはアトス。馬車を飛び降りて少し離れた場所まで駆けて行き、息を大きく吸い込む。
「はあー、生き返ったぁ」
「おいおい、我慢するんじゃなかったのか?」
こんな所を独りでうろうろさせられないと、慌ててアトスを追い掛けたワナッシが少々小言っぽく言った。こうなったのもアトスが足元の明るい街道脇に二、三歩踏み込んだだけだったため、「街道から離れるな」とは叱るに叱れなかったのだ。
しかしそんな機微がアトスに判る筈も無い。不本意なお小言に少々ご立腹だ。
「ここまで我慢しただろ!」
「そうだったな……」
これにはワナッシも同意で返すしかなかった。
若干気まずさが漂い、ワナッシが鼻の頭を掻いたり、アトスが足下を石を蹴ったりしながら二人の間に沈黙の帳が降りるが、幸運にもそんな帳は僅かな時間で破られた。
「ワナッシ!」
プリスがおいでおいでをしながらワナッシを呼んだ。
ワナッシは手を上げて応えると、アトスを見やる。
「アトスも行くぞ」
「いいのか?」
「罠猟師の端くれが罠を見学しないでどうする」
「お、おう」
アトスを先導しながら、ワナッシは内心で大いに安堵した。
プリスはワナッシとアトス、それに職人の棟梁トーリを連れ、街道を離れて三分余り歩いた。見渡す限りの草原だが、足下をよく見れば二割程度が剥き出しの地面になっている。
「この辺りに最後の罠を頼むわね」
「人が通る分には落ちない落とし穴でしたっけ?」
「そう。難しいと思うけれど、そのくらいでなければさすがに避けられると思うから」
「へい。まあ、ワッシは構わないんですがね。作るのは殆ど土魔法使い頼みですから」
丸投げではあるが、投げられたトーリは任されたとばかりに頷く。
ところがワナッシが唇を波打たせる。
「何か気になるの?」
「最後がここってことは、かなりの数を作るんじゃありませんか?」
「その通りよ」
プリスはあっけらかんと言うが、ワナッシには頭の痛い話だった。
「……だから人数が必要だったんですね」
大まかな打ち合わせが終わり、トーリが職人を呼び集める。
「集まってくれ!」
「〃「おう」〃」
待ち構えていた職人達は直ぐに参集し、トーリの先導で現場へと向かう。
「ここに落とし穴を掘る」
着いて早々、トーリは地面を指差し皆に言った。
「広さはここから……」
足下に地面を蹴り、そこを起点に地面を擦ると、そのままスタスタと歩いて行く。
「こう来て……」
ざっと人の背丈の七倍程度で直角に折れ、同じ距離を歩いたらまた直角に折れる。
「こうだ」
再度同じ距離を歩いた所で足を止めた。一周してしまっては距離感が判らなくなるので三辺だけをなぞったのだ。
更に深さも同じ長さだと聞いて職人達が慄いた。これでも白い巨人の全身は隠れず、胴の途中から上ははみ出るが、大きさの前には些細なことだ。「マジかよ……」「広すぎだろ」「そんな穴掘ったことねぇよ」と、尻込みした台詞を口々に言い募る。
「おたつくんじゃねぇ! プリスが必要だって言ったなら、必要なんだろうよ」
「棟梁……」
ワナッシは突っ込みそうになったが、思い止まった。落とし穴が幾つも必要とは思わないが、トーリもそれが判っていて言っている筈なのだ。
「難しい部分はおいがやる。さっさと取り掛かるぞ!」
「〃「お、おう」〃」
職人達は準備を始める。その隙にワナッシはトーリに話し掛けた。
「ありがとよ、棟梁。本当ならワッシがもう少し上手く纏めなきゃいけないんだがな……」
「細けぇこたぁいいんだよ。それより罠の構造をもう少し詳しく話しやがれ」
ワナッシは頷きつつも、「詳しくってほどもないんだがな」と頬を掻いた。
落とし穴は通常、掘った穴の上に木の枝などを渡して蓋をし、その蓋をカモフラージュする。しかし今回の落とし穴はその巨大さ故に後付けのような蓋を造るのが現実的ではない。だから地表はそのままに、地下をくり抜いて落とし穴にする。
しかし単純にくり抜いただけでは勢い落盤だ。天井となる地表を支える工夫が必要となる。石橋のようなアーチ構造を地下をくり抜きながら構築する。
「アーチを緩くするだぁ? そんなことしたら落ちちまうだろ」
「だから落とすんだよ。落とし穴なんだから」
「お、そっか。そうだったな!」
トーリが日頃に造っているのは壊れない建築物なのだ。そのせいで放っておけば壊れない方に意識が流れて行く。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
「細かいことは気にすんな」
「気にするよ!」
ワナッシの心配を余所に、トーリはあっけらかんとしたものだ。
「はあ……、もう……、大丈夫なのかねぇ……」
ともあれ、方針が決まれば作業は進む。まずは落とし穴本体から少し離れた場所から坑道を掘り進める。この天井は落盤防止にアーチ状だ。掘った端から坑道内壁を土魔法で突き固めて硬化させる。落とし穴の天井に使うのはこの坑道の技術の延長線にある。ただ、一つのアーチでは強度の折り合いが付かずに三つに分割してアーチを形作ることとなった。
そして、途中で「これなら巨大魔物が踏んでも抜けねぇぜ」「だから抜けなきゃ駄目なんだよ」なんて言い合いをしながらも、落とし穴は日が落ちる前までの三時間ほどで粗方完成を見た。これだけ早かったのは、そんじょそこらの田舎町とは違って腕利きの職人が集まっていたこともさることながら、職人達が乗り乗りだったからだ。日頃が明けても暮れても城壁工事の毎日のため、たまには違う仕事がしたかったのである。
そんな落とし穴の底、ワナッシとアトスが完成間近な穴の中を視察する。
「うわっ。高っ」
アトスが感嘆の声を上げた。
「上から落ちたらお終いだな、こりゃ」
「もし今天井が落ちてもお終いだな」
「怖いこと言うな」
「師匠、もしかしてビビりか?」
「何とでも言え。これじゃ落ち着けやしない」
両肩を摩りながら早々に引き上げるワナッシである。
そんなワナッシが地上に戻って間もなく落とし穴は完成した。
職人達は満足げな笑顔だ。本気を出しすぎて、引っ繰り返しても何も出ないくらいに魔力を消耗したのはご愛敬である。
「完成だ。チェックしてくれ」
トーリはすたすたと落とし穴の上を歩いて渡る。
「おいおい、上を歩いて大丈夫なのかよ?」
「そう言う注文だったろうが」
人が歩いても大丈夫なようにの注文ではあるが、人一人が歩いて崩落する程度の強度では完成前に崩落することだろう。
でも、ワナッシは理屈が解っていても渋い顔をする。
「まあ、そうだな……」
「師匠、ビビりだな?」
「ちげぇよ!」
ワナッシはアトスの突っ込みに悲鳴のような声を上げた。




