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10 待つ時間

 プリスはちびちびと酒を呑む。今は雌伏の時……ではないが、待つ時間ではある。

 ただ、こうしている間にも事態は徐々に悪化している。白い巨人が襲い来る心配は無いが、塩鉱山が事実上の閉鎖状態だ。一部の冒険者にも巡り巡って、と言うには些か短絡的に影響が出始めている。

 プリスから一目瞭然なのは白い巨人出現前に比べ、昼間から冒険者ギルドに屯する冒険者が倍したことだ。白い巨人の出現から二十日。今日になって突然増えた。「獲物の買取価格が下がっちまった」「これじゃ食っていけねぇ」などと話す声も漏れ聞こえる。

 これまで潤沢な塩を背景にした原皮や保存食の生産が冒険者の生活、ひいては町の経済を支えていた。しかし今現在はその塩の採取ができていない。冒険者ギルドの備蓄も心許なくなる一方だ。獲物を買い取っても腐らせるだけにもなりかねず、買取価格を一時的に下げざるを得なくなったのだ。

 この状態が長く続けばいよいよ狩猟を生業としている冒険者の生活がままならなくなる。多くの冒険者がこの町を去り、この町の経済にも影を落とすことにも繋がる。

 尤も、白い巨人に居座られたままでも幾らかの塩の生産は可能だ。巨人が襲って来る境界線の外に降り積もった塩を収集すれば良い。土や砂が混じるために一旦水に溶かして漉し、水を蒸発させて塩を取り出すと言った手間が必要になるが、食生活に必要な分の確保は可能だろう。だから多少の経済の縮小に目を瞑るなら、目先で割を食うのは冒険者だけとも言える。但し未来は判らない。


 突き詰めれば、セントラルスの冒険者の未来は代官が討伐依頼を出すかに係っている。出さないままなら白い巨人を放置することになり、巡って冒険者の収入が減る。これを避けるだけならプリスが依頼とは無関係に戦えば良い。確実とは言えないが、一昼夜戦い続ければ何とかなる見込みもある。しかしそれをやってしまえば将来に禍根を残してしまう。後々「あの時はしたのにどうして今回はしない?」となるのが人と言うものだ。

 プリスがそんな益体もない事をつらつら考えていると、ココットがやって来た。

「行政から正式に依頼が来ました」

「そう。それで?」

「討伐依頼です」

「そう」

 プリスは頷き、グラスに残った酒を一気に呷ってから立ち上がる。

「早速明日にでも行くとしましょうか」

 代官の気が変わらない内に、と付け加えて。


 すると横から声が掛かった。

「この勇者も手を貸そうぞ」

 ネッケートは今日また独りで冒険者ギルドに居た。まるで狙い澄ませたかのようだ。

 プリスはそれが召喚勇者特有の突拍子もない魔法によるものの可能性も考慮しつつも、単に予測してのものだと考える。ある程度ボリューム感を持って人の行動に掛かる時間を把握していれば、そこそこ予測できるものである。

 それはさておき、プリスにとってネッケートの参戦は有り難い。既にセントラルスでプリスに次ぐ二番目の実力の筈だ。頼みに行かなければならないところを相手から立候補してくれるのだから二度有り難い。

「そうね。当てにしてるわ」

「任せて貰おう」

 微笑みつつ答えれば、ネッケートが重々しく頷いた。

 しかしプリスは違和感を持った。いつものネッケートなら笑い飛ばすところだ。ネッケートが戦いに対してナーバスになるとは考えにくいので、原因があるとするなら別の場所。彼の仲間であろうか。

「それで、後の二人はどうするのかしら?」

「……連れて行く」

 ネッケートらしくなく少し苦しげで、そして少し歯切れが悪い。


 恐らくそれは不安。仲間を戦場に連れて行って万が一のことがあったらと思い悩んでいるのだと、プリスは読み取った。

 不安なら連れて行かなければ良いと言うのは簡単だ。しかしそれでは共に歩めない。共に行くなら戦場を避けては通れない。それはネッケートが戦う人だから。ネッケートは遅かれ早かれ戦場に向かうことになるだろう。向かわなければきっと戦場の方からネッケートに近付いて来る。

「……そう。しっかり守り……、いえ、そんなの重々承知よね」

 プリスは「しっかり守りなさい」と言い掛けて止めた。

「この勇者も彼女らとはできうる限り長く共に在りたいのでな」

「言うわね」

 先とは打って変わって迷いの無いネッケートの言葉に、プリスは小さく微笑んだ。

 不意に過去の光景が去来する。

「う、ん……、あたしが担当した勇者があなたみたいだったら……」

 されど頭を振った。

「やっぱりないわね」

 過ぎた日は戻らない。過去に仮定を持ち込んでも虚しいだけだ。


 プリスはネッケートとの話を切り上げ、冒険者ギルドを見回す。冒険者達はプリスが立ち上がった時から気にしていたのだろう。その視線に呼ばれたかのように、次々とプリスの方へと視線を向けた。

 プリスは目的の人物に視線を固定する。

「ワナッシ! あなたにも働いて貰うわよ!」

 ワナッシの朝は頻繁に遅い。昼近くになってやっと罠の確認に向かうなんてざらだ。今日もまたそうだった。だからこそプリスからしても色々頼みやすい。……と言うか、押し付けやすい。

「ワッシですかい!? 何をするってんです?」

「じゃあ、当然俺もだな!」

 今回の件で出る幕は無いと傍観を決め込んでいたワナッシは喫驚した。そしてプリスを問い詰めようとするのだが、横から甲高い声が飛び込んだ。振り向いた先には子供が立っている。

「んん? そう言えばアトスも居たのね」

 プリスは溜め息に似た声で言った。アトスが冒険者ギルドに登録してから半年、一旦落ち着いた後は跳ねっ返ることも無いため、意識の外に置いていた。これをアトスが知ったら「無視しやがって」と憤るかも知れないが、ワナッシのことだって意識の外にある。二人とも危うさが感じられないからだ。日頃に注視するような相手はどこか危うさを持つ相手である。

 だからちょっとだけワナッシの漏れなくアトスが着いて来るのを失念していた。


 果たしてアトスは溜め息のような声に敏感に反応し、口を尖らせる。

「居ちゃ悪いのかよ。付け足しみたいに言いやがって……」

「ワナッシのおまけみたいなものじゃない。まだ独りで任せることはできないでしょ?」

 プリスは途中からワナッシを振り返って言った。

 するとワナッシも苦笑しつつ同意する。

「その通りですね……」

「で、できらぁ!」

 アトスは反射的に叫んだ。何でもできると思いたいお年頃である。

 アトス独りでも獲物が掛かっていなければ、途中で魔物と遭遇しなければ大丈夫だろう。しかし魔物と相対するなら難しい。力量的に独りで罠の対称でもあるイタチの魔物を倒すのはほぼ不可能である。

 そしてそんなアトスを周りの冒険者達が生暖かく見守る。粋がるのは彼らの多くも経験したことだから、昔を思い出してしまうのだ。胸を押さえる者も居る。何か突き刺さるものがあったらしい。意外な攻撃力だ。

 プリスはと言うと、一瞬だけ悪い笑みを浮かべてから小首を傾げる。

「ん?」

「俺独りでだって日課くらいできるって言ってんだよ!」

「そうなの?」

 プリスは目配せしつつ、白々しくワナッシに尋ねた。

「ちょっとアレでしょうね……」

 ワナッシの視線は泳いだ。


 煽り耐性の無いアトスはますます目くじらを立てる。

「いいぜ! やっ……」

「少年」

 ネッケートがアトスの肩を掴んで叫ぶのを止める。

「……何だよ。勇者の兄ちゃんまで俺にはできないって言うのかよ?」

「まあ、いいから……」

 ネッケートは手招きするようにしながらアトスに顔を寄せて耳打ちする。

 するとアトスの目が見開かれた。

「……わ、解ったせ、兄ちゃん! 確かに俺はまだ独りじゃ無理だ!」

 アトスは途中からプリスとワナッシを見ながら叫んだ。

 このアトスの変わり身に、プリスはネッケートが何を言ったか察せざるを得ない。アトスが望んでいたのは白い巨人の討伐に同行することであって、独りで罠猟師の日課をこなすことではない。それをプリスが話の流れに乗って、途中からアトスを煽ることで自ら居残るようにし向けた。ところが「独りじゃ無理」と言われればその目論見も潰えてしまう。

 ジトッとネッケートを見る。

「ちょっと、勇者くん? 変な入れ知恵をしないで貰えない?」

「さて、何のことかな」

 ネッケートはすっとぼけた。


 プリスは腰に左手を当て、右手で何かを放り上げる仕草をしながら息を吐く。してやられた感が半端無い。今更「アトスならできる」なんて事は言えやしないのだ。

「仕方ないわね。今度は勇者くんに任せるわ」

 アトスが冒険者ギルドに登録した日にもネッケートがアトスの面倒をみると立候補したことに対する「今度」だ。その時はプリスが却下し、アトスをワナッシに預けた。ネッケートが遅かれ早かれ戦場に向かうと察したプリスは、アトスがそれに流されるように戦場へと向かうことを避けたのである。刷り込みのように戦いに生きるようになってはアトスに命が幾らあっても足りなくなる。

 しかし今はもうアトスにも罠猟師としての足場がある程度出来上がっている。安易に流されることも無いだろう。ネッケートの為人も戦うだけではないと理解している。一日二日預けたところでアトスがどうこうなるものでもないと考えるのだ。

「心得た」

 ネッケートは不敵な笑みを浮かべた。

 プリスは周囲を見回して、皆が自分を注目しているのを確認してから声を張る。

「それでは明日にも出発よ。みんないいわね?」

 冒険者達はそれぞれに同意を示した。しかし一人納得しない者が居る。

「いやいや待ってくださいよ、姐貴。話を戻しますけど、ワッシは何をするってんです?」

 ワナッシは自分がどうして行くことになるのかさっぱり見えなかった。


「あら?」

 プリスはワナッシを見て、一瞬目を逸らしてまたワナッシを見た。

 その様子をワナッシは見逃さなかった。

「忘れてたんですかい?」

「まさかよ」

 プリスはそう言う一瞬だけまた視線を逸らした。そしてまた言い訳がましいことを言う。

「これから言おうと思っていたの」

 ワナッシとしては演技が下手なのか、わざとやっているのか、判断に迷うところだ。しかしプリスのこんなちょっとした隙はそれなりに親しくなければ見せて貰えない。だからちょっとした不満とちょっとした幸福感の差し引き零で誤魔化されることにする。

「怪しいもんですが、それでいいですよ。もう……」


「ワナッシには勿論罠を仕掛けて貰うわ」

「罠ですか?」

 ワナッシは眼をギョロっとさせて問い質した。罠の出る幕があるとは考えられない。

「落とし穴ね」

「いや、確かにワッシは落とし穴も作れますけど、話に聞いたらえらいデカい相手って言うじゃないですか。ワッシにはそんな穴は掘れませんよ」

 ワナッシが穴を掘るならスコップでえっちらおっちらになる。これでは日が暮れても掘り上がらない。

「それは土魔法の使い手を頼むわ。ワナッシはその指揮を執って貰いたいの」

 プリスがワナッシに望んでいるのは落とし穴の設計と、出来上がった落とし穴の精査だ。作業自体は土魔法の使い手を集めて任せる。ただその土魔法の使い手達は日頃、城壁の工事に携わっている。

「そいつは代官がまた『工事が遅れる』ってイキり立ちそうですね」




 へっくしょいっ!

 代官がくしゃみをした。




 プリスは苦笑を漏らす。

「そうかも知れないわね。壁は在った方がいいのだけど……」

 代官は城壁の工事に腐心している。プリスも城壁は在るに超したことはないと考える。しかし慌てて造るようなものでもないと考えてもいるのだ。今の土嚢を積み上げただけの状態でもそこそこの防御力はある。

「塩の方が優先よね」

「まあ、そう言うことでしたら、慎んで承ります」

 ワナッシは頷いた。しかし疑問にも思う。

「ですが、姐貴が直々に倒すんじゃないんですか?」

 これは白い巨人を直接見ていないことから来る疑問だ。

「それがそう簡単に行かないから、みんなの力を借りるのよ……」

「そんなに強いんですか?」

「腕力だけなら負けないのだけどね……」

 プリスはまた苦笑する。白い巨人を塩鉱山から引っ張り出さなければ始まらない。しかしそのための連続攻撃をプリス単独なら勿論、ネッケートと二人でやったとしても息切れ必至だ。一旦引っ張り出せても、塩鉱山に戻られてはまた一からやり直しになる。そうならないように、途中で短い時間でも休憩を入れられるように白い巨人の足止めをするのが落とし穴である。

 ワナッシは責任重大とばかりに頭を掻いた。


 プリスはまた周りを見回し、運び屋のコビアを目に留める。

「運び屋のみんなもお願いね」

「わしら年寄りにも出番があるのかい?」

 コビアもまた意外とばかりに尋ねた。

「勿論よ。荷物を沢山運んで貰わないとね。一番の荷物は冒険者だけど。歩かせる訳にもいかないでしょ?」

「そうだね」

 コビアは微笑んで頷いた。

 そしてまたプリスは声を張る。

「さあ、みんな! 準備お願いね!」

「〃「おう」〃」

 冒険者達はそれぞれに動き出した。


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