9 折衝
行政から来た塩鉱山の調査依頼を突き返した翌々日。プリスは今日も今日とてちびちびと酒を呑む。今となっては心の友だ。酒無くして何の人生かなどとぼんやり考えたりもする。
「プリスさん、お客様です」
ココットが呼ぶ声に振り向けば、軍人が一人横に立っている。
「初めまして。小官は中隊長を務めますチューターと申します。本日は小官が率いました塩鉱山調査の結果の説明に伺いました」
「あら?」
プリスは二度瞬きをした。軍が調査をしただろうとは考えていたが、直接説明に来るとまでは想像の埒外だったのだ。
そして部隊長の横に視線を動かしてまた二度瞬きをする。ココットがやけに鼻高々だ。放っておけば踏ん反り返ってそのまま後ろに倒れかねない。
「ココットの仕業なのね……」
察するなと言う方が無理であった。
「ご明察です。直接軍に連絡を入れさせて頂きました」
「ええ!?」
プリスはココットの鼻が天井を突き破りそうなほどに高くなっていることにこそ驚いた。
しかしココットが強調したいのは「直接」の部分だ。
「割と軍に顔が広いんですよ?」
ここぞとばかりの「できる女」アピールをする。
しかしプリスとて別にココットが「できない」とは思っていない。この冒険者ギルドの受付嬢を務めているだけで「できる」ことは自明だ。グロテスクなものにも心が折れず、荒くれ男達のあしらいもできるからこそ研修期間に脱落せず、採用されでここに居る。
だから今ここでココットがアピールする理由が見えない。
「そ、そうなの?」
顔については軍と書類を送受する窓口――有り体にはお使い――をするだけで広まるだろう。軍も冒険者ギルドも殆ど男の世界なのだ。若い女と言うだけで目立つ。アピールポイントとしては如何なものか。
「まあそれはそれとして、とにかく軍の話を聞きましょうか」
プリスはきっとアピールしたい年頃なのだろうと考え、結局スルーした。ココットが少し口を尖らせるが、気付かない振りをした。
「そう。物理的な攻撃だけでなく、魔法も効かなかったのね」
プリスは部隊長チューターの話を聞き終えると、開口一番そう言った。少しだけ口調に無念さが乗っている。自身では物理攻撃にしかならないことから、魔法に期待していたのだ。
しかし最も有効だったのが最も物理攻撃に近い火魔法だと言うなら期待外れも良いところだ。上級の魔術士なら別かも知れないが、不確実な中で呼び寄せるには町にとって金銭的リスクが高すぎる。プリスなら不要となる出張手当も報酬に含めなければならない。そしてそれは拘束時間に比例するため、どこからも遠いセントラルスでは極めて高額になる。
「はい」
チューターはただ頷いた。
「期待できるのは、魔物のサンプルを取ろうとした辺りかしら?」
軍は幾つかの検証の後、大砲の狙いを白い巨人の手に定め、原形を留めたままの巨人の指先を拾得しようと試みた。
「そう考えます。その際に大砲を破壊されたためにそれ以上の検証ができなかったのですが、全体からすれば僅かな指先のためだけにそれまでと倍する距離を追い掛けて来たのは奇妙でした」
「確かに奇妙よね」
周囲の塩で欠損箇所を修復すれば追い掛ける必要が無いにも拘わらずだから奇妙なのだ。
「まあ、魔物のこだわりなんて、あたし達に判る筈もないのだけど」
「ですけど、それは攻略の糸口になりませんか?」
プリスはその声のした方を振り向いた。ココットだ。「まだ居たの?」「居ますよ。チューター様のお話を報告しなければいけませんし」などとやり取りをした後で腕を組んで考える。
「それを利用したら釣り出せそうではあるわね」
「はい。そう考え、距離を保てるように馬に乗せて運んだのですが、途中でその指先が崩れてしまい、巨人もその途端に採掘場へ引き返して行きました」
「どこまででも引っ張り出せる訳でもないのが難しいところね」
「その通りです」
チューターは頷いた。
「だけど、引っ張り出さないことには手の施しようが無いから、引っ張り出す手順を考えないとね」
「腹案は有るのですが……」
「ですが?」
「いえ、どうしてもプリス殿の助力を必要とするのです」
「……聞かせてちょうだい」
プリスは正当な報酬が支払われる限り、助力を惜しむつもりはない。報酬を惜しまれれば跳ね返すだけだが、それもこれも話を聞かなければ始まらない。だから聞かない選択肢は無い。
そしてそのチューターの腹案とは、継続的に白い巨人にダメージを与えると言うものだ。しかしセントラルスに駐屯する軍のみではそれは不可能。人員を掻き集めても攻撃力がそれをするのに遠く及ばない。だから腹案通りでも大半がプリス頼みになる。
実に他力本願なものだが、白い巨人を塩鉱山から引っ張り出さなければならないと考えるのはプリスも同じ。
だから快く同意する。
「なるほどね。それで行きましょう」
「恐縮です」
それでもチューターは言葉を態度に表して恐縮した。端から他者の力を当てにしているところに体裁の悪さを感じているのだ。
プリスは「気にしなくて良いのに」と小さく肩を竦めるだけで本題に戻る。
「だけどそれをするためには……」
調査依頼のままでは手を貸せない。上級冒険者たるプリスがそんな不誠実を許せばモラルも何も無くなって、買い叩くような依頼が横行する。そうなっては冒険者が危険に見合わない報酬で働くことを余儀なくされるだろう。
その点、軍は報酬に関して誠実だ。ただそれはもっと切実な問題による。報酬をケチれば肝心な時にサボタージュされかねない。それどころか後ろから撃たれる可能性だってある。兵士、それ以上に指揮官の安全の確保のためにも報酬はケチれない。
しかし安全な場所から依頼を出すだけの人々はそんな事情を知らない。安ければ安いほど良いと考え勝ちだ。
「代官から依頼を出し直して戴く件は、ギルド長の方で対応中です」
「軍でも司令官対応となっております。一両日中には依頼が発行されると思われます」
プリスはココットとチューターの説明に頷きで応えた。
プリスがチューターの訪問を受けていた頃、代官の執務室には駐留軍の司令官と、その付き添いとして冒険者ギルドのギルド長が訪れていた。
「上級冒険者だか知りませんが、法外な報酬など出せる筈が無いでしょう。ただでさえ毎年多額の委託料を支払っているのです。予算には限りがあります」
用件を聞き終えた代官は中年太りの腹を摩りながら筋骨隆々とした二人の壮年に言った。
その用件とは他でもない。白い巨人の調査依頼を討伐依頼として出し直し、報酬の桁も一つ増やすことだ。そして代官はそれを突っぱねたのである。
しかし司令官も子供のお使いではない。代官の言う理由、つまり予算不足に多少思うところがあったとしても、「はい、そうですか」と引き下がれはしない。
「だが彼女に頼らなければあの魔物を倒すのは不可能だ」
「だったら軍の方で雇えば良いではありませんか」
「それこそ出せはせん。管轄外だ」
「あの塩鉱山はこの町の一部です。管轄外とは異なことをおっしゃる」
「この町の一部だからこそ管轄外なのだ」
「それはどう言う了見ででしょう?」
「それを貴殿が聞くのか? 塩鉱山を含めたこの町の行政に軍が関与するのを拒んだのは貴殿ではないか。この町の治安維持にしても、軍の訓練の一環として、サービスで行っているに過ぎん」
「何ですって?」
「本来であれば軍は町に委託料を支払って貰わねばならん」
大陸西部はその殆どを各国の軍が共同統治している。滞在者の殆どが軍とその関係者であることから来る必然だ。
例外となっているのがセントラルス。当初から軍と無関係に民間人の入植を目的とした町のため、統治も文民が担う。当然ながら予算も軍とは別になっている。
そしてこのセントラルスには当初塩鉱山は含まれていなかった。それを町の経済と密接に結び付いていることを理由に代官が管理権限を要求し、管理費用も町が負担することを条件にその要求を押し通したのだ。
これが今まで問題にならなかったのは、これと言った問題が起きておらず、余分な経費もか掛からなかったためである。
ところが今回は鉱山の存続からして危機的状況にある。対応が必須で、費用負担が重くのし掛かる。この費用を負担するべきは町だが、代官はこれを圧縮しようとした。
軍が調査部隊を派遣した件でも、本来であれば管理者たる町が費用を負担するべきところだ。しかし軍と町は共存の関係にあるため、演習を名目に軍が費用を負担した。
だが、上級冒険者を雇う費用まではさすがに軍も負担できない。管轄外の場所の問題に対するものとしては明らかに軍の予算の範囲を逸脱しているため、軍を支援する国が不満を示して着服等の罪に問われかねないのだ。
「……」
懇懇と説明された代官は沈黙した。




