8 依頼
プリスは今日も今日とてちびちびと酒を呑む。
塩鉱山の急報がもたらされてから十四日。冒険者ギルドはここまでずっと塩鉱山の件など無かったかのような日常の中にある。
今日のちょっとした違いはココットが書類を携えて来たことだ。
「行政から正式に依頼が来ました」
微妙に眉尻が下がり気味なココットの様子が引っ掛かりながらも、プリスは常識的な推察を言う。
「そう。軍でもあれを倒す目途が立たなかったのね。それで内容は?」
「塩鉱山に出現した魔物の調査です。討伐手段を確立せよ、と」
ココットの眉尻が更に下がった。如何にも困った感が滲み出る。
その一方、プリスは盛大に首を傾げた。
「調査? さすがに意味が判らないわね」
「そうですよね……」
ココットはもう声音からも困惑を滲み出させた。
「これだけ日数が空いているのだから、軍も何かした筈だけど、その申し送りは無いの?」
「残念ながら……」
ココットは肩を落とすようにして答えた。
「見せて」
「はい」
自分の目で見なければ始まらないからと出されたプリスの手の上に、ココットは依頼書を載せた。
依頼書に目を通すプリスの目が徐々に据わる。一通り見終わった後、依頼書をパタパタ振りながら肩を竦めた。
「報酬もケチくさい。本当に調査の報酬でしかないわね」
ココットは頷いた。調査と討伐では報酬が文字通り一桁異なるのだ。
「こう申しては何ですが、プリスさんにただ働きをさせたいのではないかと……」
調査中に対象を撃破してしまうことは往々にしてある。プリスのような上級冒険者なら尚更だ。そうした場合、元々討伐を目的としていても依頼料に反映されないこともまた往々にしてある。受注者が勝手にやった事で、依頼の範囲に含まれないと言う理屈だ。
プリスもココットもこの事については認めている。言い分が無いでもないが、理屈が通っている以上、譲歩も必要だ。しかし、端からそれを意図した依頼となったら話は別である。軍が行っただろう調査の結果が添付されていないのも、調査依頼なのに調査結果が有っては不自然だからだろう。単に手を抜いただけの可能性もないでもないが。
「あの代官にも困ったものね」
プリスはやれやれとばかりに両手を広げて頭を振った。
「まあ、こうあからさまだと怒る気も失せるのだけど、依頼を請けられないのは同じね。これは突き返してちょうだい」
「かしこまりました」
「くれぐれも他の誰かに回したりしないでね」
プリスは横を横目で見ながら念を押した。
ココットもプリスの視線を先を横目で見ながら素直に頷く。
「そうですね」
「それは残念。前回出遅れた分、今回はこの勇者の活躍の場があると思ったのだがな」
二人の視線の先は自称勇者であった。横のテーブルに着いて二人の話を聞いていたのだ。プリスも他の誰かであればわざわざココットに念を押したりはしない。ココットも言われずとも解っていると不満を表情に出したことだろう。しかしこの自称勇者、ネッケートに限っては彼に聞かせるためにも声に出す必要があった。
そして案の定、ネッケートが食い付いた。
「いくらあなたでもあれは無理よ」
ネッケートの成長は著しい。表向きのランクは中級中位だが、プリスの見立てでは実力は既に上級に達している。日頃から手抜きをしていてランクが上がらないだけなのだ。戦闘力だけなら中級上位相当と見込まれる白い巨人に戦闘で後れを取ることは無いだろう。
それに拳を使うプリスと違って剣を使うので多少は違う結果を導き出せるかも知れない。
だが、白い巨人の無限とも言える再生力の前には、大枠としてプリスの拳と同じ結果になるとしか考えられないのだ。
「そうなのか? それなら尚更見てみたいものだ」
「見るだけなら好きになさい」
ネッケートだけなら遠足気分で行って来れるとプリスは踏んだ。しかし依頼の外で動けば全て持ち出しである。
「だけど万が一倒せたとしてもびた一文報酬は出ないわよ」
「それはそれで困るな……」
ネッケートは肩を落とした。生活はまだまだ厳しいようだ。
「ところで後の二人はどうしてるの?」
ネッケートが昼日中から冒険者ギルドで根を生やしているのは珍しい。ペコラとカリンを伴っていないなら尚更だ。それと言うのも祖国から届くはずの援助金が届かず仕舞いのため、三人の生活費の殆ど全てがネッケートの肩に掛かっている。
これをネッケート自身は是としていてプリスも理解するところだから、これについてとやかく追及したりはしない。しかしネッケートが一人で無為な時間を費やしているのがどうにもそぐわなくて落ち着かないのだ。
「特訓中だ」
ネッケートの答えは明朗だった。特訓と言っても戦闘ではなく体力作りである。主に走り込みをしている。
それでも「あの二人だけで大丈夫なの?」とプリスは考える。とかく魔術士や治療術士は身体を動かすのを厭いがちだ。動きたくないから魔法に頼ったのではないかと思えるほどなのだ。そんな二人だけで特訓になるものなのか。
「あなたは付いてなくていいの?」
「自分達でやるからと追い返されたのだ。わっはっはっはっ!」
ネッケートが笑い飛ばす分だけ余計心配になるプリスである。
「ほんとに?」
「恐らくはな!」
言い切るネッケートに、プリスは小さく微笑んだ。
だが、多少なりとも拘わった身からすれば進捗が気になる。
「それでどのくらい走れるようになってるのかしら?」
「スピードを考えなければどうにか二時間。スピードを維持しようとするなら十五分だな……」
ネッケートにしては語尾の歯切れが悪い。プリスからしても期待したところからは程遠い。一瞬言葉を失った。
何しろネッケートはこれこそ召喚勇者と言うべきかと思えるまでに成長が早い。剣の一振り毎に腕が上達するかの塩梅だ。
それに比べてペコラとカリンはトレーニングさえすれば誰しもが達することができるレベルに留まっている。ネッケートとの差は開く一方だろう。
これではプリスも反す言葉の歯切れが悪くなる。
「ちょっと厳しいわね……」
「うむ」
これまたネッケートらしくなく、俯き加減に答えた。
このままでは早晩ペコラとカリンの二人はネッケートと別の道を歩まなければならなくなる。いや、恐らくはセントラルスを訪れた時点でもうその時期に達していたと思われる。それをネッケートが二人に合わせることで無理を通していたのだ。
それを思うとプリスも少し切ない。しかしどこへ進むかは当人達が決めるべきことだ。
だから飲み止しのグラスを小さく上げる。ネッケート、ペコラ、カリンの前途に幸多かれと。
そして二人を信じるネッケートの逞しさと、ネッケートに信じて貰える二人の幸運に乾杯した。
特訓中のペコラとカリンは外壁の内側に沿った道路で息を切らせて立ち止まっていた。その代わりのようにして、カリンの咳き込みが止まらない。
プリスの言った最低ラインが外壁の周り二周を二時間。しかし今はまだ二人とも一周を二時間で走るのが精々であった。
ついつい弱音が口から漏れる。
「はあ……。走れないわよ、こんな距離」
カリンは遠い目をした。一周があまりにも遠い。カリンの足なら休まずに歩いても六時間掛かる距離。
「それはその……、頑張ってみるしかないんじゃないかな」
「ま、ね……」
ネッケートに連れられて遠出をする度毎に思い知らされる現実がある。町に帰った頃には二人ともへとへとに疲れているのにネッケートだけは全く疲れた様子が見られない。荷物の大半もネッケートが持ち、狩りの段取りも全てネッケートがするようになっている。
いつからこうなってしまったのかと、カリンは天を見上げた。これではサポート担当の二人が勇者にサポートされているようではないかと。
「はあー、しょうがない。行くわよ、続き!」
「うん」
二人はまた走り始めた。




