7 調査部隊
セントラルスに駐屯する軍から派遣された調査部隊が塩鉱山に到着したのは、プリスの報告から五日後の夕刻である。情報収集、部隊編成、兵站の確保などの準備に三日、行軍に二日を費やした。
これを早いと見るか、遅いと見るかは見方次第だろう。軍は即応性が高いと思われがちだが、それは迎撃に関してであって、遠征に関してはそうでもない。少なくともセントラルスの冒険者ギルドと冒険者達と比べれば即応性が低い。
尤も、冒険者ギルドや冒険者達はプリスの拙速さに引っ張られる形で即応を余儀なくされている面が否めない。
そして軍は塩鉱山から少し離れて野営した。
翌朝。塩鉱山へと続く峠付近に布陣する。街道こそ馬車が擦れ違える程度の幅員だが、谷間そのものは比較的広く、遠く白い大地が眺望可能だ。
「斥候出せ!」
部隊長が命令を発し、目の粗い黒い布地で目を覆った斥候が前進する。白い巨人の発見が主たる任務だ。
「早々に見付かるといいがな」
「報告では向こうから出向いてくれるそうですから大丈夫でしょう」
副官の補足に部隊長は小さく頷く。見付けるのは何も斥候からとは限らないが、そこに拘る理由は無い。
監視に入る前、部隊長と副官も黒い布地で目を覆う。
「こんなものを着けたら何も見えなくなりそうなものだがな」
「意外と見えますね」
真っ白にしか見えなかった塩鉱山の地面に僅かなりとも陰影を捉えられるようになった。
そして部隊長は塩鉱山の監視を怠らないよう指示を出し、自らも注視する。配置に着いた隊員もまだ見ぬ敵に固唾を呑む。少々肩に力が入り過ぎている嫌いのある隊員が多いが、人の緊張感とはいつまでもは続かないものだから、追々落ち着くだろう。
果たしてその肩の力が抜ける前に事態は動いた。
「む。来たようです」
幾らも経たない内に戻って来る斥候。予想外の早さだ。
しかしその斥候より先に視認された姿がある。
「聞きしに勝る巨大さだな」
最初に見えたのは、まだ坂を上り始める前の動く影だ。見下ろす位置取りだったことから、照り返しで薄くなっていてもはっきりと見えた。しかしその影も坂を上り始めた所で角度が悪くなり、見えなくなる。
代わりに見えるようになったのが僅かな陰影に縁取られた巨人の姿。遠目にはっきり人のような形を見て取れる時点で巨大だ。
「あれ相手では一般兵は役に立ちそうにありませんね」
部隊長は頷いた。そして命令を下す。
「まずは魔法からだ」
魔術士数人が配置に着く。そして盾士が魔術士を守る位置に着いた。
「火魔法放て!」
部隊長の命令と同時に――と見えるように素速く――火魔法が魔術士それぞれから放たれる。真っ直ぐに伸びる幾つもの火線は狙い違わず白い巨人の腹部に殺到する。
爆炎。爆音。火の攻撃魔法は基本的に爆裂系で、着弾同時に爆発することで破壊力を増している。それらに合わせて白い靄が立つ。粉のようになって散る塩だ。白い巨人の表面が爆発で飛び散ったものである。
しかし部隊長の表情は優れない。
「幾らも削れてないな」
間もなく靄は消えて巨人の表面が視界に入るが、幾らかも変化が見られない。
「プリス殿はあれを抉ったのだよな?」
「はい。そう聞いております」
部隊長と副官の表情が少し引き攣った。
しかしこのまま指を咥えている訳にも行かない。
「次、土魔法放て!」
部隊長の命令と同時に地面を魔法の輝線が走る。土の攻撃魔法は基本的に地面から土を隆起させての刺突だ。
だが何も起きない。地面に変化がみられないのだ。
「どう思う?」
「恐らくヤツの干渉力の方が強いのでしょう」
部隊長は頷いた。
「地面が塩である限りは通用しないのだろうな」
そしてまた「これも通用しなそうだが」と前置きして次の指示を出す。
「水魔法放て!」
部隊長の命令と同時に白い巨人に向けて魔法の輝線が走る。水の攻撃魔法の基本は水で薄い刃を生成しての斬撃だ。刃を生成するのは目標に到達する寸前のため、動きの速い目標に対しては有効な攻撃にならない場合も多い。
果たして魔法は目論見通りに命中する。
「何か変化は見えたか?」
「いえ、全く」
「冷や水を浴びせた程度にしかならないとはな」
部隊長は溜め息を堪えて次の指示を出す。
「風魔法放て!」
風の攻撃魔法は空気を薄い刃にまで圧縮しての斬撃である。
「……」
白い巨人に対してはそよ風程度にしか効果が無かった。
巨人が歩き続ける。部隊長は退避のタイミングを計る。そしていよいよ退避の命令を発するべきかと考えた頃、巨人が坂の途中で止まった。そのまま街道に立ち塞がるように立ち続ける。
「あそこが境界線のようですね」
部隊長は副官の言葉に頷いた。
「これならアレも使えそうだ。早速準備だ」
部隊長の命令を受け、副官が合図を後方に送る。それに応じて荷車が後方から坂を引き上げられ、峠に固定される。大砲だ。
それを見届けた部隊長が続け様に命令を発し、隊員が復唱、経過を報告する。「発射準備!」「発射準備!」「装填開始!」「装填完了!」。「目標白い巨人!」「目標白い巨人!」「照準良し!」。「発射!」「発射!」。
轟音と共に砲弾は発射され、狙い違わず白い巨人に命中する。練度は十分だ。
白い靄が立ち籠めた。
「やったか?」
隊員の一人が発した言葉に、副官は微妙な視線を向けた。
やがて白い靄が晴れる。白い巨人の腰の辺りが少しだが抉れていた。幾人かの歓声。
しかし周囲の塩が這い上がるようにして白い巨人の損傷を修復した直後、巨人が動き出した。境界線と思われた地点から踏み出して峠に迫る。
「総員退避!」
部隊長は即座に命令を下した。現有戦力ではとてもではないが白い巨人に太刀打ちできない。大砲もその場に捨て置いて一目散に坂を駆け下りる。退避を終えたら一転、固唾を呑んで峠を注視する。
しかし何も現れない。
暫くして、少し離れた高台から監視していた斥候から白い巨人の反転を知らされた。
「用心が過ぎただろうか?」
「取り返しの付かない事態になるより良いと考えます」
部隊長は副官の答えに頷いた。
そしてまた命令を下す。
「再開だ! 配置に着け!」
後は繰り返し。大砲を放って白い巨人がどこまで突出して来るかを検証する。大砲のみの攻撃、大砲と火魔法の同時攻撃、大砲で突出したところを火魔法で追撃など、状況別に突出距離の統計を取る。
その結果は、与えたダメージに応じて突出距離が伸びると言うものだった。また、突出中なら追加でダメージを与えれば突出距離が伸び、引き返す最中に幾らかのダメージを与えても反転せずにそのまま境界線の向こうまで戻って行った。
そしてこの検証、白い巨人の攻撃によって大砲に深刻なダメージを与えられたことで終了を余儀なくされるのだった。




