6 帰還する
プリスは途中で塩鉱山の作業員達に状況を説明した後、セントラルスへと帰還した。そして南外門を入った所に出来た人集りに足を止めた。
「姐貴! 準備は出来てますぜ!」
「あなた達……」
既に冒険者達が集結していたのだ。それお百人規模の大所帯である。馬車には十日分にはなるだろう食料が積まれ、各自が武器を持って戦闘の準備も万端だ。
何も言わなくても必要と思われることをしてくれている皆の心が嬉しくて、プリスの口元も緩む。
「頼らせて貰うわね」
「任せてください!」
威勢の良い返事だ。
ところがそこに子供の声が割り込んで来る。
「俺も行くぜ!」
「ボウズはお留守番だ」
間髪を容れずに釘を刺す声も入った。
しかし場違いな感じを拭い去れるようなものでもなく、プリスは子供に目を瞠った。
「アトス?」
どこをどう間違ったらここに居るのか、アトスとその師である罠猟師ワナッシであった。
プリスがもの問うような視線を向けると、ワナッシは軽く肩を竦めた。
アトスとワナッシは冒険者達が各買取所に人員を集めに行った場にたまたま居合わせ、アトスが来たがったのだ。ワナッシも後学のためになるだろうと認めた。ワナッシはアトスを一人で来させる訳にも行かず、付いて来た訳だ。
説明されたプリスも頭ごなしには否定できない。後々に何が役に立つのかは誰にも判らないのだ。
しかしはっきりしていることもある。
「ワナッシの言う通りにアトスはお留守番。みんなも連れて行かないようにね」
「〃「へいっ!」〃」
アトスが気になっていたのだろう冒険者達の声が揃った。
しかしアトスはご不満だ。
「また子供扱いかよ!」
「子供かどうかは関係無いぞ」
アトスを諭すのはやはりワナッシの仕事である。しかしアトスも言葉を否定されただけでは納得しない。
「だったら何だってんだよ! こんな時に行かなくて何の冒険者だ!」
「こんな時にもでんと腰を据えて構えるのが罠猟師ってもんだ」
「判るように言えよ……」
ワナッシの言葉が理解できなすぎて、先の不満より気になったアトスである。
端的に言い換えるなら、罠猟師は町の防衛線の一角を担っていると言うことではあるのだが、ワナッシの言は迂遠に過ぎた。
「当然、ワッシも一緒にお留守番だ」
「一言で冒険者と言っても、みんなそれぞれの役割を持っているのよ」
プリスも補足したが、アトスは困惑をより深くする。
「難しくて解んねぇよ……」
「追々解ればいいさ」
ワナッシはアトスが自分で考えて答えを見付けてくれるのを期待しつつそう言った。
話が一段落したところでアトスをワナッシに任せ、プリスは集まった面々を見回す。
「それじゃあ……」
一瞬言い淀む。彼らの意気込みに感謝の念を抱く一方、そんな彼らに水を差さなければならないことが気を重くさせた。
「採掘場を脱出した人達が街道をこちらに向かっているから、迎えに行って貰えるかしら?」
「え……、それだけですか?」
「今のところは、ね」
冒険者達は塩鉱山まで行って作業員全員を捜索する前提で動いている。だが、捜索は不要となった。作業員の殆どは無事で、セントラルスへ向かう途上なのだ。そして行方不明になった二人の冒険者の行方も察しが付いている。表向きはその二人の捜索で二次災害を出さないことを理由にして、この場では伏せておくのだが。
とは言え、二次災害の回避も十分な理由になる。白い巨人に襲われれば、ここに集まった冒険者の殆どが一溜まりもない。
だから彼らに頼むのは、セントラルスに向かっている作業員達の出迎えのみである。
それを彼らに言うと、「無事で良かったじゃないですか!」「迎えに行くだけでいいんですね!」「そりゃ楽ちんだ」などと、ここに集結するために掛かった手間などおくびにも出さずに喜んでくれる。
プリスは相好を崩した。
それから冒険者達はプリスと相談しながら体勢を組み直す。具体的には捜索のための人員を外し、食料を一日分だけにする。その分移動が速くなる筈だ。
既に日が天頂を過ぎているのが一目で判る時間でもあり、塩鉱山の作業員達と行き合った場所で野営をし、作業員達を運ぶのは明日の予定とした。
「それで、迎えに行った後はどうします?」
「緊急なのはそれだけだから、後は依頼待ちね」
冒険者達にただ働きもさせられない。緊急時の対応なら後からある程度の報酬を行政から受けられるが、限度がある。際限なく対応し続ければ限りなくただ働きに近くなって行く。それでは生活などできないので、どこかに線引きが必要なのだ。それが後から期待できる報酬分の働きと言うことになる。
「判りました」
出迎えに行く冒険者達が馬車に乗り込み、居残る冒険者達が馬車から離れる。
「出発だ!」
馬車はゆっくりと動き出した。
一方、居残って、馬車を見送った冒険者達にももう一仕事待っている。馬車から降ろした食料を最寄りの買取所まで運ぶのだ。冒険者ギルドが用意した食料だから使わない分を返却するだけのことである。
ただこの作業に報酬は出ない。この場に集まっただけでも稼ぐ機会を損失している上、ちょっとしたただ働きである。仕事には準備に時間を費やしても空振りに終わることが少なくないとは言え、プリスにとって少々心苦しい状況だ。彼らの心意気が報われない。
だから声を張る。
「みんな! 後でギルドの酒場に来なさい! 今日の夕食はあたしの奢りよ! 安いお酒だったら好きなだけ呑んでもいいわよ!」
どよめいた。「マジっすか!」「ありがてぇ!」「姐貴、愛してるぅ」「いよっ! 太っ腹!」「このお腹のどこが太いって言うのよ!」「そんじゃ、細っ腹だ!」「おめぇ……」「あ? 俺変な事言ったか?」「いいんだけどよ……」などと飛び交う声。見ているだけであっても、「細っ腹」の声に頷きながら、直後の呆れ声で視線を背けたりする者、またそれを弄るように笑いかける者も居たりして、大いに盛り上がりもする。
そんな中、プリスに忍び寄る小さな影もあった。期待に目を輝かせている。
「なあ! 俺もいいのか!?」
「いいけど、子供はジュースだけよ?」
「ちぇーっ!」
アトスは面白くなさそうに口を尖らせた。
しかしあまりずるずる話していても何だ。
「はいはい、いつまでも盛り上がってないで、さっさと片付けるのよ!」
「〃「おう!」〃」
プリスが号令を掛ければ、威勢の良い返事と共に冒険者達がせかせかと動き出した。
プリスはちびちびと酒を呑む。一足先に冒険者ギルドに戻り、事の次第を報告した後のことだ。
報告が終わった時には既に多くの冒険者が酒盛りを始めていて、ここでも大いに盛り上がっていた。彼らがプリスに気付いて「ゴチになってまーす」と歓声を上げる一幕もあった。
今夜の酒場はいつもより数倍騒がしい。普段も夕刻から多少は騒がしくなるのだが、今夜は特別だ。プリスの奢りと言うだけではあるまい。捜索対象の筈だった殆どの人の無事が確認されたこともある。その中に知り合いが居る人も多いに違いないのだから。
しかし、一足先のその喜びを味わったプリスは、行方不明のままにせざるを得なかった冒険者のことが気になっていた。
「プリスさん、何か問題がありましたか?」
声に振り向けば、心持ち緊張した面持ちのココットであった。
「どうして?」
「眉間に皺が寄ってますよ」
「あら?」
プリスは眉間を撫でてみる。少しだけ強ばりが感じられる。知らず知らず力が入っていたのだ。
「これはとんだ失敗ね」
眉間を軽くマッサージして、強ばりを解す。
そして緩く笑顔を作ってみようとしたが失敗した。それと言うのも、眉間の強ばりを解してみたものの、皺が寄るほどではなかった。傍から見てそうそう違いに気付くものではなかった訳だ。それが証拠に時折冒険者が「姐貴、ゴチになります」といつもの調子で言って通り過ぎる。それをどうしてココットが気付いたかと考えると、うっかり真顔になってしまったのだ。
ところがココットは意外にも先の緊張はどこへやら、安堵した様子で微笑んだ。プリスは内心で首を捻るばかりだ。
しかしどうして眉間に力が入っていることを見分けられたのか。考えても判らないのでココットに直接尋ねてみると、「判りますよ。まつげ一本の太さ分くらい目が据わってましたから」なんて言う始末だ。とんだ特殊技能である。しかしそれなら普段の様子を知っていなければならない。これを尋ねれば「冒険者の皆さんの普段の様子を憶えるのは窓口担当の務めです」と答える。だから皆のことを憶えているのか尋ねれば「そうですよ」と僅かに瞳を彷徨わせながら答えた。
そんなこんなのどうでも良いような話をしていると、ワナッシがアトスを連れてやって来た。
「姐貴、お先に失礼しますよ」
「あれ? もういいの?」
「はい。ワッシは見物していただけでガバガバ呑むのもちょいと気が引けますからね。それにアトスをあまり遅くまで居させる訳にも行きません」
「確かにそうね」
プリスはアトスを見て、盛り上がっている冒険者達を見て頷いた。アトスには自宅で待っている家族が居る。それにこのままなら醜態を晒すことになる冒険者が多発するだろう。それをアトスに見せるのは戴けない。
アトスは早く帰されることに不満のようではあったが。
そして頃合いを見計らったようにココットが問う。
「それで……、塩鉱山の件はもうこれで終わりになるのでしょうか?」
緊急対応の範囲を超えれば行政や軍の担当となる。冒険者ギルドからは案件が一旦離れるのだ。
「まだよ。その内に正式な依頼が来ると思うわ。何にしても、今回の詳しい報告はみんなが帰ってからまた改めてね」
塩鉱山の施設が白い巨人に襲撃された時の状況はプリスには判らない。知っている人達は今セントラルスへの道の途上だ。そんな彼らが到着しなければ話も聞けない。具体的に対策が進められるのは話が出揃った後だろう。
ただ、話を聞いたからと対策が大きく変わるものでもない。白い巨人はプリスにとっても容易ならざる相手だ。単に人を集めてどうこうできるものでなく、この町に滞在する上級冒険者はプリスのみ。必然的にプリスに依頼が来ることになる。
「解りました」
ココットは先が長そうだと付け加えた。
話も終わり、プリスはまたちびちびと酒を呑む。
暫くするとまた話し掛けられた。
「プリス殿、今日は何かのお祝いか?」
ネッケートと疲れ果てた様子のペコラとカリンであった。目を白黒させながら回りの様子を気にしている。
「そんなんじゃないのよ」
プリスは掻い摘んで事情を話す。するとネッケートが唸り声を上げる。
「むむ。この勇者が出遅れるとは」
「出遅れも何も居なかったじゃない。それにしても今日は遅かったのね」
酒盛りはまだ賑やかに続いているが、幾らかの冒険者はもう帰宅してしまい、盛りは過ぎた感がある。こんな時間までネッケート達が帰っていなかったのは珍しい。
「少し遠出をしたものでな」
ペコラとカリンが疲れの見える顔を見合わせた。




