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5 塩鉱山へ

 プリスが塩鉱山に到着したのは作業員達と別れて数分後のこと。

 初めて見る塩鉱山は陽の光の照り返しが目に痛い。以前に住んでいた町で雪の照り返しを見た経験があるものの、それとは比べものにならないほど強い。

 それと言うのも雪が降るのは冬だ。陽の光が弱く、照り返しも相応に弱い。しかし塩は季節に関係無く白いのだ。今が秋口だからまだマシな方で、夏の盛りだったら太陽が天頂付近にある時に外を出歩くのは難しいと思われた。

 そして次に来る時はそれなりの対策が必要と考えつつ、この場は治療魔法を目に掛け続けることで凌ぐプリスである。

 ともあれ、作業員の宿舎の在った場所を探して走る。大まかな場所は聞き及んでいるが、何せ初めての場所で不得要領だ。

 比較的近場でありながらプリスが来たことが無かったのは、ここでは今まで何も起きなかったからに他ならない。大怪我をした者も居なければ、魔物もほぼ現れない。稀に少数が紛れ込んで来る魔物なら、ここで雇われている護衛だけで十分に対処可能だ。


 宿舎などの施設が在った場所は間もなく見付かった。

「宿舎……本当に跡しか残ってないわ……」

 跡形も無くと言ってしまえば語弊があるが、建物は全て破壊され、瓦礫が広範囲に散らばっている。木材が不足しがちな土地柄のため、建物の大半に石材が使われており、一見するとただの岩にも見える瓦礫だ。動転していたら瓦礫が目に入らないかも知れない。それでもアーチ状になった岩石など、よく見れば人工物だと判る。

 プリスは瓦礫を調べてみるが、これと言った手掛かりは見当たらなかった。力任せに破壊されただけらしい。これは白シャツの話とも一致する。

 プリスはここに拘っても無意味だと判断した。


 捜索に移る。

「行方不明の護衛は……」

 治療中に聞いた話では二名が行方不明になっている。

 周辺を隈無く探してみるが、人影どころか何の痕跡も見付けられない。瓦礫を退かしてみても何も無い。瓦礫の下敷きにされていても困ると考えつつのことだが。

「血痕らしきものも見当たらないなんて」

 本当に行方不明の護衛が居るのかも疑わしくなる。しかし居たのは確かなのだ。作業員達が嘘を言っても何にもならない。では、どこに蒸発したのか。

 しかし手掛かりすらも無い。これでは捜索を続けるのは無理だと判断するより無い。

 ちょうどこの時、プリスの耳にずしんずしんと地響きのような音が飛び込んで来た。


 音は規則正しいテンポを刻む。それも少しずつ大きくなる。何かが歩いているかのような。

「足音?」

 音のする方に目を凝らしても一見では何の異常も見当たらない。しかし、見続けていると奇妙な部分を発見した。山と空との境界線が僅かずつ変化する。更にはその部分で、白っぽくても茶色が見えるはずの山肌の色がすっぽり抜けたように真っ白になっている。

 何かが居る。もう直感ではない。白くて距離も大きさも判然としないだけだ。

 更に音が近付き、白が空を背景に広がるに至って、漸く形がはっきりと見えた。

「これは確かに白い巨人だわ」

 プリスは白い巨人を見上げながら呟いた。

 聳え立つ身の丈は大柄な男の十人分ほどもあり、胴回りもそれに匹敵しそうなほどに太い。首は無く、正面から見れば台形の頭が肩に載っている。そんな巨体が左右に振られ、同じ太さにプリスを束ねたらな百人くらいにはなるだろう脚で進んでいる。

「レムのゴーレムにもっと似てるけど……」

 ゴーレムが一般的なら、ゴーレムと表現するところだと考えるプリスである。


「何にしてもそっちから来てくれたのは、探す手間が省けてありがたいわ」

 プリスは油断するつもりはないが、まだ仁王立ちしたままで動かない。巨人の出方を窺う。

 すると巨人が手を伸ばす。プリスを覆うように手を開き、握り締める。

「っと、問答無用って訳ね!」

 プリスは直前にジャンプで巨人の手を避けていた。そのまま前のめりになっている巨人の頭部を目掛けて拳を握る。

「そちらがその気なら、こちらからも殴らせて貰うけど、恨まないでね!」

 退魔魔法を籠めた拳で巨人を軽く打ち据える。人相手なら人一人分の距離を飛ばされるだけの攻撃だが、魔毒で生きている魔物であればこれ一撃でほぼ終了だ。

「くっ! 魔法の通りが悪い!」

 ところが見た目より手応えの無い違和感と同時に、魔力が弾かれるような感触。巨人の頭部に亀裂は走ったが、ただそれだけで終わる。魔力が全く通らない訳ではない。しかし精々三割であった。これは性質が自然発生した魔物の方に近いことを意味する。

 そしてその亀裂も直ぐに塞がった。


「それなら脚を!」

 着地したプリスは瞬時に狙いを脚に切り替える。脚を砕いて移動を封じれば、仕留める方法を考える時間的余裕も生まれるだろう。

 小さくジャンプして右脚を横から振り抜く。

 インパクトの瞬間、轟音と共に目の前が真っ白になった。霧のように白い何かが舞い散り、その何かがプリスの肌を叩く。

「ぷはっ! 何なの!?」

 プリスは咄嗟に巨人から距離を空け、身構えながら巨人を観察する。すると、巨人の脚の一部が大きく抉れていた。抉れた部分も表面と同じで真っ白だ。

 靄のようになった白いものの正体は、巨人の脚の表面が弾け飛んだものだった。そしてそれは巨人は生き物ではあり得ない身体を持っていることを意味する。

 その異様な光景に、プリスは無意識に唇を舐める。

「しょっぱい……。塩!?」

 プリスの唇に着していたのは巨人の脚が砕かれたものに他ならない。それが塩なら巨人の脚も塩と言うことだ。当然ながら、塩で出来ているのは脚だけではないだろう。

 プリスは巨人が白い理由を否応なく目の当たりにした。塩の身体を持つ魔物だったのだ。


 そしてそのことで、いよいよゴーレムっぽいと思う一方、厭な予感も覚える。

 予感は直ぐに現実になった。巨人の立つ周囲の塩が巨人の脚を這い上るように動いて、抉れた部分がみるみる塞がれて行く。

「あっさり塞がった! こんなに簡単に再生するなんて!」

 それも、元々魔物の身体になっていた塩とそれ以外の塩との区別が見受けられない。これでは下手すれば塩鉱山そのものを相手にするようなことになる。塩鉱山は広大だ。反対の端まで歩けば一日掛かり。どれだけの塩が在るか計り知れない。

 懸念はまだある。巨人に打撃を加えた時に違和感があった。打撃が効きにくいと思われる。

 しかし単にそのことだけを理由におめおめと尻尾を巻く訳にも行かない。もう少し何らかの情報が必要だ。

「これならどう!?」

 助走を付けて跳び上がり、衝撃を重視した胸元への打撃。轟音と共に弾け飛ぶ塩。目論見通りに大きく抉れた。

 ところが今度は抉れた部分に白以外の色が混じる。赤っぽい茶色、そして日に焼けた肌の色。

「人!?」

 プリスが喫驚する間にも抉れた部分が塞がり、見えなくなる。

「取り込まれているの!?」

 一瞬呆けている間にも巨人の左手が襲い来る。呆けていたせいで反応が遅れたが、転がるように回避して間一髪で難を逃れた。


 プリスは巨人と対峙しつつ今見たものを反芻する。人の頭のように見えた。恐らくは運び屋の知らせが入る前に聞いた作業員一人と、護衛の二人の行方不明者三人の中の一人だろう。しかし殆ど一瞬だったために誰だかははっきりとしない。もう一度確かめようと思っても、巨人の胸元が防御を固めるように抉る前より厚くなっていて、同じ打撃が通用するかも怪しい状況だ。

「一旦引くとしましょう……」

 他の二人の行方も気になるところだが、一人だけでもそれらしき発見をしたここいらが潮時だ。

 プリスは対峙したまま後退る。後ろはチラッと見るだけで直ぐに視線を巨人に戻す。間合いを離さないまま身体ごと振り向いた隙に詰め寄られては致命的だ。しかし離れた分だけ巨人が間合いを計るように詰め寄って来る。

「やはり追い掛けて来るのね……。どこまでかしら?」

 プリスは引き離さないように気を付けながら塩鉱山の出口へ向かう。そして峠を越えた。

「鉱山の端までのようね」

 巨人は峠の少し手前で引き返した。明らかに土砂が混じり出す地点であった。


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