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3 プリスが塩鉱山へ向かった後

 プリスが塩鉱山に向けて発った後の冒険者ギルド内の動きが慌ただしくなる一方、ココットは落ち込んでいた。いつになくプリスに塩対応されたのが応えたのだ。その目には、自らの失言がプリスを不機嫌にさせたように映っていた。

「わたし、プリスさんの気に障ってしまったのでしょうか……」

 不安が口を突いて零れ落ちる。

「あん? 何を気にしてんだ?」

「はいっ!?」

 無意識に紡がれた言葉は、たまたま横に立っていた年嵩の冒険者に拾われた。しかしココットは声に出した覚えが無かったものだから喫驚の声を上げたのだ。

 これには声を拾った冒険者も自覚が無かったのかと呆れ顔をする。

「何かしょげてるからよぉ」

 そしてぶっきらぼうな言い方で、声を聞かなかったことにした。大人の対応である。

 しかしそれは功を奏してココットにささやかな安心感を与えたらしい。特に隠すような話でもないせいか、しおれている理由を弱々しくも声に出す。

「先程はプリスさんに失礼なことを言ってしまって……」

「そりゃいつものことじゃねぇか」

 冒険者は今度こそ呆れ果てた声で一言の下に切り捨てた。

「ええっ!」

 図らずも知らされた周囲の評価に、盛大に喫驚するココットである。


「わたしってそんなに失礼ですか!?」

「自覚無いのかよ……」

 目を真ん丸にするココットに、冒険者は肩を竦める。

「でもよ、姐貴のあの態度はそんなのとは関係ねぇぜ。あれは姐貴がマジになってるだけだ」

「そう……なんですか?」

 ココットは冒険者を見上げながら目を瞬かせた。身長差があるためだ。

 冒険者はそんなココットを不思議そうに見下ろした後、合点がいったとばかりに頷く。

「あー、そっか。ココットの嬢ちゃんは割と最近ここに来たからか」

「わたしって、そんな最近の認識なのですか!?」

 ココットがこの冒険者ギルドに勤め始めてから二年近くになるので、ココットにとってびっくりな言われ方であった。二年は人の一生からすれば最近とは言い難いものである。


「あー、嬢ちゃんがここに来てもう二年も経つのか」

 冒険者は「もう二年になるのに」とココットがぶつぶつ言うのを拾って頷いた。確かにそう短くはない。

 とは言え、そんな印象になるのも致し方なくもある。最初期と比べてセントラルスの人の動きは極端に減っているためだ。

 多くの冒険者が新天地を夢見て訪れたものの、その多くが前に住んでいた町より厳しいだけの現実に遭遇した。そして大陸東部へ帰って行ったのだ。その際には逃げたと思われたくないのか、大陸西部について事実より悪く盛って話すことが多く、悪い噂となって広まり、次第に新天地を求める冒険者も減った。歩けばセントラルスまででも三十日も掛かる場所に希望も無く向かう者は少ない。

 そうして人の入れ替わりが減ったせいもあって、冒険者ギルドの職員で最も年期の浅いのがココットなのである。

「でもよ、二年なら知らなくてもしょうがないな」

「知らないと仰いますと?」

「最近は無くなってるが、三年くらい前までは魔物の群れが襲って来ることがあったんだよ。農地もやられたことがある。そんな時に誰よりも早く現場に行って魔物と戦うのが姐貴だ」

 ココットは眉根を寄せた。ココットの知るプリスはいつもぼんやりしていて、何かあっても仕切る割には他人に丸投げだ。

「いつもの様子からは想像できませんが……」

「だろうな」

 冒険者は答えながら身震いして腕を摩る。

「うわー、話してたらあん時の姐貴を思い出しちまった……」

 ますます困惑するココットである。


「プリスさんが怖いのでしょうか?」

「怖いのとはちょっと違うな。竈の火は別に怖かねぇけど、手を突っ込んだりはしないだろ? それをもっと激しくした感じだな」

「は、はあ……」

 混迷を深めるココットである。

「それで、先程の様子がその……、魔物の群れが襲って来た時のプリスさんなのでしょうか?」

「まあな。だけど魔物と戦ってる時はあんなもんじゃないぜ?」

「そうなんですね……」

 ココットは今一つ理解しかねながらも、そう言うものだと受け入れるしかないのだと考えた。聞いただけでは信じられない部分が拭えない。しかしそこに拘泥しても目の前の冒険者との関係が悪くなるくらいの意味しか無いだろう。

「それによ。いざって時に頼りにならねぇなら、上級冒険者だからって、誰も姐貴なんて呼んだりしねぇよ」

 そう口にする冒険者はドヤ顔だ。

「それは、まあ、はい……」

 ココットとてその気持ちは理解できる。

 理解できるけども、自分のことでもないのにドヤ顔をする冒険者の顔を微妙な面持ちで見上げた。


 一方、冒険者は空気が微妙になったのを感じ取ったのか、はたまたココットの気が紛れたと認識したか、話を切り上げる。

「まあ、そんなのより俺らにできることはやっておこうぜ。姐貴は三時間もしたら戻って来るだろうしな」

「三時間……、ですか!?」

 ココットは噛み締めるように相槌を打つ途中、素っ頓狂な声で叫んで目を剥いた。塩鉱山までの往復は馬に騎乗したとしても一日掛かりになる。仮に全速で走り続けられるなら片道一時間弱の所用時間になるが、馬も生き物だから走り続けられる時間が限られるのだ。定期的な休憩が必要になる。ところがプリスの速さは仮定上だけの馬に匹敵すると言う。

「姐貴が走れば、塩鉱山まで一時間と掛からない」

「ええっ!?」

 冒険者の方もプリスの足の速さをはっきりと知っている訳ではない。だから実際よりも少し控え目な速度だ。しかしココットにとってはその速さでも青天の霹靂の如き衝撃だった。

 このココットの様子には冒険者の方も面白くなって、ついついにやけるのだが、周りを見て「おっと、いけねぇ」と、声を上げる。もう皆が身の回りを片付け終わり、輪になって顔を突き合わせている。

「おーい! 俺にも詳しい話を聞かせてくれ!」

「勝手に聞け! もう始めてるぞ!」

 返事はつれない。

「うぉっ! じゃあな、嬢ちゃん」

 冒険者はココットへの挨拶もそこそこに、慌てて輪に加わって行く。

「は、はあ……」

 話を終えてみれば何のことはない。一人でショックを受けたのが馬鹿みたいに思えて、このことに意気消沈するココットである。




 冒険者ギルドに居合わせた冒険者達は、危急の知らせを持って来た男に改めて詳しい話を聞いた。しかしプリスに語られた内容と大差ない。男が言うには、得体が知れないから早くこの事を伝えなければと考えたらしい。

 しかし耳を傾けていた冒険者達は男を生暖かい目で見た。かなり言い訳がましいのだ。塩鉱山から慌てて逃げただけなのが容易に想像できる。きっと脇目も振らず逃げたのだろう。知らせなくてはと考えたのは逃げた後からなのだろう。そう予想する。

 そしてその予想は的中していた。

 だからと責めようとは考えない。同じ場面に遭遇して同じ行動をしない保証が無いどころか、同じ行動をするのがほぼ確実だ。冒険者は身体が資本。そしてその身体を守るのは自分自身しか居ないだから。

「人の行方が判らないのが痛いな……」

「捜索に人を割り振るか?」

「だな。しかしそうなったら、今ここに居るだけじゃ足りないかも知れねぇ」

 冒険者達はおろおろする男そっちのけで輪になって今後の話をする。すると男が仲間に入りたそうにおろおろし始めた。おろおろ違いである。


 しかしそれはそれで男が落ち着いたと言うことでもある。これを察した冒険者達は男を輪に招く。男が左右に愛想笑いをしながら輪に加わるのを生暖かく見守った後、冒険者達は話を再開した。

「まずは買取所に誰か行って、手空きの奴を集めるとしようか」

「んじゃ、北には俺が行こう」

「東は俺だな」

「西は俺か」

 冒険者達が立候補する。それぞれが日頃頻繁に通っている買取所だ。ここに居合わせた人数が少ないせいで、誰が行くか自ずと決まったようなものだった。南に立候補が無いのは塩鉱山には南から抜けて行くためだ。

 しかし最初に提案をした冒険者が、知らせを運んで来た男をチラッと見ながら言う。

「念のため南にもだな」

 男の慌てぶりを見れば、南の買取所にも話が伝わっていない可能性が極めて高い。他の冒険者も「念のため」で察したらしく、幾人かが頷いた。

「ああ、それなら俺が行こう」

 別の冒険者が立候補した。

「頼むぜ」

「そんじゃあ、残った俺らはいつでも出られるように仕度するぞ!」

「〃「おう!」〃」

 冒険者達はそれぞれに動き出した。


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