28 いいんじゃないか?
テビック一行がが仕入れの旅に出発してから数日後。冒険者ギルドの買取所は賑わっていた。
一人の冒険者が驚いた顔で受付担当に問い掛ける。
「いつもより買値が高くないか?」
「はい。今日から暫くの間だけ皮の買取価格が上がります。傷の少ない皮なら以前の三倍です。傷が多ければ二割増くらいですが……」
高品質のものならがっつり割増で、低品質のものならちょっぴりなのである。
これには低品質寄りだった冒険者が面白くなさそうに、悔しげな声を上げる。
「マジかよ……。先に知ってりゃ、もっと丁寧に狩ったのになぁ」
後の祭りだ。彼にとってもっと面白くないのは、日頃から高品質になるように気を付けている冒険者の満面の笑みを見なければならないことだろう。
そんな買取所にワナッシとアトスもやって来た。
普段とは打って変わった賑やかさに、ワナッシも驚かされる。
「今日はやけに賑やかだな」
「そりゃ、買値が少し高くなったからだ」
ワナッシの呟きは答えを期待してのものでは無かったが、答えが返って来た。
浮かれていたら、誰でも良いから話したくなることも有るもので、答えを返したのもそんな冒険者の一人だった。
「精々一割ちょい増しくらいのもんだが、呑みに行くやら今の内に稼ごうやらの算段に忙しいのさ」
これは猪のように、肉が主体の獲物が丸々一体での買取価格が前提になっている。皮の値段が三倍になっても、肉の値段を含めたら大した差にならない。どうしてこの前提かと言えば、大抵の猟師が肉の高く売れる獲物を狙うためだ。積み重なれば、自然とそんな前提が出来上がってしまうのである。
「そいつは景気がいい」
話を聞いたワナッシからも笑顔が零れた。
しかしアトスは口を尖らせながら、思案げに冒険者達を見回すばかり。
そして暫く見た後で、つまらなそうに言う。
「みんな嬉しそうだな」
「まあ、二、三日で騒ぎも収まるだろうけどな」
皆がカネカネ言っているのがアトスには気に入らなかったのだろうと考えたワナッシは、一過性のものだと言った。喜ぶのにだって体力を使うからと言う、身も蓋もない話ではあるが。
テビック一行は道中で二度ばかり魔物に遭遇したものの、少数だったために危なげなく撃退し、大陸東部の町に無事到着した。
テビックは商談に挑む。不退転の覚悟で皮を今までより高く買い、護衛も増やした。護衛を増やしたのはオーボを犠牲にしたような状況には二度と遭遇したくなかったからだ。しかしこれで取り引きに失敗したなら、この増えた経費によって店の経営が破綻する。だから失敗はできない。
「前回と同じ値段でよろしいですね?」
取引相手はテビックの雰囲気が少し変わっていることに気付いたような素振りを見せたが、五十日も前に会った切りだから錯覚したとでも思ったのだろう。高を括ったように、前回と同じ値段を提示した。
テビックは即座に席を立つ。
「話になりません。失礼します」
「え!?」
途端に、取引相手は驚きの声を上げ、動揺を見せた。
テビックはその様子に、自分の目が如何に節穴だったかを痛感した。前回の時にコビアが推察した通りだと断じざるを得ない。抑揚の無い、低い声で言う。
「そんな安い値段ではもう売れません。他を当たらせていただきます」
慌てるのが取引相手だ。上擦った声で新たな買値を提示する。
「ちょ! ちょっと待ってください! 二倍出します! 二倍!」
これは今回最初に提示した額の二倍と言うことだ。テビックは話にならないと、頭を振る。
「値下げ前、つまり前々回の取り引きの値段の五倍ならお話を続けましょう」
これはギルド職員タイモンから聞かされた価格に等しい。テビックは冒険者ギルドから仕入れた原皮を、前々回まではちょうど倍の価格で売っていた。前回は六割増の価格でしか売れなかった訳だが。
「そ、それは……」
取引相手は躊躇った。それはそうだろう。今回見込んでいた価格の六倍以上だ。直ぐに首を縦に振れるものではない。
しかし今回のテビックはその躊躇いすら許さなかった。毅然と踵を返す。
「では、これで」
「ま、待ってください! 前々回の三倍にします! 三倍ですよ!」
いよいよ以て取引相手は狼狽えた。
これには背景となる事情が有る。大陸西部で人類が奪還した領域の占領が進むにつれ、領域内の魔物が減っている。これは大陸東部に近いほど顕著で、伴って魔物由来の原皮の生産数も減った。逆に上昇するのが原皮価格だ。取引相手が他の業者から仕入れる価格も当然のように上がっている。この上昇分をテビックから買い叩くことで穴埋めしようとしたのが、前回の取り引きの実態だったのである。無闇に買い叩こうとしなければ、今回もまだ前々回と同じ価格になっていたかも知れない。こうして慌てているのは前回に買い叩いたのが直接の原因なのだから。欲を出し過ぎた訳だ。
「はあ……」
テビックは溜め息を吐いた。自分がどれだけ舐められていたのかを理解した。それだけでなく、今尚少々舐められているようだ。そんな取引相手にも、侮られていたことにも気付かなかった自分に落胆した。
「四倍! こ、これが精一杯です!」
溜め息の意味が、提示価格が安過ぎるからとでも思ったのだろう。これが決め手になって取引相手が益々焦り、テビックを侮る様子も見せなくなった。
これを感じたテビックは思案する。タイモンの言った価格にはまだ届いていない。しかし原皮の相場観をこのまま全くの霧の中にしておけば、また下手を踏みかねない。今なら取引相手から正しい情報が引き出せるのではないか。差額は情報料として投資すると考えればそれほど酷い話ではない。
「まあ、取り敢えずは話を伺いましょう」
テビックは取り引きに、ひとまずの勝利を得た。そして値段分だけ情報を引き出してやろうと、目を光らせた。
ちょうどテビックが商談に挑んでいた頃、アトスは冒険者ギルドの買取所から市街地への帰り道で、口をへの字に曲げてワナッシの背中を見詰めていた。
「なあ、ワナッシ」
「ワナッシさん」
ワナッシは振り向きもせずにそれだけを言った。
アトスには意味が判らない。だからもう一度呼び掛ける。
「は? なあ、ワナッシって」
「ワナッシさんと呼べ。ワッシはボウズより年上で、ボウズを指導する立場なんだぞ」
ワナッシは「皆まで言わなければ判らないのか」と内心で愚痴り、「子供だから判らないんだったな」と内心で溜め息を吐きつつ、説明を付け加えた。
「何だよ。おっさんって呼んでも何も言わなかったくせに」
「おっさん呼びと名前呼び捨てじゃ、話が別だ」
アトスとしては個人を特定した名前呼び捨てをすることで、漠然としたおっさん呼びよりも敬意を示したつもりだったから、少しばかり不満を口にする。
しかし、呼び捨てされる方はそうでもない。アトスのように叩き付けられるような呼び方をされれば、名前呼び捨てでは苛立たしく感じられる。譬えるなら、名前呼び捨ては木の棒で、おっさんよびは綿の詰まった枕で叩かれたようなものか。これが初めての名前呼びだから尚のことだ。
ワナッシはそんな細かいことまでは説明していないが、アトスはふて腐れながらもワナッシの言葉を受け入れる。
「ったく……。ワナッシさん。これでいいのか?」
「ふて腐れてなければもっといいんだがな。それで何の話だ?」
余計な一言を付け加えながらも、ワナッシは満足そうに頷いて問い直した。
すると、アトスは口を固く結んで大きく息を吸って吐いてから、口を開く。
「俺、やっぱり父ちゃんの仕事を手伝う。大人になったらだけどな」
ワナッシは目を瞬かせた。唐突? 意外? とにかく予想もしていなかった言葉だ。だから問う。
「親の仕事を継ぐのは嫌だったんじゃないのか?」
するとどうしたことか、アトスが何やらもじもじし出す。理由を口に出すのが恥ずかしいらしい。
しかしワナッシはここでなあなあで済ませる訳には行かない。腰掛け感覚の助手など願い下げだ。はっきりしないアトスに何度も回答を促す。
それでとうとう観念したアトスが「そうなんだけど……」と口を開いた。
「……だけど、みんな皮が高く売れたら嬉しいんだろ! だったら俺が高く買ってやるよ!」
ワナッシはまた目を瞬かせた。あんぐりと口まで開けて。それほどまでに度肝を抜かれた。初めて冒険者ギルドに現れた時のアトスだったら絶対に言わないだろう言葉だ。
どうしてそんな心変わりをと問えば、アトスは一話すも十話すも同じとばかりにこれにも答える。
アトスは自分が望んだような冒険者には成れないことが判って、冒険者としての将来に思い悩んだ。続けるべきか、辞めるべきか。辞めたら父親の跡を継ぐ道しか無い。冒険者から逃げるように父親の跡を継いでも、悔しく思うだけだと容易に想像できた。
ところが転機が来る。父テビックの雰囲気が、前回の仕入れから帰った時から急に変わった。今回の仕入れに出発するまでに更に雰囲気が変わり、初めて恰好良いと思ってしまった。そして、こんな父親なら、跡を継ぐのも悪くないとも考えた。それを後押ししたのが、買取所で冒険者達が愚痴っていた皮の買取価格だ。その価格が上がったからと言っては大喜びもする。
このくらいで喜ぶのなら、自分が喜ばせてやるのも悪くない。父親の跡を継いだら、それができる。そんな風に考えたのだ。
話を聞いたワナッシは感心した。十歳でそこまで考えたのかと。
「ほう。いいんじゃないか? だが、何年かで辞めるからって、罠猟師の仕事に手を抜かせたりはしないぞ」
アトスが腰掛けで冒険者をするのは変わらない。しかしそれがしっかり将来を見据えて、冒険者の一助にもなるのなら、ワナッシとてその手助けをすることに吝かではないのだ。
少しにやけつつも、手抜きをさせないことだけ釘を刺した。
しかしそれはアトスにも当然だったらしい。
「当たり前だ! それまで頼むぜ師匠!」
アトスは言った途端に顔を真っ赤にして走り出した。今の自分の言葉が恥ずかしくなって、照れ隠しに走ったらしい。
ワナッシはくつくつと笑いながら、その後ろを歩いて行った。
早朝の冒険者ギルド前。プリスが腰に手を当てて踏ん反り返る。
「よく来たわね!」
ブルーの瞳が見詰める先には三人の男女が立っている。ネッケートは爽やかな笑顔を浮かべ、ペコラとカリンはこの世の終わりとばかりにどんよりとした空気を撒き散らす。
「結局こうなるんだ……」
「何で、私まで……」
ペコラとカリンはこの期に及んでぐちぐちと不満を口から漏らした。
その一方で、ネッケートはここに至る全てを笑い飛ばす。
「わっはっはっはっ!」
四十日ほども前のネッケートは決断をするべきだと考えながら、らしからぬ優柔不断さを見せた。最後通牒のようなことをして、結果的に二人と袂を分かつことになる可能性を考えたら、言い出すのが躊躇われて決断を先延ばしにしたのだ。それが望んだ方向に転がったら二人が走ることになる経路を自分で走ってみたり、二回に一回は単独行動で生活費を稼いだりと、言い訳じみた行動を繰り返しては時間を費やした。
ところが十日、二十日と時が過ぎ、それでも二人の能力にこれと言った向上が見られなかったことで心を鬼にし、賭に出た。二人に突き付けたのだ。プリスに教えを請うためにも走るか、サポート担当を辞めるか選べと。
二人は勿論反発した。自分達が居なくなったら生活できるのかと問い詰めた。
ネッケートは内心では少し自信が無かったものの、「できる」と断言した。ここで虚栄を張らなければ賭に出た意味が無い。
すると二人は、臍を噛むようにしながらも、プリスに教えを請う方を選択したのだ。
ネッケートは賭に勝った。
「いいわね! 無心に走れば走れるものだからね!」
「うむ。走ろうではないか!」
プリスが威勢良く声を掛け、ネッケートが腹に力を籠めて同意した。ペコラとカリンは顔を見合わせて溜め息を吐く。
先導するのはプリス。ペコラ達に合わせてゆっくりと走り出す。ネッケートが続き、ペコラとカリンもだらだらながらに走り出す。いつまで続くか怪しいことこの上ない。
だけどもプリスは思う。そうそう、今はただ走りましょう、と。
――その先に、きっと何かが見付かる筈なのだから。
第一章 完




