27 心得ています
皮革商テビックがセントラルスに帰着してから三日目。冒険者ギルドの作業場に、買取所窓口の職員が顔を出した。
「タイモンさん。カーワーさんがタイモンさんにお会いしたいと、いらっしゃってますけど……」
「カーワーさんが?」
然して全く予定の無い訪問だ。面会を求められたタイモンは困惑する。だからと言って、会わない選択肢も無い。
「判った。案内してくれ」
一旦作業場を離れた窓口の職員に案内されて、テビックがタイモンの待つ作業場の入り口に現れた。タイモンとテビックが挨拶を交わしている間に、職員は窓口に戻って行く。
「カーワーさん。今日はまだ原皮の引き渡しには早い筈だけど……」
タイモンは最も可能性の高い案件を引き合いに出した。しかしそれは的外れだった。
「いえ、今日は皮を塩漬けするまでを見せていただきたいのです」
テビックはオーボを犠牲にしてしまったことに、少なからず衝撃を受けていた。それでも仕入れた荷物を整理はしなければならなかったため、泥を纏っているかのように身体を重く感じながらも作業をした。
商品の一つ一つに値付けをしている途中で思い出されたのがコビアの言葉だ。店で売る商品についてはこうして自分の目で確かめている。しかし原皮は? 全く見ていなかった。冒険者が、場合によっては自身も含めてが、命を賭けて運んでいる品物のことを「知らない」で済ませられる筈もない。ところが今まではそれで済ませてしまっていた。それに漸く気付き、居ても立っても居られず、ここを訪問することを考えた。
しかし商品を放っておくことは、やはりできない。そのため、その整理に二日ばかり忙殺されて今日になった。
当然ながら、そんな事情をタイモンが知る筈もない。小首を傾げつつ警告を発するだけだ。
「塩漬けを? 見たいなら見せてやらないこともないけど、気持ちのいいもんじゃないよ?」
「心得ています」
今まで見ようとしていなかったのは、そこにも原因が有った。しかしテビックはその点も覚悟済みだ。
「なら、いいけど……。おい! バケツを解体所に用意してくれ!」
「ただ今!」
どうした風の吹き回しかと、タイモンは考える。本気かどうかも若干疑ってしまう。しかし、全て承知で来ているのなら否やはない。手を空けられる職員に念のためのバケツの準備を頼んでから、テビックを作業場まで案内する。
「じゃあ、カーワーさんはこっちに」
「はい」
テビックは真剣な面持ちで頷いて、タイモンの後に続いた。裏手に回って建物に入り直し、奥へと進む。途中の更衣室で、着ている服の上から全身を覆うように緩いシャツとズボンの作業服を着て、目出し帽、ゴーグル、手袋、ブーツを身に着ける。蒸れて暑いが、我慢が必要だ。魔物を解体する現場を見に行くのだから、飛んだ血が掛かっても大丈夫なように対処しておかなければいけない。それに、その部屋は氷で冷やされていて涼しいと言うタイモンの言葉に安堵もした。
実作業が行われる部屋に入ると、確かに涼しい。しかしテビックは別のことで呆気に取られて足を止めた。
部屋は壁と天井で覆われているものの床が無い。台や器具が置かれた島が在り、人が歩く場所に石畳が置かれている以外は地肌が覗いている。尤も、これ自体に不思議は無い。その手前の部屋も地べただったからだ。ところがこの部屋は、その地べた一面に薬草が植えられている。これに面食らってしまったのだ。薬草は城壁を取り囲むようにも植えられているため、辺り一面が薬草の光景も珍しいものではないが、こんな部屋の中に植えられているのはあまりにも奇妙に映った。
しかしそんな疑問も理由を聞けば氷解する。薬草は魔毒を部屋の外に出さないためと、魔物の毒抜きを兼ねて植えられている。肉の熟成に使う氷室にも薬草は植えられていて、熟成が終わる頃には魔毒も抜けるのだと言う。
納得したところで足を進めたテビックだが、作業台の近くでまた足を止めた。殆ど無意識に手で鼻を覆う。
「うっ……」
「臭いだろ?」
「いえ……、はい……」
苦笑を浮かべるタイモンに、テビックは一旦否定し掛けたが、思い直して正直に答えた。
そしてそれは正しい判断だった。タイモンとしては変に誤魔化される方が対処に困る。
「無理はせず、吐きたくなったら用意したバケツに吐いてくれ」
「は、はい」
バケツはもう用意されていた。そのバケツをテビックが手に抱えたところでタイモンが実演をしながら説明をする。膝ほどの高さの台に置かれた魔物を捌いて行く。
「獲物は最初に腹を開いて内臓を抜いて、氷水に浸ける。内臓は毒抜きする前に腐るから捨てる」
捌いた魔物は、捌いた台の直ぐ近くの氷水のプールへと沈めた。内臓は台の脇に置いたバケツに入れている。
ここまでしたところで、タイモンはバケツを持つテビックの腕に力が入っているのに気が付いた。
「具合は大丈夫か?」
「はい……」
テビックの声に元気は無いが、タイモンはまだ堪えられるのだろうと判断した。そして今氷水に浸けた獲物の代わりに、前から氷水に浸けられていて、十分に冷えている別の獲物を先とは別の台に引き上げる。
「獲物が十分に冷えたら皮を剥ぐ。残りは背骨に沿って半分に割って、毒抜きも兼ねて熟成させる」
獲物を半分に割ったところで、タイモンはテビックの息が少し荒くなっているのに気付いた。ゴーグル越しにテビックの顔色を覗う。
「顔色酷いぞ?」
「だ、大丈夫です。続きをお願いします」
上擦った声。明らかなやせ我慢だ。しかしこれがタイモンのテビックに対する最底辺だった評価を上げさせた。
タイモンは一瞬だけ口の端を上げて、次の作業に入る。肉は他の職員に任せ、自らは皮を持って場所を移動。説明を続ける。
「皮は念入りに塩を擦り込んでから木枠に詰め込んで、空気が抜けるように重石を載せておく。上げ下げできるように重石をロープで滑車に繋いでいる木枠が詰め込み途中のヤツだ」
「途中の木枠が幾つも有るようですが……」
皮に塩を擦り込む台の近くには木枠が幾つも並んでいて、半端な量しか皮が詰められていないものが幾つも有った。
「ああ。あれは大まかな種類と大きさと品質で分けているんだ」
「大まかな種類とは、種類がバラバラと言うことでしょうか?」
「まあ、そうだな。知っての通り、魔物は一体毎に種類が違うようなものだから、どうしても同じにはならない」
魔物はキメラ化してしまうため、種類が特定できなくなる。似たような個体は多いが、個体差は見た目以上に大きい。だから皮の性質をざっくりと見極めて分類している。
「え……。魔物とは、一体一体種類が違うものなのですか?」
「そうだぞ? 知らなかったのか?」
タイモンはテビックが知っているものとして説明していたが、知らなかったと聞いて逆に驚かされた。
「は、はい……。あの、それで、品質と言うのは?」
そこからか、と内心で呆れつつ、タイモンは少し不満に思っていたことも付け加えて説明する。
「皮の大きさや強度もあるが、主には破れや焼け焦げの具合だな。心配しなくても、カーワーさんに卸しているのは殆ど破れや焼け焦げの無い、少なくともブーツを一足分は切り出せる大きさの皮だ。本当なら十倍の値段が付いてもいい品物だ」
テビックに卸しているのは中品質から高品質の品だ。今の販売価格では安過ぎる。最高品質を卸していないのは、さすがに価格が低過ぎて皮が勿体ないためだ。それらは将来的に価格が上がるまで温存することになっている。低品質のものは逆に引き取り手が居ないために捌けないだけだが、こちらも将来に期待して在庫したままだ。
そんな細かい事情までは説明していないが、テビックには十倍の値段と言うだけで十分にインパクトが有ったらしい。
「そ、それは本当ですか?」
テビックが茫然とした顔で問い直した。
「見たら判るものを、嘘吐いてどうする」
「いえ、疑ったのではなくてですね……」
タイモンが溜め息混じりに答えると、テビックはショックから抜け出せない様子で弁解した。
タイモンも別に怒っている訳ではない。苦笑しつつ「これで一通りの作業工程は終わりだ」と、テビックを部屋の外へと案内する。
更衣室で作業服を脱ぎ、手袋などを外したテビックは作業場を後にする。
「今日はありがとうございました」
「またいつでも来な」
丁寧に礼を言うテビックに、タイモンは晴れやかな声で言った。
タイモンの許に皮革商テビックが訪れてから十日余りが経った頃、運び人コビアがタイモンを訪問した。
対応に出たタイモンに、コビアが軽く挨拶して書類を差し出す。
「やあタイモン、これを頼むよ」
「コビアさん、いらっしゃい」
タイモンは挨拶を返しつつ、書類を受け取って確認する。
「ああ、これだな。こっちだ。馬車を回してくれ」
「はいよ」
それからいつものように荷物を仮置きしている場所に案内し、積み上げた原皮を指し示す。
「ここに有るのがそうだ」
「ありがとよ」
早速積み込みだ。いつもの通りにタイモンも積み込みを手伝う。
するとやはり、気になることを聞きたくなるのも人情だろう。
「オーボさんのことが有るからカーワーさんの依頼はもう請けないのかと思っていたよ」
コビアは苦笑した。前回の旅は色々有り過ぎた。テビックの依頼を請けるのを止めようとも考えたが、これは報酬が削られそうになったからだ。この件についてはコビアと護衛のテランの腹の内に納めている。しかしオーボがお守りの務めを全うしてしまったことで、代わりのお守りが居ない限り、今までの報酬では請けられなくなったのも事実だった。
ところがまた事情が変わった。
「直々に頭を下げられて、護衛を増やして報酬も倍にするって言われたからね。無下にはできんよ」
運び人と護衛の報酬を今までの倍にして、一人当たり三倍の報酬で新たに護衛を雇うと言う話だ。これをコビアは皆と相談して請けることにした。倍になっても、テラン達への報酬は若干相場より報酬が劣るが、護衛の年寄り達を予備戦力のような扱いにすると言うことで、相場より若干低いくらいで妥当な線だと考えた。
「そうだったのか。皮を塩漬けするまでを見学しに来た時から不思議には思っていたが、そっか」
タイモンは漸く、テビックの心境に変化が有ったことを確信した。変われるのならもっと早く変わって欲しかったと思う気持ちは有るものの、全く変わらないなんてことにならなくて良かったとしみじみと思う。何も変わらなければ、オーボも草葉の陰でがっかりするだろうから。
感慨深げにするタイモンに、コビアが逆に話を振る。
「原皮も高く買ったらしいじゃないか」
「そうそう、今までの三倍だ」
「ほう。カーワーさんも思い切ったねぇ」
タイモンはニカッと爽やかな笑顔だ。テビックから具体的な値段までは聞いていなかったコビアも感心しつつ微笑みを浮かべた。
翌朝早く。東外門近くの馬車置き場に旅の一行が集まった。テビックの他、コビア達運び人が四人、テラン達以前からの護衛が四人、新しく雇われた護衛が五人。新たな護衛は応募者の中からテビックがコビアやテランと相談しながら決めた。人柄も実力もしっかりしたメンバーだ。馬車は五台。四台は原皮などの商材を運び、一台は増えた護衛や道中の食料などを運ぶ。
一同を前にテビックが頭を下げて挨拶をする。
「以前からの皆さんも、今回からの皆さんも、道中よろしくお願いします」
「旅の安全は俺達に任せな!」
新しく雇われた護衛のリーダーが威勢良く応えた。老人達とは親子以上の年の差が有る彼らが主戦力だ。「頼りにしてるぞ」と言うテランの言葉にも、拳を握って笑顔を返すリーダーだった。




