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25 ちと多そうだの

 ピーッ! ピルルルピピピッ!

 先頭の馬車に吊された鳥籠の小鳥が鳴きしきった。直ぐさま馬車を止め、馬車から飛び降りた護衛が後ろに向かって大きく手を振る。馬車の上からでは幌に遮られて後ろの馬車に気付かれない虞があるためだ。


「止まれーっ!」


 声を張らなくても前の馬車が止まれば後ろも止めざるを得ないが、ここは気分の問題。

 次々と馬車が止まり、後続の馬車から飛び降りた護衛が集まる。


「何が起きた!?」

「毒だ。鳥が反応した」

「毒!?」


 各々が直ぐに指を舐めて上に翳したり、肌の感覚を研ぎ澄まして風を感じる。


「風は左前方からか……」


 一同がその方角に目を凝らす。この時一人が思い出した。


「ここって行き掛けに魔物に襲われた場所じゃないか?」

「あ! 言われてみれば……」


 直ぐに他の護衛も思い出し、周囲の地形を確認する。間違い無く、行き掛けに魔物に襲われた地点の近くだ。


「じゃあ、あの時の魔物から毒が流れ出してるのか?」

「それにしては時間が経ち過ぎている」


 魔物の骸が朽ちる時には、腐敗と共に魔毒が空中にも放たれる。しかし、原形を保てなくなる頃には流れ出る魔毒は出切っていて、小鳥が反応するほどには出なくなっている。そして一行がここで魔物に遭遇してから、ここに戻って来るまでに約四十日。この地域の温暖な気候で、これだけの日数が過ぎているなら、魔物の骸は朽ちてしまっている筈だ。


「確かに。じゃあ、どうして?」


 理由は気になる。しかしこの場を切り抜ける方が優先だ。


「ここで考えてもしょうがない。ここまで来て後戻りもできないんだから、とにかく急いで通り抜けよう」

「「「おう」」」


 テランの提案を他の三人も頭を切り換え、異を唱えずに受け入れた。

 護衛達は急いで馬車に戻り、運び人に事情を簡単に説明して出発を促す。


「出発だーっ!」


 馬車はまた動き出す。前二台の護衛達は常に左前方を注視する。御者をする運び屋達も頻繁に左へと目をやっている。その他の警戒は後ろ二台の護衛が一手に引き受けている。

 見付けたのはやはり先頭の馬車だ。


「左、ありゃあ魔毒草だ」

「何てこった」


 黒ずんだ葉が茂っているのが遠目からも判った。行き掛けに倒した魔物が魔毒草の種を持っていたか、後からどこからか運ばれて来たかで、魔物の骸を苗床に繁茂したのだ。

 行き掛けに魔物を倒して骸を放置したことは、街道の途中に在る軍の駐屯地に報告した。だから街道から少し離れた場所に捨てた骸は処理されている筈だ。では何を苗床にしたか。よくよく見れば、魔毒草が生えているのは魔物の骸を捨てた場所より少しセントラルス寄りになっている。恐らくはテランがクロスボウで倒して共食いされた個体が関係する。食い散らかされた欠片が発見されないまま残っていたに違いない。

 それを今見付けられたのは、何かが有ると判っていたからかも知れない。軍の定期輸送が幾度となく通り掛かっていながら処理されていないのは、魔毒草の葉の黒ずみが単なる影にも見えて、通常の警戒では見落としてしまいがちだからだろう。

 ともあれ、魔毒草が見付かったことで、冒険者達は警戒を一層強くする。近くに魔物が徘徊している可能性が高い。幸いなのは、今のところはそれらしき気配が無いことだ。

 馬の蹄が土を踏み締める音、馬車の車輪が地面を転がる音、小鳥が鳴く声だけが響く時間が続く。冒険者達は最小限の会話以外は、他の物音一つ聞き逃すまいと、耳を澄ませたままだ。

 それから暫くして、小鳥が鳴くのを止めた。何事も無かったように、きょろきょろと周囲を見回している。


「鳥が落ち着いた。毒をやり過ごせたようだ」

「一時はどうなることかと」

「まったくだ」


 ここまで魔物らしきものも現れなかったことも有り、先頭の馬車では安堵の笑顔が零れる。

 ところが最後方、オーボの馬がブルルンと小さく嘶いて首を振った。


「魔物が来ておるようだ。ちと多そうだの」


 オーボは普段とまるで変わらない調子で言った。むしろ焦るのは、それを聞かされたテランだ。


「どっちに?」

「左後ろかの」


 オーボはやはり普段とまるで変わらない調子で言った。

 だが、そののんびりした調子に流されることも無く、テランは左後方を注視する。


「後ろ……。はあ!?」


 素っ頓狂な声を上げた。


「どうかしたかの?」

「サイズ三が十体か、それ以上。サイズ四も一体は混じってる」


 サイズ三なら人の腰くらいの体高、サイズ四なら人の頭くらいの体高となる。テラン達護衛は多少の負傷を覚悟すれば、サイズ三の魔物と一対一で戦って撃退することが可能だ。しかし十体。運び人が戦いに加わっても六体までだろう。サイズ四に至っては、護衛と運び人全員で挑んでも勝てるかどうか判らない。

 どうあっても撃退不可能な数だ。

 それでもオーボは淡々と言う。


「魔毒草に誘われて集まったんだろうの。気付かなんだからとは言え、そんな横を通り過ぎられたわしらは運がいい」

「ああ。しかしその幸運も尽きたらしい。ヤツら、こっちに来る」


 テランの顔にも声音にも諦観が滲み出る。


「そうか。それならわしはここでお別れかの」


 オーボはここに至っても普段とまるで変わらない調子で言った。

 テランの表情が歪む。


「オーボさん……」

「それにちょうどいいんじゃないかの。最近はもう自分の身体(からだ)も満足に動かせんでの。ここらで楽にならせておくれ」


 オーボはテランが、そして皆が負担に思わないように言葉を選んだ。

 テランは(ほぞ)を噛む。


「オーボさん……。すまない!」

「謝らないでおくれ。始めから決めていたことなんだから。わしはあんた達と旅ができて嬉しかったよ」


 オーボは微笑んだ。

 テランの目からは涙が溢れ出す。


「オーボさん……」

「さあ、急いで」

「ああ」


 オーボに急かされ、テランは涙を拭った。泣くのは後だ。今は生き残るのが大事。馬車を飛び降りて前に走り、皆にこの後のことを伝える。


「魔物が来た! お守り頼りで逃げる!」

「な! セントラルスに明日には着こうって、こんな時に……」


 聞かされた仲間達は一様に息を飲んだ。魔毒をやり過ごせたと思った直後の凶報だ。テビックが「大丈夫なのですか!? 私は!? 荷物は!?」と詰め寄ろうとするのをコビアに任せ、テランは先頭まで急ぐ。

 先頭の馬車まで走ったテランはその馬車に乗り込み、号令を掛ける。


「さあ、行け!」


 テビックが頻りにコビアに詰め寄るのを余所に、四台(・・)の馬車はその速度を速めた。





 オーボは遠ざかる馬車を暫く見詰めた後、御者台から身を乗り出して馬のお尻を指先で幾度か撫でる。


「みんな行ってしまったの。わしに飼われたばかりにこんなことに付き合わせて、お前には申し訳ないの」


 気にするなとでも言うかのように、馬がブルルンと小さく嘶いた。

 オーボと馬との付き合いはセントラルスに移り住む前からで、もう十五年に近い。それは自動荷車が開発されて間も無い頃のこと。各国の軍が自動荷車を導入して馬車との置き換えを進め、余った馬を市場に放出したことが切っ掛けだ。一時的に馬の相場が下がったことで、オーボにも良い馬を買う機会が巡った。

 それから十年も経った頃にはお互いに支え合う存在になっていた。人より寿命の短い馬のこと、この馬も年寄りになり、オーボとは年寄り同士だ。オーボは馬が居なければ稼ぐことができず、馬ももう輓馬としての買い手が付かない。お互いにお互いが居なければ生きて行けない間柄になっている。

 そしてオーボはこの馬が最後の愛馬になるとも感じていた。


「さて、わしの取って置きを披露しようかの。観客が居らんのが少し残念だがの」


 オーボは銃に弾丸を籠め、最も大きな魔物に向けて構える。その魔物は遠ざかる四台の馬車の方に向かおうとしているが、行って貰っては困る。魔物を引き付けて彼らが逃げる時間を作るのが、お守りの使命だ。

 引き金を引く。パーンと乾いた音を立てて、銃から弾丸が放たれる。瞬き一つ。ギャンと悲鳴が上がった。弾丸は当たったが、狙いを外した。当たったのは狙った魔物の傍を走っていた魔物にだ。致命傷には至っていない。

 オーボは急いで次の弾丸を籠める。本人は急いでいるつもりだ。しかしその動きは酷く緩慢で、魔物が射程内に留まる間にできるかは怪しかった。

 この時、運命は少しだけオーボに味方した。いや、牙を剥いたのかも知れない。オーボが狙った魔物が向きを変え、オーボに迫り来たのだ。手下が傷を付けられた落とし前を付けてやると、魔物が思ったかどうかは判らないが。

 漸く弾丸を籠め直したオーボは銃の狙いを定めながら呟く。


「やれやれ。この期に及んで死ぬのが怖いとはの……」


 いざ死が間近に迫っていると実感したら手が震えた。銃口が小刻みにぶれる。すると、馬が「落ち着け」とでも言うかのようにブルルンと小さく嘶いた。その声を聞いたオーボの耳に、未だ変わらずゆっくりと歩み続ける馬の足音も届く。何と肝の据わった馬か。

 オーボは手の震えが少しだけ治まり、引き金を引く。パーンと乾いた音の直後、ギャンと悲鳴が上がった。また狙った魔物ではなく、横の魔物に当たった。しかし今度のは致命傷で、その魔物が鈍い音を立てて倒れ臥す。最も大きな魔物は更に牙を剥き出した。

 もう弾丸を籠める時間は残されていない。オーボは銃を下げ、思い残しが無いかを考えた。不意にプリスの姿が脳裏に浮かんだ。あれを話すのを忘れていたと、今更ながらに思い出すことも有った。取るに足らないようなことではあったが。

 そして間近に迫った魔物の牙を見詰めながら、最期に呟いた。


「ああ、もう少し生きたかったのう。嬢ちゃんが悲しまなければいいんだがの」


 脳裏に浮かぶのはプリスの泣き顔だったのだ。


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