23 でも、どうやって?
ワナッシとアトスはが何日かを掛けて草刈りを済ませた。そしてその翌日。ワナッシはそろそろ頃合いだと考え、アトスに罠の仕掛けを任せることにした。
話をするのは道の途中だ。農地を貫く街道を歩く間は何もすることが無い。この時間を使ってその日の作業について話すのも時間の有効利用と言うものだろう。
「今日から幾つかの罠の仕掛けもやって貰うからな」
「俺がやっていいのか?」
アトスが瞳を輝かせせた。
こうしていればアトスもなかなか可愛いものだと、ワナッシは口の端を僅かに上げつつ肯定する。
「ああ。二十日と少し、毎日仕掛けるのを見ていたんだから、やり方もだいたい判るだろう」
「いいのか!?」
興奮してか、アトスのボキャブラリが少々貧しくなっている。
「いいともさ」
ワナッシはもう少しだけ口の端を上げながら肯定した。
草刈りをした直後で歩き易くなった草地は、いつもと同じように歩いたつもりでも、いつもより少しペースが速い。難無く今日最初の箱罠の設置場所へと辿り着く。
「箱罠からだ。手順を教えるからその通りにしてみるんだぞ?」
「うん」
アトスのあまりの素直さに、ワナッシは目を瞬かせた。しかしそのあまりの素直さが、却って落ち着かない。アトスのやる気がどこから出ているのか問い質したくもなる。
「ほう。いい返事だ。最初のやる気の無さはどうした?」
「ぐぬ……」
アトスは痛い所を突かれたとばかりに呻いた。やる気を出していることを恥じているかのようだ。
しかしここでも意外に素直だった。
「これ、嫌いじゃない……」
「おー。そっかそっか」
ワナッシはまたにやけた。口でははっきり言わなくても、アトスが罠猟に興味を抱いているのは態度から明らか。それが妙に嬉しいのだ。仮令それが他人の子であれ、自分の仕事に興味を抱く子供が居る。それを、少しこそばゆいながらも喜んでしまうのが職人の性かも知れない。
「何だよ。気持ちの悪い」
「おー。そっかそっか」
少し引かれ、表情を罵られても、ご機嫌なワナッシはそれを全肯定してしまう。それでまた引かれるが、尚もワナッシのにやけは止まらない。
そんなにやけ顔をしながらも、罠の仕掛け方は改めてしっかりと教える。見ていたからと言って、手順が完全とは限らない。
狙うのは小型の獲物だ。大型の魔物は外壁で阻んでいるので、侵入するのは城壁を容易によじ登る小型になる。城壁をよじ登るような大型の魔物は主に山岳地に生息するため、草原の真っ只中に在るこの町周辺では考慮する必要など無いに等しい。
狙いが小型なので、罠には踏み板式を使う。仕掛け線を結んだ板に一定の重量が掛かったら落とし戸が落ちる仕組みのものだ。踏み板の跳ね上げた側の両角に結んだ仕掛け線それぞれを真っ直ぐ上に通し、それぞれ箱罠の天井を抜けた所で分岐させて前後二つの落とし戸のストッパーに結ぶ。踏む力が偏って片方の仕掛け線しか引かれなくても、落とし戸が二つとも落ちるようにするのである。
ワナッシは一つ一つ指示を出しながら、アトスに一通りの仕掛けを組ませ、その後で自由に微調整をさせる。
構造的に、仕掛け線が長過ぎて落とし戸が落ちない、ストッパーが引っ掛かって仕掛け線が切れる、ストッパーがひょんな拍子に外れて落とし戸が空落ちする、などの動作不良が出やすい。それらを如何に出さないようにするかが罠猟師の腕の見せどころである。
これはワナッシが一度組んで空落ちした罠だから、組むこと自体は簡単だが、動作不良を出さないように考えればかなり難しい。適切な塩梅がよく判らないのだ。ワナッシでも失敗するのだから、初見のアトスなら悩みもする。
「出来たか?」
「んー、もうちょっと……」
アトスは罠をいじればいじるほど判らなくなっているらしい。
ワナッシはその様子を少し離れて見ていたが、待ちくたびれた。この後の予定も有る。だからと言って、アトスをここに残して他を回る訳にも行かない。万が一にイタチにでも襲われたら、今のアトスではお陀仏だ。
「あれこれ弄り回しても碌な事にはならないぞ」
「どうなるんてんだ?」
「人の臭いを嗅ぎ付けられて、避けて通られる」
「先に言えよ! だったらもうこれでいい」
アトスもそう言いたくなるだろう。しかしながらワナッシだって、そんな忠告をしなければならなくなるとは思わなかったのだ。アトスが切り上げてくれたことに安堵するワナッシである。
「よし。次は括り罠だ」
アトスは今度もワナッシの教える通りに括り罠を設置する。先の忠告を気にしてか、今度は弄り回したりしない。
しかし他の部分で気になることは有るようだ。
「おっさん、この罠はまだ信じられないんだけど」
ワナッシが設置するのを見ていただけの時から覚えた疑問。それを自分で設置してみて、余計に不安になった訳だ。
「実を言えば、ワッシも未だに信じられん」
「おっさんもか」
「だからって、判らない理屈をあれこれ考えてもしょうがない。できることをやるだけだ」
理屈ではない何か、としか思えなくて、考えるのを止めたワナッシだったのだ。
「ふぅん」
アトスが気の無い返事をしたところで次の罠に行く。
今度の箱罠はワナッシが指示を出さずアトスに任せた。最初の罠で散々悩んだためか、殆ど詰まること無く仕掛けが終わった。
「よし、出来たな。それじゃ今日ボウズに任せる分はお終いだ」
最初から全部を任せるようなことはしない。アトスが仕掛けた罠に獲物が掛かるかは未知数だからだ。
これはアトス自身も何となく感じているらしい。素直な答えを返す。
「おう」
そして残りの予定をきりきり回すワナッシであった。
この日の帰りの道すがら。
「なあ、おっさん。おっさんは皮を買うヤツが増えたら嬉しいか?」
「そりゃあ、高く売れるようになるってことだからな。嬉しいぞ」
唐突な、予想もしていなかった質問だったこともあってり、ワナッシの答えは市場原理として常識的なものになった。
しかしアトスにはそれで十分だったらしい。
「そっか……」
一言呟いて、何やら考え込んだ。
日が変わって、冒険者ギルドには金銭的な行き詰まりに頭を抱えるペコラとカリンの姿が有った。
「おカネ、どうしようか?」
「届かなかったものね、支援金」
国許から冒険者ギルドを介して届けられる筈の支援金が届いていなかった。ギルドにも何の連絡も入っていないらしい。
先日までは遠距離が原因で遅れているだけだと解釈していたが、幾ら何でも遅過ぎる。国に見捨てられたか、はたまた何者かに着服されたか。原因までは判らない。しかし届かないのは何であっても同じことだ。今後も届かないものとして考えるしか無い。国から遠く離れたこの町に居たのでは、直接出向いて抗議することもできないのだから。
ともあれ、こうなる可能性を考えなくも無かったが、見捨てられたりはしないだろうと、楽観もしていたペコラとカリンであった。結果的には楽観し過ぎていた訳だが。
しかしこの危機に際しては、ペコラに一つの腹案が有った。
「わたし、治療の仕事請けようかな……」
治療術の需要は高い。一日に使える治療術がポーション一本分程度だったとしても、需要がこれに見合う町に住めば、不自由の無い生活が保障されたようなものだ。その町がどこかは問題だが、大陸東部ではどうにかなる。しかし今居るのは大陸西部だ。
カリンもこの点を懸念して、怪訝な声を発する。
「ペコラ?」
「収入を増やさないと、このままじゃじり貧だもん」
宿の質は既に落としているが、三人分と言うのが重くのし掛かっている。今のところ、狩猟で賄えるのは良くて二人分だ。
「でも、どうやって? 当ては?」
「無いけど……。探したらきっと!」
問い質しても、ペコラの答えは何ともふんわりしている。不安しか生まれない。どうしたものかと、カリンの視線が彷徨う。
しかしこの時、カリンの視界がとある人物を捉えた。
「だったら聞いてみる? プリスさんに」
「そ、そうだね! そうするよ!」
横目でプリスを見やっているカリンに、ペコラは勢いよく同意した。
プリスにとって、ペコラとカリンから聞かされた事情は気乗りのするものではなかった。自然と物言いも淡泊になる。
「で、あたしに聞きに来たんだ?」
「はいっ」
ところがプリスの念押しに答えるペコラは真剣そのものだ。プリスは軽く苦笑しつつも正直に言う。
「治療術をおカネのために使うのはお勧めできないなー」
「いけないのでしょうか?」
「別に。好きにすればいいわよ? 勇者くんのサポートから降りるつもりならだけど」
魔法の中でも治療術は特に術者の心持ちが影響する。金儲けのような邪念が入れば、治療術の腕が伸び悩む。いつかは治療術で生計を立てる治療術士のこと、どこかで折り合いを付ける時は来る。それがいつかは各々の裁量だ。
ペコラの場合、ネッケートのサポートを続けるなら、治療術の腕を一層上げなければならない。しかし、サポートから降りるのなら腕を上げる必要も無い。適当な大陸東部の田舎町に行けば生活できる筈である。
「でもわたしはネッケートのサポートになると思って……」
「あんたの考えるサポートって、勇者くんにおカネを渡すことなの? 横に並んで一緒に戦うんじゃなくて」
「あ……」
ペコラはプリスのはっきりした指摘で、漸く思い出したらしい。驚いた風にした後、俯いて口を結んだ。
「あたしはあんたに必要なのは文字通りに走ることだと思うなー」
「またそれですか……」
プリスが軽い調子で言った言葉に、ペコラは上目遣いの恨みがましい視線を向けた。
「そうよ? 生き延びたかったら走りなさい」
「ええ……」
ペコラは「走る」の部分に拒絶反応を示している。これを変えるのは荒療治も必要だろう。しかし促すだけで、無理強いはできない。無理強いで心を病むようなことにでもなったら、治療術の能力が却って落ちてしまう。本末転倒だ。
「わっはっはっはっ! プリス殿がこう言うのだ。ペコラは治療術で稼ぐのを諦めることだな!」
ペコラが思い悩む中、少しばかり重くなった空気に気付いてか、気付かなくてか、ネッケートが笑い飛ばした。
そのネッケートにプリスが挑むように言う。
「勇者くん……。ねえ、あたし勇者くんとだけ話したいことが有るんだけど」
「ごめんなさい。ごめんなさい。内の馬鹿が失礼を言ってごめんなさい」
すると途端にペコラが謝りだした。プリスがネッケートに苦情を言うと思ったか。
「そんな話じゃないわよ」
「え……」
ペコラはきょとんと目を丸くした。
だからと言う訳でもないが、プリスは念のための注釈も付ける。
「勿論色恋じゃないから安心しなさい」
「え!」
ペコラの声が裏返った。
「わっはっはっはっ! そう言うことらしいから、二人は先に帰っていてくれまいか」
「う、うん……」
ペコラは渋々と言った風情で頷く。
一方、カリンは事情を説明した後は終始口をへの字に結んで黙っていた。ネッケートの頼みにも何も言わずに頷くだけだった。
ペコラとカリンが席を立ち、プリスは二人が立ち去るのを見送った。それからネッケートに向き直る。
「さて、勇者くん? あんたって、あたしが治療術で稼ぐのを好まない理由も、あの子達を走らせようとする理由も、端から判ってるでしょ?」
「さて、何のことやら判らぬな」
ネッケートはとぼけた。とぼけているのが傍目に判る態度でだ。判らないことにしておきたいのだろう。
しかしそれでは駄目だと、プリスは考える。
「サポート要員を甘やかしても何にもならないわよ?」
「それはプリス殿の経験に基づく言葉だろうか?」
「そうよ……」
プリスは掻い摘んで経験を話した。忘れたくもあるが、忘れてはいけない記憶だ。十分な力を持てていなかったばかりに仲間を見殺しにしてしまった苦い記憶。
「あい判った! この勇者、善処しようではないか!」
「はあ……。どこまで当てにできるのやら」
ネッケートのあまりの軽さに、プリスは頭を抱えた。
「わっはっはっはっ!」
ネッケートの笑い声を聞きながら、プリスは溜め息を吐いた。




