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22 雇えればね

 テビックは言い募る。


「しかし約束したのは護衛です。それなのに魔物が出ても何もしないのでは約束と違います」


 オーボは護衛扱いで加わっている。ところが往路での魔物との戦いには加わっていない。護衛なら魔物と戦うの筋で、それが約束したことだとテビックは言う。言い分として。

 しかしコビアは眉を顰めるばかりだ。


「約束? 今更どうしてそんなことを言いなさるやら」


 この場合、契約こそが約束の実態だ。コビアからしてみれば、約束を違えようとしているのはテビックに他ならない。普段なら契約を尊重するテビックがおかしなことを言い出した印象しか持ち得ない。

 テビックの一時の気の迷いかも知れない。しかし仮にそうだったとしても、運び人にも護衛にも生活があるのだ。以前からのこともあって、さしものコビアでもテビックに愛想を保つのが難しくなった。


「まあいいわい。報酬を減らしたければ減らせばいい。その代わりにわしらはもうあんたの荷運びを請けられんよ」


 契約を反故にするならこれ以上は付き合えないと言うことだ。


「それなら他の人を雇うだけです」


 簡単に言うテビックに、コビアとテランが表情を険しくする。


「雇えればね」

「コビアさんが請けないのなら護衛のわしらもだ。わしらはコビアさんに免じてお前さんの護衛を請け負っているだけだ。普通なら今のような安い報酬で請けはせん」

「報酬なら十分に支払っているではありませんか」


 テランは奇妙なものを見たかのように、目を見開いてテビックを見た。テビックの認識が不思議で仕方がない。


「十分ではない。食い繋ぐだけでしかない」

「十分じゃないですか」

「カーワーさん。はっきり言っておくが、お前さんの払う報酬は相場の半額にも満たないのだぞ?」


 護衛の商売道具たる武器の維持にも費用が掛かる。それを引けば、衣食住をギリギリ賄う分しか残らない。それをテビックは十分だと言う。そんな認識の甘さに、コビアも黙っていられなくなった。

 ただこれは食い繋ぐに対する認識の違いだ。テビックは貯蓄こそ増えなくても衣食住が満ち足りている状態を言っている。一方のテランとコビアは衣や住を最低限に抑え、食も安価な食料で生活に支障が出ない程度に腹を満たす状態を言っている。

 広大なまでの認識の齟齬だ。しかし残念ながらお互いにそのことを知る由もない。知ったとしても摺り合わせる状況でもないが。


「半額ですって?」


 テビックには意外だったらしい。

 ただ、これにはコビアにも些かの責任が有る。テビックも大変だろうからと、認識を正すこと無く今まで依頼を請けていたのだ。

 コビアはこれを自覚して、この際だからとテビックの認識を正すべく話す。


「東からセントラルスまでの街道で魔物に襲われることは少なくなってはいるが、無い訳じゃない。戦ったら怪我をすることも有る。怪我をしたら治るまで稼げやせん。そんな時に蓄えが何も無ければどうなる?」

「……」


 テビックは答えられなかった。想像できなかったのではなく、口に出せなかった。待つのは悲惨な未来。その原因が間接的にであれ、自分にあるとなったら心穏やかでは居られない。

 テビックはこれでいて、自分のせいで他人が傷付くのを厭う心根を持っている。発する言葉や行動が冒険者を傷付けることには無頓着で気付いていなかったりはするのだが。

 そして、沈黙したテビックに、コビアが決定的な言葉を叩き付ける。


「わしら以外にあんたの依頼を請ける者は誰も居らん」

「脅すつもりですか!」


 テビックには脅しに聞こえたが、コビアは事実を言っただけだ。最後に残ったのがコビアなのだから、彼が手を引けばテビックの依頼を請ける人は残らない。


「脅すも何も、わしらにも生活が有る。これ以上報酬が少なければ暮らせんよ」

「しかし、払えないものは……」


 コビアはごね続けるテビックを奇妙に感じた。こうまで道理の通じない相手ではなかった筈だ。何か切っ掛けが有ったに違いないと推測する。そしてそれが何かはともかく、いつだったかは容易に推定できる。


「さては、取引相手に何か言われたのかい?」

「あなた方には関係有りません」


 テビックは根が正直だ。隠そうとしたのかも知れないが、全く隠せていない。

 そしてコビアには「関係ない」では済ませられる問題ではない。それが原因になって報酬が削られようとしているのだから。


「大有りだよ。あんたが今、関係を作ってしもうたからな」

「ぐぬ……」


 テビックは呻いた。しかしコビアの目的はテビックをやりこめることではない。原因となった内容が知りたいのだ。だから呻いて沈黙しただけでは追及を緩めたりはしない。


「さあ、何を言われたのか話してくれんかい?」

「わ、判りましたよ」


 コビアが目力を籠めて、威圧するように迫ると、テビックは渋々話し始めた。取引相手に買い叩かれた屈辱の内容だ。

 聞いたコビアは呆れるほか無い。テビックは自分の不手際による不利益をオーボに押し付けようとしたのだ。看過できる問題では無い。ついでに厭味の一つや二つも口を突いて出る。


「ふぅん。それでおめおめと相手の言いなりになったと」

「おめおめなどしていません。それもこれも冒険者のいい加減な仕事のせいではありませんか」


 テビックはあくまで自分は悪くないと言う態度だ。あまつさえ、冒険者のせいにする。

 これにはコビアもカチンと来た。この原皮に関しては冒険者ギルドのタイモンを始めとした職員と、コビア達運び人が関わるが、この中の誰一人として手抜きなどしていない。


「カーワーさん、いい加減な仕事をしておるのはあんたではないかい?」

「私が悪いと言うんですか!?」


 テビックが不平たっぷりに聞き返すのに対し、コビアはゆっくりと大きく頷いた。コビアにしてみれば、どこをどう見てもテビックの責任だ。

 そしてとにかく気になっていたことを問い質す。荷下ろしの際には毎度のように尋ねていたことだ。


「荷を下ろす時も確認しなかったね?」

「原皮なんて確認してもしょうがないでしょう」


 当然のように言うテビックがコビアには腹立たしい。自然と苦々しげな声音が混じる。


「しょうがなくなどない。ギルドが選りすぐった原皮をあんたに売っているのは、積み卸しで一枚一枚見ておるわしらには、よく判る」

「あなたがどう見るかなんて関係有りません。専門家の取引先が見て、品質が悪いと言っているのですよ?」


 テビックはまんまと取引相手の誘導に乗っている。相手は品質が悪いとは言っていないのに、品質が悪いと思い込んでいる。そして自分を騙したその相手を第一に信用している。いや、恐らくは保身。自分は騙されていないと信じたいのだ。

 ここに至ってはコビアの声音にも怒気が混じる。


「カーワーさん。あんたは、あんたが儲ければそのおこぼれに与れるわしらと、あんたの足元を見て買い叩けば儲けられる取引先と、どっちを信用するのかい?」

「何を言いたいのですか?」


 怒気に曝されて若干怯んだテビックは、コビアの問いには答えず、顎を引きながら逆に問い返した。


「あんたは自分がどんな原皮を運んでいるか、全く知っておらん。だから相手に付け込まれたのではないかい?」

「取引先が嘘を言っていると言うのですか!」


 騙されたことを認められないテビックは声を荒らげた。

 しかしコビアは極めて冷静に言い放つ。


「嘘かどうかはあんたの目で確かめることではないのかい?」

「……」


 改めて暗に「自分の目で確かめないのが悪いのだ」と言われたテビックは、いよいよ二の句が継げなくなった。

 そしてコビアも最後の老婆心と思って忠告する。


「何にせよ、あんたは自分がどんな品物を運んでいるのか、一度自分の目でしっかり見なされ」

「……明日、セントラルスに向けて出発します」


 テビックは忠告には応えず、明日の出発を宣言するのみだった。


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