18 何でもカネかよ……
アトスを助手にする羽目になって三日目、ワナッシはアトスに古い皮手袋を差し出した。
アトスには初日と二日目は箱罠の中の様子を確かめるのと、減った餌を追加するだけをやらせていた。ここまでなら素手でも大丈夫だったが、この先はやはり怪我が怖い。
「この手袋をやるから、仕事の時はちゃんと着けろよ」
アトスも「そう言うものか」くらいの感じで軽く受け取るが、その途端に左手で鼻を抓み、右手で手袋を抓んで遠ざけた。
「臭っ」
「そりゃあ、ワッシの使い古しだからな」
ワナッシはさも当然とばかりに大きく頷いた。
長きに亘ってワナッシの手汗と、魔物の血や体液とが染み込んだ手袋は酷い悪臭を放っている。手に填めれば一瞬で手が臭くなりそうなほどだ。
「ほんとにこんなの着けるのかよ」
当然の疑問だろう。臭いものを身に着けたいと誰が思おうか。
ところがワナッシの答えは明確だ。
「魔物の血は毒だ。ポーションで治せるからって、浴びていいもんじゃない。それに、避ければポーションがいらないから、稼いだカネも目減りしない」
時間が経てば魔物の血の魔毒も消えるので、飲み込んだり、傷口から入ったりしなければ直ぐにどうこうなるものではないが、避けられるなら避けた方が良いことに変わりはない。
「カネの問題なのかよ」
しかしながら、アトスがワナッシの言い草の中で引っ掛かったのがそこだ。毒に言及した時には小さく頷いて真剣に聞いていたのに、その後をお金で済まされたからずっこけた。
肩がずり落ちたようにするアトスにワナッシが補足する。
「壁を乗り越えて入り込むような小さい魔物の血程度なら即死なんてしないから、結局はカネだな」
「そんなのつまんねぇな」
改めた紡がれたワナッシの言葉は異口同音だった。そこにもやもやっとした感情を抱くアトスだが、世知辛いだとか俗物的だとかの言葉をまだ知らない。結果的に全否定の言葉がワナッシに伝わるのみだ。
しかし全否定されては面白くないのがワナッシだ。大人だからって不愉快になる時はなる。真理を説いたつもりなのだったから尚更だ。少し意固地にもなって、更に真理を語る。
「何言うか。ボウズの好きな英雄が立派な武器や防具を使うのも同じことだぞ」
「ちげぇよ!」
アトスは反射的に否定するが、それでワナッシの意見が揺るいだりはしない。
「違わないね。立派な武器で早く敵を倒せば稼ぎが増える。立派な防具で怪我を避ければ稼ぎが目減しない。どうだ? 同じだろ?」
勿論もっと俗物的な、欲しいから、使いたいから、格好良く見せたいからとの理由で武器や防具を買い求める人物、所謂好事家やコレクターが居るのを判ってはいるが、ここでは言わない。
「何でもカネかよ……」
「そうだ。冒険者はみんな稼ぐため、食い扶持のためにやってる。それにな。英雄には冒険者じゃなくたって成れる」
ただ、冒険者ではない英雄にはさっぱり心当たりの無いワナッシである。有り体に言えば出任せなのだ。可能性が有るとするなら軍人だと思われるが、生憎とワナッシの耳に届いていない。知らないなら居ないのと変わらない。
「本当かよ」
「本当だとも」
例を出せと言わなかったことに、ワナッシは内心で安堵する。そして首の後ろに流れる冷や汗をおくびにも出さずに重ねて尋ねる。
「幻滅したか?」
「幻滅って何だ?」
知らない言葉に遭遇したら躊躇わずに尋ねるアトスである。
「冒険者が思っていたのと違ったかってことだ」
「知らねぇよ! 父ちゃんがいつもカネカネ五月蠅いから俺は冒険者になったんだ。それなのにやっぱりカネって……」
アトスは悔しげに拳を握り締めた。
「それが幻滅したってことだ。でも今はそんなことは関係無い。とにかく仕事だ」
少々強引に過ぎる嫌いも有ったが、アトスの冒険者像が現実に近付いたことに少し気を良くしたワナッシだった。
それから数日が経ち、朝のピークを過ぎた冒険者ギルドの入り口の鐘が鳴る。扉をくぐったのはアトスだった。
途端、「お、また来たな。小僧!」「感心感心」「今日はどんな仕事するんだ?」などと野次が飛ぶ。しかし、その日の仕事は現場に着いてから言われるので、アトスには今の時点では判らない。
「うるせぇ! 知らねぇよ!」
だからと言って、こんな口答えをしようものなら、「お、反抗的だ」「生意気だぞ」「イキりたい年頃ってヤツか」と、余計にからかわれた上で、「俺もガキの頃はイキってたもんだ」「その髭面でガキの頃が有ったって?」「たりめぇだろ」「その頃から髭もじゃだったのか?」「んな訳ねぇだろ。ガキの頃はつるっつるよ」「つるっつるねぇ……」「お前ら何で俺の頭を見るんだ?」「さあ?」と、からかった方はアトスそっちのけで盛り上がったりするので始末が悪い。
アトスは勝手に盛り上がっている冒険者達を苦々しげに睨み付けながら、ワナッシが座る長椅子の方へと歩いて行く。
「おっさん。来たぜ」
「よう。しかし連中の台詞じゃないが、てっきり何日かで来なくなると思ったんだがなぁ」
ワナッシはアトスに野次を飛ばした冒険者達を横目に見ながら言った。その顔には見当外れだったと書いている。
「ざまぁ」
「その通りだ!」
朝から少々苛つかされたアトスが当て擦るが、ワナッシはむしろ愉快とばかりに相槌を打った。
ワナッシとしてはアトスが来ても来なくてもどっちでも良くなっている。反抗的な口とは裏腹に、アトスは意外と仕事を真剣にやっている。役に立ってはいないが邪魔になってもいないと言ったところなのである。
そしてワナッシは今日もアトスを連れて仕事に出掛けるのだった。
アトスの様子は、ちょうどプリス宛の依頼の打診を持って酒場に足を運んでいたココットも見ていた。微笑ましげな表情を浮かべて。
「アトス君は愛されてますね」
「もの珍しいだけよ。このギルドって身寄りの無いおっさんや年寄りばっかりだもん」
プリスは眉間に皺を寄せながら答えた。年寄り達のデリカシーの無さが腹立たしくもあるのだ。どうして年寄りはこうなのかと問えば、年寄りだからとしか答えが返らないだろうから、付ける薬が無い。精々嫌われないようにと声に出さずに忠告するだけだ。
「身も蓋も無い……。それってプリスさんに跳ね返ってますよ?」
プリスも独身だ。恋人も居ない。
しかしプリスはそれを何とも思ってはいない。むしろ気になるのはココットだ。ココットも二十代半ばに差し掛かろうとしているのに独身なのだ。世間的には行き遅れと呼ばれる歳になっている。
「あたしはいいの。だけど不思議なのはココットよね。どうしてこんな町のギルドに居るのかしら?」
この町の人口構成は大きく男性に偏っている。女性から見てある意味では選り取り見取りだが、安定した未来が築けるかに着目したら途端に相手が居なくなる。住んでいるのは将来に不安を抱えている人が殆どだ。不安の対象が収入か生命かに違いが有るくらいのものだ。最たる例が、アトスにちょっかいを掛ける年寄り達だろう。
そんなプリスの問いに、ココットはふんすかと鼻息を立てて答える。
「わたしにも色々と有るんです」
「あ……、事情が有ったんだ。ごっめーん」
途端、プリスは笑顔で謝って話をぶん投げた。冒険者は自己責任。他人の事情なんて背負うつもりは無い。
「なっ……。自分で話を振っておいて、ぶん投げないでくださいよ」
「いやいや、深刻そうだから」
「……」
プリスが軽く流したことに、ココットは口を尖らせた。少し語りたかったのかも知れない。




