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19 ビビったろ

 ワナッシとアトスは時折草を分けながら罠の設置場所まで歩く。罠猟師が活動するのは農地になっていない場所なので、放っておけば雑草が生い茂る。これがあまり濃くなるようでは草刈りをしなければならなくなる。草ぼうぼうでは罠の設置もままならなくなるためだ。そしてそろそろその頃合いになっているが、今日はその用意をしていないので明日以降の予定だ。

 その草刈りも刈り尽くすものではない。罠は草むらを利用してカモフラージュしているので、全く無くしてしまっては罠が剥き出しだ。それでは獲物が掛かる可能性を失うことにも繋がる。箱罠は草むらのトンネルに見せ掛けているし、括り罠は自然の草むらと灌木を利用している。もしも草や灌木を刈り尽くしてしまえば、括り罠に至っては罠の設置そのものができなくなってしまう。

 この括り罠はウサギ用の首括り罠だ。ウサギの通り道になるように草を紐でアーチ状に結び、そのアーチの中に灌木から吊り下げた輪っかを配置する。

 アトスが何度見ても不思議でしかない。今のところはまだ罠の設置を見ているだけで、自分で仕掛けていないからそう思うのかは不明だ。自分で仕掛けたら一層不思議に思うかも知れない。

 今日の予定は半数の箱罠と括り罠の確認にある。獲物は掛かっていなかったので順調に進んだ。昼食を挟んで、昼下がりには粗方が終わるほどだ。

 そして終わりに近い括り罠のところで、アトスは疑問を抑えられなくなった。


「おっさん、ほんとにそんなのでいいのか? それって麻紐の輪っかを木の枝から吊してるだけだろ」

「不思議だろ? ところがウサギはこんな罠にも引っ掛かる」


 勿論、罠の主力は箱罠の方だが、この括り罠は多少の手間が掛かるだけで安価に出来る。補助的に使うには最適だ。箱罠の何十分の一かの獲物が掛かるだけで、元が取れようと言うものである。


「ほんとかよ……」


 聞いただけではやはり信じられないアトスである。

 しかしワナッシとて言葉だけでは納得させられないのを判っている。だから問答はしない。


「さて、次をチェックしたら今日は引き上げだ」

「おう」


 アトスも拘らなかった。この辺りの性格は冒険者に向いているのかも知れない。

 今日の予定も後一つ。その最後の括り罠を目前にして、ワナッシは足を止めた。


「あれは……」


 アトスも足を止めて、ワナッシの視線の先を見る。


「何か掛かってるじゃねぇか!」


 アトスは目を輝かせた。疑問しかなかった括り罠に獲物が掛かっているのだ。驚きもするが、不思議な達成感が有る。自分で設置した訳でもないのに。

 しかしワナッシは渋面だ。掛かっている獲物が悪かった。


「ヤベぇ! イタチだ!」

「何がヤバいんだ?」


 ワナッシが慌ててナイフを手にする横で、アトスは不思議そうにワナッシに尋ねた。


「そりゃあ……、って言ってる間に紐を食い千切りやがった!」


 心を落ち着けつつワナッシが答えようとしたところで、イタチの状況が変化した。ウサギよりも身体(からだ)が柔軟で、頭も良いイタチには紐を食い千切ることもお手の物だった。目の前で食い千切ったと言うことは、罠に掛かって間が無かったらしい。

 当然ながらイタチは気力体力共に十分。そこに加えて罠に掛かったことで苛立ち、極めて好戦的にもなっている。


「こっちに来る!?」


 イタチの目がアトスを捉え、憎しみを籠めた視線を突き刺しながら走り出す。たまたま目に付いたから、誰でも良いから攻撃してやろうと言うことか。


「う、うわぁ!」


 瞬く間に近付くイタチに、アトスは身構えることもできない。叫び声を上げて尻餅を搗く。イタチが間近に迫ったところで、無意識に目を瞑った。

 そしてイタチがアトスに躍り掛かった瞬間、アトスの目の前で鈍い銀色が煌めいた。しかしアトスはその煌めきを見ていない。目を瞑ってしまったのだから当たり前だ。決定的瞬間を見逃してしまった。目にしたのは、ギャっとイタチが上げた悲鳴に驚いて目を開けてからのことだけだ。

 しかしそれだけでも衝撃的な光景だった。眼前には宙吊りになるイタチ。暫く暴れ続けるが、次第にその動きが弱々しくなり、遂には止まった。

 イタチを宙吊りにしているのはワナッシの持つナイフだ。それがイタチの首を貫いている。

 アトスは瞬きもできないまま、息を荒くしてその様子をただ呆然と見るしかできない。


「ハッ……、ハッ……、ハッ……、ハッ……」

「ビビったろ」


 声を出すことどころか、息をすることも忘れそうにしているアトスに、ワナッシは不敵な笑みを浮かべながら言った。

 この言葉はアトスの頭に血を上らせるに十分だったらしい。そして却って正気を取り戻させる役割も果たしたようだ。

 アトスが叫んで否定する。


「ビビってねぇし!」

「そうかい。ワッシはビビったがね」


 ワナッシはアトスを揶揄するように言った。

 これは嘘でも何でもない。慌てたし、肝も冷えた。ナイフが間に合っていなかったら。ナイフが刺さっていなかったら。そうしてアトスが怪我でも負わされていたらと思ったら、未だに背筋が寒くなる。まあ、その半分は他の冒険者に何を言われるか判ったものではないことにではあるが。

 しかしアトスからはワナッシがビビったようには全く見えない。


「どこがだよ」

「そう見えないようにしてるのさ」


 これも本当だ。冷静になるように心懸けている。冷静でなければ判断を誤り易く、場合によっては動けなくなってしまう。アトスが動けなかったのも冷静でいられなかったためだ。


「別にビビるのは悪くない。危なそうな場所に首を突っ込まないのが生き残る秘訣だからな。とは言え、いざって時にビビって動けないのは最悪だ。みすみす生き残るチャンスを逃しちまう。だからビビってても動けるように頑張る訳だ」

「ふぅん」


 蘊蓄を聞いてもアトスには実感が湧かない。しかしこれは仕方のないことだ。経験をしなければ判らないことも有る。

 それよりアトスにとって重要なのは、ワナッシがイタチをあっさり倒したことだった。


「だけどさ。おっさんって戦えるんじゃないか。何で罠猟師なんてやってんだよ?」

「イタチを一撃にできるくらいで戦える内に入るもんかよ。特に西ではな」


 魔物の皮や毛は総じて硬い。通常の獣なら貫けるナイフが、魔物には全く通用しないなんてこともある。多くはナイフの問題ではなく、それを使う人物の力量の問題だが。ともあれ、普通の獣を相手にするよりもトータルで高い力量が求められる。

 そして中級下位の冒険者であるワナッシはイタチの魔物の二、三体までならどうにかできる。しかし、町の外で狩りをしようと思ったら、十体以上を相手取る可能性も考慮しなければならない。

 そうなった場合、ワナッシには生き残る自信が無いのだ。自信を持つためには、きっと中級上位に成らなければならないと考えている。しかし中級中位以上のランクは多かれ少なかれ魔法の力を借りなければ成れない。筋力だけでは中級中位相当の魔物からの攻撃を弾けもせず、魔物の皮を貫けもしない。それは魔物を前にして一方的に殺される存在になってしまうと言うことだ。そして重要なのが、ワナッシには魔法の才能が無いことだった。これでは中級中位は夢のまた夢。自信が持てる方が異常だと考える。

 この話に、アトスは口をへの字に曲げて押し黙った。アトスもまた、魔法の才能を持ち合わせていないのだった。


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