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15 出発します

 翌朝。遠く東に高い雲が茜色に輝き、西の空には明るい星が瞬いている。夜はまだ明け切っていない。

 東外門に近い馬車置き場では、冒険者の取り纏め役コビアの号令で出発の準備が進められている。


「荷の確認をするよ」


 依頼の荷物に不備が有っては話にならないので、積み込んだ時と変わりが無いのをしっかりと確認する。軍が警備していると言っても、盗難が発生しない保証はどこにも無いのだ。尤も、原皮を盗む賊が居るとは考え難いが。


「こっちは問題無い」

「こっちもだ」

「こっちも」

「わしもだね。食料はどうかい? 人の分と馬の分と、揃っておるかい?」


 食料は人の分と馬の分を片道の日数分と幾らかの予備を全て載せている。途中で食料の調達ができるならどうとでもなるが、極めて困難だ。途中で得られるものには魔毒が含まれていかねない。そこいらに生えている草を下手に食べさせて、馬が毒に冒されでもしたら目も当てられない。

 そして窃盗に遭うとするなら、この食料だろう。食料を狙うのは不心得者だけでなく、魔物もだ。いや、主に魔物だ。特に小型の魔物が警備の隙を通り抜け易い。片道でざっと二十日の道を行くのに、食料を食い荒らされていたら大変だ。

 幸いなことに、食料にも問題は無かった。道具類など、他の荷物も揃っている。冒険者達は一安心する。

 そして積み荷最後の確認。


「鳥籠も大丈夫かい?」

「鳥も元気だ」


 旅、特に長旅には魔毒に敏感な小鳥を連れて行く。人には気付けない魔毒を鳥が気付いて騒ぎ出すので難を逃れられる寸法だ。

 魔毒を発するものには魔物の死骸と魔毒草が有る。前者は朽ち果てるまでで終わるが、これを苗床にして魔毒草が発芽する場合がある。魔毒草が発芽に必要とする魔毒の供給源になるのである。後者は生えている限り、魔毒を放ち続ける。

 ともあれ、鳥が元気で異変も無いなら、近くに魔毒が無いと言うことだ。


「準備はいいようだね。後は……」


 積み荷の確認は終わったが、まだ全ては揃っていない。それをコビアは気にしているのだが。


「皆さん揃いましたね。では、直ぐに出発します」


 テビックが落ち着かない様子で出発を宣言した。

 これにはコビアが焦る。最初からテビックの落ち着かない様子に気付いていたが、一分一秒を惜しむように振る舞うとは想像もしていなかった。


「ちょっと待ってくだされ。一人遅れておるのよ」


 旅の仲間はもう一人居る。ただ、このもう一人は輸送に直接関わらないため、雇い主のテビックの念頭に置かれていない。荷物が積まれた馬車が有り、御者を務める運び人と、護衛が馬車の数と同じだけこの場に揃っている。テビックにとって不足は無いのだ。

 コビアはテビックが直ぐに出発するよう言うのを宥めながら、もう一人が来るのを待つ。

 幾度かの押し問答。コビアは傍から見ていた仲間が舌打ちするのを聞いた。その仲間に視線を向けて、小さく首を横に振る。ここで事を荒立ててもこの後の旅に支障が出かねない。するとその仲間は口を歪めながらも小さく頷いた。コビアの言わんとすることが判らない男ではないのだ。

 更に幾度かの押し問答の後、他の仲間の明るい声が響く。


「あー、来た来た。オーボさん、こっちだよ」

「遅れてごめんなさいね」


 オーボは酷く申し訳なさそうに謝るが、冒険者達は皆笑顔で頭を振った。オーボに大きな異変が無かったことに安堵したのだ。それと言うのも、オーボの体調には一年近く前から小さな異変、しかしはっきりとした異変が現れている。いつ大きな異変が起きるか判ったものではない。

 もしもオーボがぎりぎり遅らせられる時間までここに現れていなかったら、ここに居るメンバーだけで旅立たなくてはならなかったところだ。そして彼の身に何が起きていたとしても、それを知るのは四十日余り後の、帰着した後になる。旅の間中ずっと気になり続けもするので、非常に落ち着かない話だ。

 しかしテビックはただただ目の前の状態に則って判断を下す。


「また、この方ですか? 失礼ながら、護衛が務まるようには思えないのですが……」


 オーボは以前にも集合に遅れたことが有る。その時は僅かな遅れだったが、今回はかなり遅れた。そしていつになく落ち着きの無いテビックには、それが見過ごせなかったのだ。

 判らなくもない心の動きではあったが、コビアとしてはそれを通して貰っては困る。纏め役としても反論しなければならない。


「オーボさんは戦えなくていいんよ。お守りだから」

「お守り……ですか?」


 テビックは訝しげに尋ねたが、コビアは言葉を濁す。表情をいつになく固くしながらだ。


「知らないままの方がいいことだって有るよ?」

「そうですか……。しかし、働けない人の分までなんて賃金は払えませんよ」


 コビアに気圧されたのか、テビックは「お守り」についての追及は切り上げた。しかしこれとバランスを取ろうとしたのか、虚栄も口からこぼれ落ちてしまっていた。遠回しな表現を止めさせ、テビックの本来言いたい主旨も音にして。

 コビアの目が据わる。表情も更に固くなり、声も低くなる。


「カーワーさん。あんたとの契約はわしら九人まとめて幾らだった筈だよ。九人分の仕事さえこなせればいいんじゃないかい?」

「……本当に八人で九人分の仕事ができるならですよ」


 テビックは顎を引くようにしながら念を押した。コビアの逆鱗に触れようとしたのを本能的に察したらしく、その内容はコビアの言い分を全面的に認めるものだ。


「心得とるよ」

「責任もあなた方で持ってください」

「構わんよ」

「判りました。認めましょう」

「はいよ」


 テビックが言葉ではっきり認めたところで、漸くコビアも表情を緩めた。

 そしてテビックが小さく息を吐きながら、再度宣言する。


「出発します」

「はいよ」


 今度のコビアの返事は快いものだった。





 セントラルスを旅立った五台の馬車は一列縦隊を取り、野中の街道を東に向かって進む。真ん中に位置するコビアの馬車にテビックが乗り、他の四台に四人の護衛が分かれて乗っている。最後尾を行くのはオーボの馬車で、同乗するのはこの一行の護衛のリーダーでもあるベテラン冒険者のテランだ。彼ら冒険者は、普段にはコビアの指示で動き、いざ戦いになった場合にはテランの指示で動くように取り決めている。

 天候にも恵まれ、何事も起きなければ馬車の旅は酷くのんびりとしている。冒険者達は各々談笑したり、仮眠を摂ったりだ。ところがテビックだけは御者台で終始落ち着かない様子を崩さない。これには横に乗っているコビアも辟易だ。

 二時間経ったところで休憩に入る。馬に水と餌を与え、人も暫し休む。ずっと馬車に座っていても、振動で結構腰に来ている。

 馬にやる水も含め、旅で必要な水は全てコビアの魔法で賄っている。ただで提供するので休憩時間でも忙しい。町に居る時なら水に不自由しないコビアでも、旅の途中になったら余裕が無いのは、これが理由だ。

 因みに、水をただで提供するかの線引きは同じ依頼の従事中か否かに拠る。行動を共にすることの多い冒険者仲間であっても例外にはしない。客観的で明確な線引きを徹底しなければ、いつか際限が無くなってしまうためだ。

 コビアが水を配り終わり、人心地付いたところで出発になる。休憩するのは三十分と少しである。





 休憩を挟みながら進むこと八時間。休憩時間も含めれば、出発から約十時間で今日の歩みを止める。野営だ。日が沈むにはまだ早い時間だが、暗くなってからでは周辺の確認もままならなくなる。安心のためには危険な生き物の痕跡が無いのを確認しなければならない。できれば周辺の草を焼いてしまいたいところだが、生憎と魔術士が居ないので目視頼みになる。

 周囲の確認を終えたら夕食。干し肉のスープと堅パンを皆無言で食べる。残念なことに、この一行は総じて料理の腕が今一つで、食べられなくはない程度の味だ。だから半ば飢えないための作業になっている。話に花を咲かせるよりも早く済ませてしまいたい冒険者達なのである。

 食事の後は暗くなるまで銘々の自由時間になる。この間にそれぞれの作業を済ませてしまう。自由時間だからと、どこかにふらっと居なくなったりはしない。

 オーボの場合は銃の手入れだ。汚れが有れば拭い、緩んだネジが有れば締め、銃身に歪みが出ていないか、尾栓がしっかり締まるか、フリントロックがしっかり火花を散らすか確認する。動かせば減るフリントロックを無闇に動かすものではないが、いざ使おうと言う時に動かなかったでは済まされないので、一日に一度くらいは動かしてみるのだ。


「オーボさん、銃に替えたのかい」


 運び人トショルが物珍しげに尋ねた。銃は本体もさることながら、弾薬のコストが重くのし掛かるので普及には程遠く、トショルも店以外で実物を見るのは初めてであった。


「近頃はもうクロスボウを引くのも辛くなってしもうての。これなら力はいらんで。馬が驚くのが玉に瑕だけども」


 クロスボウは梃子(てこ)を利用して弦を張るので、長弓などに比べれば腕力を必要としない。それでも辛いとなれば、銃くらいしか選択肢が残されていないのである。

 ただ、珍しいがため、殆どの馬が銃声に慣れていない。この場で慣らされているのはオーボの馬だけだ。他の馬の近くで発射すれば、銃声の驚いて暴走しかねない。だから撃てるのは余程の時だけになる。


「馬の訓練もしなきゃならないのかい。だけど、力がいらないのはいいねぇ。わしもそろそろ考えようかね」

「続けては撃てんけど、大丈夫なのかい?」


 市販されている銃の殆どは単発の前装式だ。銃身の先から炸薬と弾丸を一発ずつ詰めて撃つ。これではとても連射は利かない。オーボの持つ銃は珍しい後装式ではあるが、やはり連発できるようなものではない。

 そして魔物と戦うに当たっては、連発できなければ不便になるのが否めない。


「そっかぁ。結局他の武器を持つんじゃ、荷物になっちまうかぁ」


 連発できないのを補おうとして、クロスボウも併せて持つようでは本末転倒だ。尤も、クロスボウとて連発できるものでもないが、今はまだ銃よりクロスボウの方が次を放つまでの時間が短い。


「これが使えるのはお守りの特権じゃあね」

「そうさな。わしもその時が来てから考えるよ」


 お守りが普段に戦うことは無い。だから連射も必要としない。一発、多くても二発撃てれば十分である。


「それがいい。そん時には続けて撃てる銃が出来ておるかもの」

「だったら嬉しいねぇ」


 トショルの寿命が尽きるまでに連発銃が開発される見込みは薄い。しかし、老人がこの程度の夢を語っても罰は当たるまい。


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