14 これを頼むよ
運び屋と呼ばれる職業が有る。半数は若い頃からこの職業に就いた人々で、残る半数は年齢を重ねた後で転職した人々である。
後者の殆どは冒険者だ。運び屋には、猟師、傭兵、護衛など、戦う力がものを言う職業に就いていた人々が、肉体の衰えを感じて、兼ねてからの力を発揮できなくなったことを自覚した時に転職する。冒険者を辞めるのではなく、職種を変える訳だ。
これがもし、獲物の皮を剥ぐ技術に優れるなどであれば冒険者ギルドへの就職の道も有る。だが、冒険者を引退するような人々に求められるのは即戦力なのだ。特定の知識や技術に秀でていなければ、就職は難しい。起業や農業もまたしかりである。
無論、運び屋にもそれ相応の知識を必要とする。しかしその中の地理的な知識や、長期の野外活動に関する知識なら、他の職種で培った経験で応用可能だ。これを踏まえれば、他の職種よりも全般的に転職のハードルが低い。また、長期に亘る輸送を避ける運び屋も多いため、元冒険者の入り込む余地が有るのだった。
今し方冒険者ギルドの作業場に馬車を乗り付けた冒険者コビアも、転職して運び屋になった一人だ。彼が来たのは荷物の引き取りのためである。目に付いたギルド職員に担当の職員への取り次ぎを頼み、その相手が顔を覗かせると直ぐに書類を差し出す。
「やあタイモン、これを頼むよ」
「コビアさん、いらっしゃい」
ギルド職員タイモンは挨拶を返しつつ書類を受け取って、それを確認する。
タイモンもまた元冒険者で、所帯を持っていながら子供連れで移住した変わり種だ。一人娘の「大陸西部に住んでみたい」の言葉だけで移住を決意すると言う、良く言えば子煩悩で、悪く言えば親バカの一面を持つ。そして数年前、その娘が婚約したのを切っ掛けにして冒険者ギルドに就職したのだ。娘やその嫁ぎ先に心配を掛けないようにと考えてのことだった。それからは、持ち前の知識と技術でギルドの裏方でも重要な役職にも就いた。この切っ掛けを作った娘も嫁ぎ先で幸せに暮らしている。
そしてコビアはそのタイモン一家をこの町まで運んだ運び屋で、彼もその時そのまま移住したのであった。
「ああ、これだな。こっちだ。馬車を回してくれ」
「はいよ」
タイモンは荷物を仮置きしている場所に案内し、積み上げられた原皮――塩漬けの皮――を指す。
「ここに有るのがそうだ」
「ありがとよ」
早速二人は積み込みを始めた。大小合わせてほんの六十枚ほどだが、大きな物になれば、コビアなら一枚持ち上げるのがやっとの重さのため、意外に時間が掛かる。
だからと言うことでもないだろうが、作業しながら世間話も口から出る。とは言え、大抵は仕事に関することだ。
「しかし、予定は昨日じゃなかったのか?」
コビアが荷物を受け取りに来る予定の日は昨日だった。つまり一日遅れ。期日に厳しい業者であれば違約金が発生しかねないことを判らないコビアではないので、タイモンとしては少し気になるところだったのだ。
「あー、カーワーさんに急用が出来たらしくてね」
テビック・カーワーのことである。急用とは、一日中息子のアトスを捜し回っていた件だが、コビアは詳しいことを聞いていない。
「カーワーさんか……。それにしても、あんたもカーワーさんの荷運びなんてよく続けられるねぇ。色々とあれなんだろ? 報酬だって安いみたいだし、用意される飯なんて最小限らしいじゃないか」
タイモンがテビックに含むところがあるのは、テビックの依頼を請けた運び屋の殆どが一度限りで、二度目を受けないことにある。それが報酬も待遇も悪いからとなれば、元冒険者として気分の良いものではない。無意識に冒険者に肩入れしているだけではあるが。
そんなタイモンをコビアはやんわりと窘める。
「そう言ってやりなさんな。あん人でも居らんようになったら困るだろうに」
タイモンの言う通りに提供される食事は質素なものだが、コビアはそれほど不満に思っていない。テビックは冒険者達と一緒に食事を摂ろうとはしないが、食べているのは同じものなのを知っているためだ。
「まあな。他の皮革商が来てくれない限りはなぁ」
痛い所を突かれたとばかりに、タイモンはコビアの言葉を受け入れた。
ところがコビアの話の続きには唖然とした。
「それにな、飯はわしが狩りをしていた頃よりマシなくらいなんよ」
「マジかよ……」
「今じゃ、どうしてそうだったか判らんけどね」
そう言って笑うコビアだが、タイモンとしてははっきりしなくて落ち着かない。ついつい推測で問い質す。
「武器の修理や何かに掛かったんじゃないか?」
「確かにそれにも今より掛かってはおったが……」
改めて尋ねられたので、思い出そうと試みたコビアだったが、昔のことだからか、やはり記憶が曖昧だ。恐らく気に留めるまでもない、些細な理由だったんだろうと結論付ける。
「やっぱりよく判らんね」
「昔のことってのは、そんなものなのかもな」
タイモンも自分の昔の食生活と、その理由を思い出そうとして失敗したらしい。
そんなこんなを話す間にも積み込み作業は進み、残るはタイモンが抱えている原皮だけになった。
「さあ、積み込みはこれで終わりだ」
「ありがとの」
大半を年下の中年に積み込んで貰った老人の言葉には、情感が込められていた。
コビアは積み荷の状態を確かめ、それが終わったら御者台に乗り込んで馬を歩かせる。ゆっくりと馬車が動き出し、タイモンはそれを見送った。
「気を付けてなー」
コビアは手を振って応えた。
冒険者ギルドの作業場は外門に近い場所に在り、コビアが原皮を受け取ったのは西の作業場だった。そして今日の作業は、それを東外門近くの馬車置き場まで運ぶところまでになる。
各外門近くの馬車置き場は軍が管理、警備していて、主に出発の待機に使われる。町の中心から外壁までには距離があるため、少しでも旅のリスクの低減を図ろうとして設けらたのだ。前日に馬車をそこまで移動し、翌朝最終確認して出立する手順になる。
その東外門に西外門から向かうには町中を突っ切るのが最も短時間で済むが、西内門を入ったところで敢えて内壁に沿った道に入って、遠回りして進む。積み荷から少し出てしまう臭いに気を使ってのことだ。
コビアが到着した時には雇い人のテビックと、同時に雇われた他の運び人は揃っていた。東西南北の冒険者ギルドの作業場から馬車一台分ずつの原皮を大陸東部まで運ぶ予定になっている。
「やあ、待たせたかい?」
コビアが手を上げて挨拶すると、運び人と護衛の冒険者達も手を上げて応えた。
テビックはコビアの馬車に荷が積まれているのをざっと見る。
「荷物は揃いましたね。今日は馬車をここに預けて、出発は明日の夜明けです。ではまた明朝に」
「はいよ」
テビックは出発予定を告げるだけ告げて、足早に去って行った。見送る冒険者達は当惑を隠せず、腹の虫も疼いてしまう。
「もう帰っちまった。まったく愛想の無い」
「明日からが思いやられるよ」
テビックは冒険者に対しても乱暴な言葉遣いはしない。しかし端々に冒険者を低く見ていて、あまり関わりたくないと考えている意識が冒険者達にも透けて見えている。
ただ、プリスなら「あんた達が臭いからじゃないの?」と、鼻を抓んで見せそうなのも否めない。これはプリスが自由に水を使えるからではあるが。
お金と手間を掛けなければならない人々には清潔さを保つのは難しい。この場の冒険者の中でもコビアだけは常に小綺麗にしているのだが、これも旅先でなければ不自由しない程度の水魔法が使えるためだ。仲間を代表することも多いので清潔さには気を使っている。
そのコビアが愚痴る仲間を宥めに掛かる。
「まあまあ。気になることでも有るんじゃないかな。とにかく、わしらも今日はゆっくり休んでおこうじゃないか」
「そうさな。今日の内に美味いものも食っておかなぁだ」
「それじゃ、明日からよろしく頼むでな」
「ああ、こっちこそ」
いつまでも愚痴っていてもしょうがないと、冒険者達はコビアの提案を素直に受け入れた。
揃って冒険者ギルドの酒場に行く。夕食にはまだ早い時間どころか、昼を回ったばかりだが、皆でゆっくり食事をするのも今日を逃せばずっと先になる。
酒は乾杯をする一杯だけだ。明日から仕事なのだから、残ってはいけない。




