13 日課を一通りだ
ワナッシとアトスが仕事場、つまり罠を設置した場所に向かう道すがら。
「おっさん、今日は何をするんだ?」
「罠猟師がどんな仕事か判ってなければ話にならない。だから日課を一通りだ」
現場に着いたら話すこととは言え、尋ねられたら答えないでもない事柄だ。細かいことは現場でなければ説明し難くもあるので大雑把にだが。
「最初に仕掛けていた罠の様子を見て回る。罠猟師を一から始めるなら、それよりも先に罠を作って仕掛けるところからやらなきゃならないが、それは追々だな」
ワナッシ自身は下準備でもある罠作りに拘りが有る。しかし、そうなったのは罠のちょっとした違いで獲物の掛かり具合が変わるのを実感してからだ。右も左も判らない初心者がいきなり罠作りをしても、あまりの地道さに嫌気が差してしまうだろう。だから最初は罠猟の雰囲気を味わわせるつもりでいる。
そうこう話をしながら歩いている内に、現場にも到着した。目の前に在るのは箱罠である。
「ワッシが使うのは箱罠と括り罠だ。半々ってところだ」
「箱罠って、昨日のヤツかよ。こんなに目立ってて、引っ掛かるのか?」
正確には目の前の箱罠は「昨日のヤツ」ではない。別の場所の同型の罠だ。しかしここでは同型こそが重要だった。アトスは昨日見た罠が箱罠と呼ばれるとは知らなかったのだ。ワナッシが罠の種類に言及しておらず、云々する場合でもなかったために。
その箱罠は人の目には明らかに不自然な見た目をしている。簡単に言えば木製の檻。罠だと一目瞭然で判る。アトスでなくても疑問に思うだろう。
それが判らないでもないワナッシだが、腰に手を当てて呆れ声を出す。
「おいおい、掛かってたのを見ただろ」
「……」
そう、昨日正に獲物が掛かっている現場をアトスも目撃したのだ。これにはアトスも言い返せない。
アトスが神妙になったところで、ワナッシは少しだけ種明かしをする。
「罠の入り口を茂みに出来たトンネルに見せ掛ければ、それなりに引っ掛かるものなんだ」
箱罠を横から見たら不自然でも、出入り口正面から見たら茂みに出来た自然のトンネルのように見えなくもないようにカモフラージュをしている。出入り口も両面にしているので、行き止まりにも見えない。
もしも何の手立てもしなければ、その不自然さから獲物に警戒されて、掛かるまでに多くの時間を要するだろう。その間に畑を荒らされては何のための罠か判らなくなる。そうならないようにするための工夫だ。
「ふぅん」
「おいおい、もうちょっと関心を示したらどうだ?」
アトスの関心が低い。あまりの低さにワナッシも苦言を呈さずにいられなかった。憶えようとしなければ、憶えられるものも憶えられないのだ。それでは仕事にもならない。
「罠猟師なんてランクアップするまでしかやらないんだから、そんなの憶えたってしょうがないだろ」
アトスには関心だけでなく、やる気も無かった。罠猟師はアトスの言う「魔物をズバズバッと斬り倒す」冒険者になるまでの単なる繋ぎのつもりらしい。これでは話にならないと、ワナッシは目を眇める。
「ふぅん。達成ポイントも無しにランクアップできると思ってるなら、好きにするがいいさ」
「ふざけんな! 手伝わせてるのに、ポイントをくれないってのか!?」
ワナッシが突き放すと、アトスがいきり立った。もう仕事を始めている気で居るらしい。
しかしそれは幾ら何でも厚かましいと、ワナッシも釘を刺す。
「いや、ボウズはまだ何もやってないし、何もしないヤツにポイントなんてやれないさ」
「仕事しないなんて言ってないだろ!」
「どうだか」
間髪を容れずに反論したアトスに、ワナッシは白けた視線を向ける。アトスも大半は今後のことを念頭に置いていたようだが、やる気の無さを見せられてはフォローする気にもなれないのだ。
「まあ、ぐだぐだ言ってても始まらない。仕事をするぞ」
「……」
アトスは沈黙した。ワナッシに冷たく言い放たれて、さすがに少々こたえたらしい。
その実、母リッテに釘を刺されていたことも有って、沈黙するしか無かったのである。ワナッシの助手を辞めたり、辞めさせられたりしたら、二度と冒険者に成るのは認めないと念を押されていた。そんな母の言い付けを無視できないアトスであった。
「箱罠は始めに獲物が掛かっていないか確かめる。掛かっていたら獲物を取り出さなけりゃならないからな。まあ、こいつには掛かってないから関係ないが」
ワナッシは話ながら箱罠の横の隙間から中を覗き込み、その後で出入り口から覗き込む。落とし戸が閉じていなくても、何かが入っていないとは限らない。いきなり出入り口から覗き込んで、飛び出した魔物に襲われて怪我でもしたら馬鹿らしい。少し慎重なくらいでちょうど良いと言うものだ。
「箱が空だったらか、空にしたら、罠が壊れてたり外れてたりしないか確かめて、餌が減っていたら足す」
一部に鉄の部品を使ってはいるが、大部分は木材だ。そのために破損しやすく、気を使う。ただ、全て鉄製なら確認不要かと言うと、そうでもないので、程度の問題である。
餌は獲物の誘き出しや足止めのために使うが、どうしても餌を食われるだけの場合が有る。餌無しで獲れるなら言うことは無いが、そう上手く行くものでもないので餌はある程度必要だ。その餌には加工品か、他の町で栽培された作物を使うために出費が少々痛い。近隣の作物を使っては、罠が無視されて真っ直ぐ畑に向かわれかねない。そんな本末転倒な事態は許されないので、別のものを餌にしなければならないのである。
「これを罠の数だけやる訳だ」
「幾つ有るんだよ?」
「ワッシが受け持っている範囲には二十個ずつだ」
箱罠が二十個、括り罠、その中でも首括り罠と呼ばれるものが二十個である。
アトスはこの数には驚かなかった。
「受け持ち?」
「罠猟師は他にも居るからな」
「居るのかよ」
「何言ってる? この町の冒険者の大半は罠猟師だぞ?」
「マジかよ……」
アトスは罠猟師の数の方に驚いた。
アトスの常識、と言うよりも世間一般の多くの人の常識では、冒険者はそれこそアトスの言う「魔物をズバズバッと斬り倒す」タイプである。これは名の知れた冒険者がそうであるためだ。
しかし、実際には大半が地道に狩猟や採集、荷役などを行う人々である。
「この町の畑がどれだけ広いと思ってんだ。壁の内側だけだって、十人や二十人で賄えるもんか」
「……罠は毎日見て回るのか?」
アトス自身の常識は覆されたものの、そのことを否定するほどアトスは愚かではなかった。
これにはワナッシもアトスへの評価を少し上げた。言葉から刺も抜け落ちる。
「全部を毎日まではしなくてもいいが、獲物が掛かっていたら死なない内に確保したいから、一つの罠は二日に一度は見ておきたい。一日で全部を回るのも大変だから、結局仕事は毎日だな」
「獲物が死んでたら駄目なのか?」
「腐るだろ」
「……」
当たり前過ぎたからか、アトスはバツが悪そうに沈黙した。
そしてこの日この後のアトスはと言うと、ワナッシが首を傾げるくらい真剣に作業をしたのだった。




