12 調子はどう?
プリスの朝のランニングは外壁――セントラルスを二重に囲んだ外側の城壁――の外を二周する。これと一緒に、外壁やその周囲に異常が無いかの確認もしている。魔物に城壁の一部を壊されてはいないか、城壁の周囲に移植された薬草に異変は無いかを主に視る。元々は鍛練のついでにしたことだったが、今となっては習慣だ。
一周目は城壁を警備する兵士達に手を振って挨拶しつつ周囲を目視する。二周目は一周目で見落としていそうな場所を中心に目視する。細かい異常を見出すには至らないが、大きな異常さえ見付けられれば、大まかには事足りる。
毎日のことだから、プリスが走った跡はちょっとした獣道だ。そこはいつからか、兵士が外壁の外を巡回する際の経路に使われるようにもなっている。
そんな感じの朝のランニングを終えたら、何か用事でも出来ない限りは真っ直ぐ宿に戻る。
しかし今日はその前に少し立ち寄らなければならない。
バ。
風を叩き付けるような音をペコラ達の耳に残し、プリスはペコラ達三人の目の前に立った。走らせるだけ走らせて放り出したままにもできないので、様子を見に来たのだ。
「調子はどう?」
「げへ、がは、ごほ」
ペコラとカリンは咳き込みながら荒い息を吐くばかり。ネッケートが代弁する。
「悪そうだ」
「そうみたいね」
先は長そうだ。
ただ、ペコラがこのままランニングを続ける見込みは薄い。どうしてこう魔法を使う人は身体を動かしたがらないのかと、プリスは過去の自分も含めても不思議だ。
仮説は立てられる。魔法は怖ろしいもので、感情のままに放たれては、人類や世界に深刻なダメージを与えかねない。それは自滅に等しいことだ。そうならないように、滅びの道を歩まないように、本能が魔法を避けているとするものだ。本能に打ち勝ち、感情を制御できるようになって初めて強力な魔法を使う準備が整うのだと考える。勿論、例外は有るのだが。
帰宅したら沐浴する。毎日の沐浴は一般的には贅沢だが、生活魔法で水をほぼ無尽蔵に使えるプリスにとってはその範疇に入らない。生活魔法を自在に使える特権のようなものだ。
沐浴に合わせて洗濯もする。溜めると厄介だからこまめに洗う。たまに面倒になることも有るが、汗臭い女にはなりたくないので欠かさない。昔、見た目はむさ苦しいのに汗臭くない男性冒険者を間近に見ていたから余計にそう思うのだ。
そして冒険者ギルドへと出掛ける。朝食を摂るのもギルドに行ってからだ。
自宅に置いている食料は保存食を幾らかだけ。これが朝食ならがっかりだ。だけども朝食にはしないのだからがっかりすることは無い。ただ、保存食だからと、いつまでも置いておける訳でなく、時々買い換えなければならない。干し肉や燻製肉なら時々している晩酌のつまみになるので、意外と勝手に回る。扱いに困るのは堅パンだ。新しく買ったら古いのを誰かにやるくらいか。
ともあれ、朝食の時間が少し遅めになりがちなのが玉に瑕である。
冒険者ギルドに着いて室内をざっと見回した後で真っ先に向かうのは掲示板。そこでまずは貼られた依頼のチェックをし、特に危険なものを心に留めておく。これはそれほど多くないので、メモに取るほどでもない。セントラルス近郊は比較的安全だからだ。
これが西に行けば行くほど危険度が増す。魔物との戦いの前線ともなったら死と隣り合わせだ。時にはそんな前線へと行くような依頼が紛れ込んでいたりするのでチェックが欠かせない。
とは言え、町の外に出る依頼に全く危険でないものなど無い。どこに行っても魔物に襲われる可能性は有るのである。
依頼を見終わったら酒場に腰を据える。そして朝食だ。柔らかいパン、冷ましたスープ、卵料理と言ったところ。質素なようにも見えるが、干し肉と堅パンをそのままに比べれば豪華なものだ。スープが冷まされているのは温暖な気候故である。
朝食を摂って人心地付いたら酒だ。昔、呑んだくれの冒険者を見ていた時には「何てだらしのない」くらいにしか思っていなかったものだが、この町に来て、この冒険者ギルドのレイアウトに昔を思い出し、ふと真似してみたくなったのが切っ掛けだった。自分で呑んでみれば「これがどうして乙なもの」と思ってしまったのである。
呑む酒は件の冒険者が呑んでいたような安酒ではなく、収入に応じたそこそこ値の張る酒だ。これは品切れを心配する必要の無い量産品の中では最高品質と言うことで、希少品の類ではない。呑むのが勿体なく感じるような酒では楽しめないからである。
そしてこの頃になったら待合室も混雑し始める。
プリスは酒場から混雑する待合室を眺める。さっき心に止めた危険な依頼が貼られた場所を中心にして。誰かがその辺りの依頼を手にしたなら、その誰かを心に留めておく。
冒険者が依頼を受注するには、依頼票そのものを剥がして受付に持って行くのではなく、それに添付されている札を受付に持って行く。受付に有る控えで依頼を確認して手続きをしたら受注だ。
こうしたことから、冒険者ギルドには混雑が過ぎた後で受注された依頼を取り纏め、掲示板の依頼や札と照らし合わせる作業が有る。札だけ紛失しているも依頼が有ったら一旦取り下げて番号を振り直して再掲示する。他にも、依頼によっては受注された依頼票を剥がして結果を待ちをする場合が有る。
朝の混雑が引いた頃、アトスが冒険者ギルドにやって来る。ワナッシの指定した時間通りだ。アトスの歩く速さを考慮して、普段より少し早い時間を指定している。
普段のワナッシなら、混雑する時間を避けるように酒場に来て朝食を摂り、それから仕事に向かう。その仕事前にちょっとした騒ぎが有れば、野次馬を優先させてしまうのは冒険者の性というものか。その性のせいでアトスを押し付けられた訳だが。
「よう、よく来たな。もう来ないかと思ったぞ」
「……来ちゃ悪いのかよ」
ワナッシはにこやかに話し掛けたが、アトスはその言い方に少々不満を覚えたらしい。
「いいや。大変結構」
「馬鹿にしてんのか!?」
うんうんと神妙な顔を作ってワナッシは答えたが、アトスの癇には障ったらしい。
「やれやれ、余裕の無いガキだな」
ワナッシは小首を傾げて溜め息混じりの声を出す。言い方はともかく、感心したのは本当なのだ。それなのに、いちいち突っ掛かられるのでは、扱いの難しい子供との交流は諦めるしかないだろう。
他人には「お前の接し方が悪い」と言われるかも知れないが、判らないものはしょうがないと開き直るのだ。
「まあ、来るなら来い」
「行くさ!」
ワナッシが少し冷めた頭で、少し冷めた言い方で言うと、アトスは反発しているようでありながら、意外と素直な返事をした。
ワナッシとアトスが仕事に出掛ける頃になると、冒険者ギルドの待合室も閑散とする。
するとまたプリスは掲示板の前に行く。危険な依頼を誰かが受けていたら、その誰かを思い浮かべる。余程身の丈に合わないと思える人物でなければ何もしない。ただ帰って来るのを待つだけだ。




