第三十四幕 若菜
迷路のような森の中を進み集落に辿り着いた。
小さな家が立ち並び生活をしていることが分かる。
長の家に通されて傷の手当てを受けた。
「いつっ」
「申し訳ございません」
「いや大丈夫だ」
キルシェは若い娘のエルフの手当てを受けていた。
強かに打ち付けた背中の痣が酷かった。
ルルーシェは手当てをするほどではないのとロディがエルフに触れられることを嫌がったから代わりに手当てをしている。
包帯を巻きながらルルーシェは半眼になってキルシェを観察する。
ときどき包帯をきつく締めすぎてロディからうめき声が聞こえるが無視をした。
「まずは重ねて詫びを申し上げたい」
「どういうことだ?」
「ささやかではありますが茶でも飲んでくだされ」
湯気の立つお茶とお菓子が運ばれてくる。
だが簡単に口にできるほど信用していない。
「エルフの掟について話をさせていただこう。そうなれば茶も安心して飲んでもらえるであろうからのう」
「いきなり受け入れると決めた理由も聞きたい」
「それももちろんお話しします」
エルフは嘘を吐かないが鵜呑みにするほど浅はかでもない。
掟というものにより排除すると攻撃をされた。
「我らエルフの掟とは調停者であるエルフを守るためにエルフの里に近づくものを見定めるというもの」
「それがあの熱烈な歓迎の仕方ということか」
「エルフの里に近づくものには攻撃をします。エルフよりも弱いものならばそのまま去るまで攻撃をし、エルフより強いものは招き入れ非礼を詫びて掟の話をする。ただこれだけのことでございます」
だから攻撃がすべて急所を外したものになり追撃をしなかった。
追い払うことが目的であるから過剰な攻撃をしない。
「それで矢に毒が塗ってなかったのか」
「我らエルフは調停者であるが故に命を奪うことは禁忌となりますのでな。去るのならば我らは何もしません」
「俺たちを招き入れたのはエルフより強いものとしたからか?」
「いかにも。あのまま戦えばエルフが全滅したことは必定でありましたからな」
嘘は言っていないが何か肝心なことを聞けていない感じが残っていた。
傷の手当てをしたのも掟の話をしたのも本当なのだが何かを見落としている気がしていた。
「里に近づいたものを見定めた結果と言えば傲慢ではありますが貴殿らは強さをお持ちであったので招き入れたということでございます」
「ここは本当に里なのか?」
「と申しますと?何かおかしなことがありましたかな?」
「話をして冷めているはずの茶に湯気が立っているのが不思議でね」
「これはこれはうかつでしたな」
エルフの長の体の輪郭がぼやけて崩れていく。
それだけでなく机や壁という建物全体が歪みだした。
窓を割って外に飛び出す。
地面に降りたときに振り返るとそこには建物はなく鬱蒼とした木が生える森になっていた。
里だと思ったところには沼があった。
「まさか騙されるとはな」
「これはエルフの仕業ではあるまい。いやある意味でエルフの仕業か」
「どういうことだ?」
「気づかぬうちに惑わしの森に惑わされていたということだ」
エルフの精鋭に襲われたと思った時間は月が出始めたくらいだ。
相手の顔が分かるくらいには明るかった。
それが今では月は頭上で輝いている。
「エルフの里は惑わしの森の奥にある。辿り着くまでに惑わされたということだ」
「あれが幻だというのか?」
「事実我らの体には怪我ひとつ負っておらん。ルルが巻いたはずの包帯がないであろう」
怪我は確かにないが受けた痛みまでも幻だと言われると信じられなかった。
では長だと名乗り出てきたエルフは偽物だったということになる。
どうやって三人に正確には二人と一匹に同じ幻覚を見せたのか。
その仕組みが謎だった。




